第159話 超長距離狙撃


 旧市街地の地下水道深奥。

 そこに月光会の中心部が存在する。あらゆる研究の成果もここに保存されており、当然ながら侵入を許してよい場所ではない。

 しかしガイストは敢えて聖騎士を誘い込んだ。



「来たか」



 奇襲を仕掛けた七人の聖騎士が最奥へと到着した。

 迎えるのは教祖ただ一人……と見せかけて背後にシュウとアイリスも隠れているのだが、どちらにせよ二人は手を出さないので実質一人だ。

 聖騎士たちは油断なく武器を構える。

 部隊長として彼らを率いる聖騎士レイドスは、己の魔装であるサーベルの切先を向けつつ宣告した。



「お前が月光会の首魁か。まずは降伏を勧める。魔装を消し去るなどという神を畏れぬ所業。普通ならばこの場で処刑せねばならん。だが貴様は捕縛せねばならない。魔装を消し去る仕組みを解明するためにも。痛い目を見ない内に捕まることだ」



 レイドスからガイストまでは一歩もあれば詰め寄ることができる程度の間合いしかない。また援護役として聖騎士ユースティアと聖騎士ラゴスが拳銃を向けている。この二人は索敵が仕事なので、前に出ず後衛から圧力をかける役目だ。

 そうでなくとも老人一人に対して聖騎士が七人である。

 勝てる道理などないはず。

 しかしガイストはまるで動揺した様子もなかった。



「ふむ」



 予備動作など一つもない。

 しかしガイストがそう一言告げた瞬間、聖騎士たちは身動き一つできなくなった。同時に全身の痛みを感じて一斉に呻く。



「馬鹿……な」



 聖騎士として多くの功を積み上げてきたレイドスは自分の力に自信を持っている。

 全身の痛みが攻撃されたという事実を教えてはくれたが、全く見切ることができなかった。



「聖騎士として驕ったか? だが教えてやろう。お前たちが七人程度揃ったところで、私の策を破れはしない。私は誰よりもお前たちをよく知っている。元聖騎士たるこの私のことを調べなかったのが間違いだったのだ」

「ぐっ……元聖騎士だと!?」

「お前たちはいつもそうだ。自分たちを絶対と驕り、弱者を踏み潰す。力を統制し、自分たちが強者で居続けようとする。神の名の下、何をしても許されると勘違いしている」

「なんだと」



 レイドスを含め、聖騎士たちは反論しようとする。

 だがそれすら許さないとばかりにガイストが軽く手を振る。すると聖騎士たちは全身に激痛が走り、同時に身体を勝手に動かされた。

 ワイヤーの魔装を使う聖騎士ゴードンはこの現象に気付く。



「こ、これは私と同じ糸使い!」

「そのような低俗な魔装と同じにするな。これが魔石の力だ」

「ぎゃっ!?」



 ゴードンの両腕が途端に弾け飛んだ。血飛沫が仲間の聖騎士たちを汚すが、それどころではない。正体不明の攻撃で聖騎士の四肢が弾け飛ぶという事態は異常なのだ。

 聖騎士に限らないが、強い魔力を持つ者は自然と魔力によって身体を守っている。これを意図的に発動すれば無系統魔術の魔力障壁となるのだが、聖騎士ほどになれば無意識に纏っている魔力でも大抵の致命傷を防ぐことができるのだ。これを破ることができるのは同じ魔装か魔術だけである。中には魔装や魔術すら弾く猛者もいるのだが、そんなのはごく一部だ。

 まず間違いなく物理攻撃で聖騎士の肉体を木っ端微塵にされることはない。

 あり得るとすればやはり魔装か魔術といった魔力を伴う攻撃だ。

 そしてゴードンは激痛と失血のショックからか気を失い、全身から力が抜けている。しかしその身体が倒れることはなく、空中で釣り下がっていた。



(糸だと……!?)



