第153話 月光会⑦
時を止めて地下水道を歩くシュウとアイリスは、大きな空間を発見した。明らかに地下水道とは関係のない地下構造物である。
「これが月光会の潜伏場所ですね」
「そのようだな」
「時間を止めたまま中を捜索しますか?」
「堂々としていれば大丈夫だろ」
シュウは幻影の魔術を発動し、自分とアイリスの服の袖に三日月の印を付ける。これを付けている限り、仲間の信者と思われることだろう。
常に時を止めるのもアイリスの負担になる。
こうした方が効率的だ。
「挙動不審な態度を取らなければ大丈夫だろ」
「じゃあ時間を進めますねー」
二人は中を捜索し始めた。
◆◆◆
軍の命令で月光会の内部に潜入したライン小隊は、順調に内部情報を集めていた。まず彼らは地下拠点を歩き回り、その構造を把握していた。
(これは驚いたな……)
隊長のラインは透明化の魔装を利用して、普通の信者では侵入を許されていない場所に入り込んでいた。見事な隠形と魔力隠蔽もあり、彼を発見するのは非常に難しい。
そして彼は地下の巨大さに驚いていた。
(ただの闇組織というわけではあるまい。大きな財力を持つ存在がバックに付いているということか)
闇組織によってはこの程度の拠点を生み出す財力を持っていることもある。古くから世界で暗躍する黒猫などもその一つだ。だが、月光会は最近になって活動を始めた組織である。これだけの大工事を誰にも気づかれることなく行える財力があるとは思えない。
その答えが、スポンサーの存在である。
今は管理者がいないとはいえ、国家事業として構築された地下水道をこれほどまで好き勝手にできるのだから、並大抵の金持ちではないだろう。
(余程の大金持ちか……まさか王族が? 確か水道事業は陛下の兄……大公殿下が担っていたはず。これは疑うべきなのだろうな)
こうして表面的な情報から真理に近い事情へと思い至るのだから、彼の優秀さがよく分かる。そして彼は自分の予測を確信に変えるべく、更に奥へと進もうとした。
だが、すぐに何かを感じて立ち止まる。
そして気配を鎮め、隠形に集中した。近づいてくる二つの気配と魔力を感じたのだ。
(透明化しているとはいえ、ここは大人しく待つか)
ここまで奥に来ると、月光会のマントが与えられた幹部クラスの信者しかいない。魔術を至上とする月光会の幹部は皆が優秀な魔術師なので、下手をすれば魔力感知されてしまう。
ラインの判断は正しい。
しかし運が悪い。
「ちょっとシュウさん。こんなところまで来ていいんですか?」
「ここまで来ないと何も分からないだろ」
「それはそうですけど」
「堂々としていればいいんだよ。咎められることもない」
通路の向こう側から話し声と足音がする。
ラインは若い男女を発見した。袖に三日月の印があるので、月光会の信者であると予想できる。しかし幹部たちのようにマントが与えられているわけではない。幹部クラスのメンバーだけがいるはずの場所で、そうでない者がいたのだ。ラインは頭の中で疑問符を浮かべた。
(何者だ?)
