第158話 地下の激戦


 その日、旧市街地は慌しかった。

 理由はただ一つ。

 軍と聖騎士が突入したからである。強制的に建物を破壊して取り締まることはないが、明らかに月光会の信者を狙っている。紋章を身に着けた信者を見つければ、即座に連行されるか殺されるだろう。



「教祖様! 聖騎士がまた!」

「軍までいます。どうしますか?」



 軍と聖騎士による合同作戦は少し前にもあったことだ。そして毒と迷路のような水路を上手く使うことで聖騎士を全滅させることに成功した。

 故に恐怖より、またかといった感情が強い。

 何よりこの報告を聞いても教祖は動揺を見せない。



「薄っぺらい神を信じる愚か者に見せるのだ。月の導き、魔術の力を」



 月光会は魔装の神エル・マギアを不平等な神としている。全ての信じる者を救うと宣いながら、魔装という選ばれた者たちを優遇するからだ。

 しかし月光会は違う。

 魔術は誰でも使える技術で、その気になれば魔力の少ない者でも扱える。不平等な魔装を魔石に変えて取り上げ、分配する。真なる平等こそ月光会の目指すところだ。

 弱き者、貧者たちはそれに賛同した。

 旧市街地という一種のスラムに住む者たちは月光会の教義を求めた。



「聖騎士など散らしてしまえ」



 教祖の言葉は絶対だ。

 エル・マギア神より与えられたとされる魔装を取り上げる教祖にして賢者ガイストの技術は、まさに神と等しい力。ガイストは教祖であると同時に信仰対象なのだ。



「やるぞ! 聖騎士を叩き潰す!」

「俺たちには魔石がある。絶対に通すかよ!」

「私たちを虐げた教会……許さないわ!」



 信徒たちは魔神教からも見捨てられ、虐げられてきた弱者ばかりだ。当然ながら恨みを持っている。特に幹部クラスの人間はそれが顕著である。

 彼らの脅威はガイストから与えられた魔石ではなく、その恨みの心だ。

 身を削ってでも、命を捨ててでも、必ず聖騎士と教会を潰すという思いこそ最も強い力となる。

 教祖の思惑通り、幹部の信徒たちは聖騎士を排除するべく駆けていく。旧市街地に住む他の信徒たちに呼びかけ、大群を以てして大軍を打ち破ることだろう。



「私も迎え撃つ準備が必要だな。頼むぞ冥王」

「ああ」



 ガイストの背後が揺らぎ、光学迷彩の魔術が解ける。

 返事をしたのはシュウだ。隣にはアイリスもいる。



「俺は例の『天眼』とやらがお前を狙ったら助けてやる」

「できるのだろうな?」

「容易いことだ」



 Sランク聖騎士、『天眼』のフロリア・レイバーン。彼女の魔装は百発百中の矢を放つというものだ。そして魔力の限りではあるが、射程に限界がない。しかし覚醒魔装士の彼女にはその限度などあってないようなものだ。勿論、一度に扱える魔力の限界は存在するが、国の一つや二つ先ならば充分に狙える。

 ガイストはそれを恐れていた。

 協力者であるバルゲートからの連絡がなければ対策もできなかっただろう。



「王宮から向かってくる聖騎士の精鋭は俺が相手しなくていいのか?」

「私一人で充分だ。既に仕込みは終わっている。私とて賢者と呼ばれた男。問題ない」

「そういうことなら、俺たちはまた隠れておくがな。それよりも顔色が悪そうだが、大丈夫なのか?」

「心配などいらん」

「ならいいがな」



 そう言ってシュウは魔術を発動させる。

 二人の周囲が再び歪み、その姿が消失した。勿論、見えなくなっただけでその場にいる。



(術式は完成した。後は聖騎士どもを待つだけだ)



 地下水道の奥深くに作られた一室。

 ガイストはそこで座し、目を閉じて待つ。

 しかしシュウの言った通り彼の顔色は悪く、どこか息も荒かった。






 ◆◆◆






 七人の聖騎士が音もなく地下を駆ける。

 王宮から旧市街地の地下水道へと抜ける隠し通路を通り、月光会本拠地を目指す一団だ。



「ユースティア、次はどっちだ?」

「地図によれば左です。この先からは僅かに足音がします。おそらくは邪教徒たちがいるものかと」



 ぴくぴくと頭部の動物耳を動かし、聖騎士ユースティアは答える。彼女は変身型の魔装士であり、半獣となって戦うことができる。そのモデルはキツネで、非常に耳が良い。今回の奇襲における索敵役だ。