 ゴードンの発言、そして彼の血が幾つもの細い何かを伝って地面に流れていく様子からガイストの攻撃を見抜くことができた。

 つまり糸のような細長いものが全身を貫き、縫い留めているのである。

 厄介なことに糸は非常に細く頑丈で、致命傷となり得る急所を避けている。無理に動こうとすれば糸が肉体を裂いて激痛が走るが、その場でジッとしていれば死ぬことはない。まるで拷問だった。



(油断した。突入と同時に無力化するべきだった)



 レイドスは後悔する。

 しかし彼の決断を責めることはできない。初めから殺害が決定していれば、突入と同時に殺して任務を完了していた。聖騎士七人という戦力はそれができる。余計な注文を付けた上司の責任といえよう。

 尤も、ガイストの協力者であるバルゲートがそのように操作したからこその結果であり、戦術的には勝っていても初めから戦略で負けていたというだけの話だが。



(だが私たちはこれでいい)



 全身に走る激痛。

 そして全員が身動きすらできないという危機的状況。

 作戦失敗と言わざるを得ないはずだが、レイドスは冷静でいることができた。なぜなら、彼らには自分たちが失敗した時に発動する二の矢を知らされているからだ。

 本来は期待できない冥王対策のそれも、ガイスト相手ならば必殺の切り札となり得る。



(お願いします。フロリア・レイバーン様!)



 地下空間の天井を突き破り、ガイストの心臓をめがけて光の矢が飛来した。








 ◆◆◆








 必中の矢を放った『天眼』の聖騎士フロリアは弓を降ろした。

 彼女の眼にはガイストの心臓に向かって飛ぶ矢の景色が見えており、それは既に国境を越えている。音速など軽く凌駕する彼女の矢も、流石にこの距離は時間がかかるのだ。しかしそれでも狙った場所に必ず当たるのがフロリアの魔装の強みである。彼女の攻撃は回避できず、正面から防ぐという方法を選択するしかない。しかし発射すら感知できない遠距離から放たれた矢に対して防ぐ準備などできるはずもなく、この矢は間違いなくガイストの心臓を貫くだろうと思われた。



「流石ですフロリア様」

「慌てないでリーン。まだ当たっていないわ」

「しかし必中ですから、そんな心配をする必要は……」

「敵に冥王がいる可能性もあるわ。だからこの眼で邪教の教祖を仕留める瞬間を見るまでは油断しない」



 彼女は慎重だった。

 そして冥王という脅威を予想し、油断していなかった。自らの魔装に絶対的な自信を持っているにもかかわらずだ。

 しかしこれまでの覚醒した聖騎士はその油断によって死んでいる。

 フロリアも一つ国境を越えた程度では油断しない。

 だが、彼女はその警戒を冥王に向けすぎていた。

 故に直前まで荒々しい魔力に気付かなかったのだ。



「ウオオオオオッラアアアアアアアア!」

「っ!?」



 猛獣の如き咆哮に反応して魔力障壁を張り、身を守る。

 それがフロリアの命運を分けた。ただの反射であり、障壁強度としては最低限。しかし致命傷から身を守るだけの効果を発揮した。

 凄まじい衝撃によってフロリアは吹き飛ばされ、大聖堂の周辺にあった商業施設を破壊していく。彼女はもやは人間サイズの砲弾だ。その破壊力は凄まじく、彼女が吹き飛んだだけで周囲に甚大な被害が生じた。

 建物は十以上が倒壊し、その倍以上が破損している。

 生き埋めになっている人々も多くいることだろう。

 だが、最も大きな被害はフロリアが元からいた大聖堂だった。

 復帰した彼女は弓を引き絞り、狙いを大聖堂に合わせる。そこには凄惨な光景があった。



「嘘でしょう?」



 彼女がそう漏らすのも仕方ない。

 王都の大聖堂だけあって荘厳かつ強度の高い造りをしていた大聖堂が、原形すら分からぬほど粉砕されていたのだ。驚くべきことに大地すら抉り、クレーターまで生じている。

 自分の眼を疑うが、これが現実ということを思い知らされた。



「とにかくあそこに!」



 痛む体に陽魔術を掛け、即座に回復させる。彼女は矢に魔術を付与して飛ばすこともあるため、魔術師としても最高峰の実力者だ。この程度の回復など容易く完了する。

 さらに無系統魔術で身体能力や反応速度を強化し、破壊された大聖堂へと舞い戻った。

 一度は魔装の副次的効果を通して見た光景だが、改めて生で見ると酷い。勤めていた神官たちは生き埋めになり、ほぼ全てが死んでいる。生き残っている僅かな者も即座に治療しなければ死ぬだろう。



