第156話 意図的落雷


 月光会はメルゲート大聖堂と国軍のどちらの予想も裏切る戦力だった。聖騎士は壊滅し、軍も特殊部隊を潜入させての撤退となる。

 将軍であるアーリー・カルトタクスは国王や大臣、また軍関係者に作戦結果を説明していた。



「――以上となります。月光会の殲滅には失敗しましたが、現在は情報を集めております」



 彼の報告は任務失敗に近いものだ。

 当然、批判は生じる。



「将軍の報告ではほとんどを聖騎士に任せていたようだが……それは任務に対する怠慢ではないかね?」

「しかも聖騎士全滅後に撤退までするなど」

「いやいや。将軍の判断は正しいと思います。聖騎士が壊滅したのですから、下手な突撃をされるよりはよい判断だったと思いますよ」

「だが陛下の意向を無視した命令を出したことに変わりはないぞ」

「いたずらに陛下の兵を消耗するよりはよかろう」



 アーリーの判断は意見の分かれる所だ。批判七割、擁護三割といった様子である。

 だが最終的な判断は、やはり国王が下すことになった。



「よせ。彼はよくやってくれた。その判断も間違いではない。我が国の戦力を消耗することなく月光会に部隊を潜入させた功績を称えよう」

「はっ! 陛下の恩情に感謝いたします」

「お前はよくやってくれてる。今後も私に尽くすがよい」



 国王が良いと言えば、アーリーには功績だけが残る。月光会殲滅を成し遂げることができなかったことは許されたのだ。

 この決定に異議を唱えることができる者は滅多にいない。

 しかし、この場にはそれができる者もいた。

 大公バルゲート・アルマニアである。



「陛下、月光会の脅威が終わったわけではありません。またカルトタクス将軍は月光会の殲滅を達成できていない様子。ならば継続して任務を成し遂げていただかなくては」



 直接的な批判や国王に対する異議というには微妙な言い方だが、要約すれば責任を取らせろというものだった。



「よせ兄上。これはもはやカルトタクス将軍だけに任せる案件ではない。情報を集め、綿密に計画を立てるべきだ」

「それが甘いのですよ陛下。月光会は急激に力を付けているのです。放置すれば放置するほど手が付けられなくなる……それは分かり切っているでしょう。早期に確実に殲滅しなければならないのです。陛下がお許しくださるなら、私が殲滅計画を主導しましょう」

「何? 兄上が?」

「月光会は私が管理している地下水道を利用していると判明しております。ならば私も責任を持つべき。そうではありませんか?」

「一理あるか」



 話をまとめると、バルゲートが計画を主導し、アーリーが実際の殲滅戦で指揮を執るということだ。

 そしてこの提案は大公からのものである。

 反対する者はいない。

 ドロファンス王は当事者となるアーリーに目を向けた。すると意図を察して答える。



「陛下。私には責任を果たす準備があります」

「……よかろう。では月光会の殲滅は大公に一任する。カルトタクス将軍はそれを補佐せよ」



 アルマンド王国の方針は決まった。

 計画通りバルゲートは軍を動かすための主導権を手に入れたのだ。まさかそれが最悪の計画に手を貸すことだとも知らず、この場にいる者たちは安心してしまった。



(これで……また計画に一歩近づいた。厄介なのはカルトタクス将軍だが、私が上に就いた以上、奴も逆らえまい。あの化け物を刺激しないように立ち回らなければ)



 バルゲートは内心、冥王に怯えていた。

 利用するつもりではあるが、その気紛れさは脅威的だ。

 故に表面的な指揮官であるアーリーは盾として必須なのだ。

 しかし彼を小心者と侮ることはできない。冥王は決して敵に回してはいけない存在の象徴なのだから。






 ◆◆◆






 シュウとアイリスは魔石の解析をほとんど終えていた。

 そして賢者ガイストに協力するにあたって、聖騎士を地下水道へとおびき寄せることにした。



「じゃあ、やるのですよー」

「ああ」



 二人はメルゲート大聖堂の上空に浮かんでいた。

 しかも顔を晒して。

 魔神教によって指名手配されている二人がわざわざ顔を見せる意図は一つだ。聖騎士の誘い出しである。

 アイリスは時を止めた。



「魔術陣は平面ですよね?」

「その方が分かりやすいからな。俺たちがやったって」



 魔装によって時が止まった世界でも、シュウとアイリスは動ける。そしてアイリスは莫大な魔力によって術式を編みこみ、巨大な魔術陣を大空に投影した。

 それは首都メルゲートを覆いつくすほどの大魔術陣だ。

 当然、禁呪クラスである。

 覚醒したアイリスの魔力は自然回復を続け、容易く禁呪を完成させた。



「完成しました。いつでも放てるのですよ!」

「やれ」



 その言葉を聞くと同時に、時間停止を解除する。

 つまり一瞬にしてメルゲートを覆うほどの大魔術陣が出現したことになるのだ。そして空を見上げる聖堂の神官たちは当然のようにシュウとアイリスを発見する。

 どこかで見たことのある顔。

 何か引っかかる顔。

 そして彼らは気付くのだ。冥王と魔女が現れ、大魔術を発動しようとしていることに。

 しかしもう遅い。

 自然を操る禁呪は落雷の条件を満たした。



「《龍牙襲雷ライトニング》なのですよ!」



 発動した雷撃が大聖堂を撃ち抜く。

 自然界の落雷など話にならないほどの超高威力な一撃だ。勿論、落雷そのものに破壊力はない。しかしそれが被雷物を破壊した時、その衝撃波によって周囲の物体を吹き飛ばす。大聖堂の窓ガラスは衝撃波で粉砕され、落雷で生じたジュール熱が木造部分を燃やし、散った火花がさらなる被害をもたらす。

