第154話 月光会⑧


 複雑な地下通路を通り抜け、シュウとアイリスは小さな扉の前まで案内された。同じような景色が続くため、素人が踏み込めばあっという間に迷ってしまうことだろう。



(まぁ、最悪は地上までぶち抜けばいい)



 しかしシュウは全く心配していない。

 そもそも地図をしっかりと思い浮かべていれば、迷うこともない。地下通路が自動的に組変わるような仕組みでない限り、問題なく脱出できる。



「この中の奥が教祖様の研究室だ。今は捕らえた聖騎士を使って賢者の石を生み出す研究をしている」

「賢者の石です?」

「その通りだ。知っての通り、我々の最終目的だ」



 シュウもアイリスも知らなかったことだが、勘違いしてくれて何よりだった。



(魔石の完成版が賢者の石、ということらしいな)

(みたいですね)

(それよりもアイリス、迂闊なことは言うな。さっきのも運が良かったからバレなかったが、下手をすれば疑われていたぞ)

(はーい……)



 テレパシーで会話している間に、扉が開かれて奥へと案内される。教祖の部屋と聞いて煌びやかなものをイメージしていたが、中は随分と質素だった。

 魔神教の聖堂と同じように考えてはいけないということだろう。

 このアルマンド王国で密かな影響力を持つ月光会と、世界レベルで信仰されている魔神教では格が違うということだ。



「あまりこの辺りのものは触るな。教祖様が実験で生み出されたものを放置されていることもある」

「危険なものもあるのか?」

「触れただけでは問題ないハズだ。だが、魔力を流し込むと爆発することもある」

「なるほど」



 シュウでも原理は分からないが、魔力を流して爆発するのならば一種の魔道具ということだ。それも爆弾に似た効果がある。

 しかしただ爆発するだけの魔道具なら、あまり意味はない。既に火薬は開発されており、魔術師や魔装士でなくとも爆発は引き起こせる時代なのだ。魔装士は本当の意味で少数精鋭化されつつある。爆弾や銃火器による遠距離からの一方的蹂躙こそ、現代の戦い方。仮に魔神教が世界を管理していなければ、大陸は凄惨な戦争によって焼き尽くされていただろう。

 シュウやアイリスからすれば鬱陶しい魔神教も、人類のために一定の効果を出しているのだ。



「それで、賢者の石の作成は成功しそうなのか?」

「状況は芳しくない。しかし教祖様は完成のための計画を進行中だ。聖騎士の魔装を抜き取っても魔石しか生まれないということはほぼ実証されている。覚醒魔装士ならば話は別かもしれないから、確実性はない」

「魔装から、賢者の石か」

「私からすれば魔石でも充分だと思うわけだが……教祖様は満足されていない」



 男は部屋の一番奥にある扉の前に立ち、一度振り返った。



「この奥が最も重要な教祖様の研究室だ。この奥で見たことを不用意に話してはならない。分かったな?」

「ああ。ところでこの奥が実験室に直接繋がっているのか?」

「いや、サンプル倉庫や実験室、そして研究資料倉庫が――」



 だが、男は全てを言い終わる前に倒れた。

 呼吸は止まり、心臓の鼓動も消失する。シュウの死魔法で殺されたのだ。



「案内ご苦労。もうお前は不要だ」

「酷いですねー」

「こいつは生きていた方が厄介だからな」



 ついでにここまで抱えてきた男、気絶したラインも殺して放り捨てる。

 シュウはドアノブを捻り、グッと押した。






 ◆◆◆






 三日月の紋章が刺繍されたマントの人物が四人。

 その内の一人は青白い石を天秤のような機械に乗せて、何かをメモしていた。



「教祖様、魔装の力に応じた質量変化を観測しました。これまでのサンプル計測結果と一致しています」

「ふむ。では密度はどうだ?」

「体積は変わらず、ですね。教祖様の仰った通り、器に魔力が注がれた分の密度が増加したと思われます」



 彼らは捕獲した聖騎士から魔石を作成していたのだ。既に魔石を生み出すプロセスは確立されており、今は生み出した魔石の性質を解析しているところだ。解析には様々なサンプルが必要となるため、今回得た魔石も重要な実験結果となる。



「では魔力の充填機能はどうだ?」

「無事に機能していますが……効率は悪いですね。今の魔石ですと、空の状態から最大値となるまで最低八十日は必要です。ただ、これは自然充填の場合ですので、意図的に魔力を込めた場合はまた異なります」

「自然充填機能を高める必要があるな。しかし使い捨てでなくなったことは進歩だ」



 教祖と呼ばれる老人を中心に、助手の三人がせっせと記録を取っていく。今回は貴重な聖騎士から取れた魔石だ。そのデータは期待できるというもの。

 そこに扉が開かれた。

 捕らえた聖騎士長でも運ばれてきたのかと考え、教祖は振り返る。だがそこにいたのは悍ましいまでの魔力を有する男女だった。



「なっ……」



 そして老人はこの男女を見たことがあった。

 会ったわけではない。

 見たのは魔神教が発行する指名手配書の人相描きである。袖に月光会の紋章が描かれてはいるが、どう考えても変装だった。



「お前たちは……何が目的だ?」

「ほう。俺たちが侵入者だと気付いたか」



 侵入者であるシュウは、恐れの目を向けられたことにすぐ気づいた。しかもその目には覚えがある。冥王アークライトであると気付かれた時の目だった。



(俺が冥王だと分かっているな。あの老人が教祖か)



