第157話 黒幕たちの望み
ガイストという男は、その生まれを自分自身すら知らなかった。
彼は孤児であり、魔神教が運営する孤児院で育ったのだ。その性質上、幼き頃からエル・マギア神を信じていた。礼拝の日には必ず参加し、祈りを欠かさず、孤児院の仕事として清掃活動も進んで参加していた。
幼きガイストは信心深い信徒だった。
そして彼は魔装の才能と、将来を期待できる大きな魔力を宿していた。
「君は将来、良い聖騎士となるでしょう。今の内から聖騎士候補として聖堂に仕えなさい」
才能を見出されたガイストは、当時の司教の命令により聖騎士候補として訓練を受ける。当時十歳にも満たなかった彼には厳しい訓練ばかりだったが、孤児院の生活に比べれば恵まれていた。
それから五年が経ち、正式な聖騎士となる。
物質の形状を操作するという地味な魔装ではあったが、魔術との組み合わせで強力となり得た。
「ガイスト……まさか単独で
聖騎士の中にはガイストの才能を妬む者が多くいた。
「もう少し被害が出てから撃退すればよかったのだ。そうすれば地元の名士から多くの献金を期待できたというのに」
金勘定の得意な司祭はガイストを窘めた。
「貧民など救う価値もない。奴らを救ったところで意味はない。それならば金持ちを助けた方が我らが神のためにもなるというもの」
「その通りですね聖騎士長!」
「私たちの力は相応しき者のためにありますから」
傲慢な聖騎士長とその取り巻きは俗物であった。
幼き頃よりエル・マギア神の教えを信じてきたガイストは理想を打ち砕かれた。かつてのように人々を真に想い、魔物という脅威を取り除かんとする志は失われていたのだ。
総本山である神聖グリニアやその周辺国に行けばまた別だが、遥か遠く離れたアルマンド王国の聖堂は完全に腐敗していたのだ。
勿論、若く理想に燃えていたガイストは小さな抵抗をした。
魔物の噂を聞けば駆け付け、弱き者や貧民を率先して守った。何よりもエル・マギア神への敬虔な信仰を途切れさせることはなかった。
しかしガイストが三十歳を超えた頃、魔神教に見切りをつける事件が起こる。
「
つまり村を一つ犠牲にし、大魔術により一掃するという方法だ。
当然ながらガイストはそんな方法を許せず、反論した。聖騎士の中でも戦略級魔術たる第十階梯を扱えるのはガイストのみだ。多少の意見は聞き入れられると考えた。
だが作戦を伝えた神官は鼻で笑うのみだった。
「小さな犠牲でより多くの民を救うためです。そのようなことも分からないとは……」
結局、作戦はそのまま実行された。
ガイストが幾ら渋ろうとも、他の聖騎士は動く。
魔物が村人を喰らう間、他の聖騎士は村を土の壁で覆ってしまう。
もうガイストに選択肢はなかった。
《
そして任務より帰還したガイストは呆れ果てることになる。
「無辜の民を顧みず魔術で滅ぼすとは聖騎士にあるまじき行為。ガイスト、貴方を追放しなければなりません」
聖堂の司教はそう告げた。
ガイストは騙し討ちのような形で追放され、聖騎士の身分を没収されたのだ。
(神は確かにいるのかもしれない。だが信じるに値せず。弱き者たちを虐げることを許す神など、この私が地に落とそう)
孤児であったガイストだからこそ、弱者の気持ちが理解できる。明日のことすら考えることができない貧しい者こそ、本当に救われるべき。
解雇されたガイストは呆れこそすれ、悔やむことも恨むこともなかった。
(私が神となろう。天を支配しよう。不死王や冥王のような魔物でさえ、絶対的な力を持てば一種の信仰対象となる。ならば人たる私が救世主として強大な力を得れば……)
幸いと言うべきか、ガイストは嫌われ者故に結婚もしていなかった。
何をしようと自由であり、時間も充分にある。力を手に入れるための研究が始まった。覚醒魔装というものを知らなかった彼は、魔術を増幅する方法を考案する。
研究は何十年にも渡って続けられ、研究費を得るために宮廷魔術師となり、やがてその知識が認められて賢者とまで呼ばれるようになった。
(私は人を超える。人を超え、神とならねばならない)
それこそがガイストの目的であり、変わらぬ願いである。
◆◆◆
バルゲート・アルマニアは自らを革新的だと評価している。
それは間違いではなく、事実としてアルマンド王国を発展させるだけの才能もあった。しかし先代国王の意向とは合わなかった。それ故に王位を弟ドロファンスに奪われてしまった。
