第162話 《時空乱流》
シュウとガイストの戦いは超高速での魔術の撃ち合いだ。
ただし互いに魔術は効かない。シュウは死魔法で魔術を吸収してしまうし、ガイストは肉体に依存しないのでどれだけ身体を破壊されても復活する。
今のガイストはある意味でシュウの天敵だ。
死の法へと至ったシュウに対し、ガイストは常時復活魔術がかかっている状態と言える。その気になれば死魔力で殺せるとはいえ、今のところは対等な戦いを演じていた。
「すっかり人外だな。どちらかといえば俺たちの側に近いんじゃないか?」
「私は今や魔力によって生きている生命体だ。お前の言う通り、存在としては魔物に近いだろう。だが私は不死属となることなく魔力生命体という高次存在へと至ったのだ。不死王ゼノン・ライフや緋王シェリーを超えたのだよ」
普通、人間が魔物化すると不死属と呼ばれる種になる。
そして不死属の祖である不死王ゼノン・ライフは秘術によって自らを魔物に転生させたと言われているのだ。つまりは肉体という枷から外れ、魔力生命体になったということである。
魂とは魔力の塊であると同時に自ら思考する精巧な魔術陣だ。
人工知能が電子で思考するように、生物は魔力で思考している。故に魂から出力された思考も魔力そのものであり、それを世界に投影するのが魔術だ。
ガイストは賢者の石という外付け高性能演算装置を取り付けられた状態であり、肉体を介することなく魂をこの世界へと留める法へと至った。この手の生命体は魔物と同じくこの世に留まるための魔力が尽きるまで叩く必要がある。しかし賢者の石という無限魔力生成機がそれを許さない。
覚醒魔装士より厄介な相手だ。
「だが私にも足りないものがある」
「魔法のことか?」
「魔力による固有概念、魔法。私は賢者の石を以てしてもそこに至ることができなかった。しかし諦めたわけではない。お前たち『王』の魔物を殺し、研究し、必ず魔法を手に入れる。まずはこの大陸にいる冥王、不死王、緋王。いずれは東の大陸へ赴き、七大魔王すら屠る。その時、私は真の神になるだろう」
「随分と酷い妄想だな。この俺を殺せるつもりか」
「不可能ではない」
「やってみろ」
シュウは複数の魔術陣を浮かべ、そこから雷を飛ばす。電撃の魔術は比較的手頃な魔術陣で高威力かつ高速攻撃を期待できるため多用している。ガイストも人外とはいえ雷の速度を見切れるようになったわけではない。複数の雷光がガイストを貫き、その身体を焼く。
しかしガイストは自動的に再生した。
それどころか反撃として暴風や雷撃を巻き起こすほどだ。
当然ながらそれらを死魔法で処理するが、攻撃は途切れることがない。魔術の発動速度が桁違いだ。
「アイリス!」
「なのですよ!」
そこでシュウはアイリスの力も借りた。
陽魔術の結界でガイストを覆い、シュウはその内部に核融合を引き起こす。加重魔術で強制的にバリオンを融合させ、質量差による熱エネルギーを結界内部に満たしたのだ。
数十万度にもなった結界内部では人体など瞬時に蒸発させ、ガイストは再び肉体を失う。
シュウは死魔法で内部の熱エネルギーを奪い去り、様子を見る。
「やっぱりだめか。賢者の石の融点って幾つだ?」
「溶けると思っていたんですか?」
「いや全く? ただの確認だ。死魔法で破壊できないわけだし、予想はしていた」
「どうやって壊すのです?」
「壊すというか、奴の制御から切り離す方法だな。それはもう思いついている」
「あっさりですねー」
「まぁな。とりあえずアイリスは時間稼ぎを頼む。俺が術式を用意するからな」
「具体的にはどのくらいですか?」
「そうだな……」
シュウは再生しつつあるガイストを見ながら少し考える。
「三分だな」
そしてポケットから以前手に入れた魔石を取り出し、術を組み始めた。
◆◆◆
アイリスはシュウに代わって復活したガイストの前に移動する。時を操る魔装のお蔭で彼女は完全な不死だ。賢者の石と融合して概念存在となったガイストとは別方向での不死性であり、また覚醒によって実質無限の魔力を手に入れている。
(この人に私の時間操作が通用しないんですよね)
しかしアイリスは困っていた。
それは彼女の真骨頂である時間操作が通用しないからだ。賢者の石によって時間にすら干渉しているため、時間停止も過去への攻撃も防がれてしまう。
そこでアイリスは自分自身に時間加速を仕掛けた。
「《
アイリスは千倍加速により、本来ならば構築に数十秒はかかる禁呪級魔術を瞬時に完成させた。