 シュウは手を伸ばし、死魔法を発動させる。狙われたのは助手の三人であり、生命力を奪われて一瞬で死に至った。

 悲鳴を上げる間もなく死んだ三人を見て、教祖はビクリと震えた。

 久しぶりの恐怖。

 長く感じたことのなかった死の危険。



(ここで殺されるわけにはいかない……なんとか交渉を……)



 戦って勝利できるとは思わなかった。

 大規模魔術を楽に扱える魔石があったとしても、冥王には決して勝てない。覚醒魔装士を容易く葬るのが『王』の魔物なのだ。魔神教ですら、百年以上も決して挑むことなく力を蓄えている。



「お前は冥王アークライトだな?」

「やはり俺を知っているか」

「ここに来たのは私の魔石が目的か? それとも別の何かか?」

「魔石が目的だ。とはいっても、現物じゃなく作り方だな。見せろ」



 交渉を仕掛けてみたものの、返ってきたのは一方的な脅迫だった。

 しかし教祖に断るという選択肢はない。



「……よかろう。そこの床に描かれているのが術式だ」



 自信の研究成果だが、まだ失敗作でしかない。少しばかり惜しいが、死守するべきものでもないのだ。命がかかっているなら、選ぶべき選択肢は決まっている。

 シュウとアイリスは見せられた術式を議論し始めた。



「陰魔術と陽魔術の組み合わせか?」

「見たことのない魔術陣もありますねー」

「だが理論は大体わかった。この理論で完成させようと思ったら、相当大きな魔術陣と大量の魔力が必要になりそうだな」

「完成ですか?」

「ああ、術式から魔石の完成品……賢者の石のコンセプトは理解した。魔術陣の自動生成、魔力の補助供給、そして魔力自動充填機能が主な性質だな。魔術陣の自動生成は魔装の性質を取り込んでいるからいいとして、魔力充填が致命的に噛み合っていないな。色々と術式を迂回して、大規模にしないと」

「でもシュウさんの立体魔術陣なら簡単ですよね?」

「ああ。もう全部理解した」

「他にも色々問題はあるけど、解析すれば魔装を元にしなくても術式固定型の賢者の石を生み出せるかもな。術を石の中に閉じ込めておけるというのは有用だし、これは使える」



 シュウほどの魔術演算能力があれば、この程度は容易いことだ。



「後はできれば賢者の石の現物が欲しいところだな。おい、もう完成品はあるのか?」

「……完成品はまだだ。しかし、完成のための計画は進んでいる」

「へぇ? どんな計画だ?」



 ここだ、とばかり目を光らせ教祖は答えた。



「私はかつて賢者と呼ばれた男。今の陛下と大公殿下の教育者でもあった。その繋がりで大公殿下と協力し、大きな計画を進めている。この地下水道を利用し、大量の人間を賢者の石の材料とするのだ。足りない魔力を数で補うというわけだ」

「そんなことが可能なのか?」

「可能だ。魔装には小さな思念に反応して自動的に魔術陣を体内に組む性質があると分かっておる。その性質を封じ込め、万能化させたものが魔石。つまり多くの魔装を取り込めば、理論上だが性能は向上する。賢者の石を生み出せる可能性がある」



 教祖は口調こそ落ち着いているが、決死の綱渡りをしている気分だった。言葉を一つ間違えれば即座に殺されるかもしれないという緊張。そしてこれまで積み重ねてきた計画が崩れ去るとも限らない緊張。



(これは賭けだ……)



 冥王が賢者の石に興味を示していることから、それを餌に協力を持ち掛ける。それが教祖にできる唯一の生き残る手だ。だからリスクを承知で一部とはいえ秘密の計画を話した。



(ここで殺されては何のために計画を立てたのか……)



 じっと見透かすような視線を向けられ、教祖は下着がじっとりと汗ばむのを感じる。気を抜けば足が震えそうだった。

 賢者の石は命を賭してでも手に入れたいものだ。

 だが、ここはまだ命を懸ける場面ではない。

 相手が悪すぎる。



「なるほどな。魔石を賢者の石にするにはどれだけの魔装士が必要なんだ?」



 この問いかけに教祖は一瞬だけ息が止まった。

 冥王が口にした質問の意味を理解するため、深呼吸する。



「多ければ多いほどいい。百人でも、二百人でも」

「そうか。なら俺が手伝ってやろう」

「何?」

「ああ、賢者の石は有用だ。俺に完成品を見せてみろ。少しぐらいは協力してやる」



 生き残った。

 しかし教祖は安堵を見せることなく、その協力を受け入れた。



「心強い。私は賢者と呼ばれた男、ガイストだ」

「冥王アークライト。こっちはアイリスだ」

「なのですよ!」



 この時点でアルマンド王国の未来は決まっていた。

 しかし歴史的瞬間を目にした第三者や記録した書物は存在しない。ただ闇の中で、誰にも聞こえない破滅へのカウントダウンが始まった。






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