(魔神教に代わる新たな秩序が必要だ)
彼は魔神教の腐敗に気付いていた。
いや、正確には師であるガイストから教わった。
人々の拠り所として魔神教は必要だが、その腐敗は害悪となっている。特に魔物を屠る力が国から失われれば、その全てを害悪たる魔神教に依存することになってしまう。故にバルゲートは国力を高めるため、力を溜め込む必要性を提案したのだ。
(明日、ドロファンスの統治は終わる)
アーリー・カルトタクス将軍が率いるアルマンド王国軍、そして援軍として到着した聖騎士。その強大にして膨大な戦力を旧市街地へと進撃させる。そこに巣食う月光会を排除するという名目になっているが、全体指揮を執るバルゲートの目的は別だ。
冥王の助力を得て多くの魔装士を食い止め、無力化し、賢者の石を生成する。
絶大な力を得たガイストはアルマンド王国から魔神教を排除し、やがて新たな秩序として月光会を浸透させることだろう。
弱者すら強者に変える魔石は、腐敗した魔神教を覆す。
そして月光会と手を組むアルマンド王国は絶大な魔術師団すら設立できるだろう。
(周辺国の聖堂から叩かれることは間違いない。だが手は打ってある。あれだけの金を払ったのだ。しっかりと働いてもらうぞ……黒猫の『暴竜』)
バルゲートがやろうとしていることはまさに革命。
魔神教と総本山である神聖グリニアによって実質統治された大陸に波紋を呼ぶ行為だ。だからこそ、中途半端では潰されてしまう。圧倒的に、瞬時に、計画を成し遂げなければならない。
『暴竜』に依頼したのもそれが理由だ。
「――殿下? バルゲート殿下?」
「うむ。何だったかなカルトタクス将軍」
「はっ! オールドバーグ司教がいらっしゃいました。ここにお通しいたしますが、宜しいでしょうか?」
「通せ」
あまりにも深く思案していたせいか、バルゲートは自分のいる場所すら失念していた。
今はまさに戦の前日。
王城のある会議室にて最後の軍議を行うのである。この場に集められたのは総指揮を務める大公バルゲート、将軍アーリー、オールドバーグ司教、そしてそれぞれの側近である。
やがて城の女官が司教を連れてやってきた。
全員が席に着く。
「これより軍議を始めます。本作戦は月光会を名乗る組織の壊滅を主目的とします。また我が軍の調査により教祖と呼ばれる月光会のリーダーが確認されました。教祖の捕縛、または殺害を以て作戦を終了と定義します。異議のある方はどうぞ」
まずはバルゲートの側近が軍議の進行役として口火を切った。
とはいえ彼の言葉は確認のようなもの。今更、異議を唱える者はいない。
「その教祖とやらは聖騎士を殺害し、多くの民を誘惑する邪悪。私としましては殺害を推奨したいところですが」
「失礼ながら司教殿。部隊を率いる将軍として言わせていただきますが、月光会の全貌を暴くためにも此度の戦いでは捕らえるべきです。処刑は後でもできますので」
「そういうことならばよろしいでしょう」
「まずは聖騎士の戦力を教えていただきたい」
「数は六十六。その中にはAランクも多数います」
六十名を超える聖騎士というのは凄まじい戦力だ。これだけいれば都市を一つ落とすこともできる。月光会などひとたまりもないはずだ。
しかし油断はできない。
一度、メルゲート大聖堂の聖騎士は全滅している。
月光会は決して侮って良い相手ではない。
アーリーは潜入させたライン小隊からの情報を提示することにした。
「月光会は旧市街地の地下水道を勝手に広げているようです。どこからか資材を持ち込み、何かの工事をしていると情報を得ています。ただ地下水道の全貌は信徒たちも把握していないとのことで、おそらくは幹部級のみが知る事実でしょう。しかし幹部に探りを入れた私の部下は消されてしまいました。なんとか地下水道の地図を一部作らせましたが、充分ではありません。まずはこれを」
テーブルの上に大きな紙が数枚広げられる。
失われた旧市街地の地図を概要だけ再現したもの、分かる範囲での地下水道の地図である。またそのコピーだ。
まずアーリーは赤色ペンで旧市街地の地図に自軍の配置を記していく。
「まず我々は湖側へと奴らを追い詰めるように配置します。こうなれば奴らは背水を強いられる。確実に追い詰めることができる布陣です。この包囲は数のある我が軍で行いましょう。この位置に本陣を設置し、このように移動するのです」