ちなみにこの時間加速を自分自身にかけた場合、肉体状態が加速して老化してしまう。アイリスは魔装と覚醒による二重の不老なので、リスクなく自己加速が使えるのだ。
瞬時に完成した《
当然ながら復活したばかりのガイストの肉体は消し飛んだ。
「魔女め……これほどまで容易く禁呪級の魔術を」
「これでも百年以上は生きていますからねー。魔術の腕には自信があるのですよ!」
「ならば賢者の石がその年月すら超えると教えてやろう」
ガイストは両手を掲げる。
するとアイリスとガイストの間で空間が歪んだ。アイリスはその歪みへと引き寄せられるような感覚を覚える。
「今の私は神呪すら瞬時に発動できるのだ。破壊力においてこの神呪を上回るものはあるまい」
彼が発動したのは土の神呪《
超重力は光すらも捻じ曲げ、周囲のものを吸収し尽くす。
当然、早く止めなければアイリスやシュウは吸い込まれてしまうだろう。術式の準備をしているシュウは死魔法を使えないので、これを止めるにはアイリスが動くしかない。
「難しいから嫌なんですけどねー」
アイリスは集中して魔装を発動した。
時間操作の魔装は覚醒によってその性能は極限まで向上している。そして時間操作を発動する場合、アイリスは自分の意思で範囲や対象者を決めることができるのだ。何も考えず発動すれば時間の概念そのものに干渉するため、世界そのものが影響される。しかし調整すれば一部だけを加速させたり、減速させたり、留めることも可能なのだ。
《
効果はすぐに現れた。
「何だと?」
ガイストが驚くのも無理はない。
《
禁呪や神呪ではよくあることだが、複雑な術式は複雑かつ精密な構築によって術が発動している。例えば術発動空間における環境情報が変化した場合、設定された術式にエラーが生じてしまうほどに。
今回の場合は時間の流れが速い領域と遅い領域が交互に設定されたことで、《
ちなみにこれを人体に対して発動すると全身の血管が爆発して死ぬ。
「まだまだいきますよー」
アイリスは更に魔装の範囲を広げた。
この魔装による術、《
この空間はいわば、時間という法則が乱れている世界だ。
本来の世界として魔術を行使しても必ず失敗してしまう。
仮に賢者の石という最強の魔術演算装置を保有していたとしても、前提条件となる環境情報が異なれば術式が失敗してしまう。
ガイストは今、あらゆる魔術を封じられている。
より正確には一つの格子内部ならば魔術を発動することができるのだが、そんな小さな領域で発動する程度の魔術は大したことがない。
「シュウさん、そろそろどうですか?」
「よくやった。充分だ」
《
その間にシュウは術式を完成させた。
魔石の演算能力すら借りて、立体魔術陣を展開する。拳ほどの大きさである賢者の石を立体魔術陣で覆い、捕らえた。
「そいつはお前が開発した賢者の石の生成魔術陣だ。お前の魂が賢者の石に癒着しているなら丁度いい。そのまま石の中に取り込まれてしまえ」
ガイストは言っていた。
賢者の石は魂という魔術陣によって支配していると。
それならば発想の転換で、ガイストを賢者の石から引きはがすのではなく、そのまま取り込んで石にしてしまえば良い。
『なっ! やめろ!』
「余計な抵抗をするな……制御が乱れる」
『馬鹿な! こんな、まさか……』
賢者の石は魔力の塊であると同時に複雑な魔術陣だ。ただし自ら思考するわけではない。外から思念というインプットが行われ、賢者の石が演算し、魔術として出力する。
魂という魔力による演算装置を融合することで賢者の石が生まれるならば、完成した賢者の石に追加で魂を融合してもやはり賢者の石が生じる。
ガイストは必死で抵抗していたが、もう勝ち目はなかった。
シュウに抵抗しようと賢者の石を頼れば魂が引き寄せられ、賢者の石を引き離そうとすれば術式によって融合を強制される。どうしようもない。
『う、が、ああああああああああああああああ!』
自ら作り出した術によって敗れる。
なんとも皮肉である。
魂が融合され、賢者の石として統合された。それによって石は重力の影響を受けて落下する。シュウは賢者の石に移動魔術をかけ、手元に引き寄せた。
「予定通り、賢者の石だ」
「折角の旅行だったのに変な事件に巻き込まれましたねー」
「まぁ、仕方な……ん?」
シュウはふと、東の空に光を感じた。
◆◆◆
アルマンド王国を再び狙ったフロリアは目を見開いた。
少し目を離している間に首都が滅びていたのだから驚いて当然である。神子姫が予言した通り、傷のない死体が街に積み上がっていた。
(冥王……! やはり!)