 奇襲部隊のリーダーを務める聖騎士レイドスが命じる。



「ラゴス、お前の眷属でこの先を探れ。敵を見つけたらプレセアとゴードンの魔装で仕留める。音もなく……な」

「よかろう。まずは俺だな」



 ラゴスは眷属型魔装を発動する。召喚された白蛇は全長数メートル、太さも男の足ほどある。そして白蛇は分裂し、通路の先へと進んでいった。

 熱による感知があるため、真っ暗な地下水道での感知能力も優れているのだ。

 分裂した一体はラゴスの首に巻き付き、空気が抜けるような鳴き声を上げる。分裂した白蛇は感覚を共有しており、こうしてラゴスに情報を伝達できるのだ。



「……どうやら三人ほど待ち構えているらしい」

「では私たちの出番ですね。お願いしますゴードン」

「はい。プレセア殿は音の消去をお願いします」



 聖騎士プレセアは音を操る領域型魔装士である。その扱い方は多岐にわたるが、今回は奇襲部隊の隠密性を高めるために発動していた。

 足音、鎧の音、話し声、その全てを外部に漏らさない結界を張るのだ。ただし、この結界は外部の音も遮断してしまうため、常時発動はしていない。まずはユースティアが先に感知し、その後ラゴスが熱感知で詳細を調べ、プレセアが音を消して接近する。