(これほどの被害……そして特徴的な破壊の跡。犯人は一人ね)



 フロリアには犯人の心当たりがあった。

 隕石でも落下したのかと思うほどの惨状と、大聖堂を破壊するという行動が結び付けば一瞬で答えに辿り着く。



「まさかこんなタイミングで来るなんてね。『暴竜』!」

「クハハハハハハ! この俺の一撃を喰らって生きているとはなァ! 流石は覚醒者だぜ!」

「私を知っているということは狙って……月光会ね!」



 瓦礫に腰を下ろす大柄、そして獅子を連想させる長い髪と鋭い眼光の男。

 魔神教が最上位の指名手配犯として発布している黒猫の幹部、『暴竜』である。その姿は百年以上前から変わっていないとされており、覚醒魔装士であろうと言われている。フロリアといえど油断してよい相手ではない。



「俺はよォ! 最高の闘争相手を求めてんだ! 最強聖騎士ィ! テメェらほどの相手は願ったりかなったりだぜ!」

「神に与えられし力を邪悪に染めた咎人……ここで仕留めるわ! 数々の大聖堂を破壊したその罪、ここで死を以て贖わせる!」

「やってみやがれ教会の狗がよォ!」



 アルマンド王国の隣国でも、国家破壊規模の戦闘が始まろうとしていた。







 ◆◆◆








 聖騎士レイドスが託した必中の矢の一撃。

 しかしそれは黒衣の男によって素手で止められてしまった。



「なるほど。こいつらも囮だったってわけか。事前情報がなかったら死んでいたなガイスト?」

「私が何十年もかけた計画だ。こんなことで終わらされては堪らん。情報収集と情報操作は当然だ。私が狙われることも織り込み済みだったとも」



 覚醒魔装士の矢を見てから反応し、止めることができる。

 そんな化け物は冥王シュウ・アークライトの他にはいないだろう。より正確には、シュウとアイリスの組み合わせ以外にいない。

 アイリスは謎の光が地下の天井を突き破った瞬間に時間を止めたのだ。最速で反応したにもかかわらず、矢はガイストの心臓の手前にまで達していた。シュウは死魔法で運動エネルギーを殺し、掴み取ったのである。

 『天眼』の聖騎士によって狙撃されるという事前情報がなければアイリスも反応できなかっただろう。この不意打ちに反応するためだけに、体感時間を減速させて備えていたのだから。



「アイリス、よくやった」



 だからこそ、こうして止めることができたことをシュウは褒めた。体感時間を減速させるということは、世界がゆっくりと進むということである。アイリスはさぞつまらない時間を過ごしたことだろう。



「シュウさんの頼みだから特別なのですよ!」

「お前だけは敵に回さなくて本当に良かったと思う。いや、ほんとに」

「ふふん! 私も成長しているのです!」



 時間操作能力はシュウが危惧する力の一つだ。特に過去へと魔術を飛ばし、因果に干渉する能力が強すぎる。アイリスはシュウとは別種の即死能力を手に入れたも同然なのだ。流石に一度に扱える魔力量には限度があるので、百年も二百年も遡れるわけではない。しかし儀式などを組んで周到に準備すれば、アイリスがシュウを消滅させることも理論上可能なのである。