ガイストの賢者の石錬成を見ていない彼女は冥王アークライトこそがこの犯人であると判断した。そして確かに首都上空には冥王と魔女の姿がある。
フロリアはすぐに矢を放った。
音速を軽く凌駕する彼女の矢は、あっという間に平原と山々を越える。
そして勢いは全く衰えず、そのまま冥王へと直撃……したかに見えた。
(片手で受け止めたですって!?)
フロリアが見た通り、矢は冥王が右手で掴んで止めていた。見間違いなどではない。現実である。
「どうやら『王』を侮っていたようね」
確かに『王』の魔物は魔法こそが脅威だ。それは間違いない。
しかし少なくとも冥王は人外の感知能力と反射神経、そして身体能力を得ている。魔法だけが脅威とはいえない。何より冥王には神呪にも匹敵する魔術がある。
「でもそれだけよ。いかに『王』の魔物といえど、この距離はどうしようもないはず」
そう思い直し、自分に言い聞かせた。
だがフロリアは知らなかった。
冥王が賢者の石という凶悪な道具を手に入れてしまったことを。
再び狙いを定めるフロリアは、攻撃力を高めるべく炎の禁呪を矢に変換する。第十四階梯《
だが、彼女は魔術を矢に変換する途中で冥王の奇妙な行動を目にする。
掴み取った矢に魔力を込めて巨大化させていたのだ。フロリアの矢は魔力で形成されており、標的を撃ち抜くか時間経過で消失する。冥王はその消えるはずの矢に無理やり魔力を注ぎ込み、消失を防ぐばかりか巨大化させたのだ。
(何を……?)
フロリアがそう思ったのもつかの間。冥王の手から巨大な魔力矢が消えた。
(え?)
そして彼女の正面から青白く光る巨大な矢が迫ってくるのを見つけた。
間違いなくフロリアが放った矢であり、冥王の手にあったはずの矢である。それが自分に向かっていると知ると彼女は反射的に避けようとした。
しかし巨大な矢はどういうわけか空中で軌道修正してフロリアへと向かう。
慌てて身を捻るも、右腕を肩から消し飛ばされた。
「う、ぐぅ……」
痛みに耐えて陽魔術を行使し、出血を止める。
消し飛ばされた腕も、新開発された光魔術なら再生できる。しかし今のように冥王の側から超遠距離攻撃をされては最悪だ。
実を言えば時間魔術の一種でフロリアの矢に記録されていた過去の情報――発射される直前の位置情報――を読み取り、そこに向けて移動魔術と加速魔術で放っただけである。位置情報はフロリアの右腕であるため、彼女は避けるまでもなく命は助かっていた。また読み取った位置情報もコピー・アンド・ペーストなのでフロリアが余計な攻撃さえしなければシュウに攻撃手段はない。
しかしそうとは知らないフロリアは冥王から逃げることを選択した。
(命を優先。それが教皇猊下の命令……)
これ以上、冥王に覚醒魔装士を減らされては溜まらない。
故に元から生き残ることが最優先として厳命されていた。
フロリアは屈辱を感じつつ、神聖グリニアへと逃げ帰ったのだった。
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