矢印を書き込み、軍の動きを示す。
次に聖騎士の配置を記した。聖騎士六十六名は王国軍の包囲より内側に展開することになる。
「次に聖騎士ですが……オールドバーグ司教、前回の作戦で聖騎士が全滅した理由を把握しておられますか?」
「毒、と聞いています」
「今回も同じ手で全滅させられては愚かそのもの。故に策を講じます」
そう言ってアーリーはバルゲートに目を向ける。
深く頷き、彼が話し始めた。
「王宮から旧市街地に伸びる王族だけの脱出路が存在する。それが地下水道と繋がっているのだ。聖騎士の一部にはそちらから奇襲を仕掛けてもらう。司教殿の選んだ聖騎士にそれを教えよう」
「なるほど、しかし殿下、それを教えていただいてよろしいのですか?」
「旧市街地への抜け道は既に放棄しているものだ。新しいものがある。元から余計な抜け道として近い内に解体する予定もあった。故に構わんのだ」
「そういうことでしたら、存分に利用させていただきましょう。感謝いたします。破棄されたとはいえ、王族の秘までも明かしてくださるとは。エル・マギア神も大いなる祝福を雨の如く降らせることでしょう」
神の祝福があるように。
それは教会に属するものたちの常套句だ。それさえ言えば喜ぶと勘違いしている。国家を超える大組織としての優越感からか、神に仕えるという矜持からか、どこか王族すら見下している節があるのだ。
バルゲートはそれを良くない風潮だと考えていた。
(余裕でいられるのも今の内だ)
こうしてわざわざ王族の抜け道を教えて月光会の殲滅に協力しているのは、冥王という切り札があるからだ。聖騎士六十六名など戦力としてあってないようなもの。
そして冥王と魔女は十数日前にメルゲート大聖堂を破壊し、旧市街地へと消えている。
アーリーもその点を気にしていたらしく、オールドバーグにそれを尋ねた。
「司教殿、聖騎士で冥王を止めることはできるのでしょうか? 確実に現れるとは限りませんが、対策はあるのでしょう?」
「勿論です。私が治療を受けている間に神聖グリニアより連絡がありました。『天眼』の聖騎士が援護してくださるそうです。隣国、ロックス王国王都大聖堂にて待機してくださっています」
「『天眼』ですか? 確か国を隔てても邪悪を射抜くといわれる聖騎士でしたか。しかし今回は地下の戦いです。如何にかの聖騎士でも、地下を見抜くことすらできるのですか?」
「最高位の聖騎士と呼ばれるに恥じぬ力であると保証しましょう。勿論、かの聖騎士は大地すら透過して邪悪を仕留めます。『天眼』から逃れることはできないのです」
「それは安心です」
ここ百年と少しで、神聖グリニアは多くの覚醒魔装士を失っている。それも『王』の魔物を相手にだ。
さらに言えば冥王はかつてのスバロキア大帝国を含め大量の覚醒魔装士を葬った実績がある。もはや直接ぶつけようとは考えない。
苦肉の策というわけではないが、対抗策として遠距離から一方的に射貫くことを考えた。
『天眼』のフロリアは弓の魔装士だ。国を越えるほどの距離から一方的に攻撃することができるため、少なくとも冥王に殺されることはない。
「『天眼』の聖騎士による援護を期待できると考えてよろしいですか?」
「はい。将軍がお望みならば、教祖とやらを探し出して射止めることも可能でしょう」
司教は不敵な笑みを浮かべた。
彼らにとってSランク聖騎士は最も神の恩恵を深く受けた存在だ。魔装を極めたが故に不老にまで至った彼らは英雄であると同時に神の使徒。失敗のイメージがあるはずもなかった。
「教祖は必ず捕えなければなりません。狙撃は遠慮していただきましょう。まず、司教殿の意見を取り入れ聖騎士の部隊を分けましょう。奇襲部隊は隠密性と実力から判断していただきたい」
「いいでしょう。私にお任せください。まずは――」
着々と軍議は進み、詳細はすぐにまとまる。
軍議そのものは専門家であるアーリーとその側近が中心となってまとめていくが、総指揮官としてバルゲートも所々で口を出した。
この戦いはバルゲートにとって茶番。
好きなように操作できる。
(例の『天眼』は対応しなくてはな)
予想外であり、同時に予想通りの戦力。
バルゲートはその対策だけはしっかり講じることにした。
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