 だがこの反則的能力も味方ならば心強い。



「で、ガイスト。賢者の石はその聖騎士たちで足りるのか?」

「充分だ。儀式の触媒となる聖騎士は五人。それも上位の聖騎士というのが条件だ」

「つまり、二人殺しても大丈夫と?」

「いや。触媒の五人だけで賢者の石ができるわけではない。残り二人からも魔装を摘出し、統合して賢者の石に組み込む」

「なるほどな……なら、いよいよか」

「うむ。儀式を始める。部屋の隅に移動してもらおう」

「平静を装っているようだが、やはり顔色が悪いな。何か変なものでも食べたのか?」

「余計な心配はしなくてもよい。儀式は成功させる」



 ガイストは明らかに変な汗をかいており、体調が悪そうに見えた。魔術発動は思考演算能力と直結しているため、体調によって効果が左右される。シュウからすれば無事に賢者の石が生成されるのか少々心配だったのだ。



(ま、本人が成功するって言っているなら別にいいが)



 シュウとアイリスは部屋の隅に移動して儀式を見守ることにした。

 そしてガイストは軽く腕を振るう。すると糸で全身を貫かれ、自由を奪われていた聖騎士たちが勝手に移動し始めた。糸を動かすことで彼らの身体を移動させているのであり、彼らは傷口を裂かれた痛みにもだえ苦しむ。しかし死ぬほどではない。

 ガイストが部屋の中央に立つと、そこを中心として床に青白い光が灯り、術式が展開された。また彼を囲むように正五角形が描かれ、その頂点に聖騎士の内の五人が固定される。腕をもがれたゴードンを含め、残る二人は部屋の隅で固定された。

 賢者の石の生成は複雑な術式を必要としており、また同時に精密な魔力操作を必要とする。

 化け物であるシュウならばともかく、修行を積んだ程度の人間が一人で発動できるような魔術ではない。故にガイストは触媒を用意することにした。



「シュウさん。あれってどういう魔術式なのです? 私には魔石作成の魔術を並列起動しているだけに見えるのですよ。あんなので賢者の石ができるようには見えないですねー」

「アイリスの言う通りだな。あれは聖騎士を……五人の聖騎士から魔装を奪い、魔石を生成するための術式だ。賢者の石は関係ない」

「じゃあ、どうやって賢者の石を作るのです?」

「ああ、実はこの旧市街地の地下水道は簡易的な魔術陣になっていてな。範囲指定や力の集約なんかをしている。多分、他にも各地に魔術陣を仕込んでいるんだろう。色んな魔術陣を地下水道の魔術陣を使って繋げて共鳴させて……この王都メルゲート全体を使った大魔術陣に変換しているようだな。それを補助するために聖騎士五人分の魔石がいるってわけだ」



 協力者であるバルゲートが水道事業を担当していたのもそれが理由である。地下水道という見えない魔術陣を完成させ、力の道筋とする。そして各地に魔術陣を仕込み、リンクさせ、都市そのものが魔術陣として機能するようにしている。

 まさに賢者の所業だ。

 そして都市魔術陣の意味する魔術こそ、賢者の石の生成だ。



「この都市の全ての人間の生命……まぁ、ある種の魂を凝縮して賢者の石を生み出す。集まる魔力は最高クラスになるだろうな。どんな禁呪でも即座に発動できるような魔石が……つまり賢者の石が完成する」



 バルゲートの屋敷で計画書を読んだ時、シュウはこの都市魔術陣に気付いた。各地に準備された他の魔術陣の詳細は分からなかったが、少なくとも都市全体から力を集約する機能であることは即座に分かった。そこから予想を立て、ガイストの真の目的を知ったのである。



「要するにこの都市にいる奴は賢者の石の生成に巻き込まれ、魂を吸われて死ぬ。この都市にいる何十万もの人間から生み出されるのが賢者の石だ」

「へー……って私たちも危ないのですよ!?」

「問題ない。俺たちには死魔力がある」



 シュウは身体から黒いオーラを滲ませ、自分とアイリスの周囲を覆った。傍から見れば漆黒の球体になっているその内部にいれば、魔術効果が殺されて届かなくなる。



「さて、賢者の石が完成するまで大人しく待つか」

「流石ですねー」



 巻き込まれると分かっていながら欲しい物のために面倒なことをする。

 そんなシュウの行動にアイリスは少し呆れた。










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