 聖堂に備蓄されている火薬に引火したのだ。

 銃や爆弾といった兵器が一般的になりつつある今、聖堂の聖騎士も剣や槍だけで戦うのは時代遅れである。その手の魔装ならともかく、少なくともサブウェポンとして銃を持つことは珍しくない。

 しかし、それが仇となった。

 備蓄された火薬が大爆発を引き起こし、聖堂の一部が吹き飛ぶ。



「充分だな」

「凄いことになりましたねー。あ、こっち見ている人がいるのですよ」

「予定通りだ」



 こんな大事件を起こしたのだ。

 明らかに犯人であろうシュウとアイリスは注目を浴びてしまう。そして当然、注目を浴びればその正体にも気付く。

 シュウも所々で冥王や魔女といった言葉が叫ばれているのを耳にした。



「旧市街地に行くぞ」

「はーいなのですよー」



 アイリスも百三十一歳だ。全くそれを感じさせない若さと美貌を保っているが、生きた年月は凄まじい。当然のように飛行魔術も会得している。もうシュウの手助けすら必要ないのだ。

 二人は一般人でも見える程度の速度で、旧市街地へと飛んでいった。







 ◆◆◆







「う……あ……」

「司教! オールドバーグ司教! 目が覚めたのですね!」

「わ……たしは?」

「無理に喋らないでください。司教は重傷を負っておられます」



 オールドバーグはぼんやりとする思考を徐々にはっきりさせる。そして最後の記憶を思い出した。



(そうだ。祈りを捧げていたら白い光と轟音が……ぐっ)



 全身が焼けるような痛みが思考を妨げた。

 彼は意識こそ取り戻したが、全身に火傷を負っている。死ななかったのは陽魔術で治癒されたお蔭だ。付き添っていた神官が事情を説明する。



「大聖堂が魔術攻撃されました。司教はその被害に遭われたのです。礼拝堂は火事で焼け落ち、備蓄庫は火薬に引火したことで壊滅しました。この奥の間は被害を免れましたが、神官たちも多くが負傷しています。死者も幾人か出てしまいました」



 寧ろ禁呪での死者が数名だったことを喜ぶべきなのだが、それは単にアイリスが死者が少なくなるように狙った結果だ。元から《龍牙襲雷ライトニング》は被害範囲の小さな魔術なので、このような芸当も可能なのである。



「犯人はおそらく冥王と魔女。神に仇為す者たちです。多くの者が目撃しました。そして魔術を撃った後、旧市街地へ消えていくのも。今は近くの聖堂からの援軍を待っている所です」



 冥王アークライトと魔女アイリスによる聖堂の直接攻撃。

 それは歴史上において初の事件である。街や都市ごと破壊されたことはあれど、ピンポイントで聖堂だけを狙われたことはなかった。



「わ、私は……どれ……眠って……」

「司教が眠っておられたのは一日です。明日には応援の聖騎士も到着いたします。どうか司教はゆっくりと傷を癒してください。もう少し経てば陽魔術を扱う神官が来ます。まずは体を治してください」



 この大事件のせいで聖堂は大混乱の最中にある。

 聖堂の管理者でもある司教は重傷であり、他にも多くの神官が負傷している。また冥王が現れたということが市民にも広がっており、メルゲート自体が恐怖に包まれている。王家と協力して必死に情報の隠蔽を進めているが、暴動に発展するのは時間の問題だろう。

 まさに冥王の思い通りだった。







 ◆◆◆







 賢者ガイストは頭を抱える思いだった。

 その原因は目の前で寛ぐ冥王と魔女である。



「……何ということをしてくれた」

「だがお蔭で大量の魔装士が一斉に来るぞ? 計画通りだと思うがな」

「それはその通りだが」



 シュウの目的は賢者の石だ。

 そのためには大量の魔装士を生贄として用意する必要がある。魔装を抽出して生み出す魔石の上位互換が賢者の石なので、材料である魔装士の必要数はかなりのものとなる。軍の魔装士や聖騎士が大挙してやってくるのは望むところだ。

 当然だが、シュウならば全く問題にならない。

 手加減して意識だけを奪うこともできる。



「約束は守ってくれるのだろうな?」

「ああ、賢者の石さえ見せてくれればな」

「これほどのことをやってくれたのだ。こちらの事情に合わせてもらうぞ」



 ガイストからすればシュウのやったことは憤慨ものだ。まだ全ての準備が完了する前に大戦力をおびき寄せようとしているのだ。

 普通の感性ならば、大量の聖騎士と軍の魔装士が一挙にやってくる状況は最悪でしかない。

 魔石によって戦力の底上げは可能だが、限度がある。



「それでいい。何が望みだ?」

「賢者の石を生成する魔術陣の完成までもう少しかかる。それを補佐してもらいたい」

「なんだ。まだ完成していなかったのか?」

「バルゲートの支援も既に必要ない。資材は充分だ。だが信徒たちを全て使っても十日はかかるだろう」

「それならバルゲートとやらに言っておけよ」

「うむ。私も同じことを考えていた。聖騎士共と歩調を合わせ、こちらが完成して以降に出陣するように言っておこう」



 元からガイストも冥王をコントロールできるとは思っていなかった。しかしこれほどまでに扱いにくい存在であるとは予想もできない。

 勝手に敵を増やしてくるなど言語道断だ。



(全く……計画外ばかりだ。しかし私の真の目的……冥王にも邪魔はさせん!)



 ガイストにも目的はある。

 そのために月光会を組織し、賢者の石を開発した。

 たとえ冥王であっても、それを邪魔されたくはない。彼も虎視眈々と狙っていた。邪魔になるであろう冥王の命を。





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