 これが奇襲の手順である。

 そして先手を仕掛けるのは聖騎士ゴードンの役目だ。



「いきます」



 暗がりから音もなく飛び出す白き衣の騎士。

 月光会の信者たちは突然の奇襲に声を上げる暇もなかった。そして奇襲を知らせるべく叫ぼうとしたがもう遅い。首が絞まり、一瞬で呼吸も叶わなくなったのだ。



「すみません。しかしこれが神の御意志です」



 暗闇に潜む凶器。

 それは黒塗りのワイヤーだ。それを自在に操る魔装がゴードン最大の武器である。一瞬にして三人の月光会信徒を暗殺した。



「レイドス殿、終わりました」

「よくやったゴードン。先に進むぞ」



 聖騎士たちは先を急いだ。






 ◆◆◆






 アルマンド王国の東方にはロックス王国という国が存在する。

 この国の王都大聖堂の屋上に美しい金の髪を揺らす女がいた。少女というには大人びており、妙齢というわけでもない。

 彼女こそおよそ二百年を生きる最強の聖騎士の一人、フロリア・レイバーンである。

 フロリアは弓を構えたまま、じっと西の果てを見つめていた。



「見つけたわ」

「ま、真ですか!? ではすぐに狙撃して……」

「潜入した聖騎士の方だけどね」

「そちらでしたか……」

「逸るのはあなたの悪いところよリーン」



 従騎士の女リーンが落胆して肩を落とす。

 フロリアとリーンは今回の作戦の詳細を聞いている。そして彼女たちは隣国アルマンド王国に蔓延る邪教を討伐するにあたり、邪魔となる冥王を止めるために来た。

 元は巫女姫の予言があったので出動の用意はしていたが、冥王出現の知らせでそれが早まった。



「予言にあった傷のない死体。やはり冥王の仕業なのね」



 聖騎士セルスター、聖騎士ガランは共に冥王によって殺された。

 フロリアからすれば冥王アークライトは同僚を殺した仇ということになる。この機会は望むところだった。



「この矢で撃ち抜く。必ずね」



 自らへの誓いか、神への宣誓か。

 フロリアはそう呟いた。





 ◆◆◆






 月光会を包囲殲滅するための包囲網を構築したアルマンド王国軍は、ゲリラ的に出現する月光会信徒に苦戦を強いられていた。

 地図が失われた旧市街地の中での戦いは不利も承知だ。

 逆に月光会信徒の多くは旧市街地に住む貧民であり、地の利がそちら側にあるのは当然だった。

 しかし指揮を執る将軍アーリーも素人ではない。

 消極的戦術により被害を最小限に抑えつつ、着実に信徒を始末していた。



「将軍! 例の仕掛けが完了したと伝令が!」

「ようやくか!」



 そして彼が消極的な戦術を選択していたのは、ある作戦のためだった。



「では突出している部隊の撤退も完了しているな?」

「はっ! 元の陣形を維持しております」

「うむ」



 アーリーは魔装を発動させ、その手に拳銃を生み出した。

 彼の魔装は最新の武器であるリボルバー式の拳銃である。

 そして撃ち出す弾丸は爆発する。

 撃鉄を下げ、銃口を上に向けた。同時に引き金が引かれ、上空へと弾丸が発射される。その弾丸は魔装の力を発動させ、目立つ爆発をした。

 これこそが作戦開始の合図となる。

 各地で轟音と爆炎が上がった。



「作戦は成功です。複数の魔力反応が消失しました」

「うむ。流石だメルヤード」

「はっ! ありがとうございます」



 これは魔力レーダーとも言うべき魔装を持つメルヤードの作戦である。元から解体予定だった旧市街地を爆破するという単純なものだが、効果は大きい。

 まず開けた戦場が得られるため、軍にとって有利となる。

 次に月光会に爆破も厭わないという意思を見せつけ、士気を挫くことができる。

 そして最後に、この爆破によって敵を誘導することができるのだ。



「将軍、予定通りです。魔力反応がこちらに真っすぐ向かっています」

「迎え撃て! まずは降伏を促すことを忘れるな」

「はっ!」



 囲まれるようにして爆破されたとき、人々は無意識で安全を求める。次々に上がった火柱を確認して、ある場所だけそれがなかったならば、そちらが安全だと錯覚するのだ。

 勿論、それに気づかなかったり疑ったりする者もいるだろう。

 しかし愚か者が我先にと誘導されることで、集団心理がはたらく。

 戦いの素人でしかない月光会の信徒たちは自分たちに有利な戦場を捨て、自ら王国軍が防備を固めている拠点へと雪崩れ込むのだ。

 メルヤードの魔力レーダーにはその様子がしっかりと映っていた。



「情報があるかないかだけでこれほど違うとは……やはり諜報に力を入れるべきか」

「そうですね」



 前回の戦いとは正反対の圧倒的有利な状況にアーリーも呆れるばかりだ。

 今頃は奥へと突入している聖騎士も有利な戦いを演じている頃だろう。

 まさしく作戦通り。

 月光会殲滅作戦はアーリーが驚くほどに上手く進んでいた。






 ◆◆◆






 旧市街地の奥に進む聖騎士たちは二つの役目に分かれて戦っていた。

 一つは地上で派手に戦い、過激な月光会の幹部たちを引き付ける役目。もう一つは地下を進み、月光会信者たちとの遭遇戦と撤退を繰り広げる役目である。

 特に後者は重要だ。

 奇襲部隊による教祖捕縛を成功させるため、できるだけ月光会アジトを手薄にしなければならない。適度に戦って接戦を演じ、焦らして戦力を引きずり出す。もう少しで勝てると思わせることで次々と戦力を投入させる作戦だ。



「あと少しなのに! もっとだ! もっと連れてこい!」



 魔石を与えられた信者が叫ぶ。

 その間にも雷撃や炎が飛び交い、地下水道の水が氷結する。激しい魔術と魔装の合戦だ。しかし表面上は月光会が押していた。

 魔術陣もなくノータイムで次々と魔術を放つ月光会の魔石は脅威だ。

 万能な魔装と言い換えてもいい。



「《炎槍フレイム・ランス》!」

「《雷撃砲サンダー・ショット》だ」

「いけ! 《岩石砲ロック・ブレイク》!」



 魔術としては低位だが、狭い地下水道で連射されると脅威的だ。聖騎士だからこそ拮抗を演じることもできているが、これが普通の軍ならば瞬時に全滅させられていたことだろう。

 そして聖騎士は毒を警戒し、常に風の魔装使いが力を使っている。魔力の消耗を抑えるため、聖騎士たちは全力攻撃を控えていた。



「戦線を一つ前の通路まで後退させましょう。そちらに罠を設置しました」

「分かった。下がるぞ!」



 元から時間稼ぎと誘引の作戦とはいえ、月光会は手強い。

 一部の幹部が使う魔石もだが、何より絶対に聖騎士許すまじという意思が強い。彼らは自分の命が尽きても聖騎士を殺そうとする。魔力の限り魔術を使い、魔力が尽きても生命力を対価に魔術を使い続ける者がほとんどだ。

 聖騎士たちは抑えきれないと分かると即座に引き下がり、戦線を立て直す。

 戦い方が上手いのも聖騎士だ。

 死ぬまで戦い続ける兵士は厄介だが、そうと分かれば戦い方もある。



「攻めすぎないように。奴らの自滅を待つのです。こちらはじっくり待ち構えればいい。どれだけ戦線を下げても構いません」

「見事にこちらの罠を踏んでくれていますからね。罠を警戒してくれなくて困るくらいですが」

「だから今の内に仕掛けるのです」



 仕掛ける罠はワイヤートラップや爆薬トラップだ。

 ワイヤーでバランスを崩せばそれだけで有利になり、爆薬も殺傷力はなくとも怪我をさせれば戦力低下を期待できるだろう。戦場において厄介なのは死者を出すことではなく、治療可能な負傷者を出すことだ。怪我人の介護でさらに多くの人員を割かれることになる。これこそ聖騎士の狙いだ。

 表向きの戦いは徐々に激化していた。





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