近づくにつれて男女の人相がハッキリと分かる。ラインはどこかで二人を見たことがあるように感じたが、すぐに気のせいだと断じた。
それが教会の発行している指名手配書の人相絵だと気付けば、彼の運命は変わっていたかもしれない。
「おい、アイリス」
「何ですか?」
「気付け。そこに隠れている奴がいるぞ」
「え? どこです?」
その会話を聞いてラインはパニックになりかけた。
まさか自分の隠形を容易く見破ってくるとは思わなかったのである。
(これ以上は隠れても無駄か)
一瞬で決断したラインは、透明化したまま襲いかかった。魔力感知で見破られているとはいえ、透明化の恩恵は大きい。特に近接戦闘では読めない攻撃を一方的に仕掛けることができるからだ。
しかし相手が悪い。
全身が砕けるような衝撃を受け、ラインは吹き飛んだ。そのまま壁に叩きつけられる。骨が幾つか折れる感覚がした。魔装も解除されてしまう。
(何、が……)
意識が薄れるほどの痛み。
近づいていくる二人の足音だけが耳に残り、そのまま気絶した。
◆◆◆
シュウは指先で青白い石、魔石を転がしながら吹き飛んだ男を見下す。
「なるほど。少し出力をミスしたな。ここまでするつもりはなかったんだが……」
「魔石の出力強化ですね」
「思ったより使い辛いな……このあたりは要練習か」
魔術の威力を誤ったことについては問題ない。
だが、これだけの威力で吹き飛ばして、吹き飛ばした先の壁を少しばかり砕いてしまったのだ。その音を聞いて駆けつけてくる者がいることは容易に予想できる。
シュウの予想はすぐに立証された。
「何があった!」
やって来たのはたったの一人。
月光会のマントを纏った男である。首からネックレスのように魔石を下げていた。そして彼が見たのは魔石を手に持つシュウとアイリス、また倒れる男である。
意味不明であった。
「そこの二人、説明をしてくれるのだろうな?」
「説明……か」
「シュウさん、どうします?」
「まぁ、取りあえずは話してみるか。試しにな」
ここで即座に敵対してくるのならば、シュウも死魔法で片付けるつもりだった。しかし、話を聞いてくれるということなら事情を話すことも吝かではない。
(引っかかるかどうかも試したいし)
情報を得るには拷問より会話の方が楽だ。
残念ながらシュウには強制的に情報を引き出すスキルがない。そこで一芝居打つことにした。
失敗すれば強硬手段に変更すれば良いのだ。
やって損はない。
「その男は侵入者だ。透明化して隠れているところを発見し、気絶させた。教祖様に報告しておきたい」
それを聞いた幹部の男は考える。この場所で透明化していたということなら、確かにおかしな話だ。潜入していましたと言わんばかりである。
月光会は魔装士の誘拐という事件を起こしているため、世間からも注目されている。密偵が紛れ込んでいたとしても不思議はない
(この男からは色々と聞きだす必要がありそうだな。教祖様への報告もした方がいいか)
怪しい者を抑えたという事実から、シュウとアイリスも侵入者であるという発想が浮かばなかった。シュウとアイリスの罠にかかったというわけである。
月光会は大きくなりすぎた。
幹部の男も、全てのメンバーを把握しているわけではない。
見ない顔だとは思っていたが、そこまでだった。
「そうだな。よし、一緒に教祖様の所に行こう。事情を説明してもらう」
罠にかかった。
シュウは内心で喜びつつ呆れた。
(予想はしていたが……杜撰な管理だな)
しかしこれで楽に教祖と面会できる。
そして教祖と会えばシュウとしてはこんな地下水道に用はない。
「俺がこの男を連れて行く」
シュウは振動魔術でラインの脳を揺らし、意識を完全に奪う。しばらくは目を覚ますこともないだろう。そして気絶したラインを肩で担いだ。
その手際に幹部の男は感嘆を漏らす。
「ほう。やるな」
魔術を至上とする組織だけあって、優れた魔術の使い手は優遇される。幹部として取り立てられる者は全員が優秀な魔術師であり、シュウの魔術は興味深かった。
透明化を見破ったという感知力も優秀さの証しだ。魔術師は魔力を現象に変換する者である。魔力の扱いが疎かでは話にならない。
男を担いだシュウを見る限り、身体能力も中々だと評価できる。
「私は教祖様への拝謁を許されている。私が案内しよう」
幹部の男はマントを翻し、奥へと去っていった。
◆◆◆
聖騎士壊滅の報告はすぐに大聖堂へと知らされた。
これがただの噂話ならば司教を含む神官たちも一蹴したことだろう。だが、他ならぬアルマンド王国軍の正式な報告書なのだ。真実だと判断するしかない。
「侮っていた……所詮は闇組織の一つだと……」
オールドバーグ司教は項垂れる。
しかし今回の判断について彼だけを責めることはできない。通常、聖騎士を派遣すればどんな闇組織だろうが壊滅できる。月光会の件もすぐに解決できると思っていたのだ。
そもそも聖騎士で解決できない事件が皆無に等しい。
力の統制をしているのだから当然だ。強者は国家や魔神教に仕える。闇組織にいるのは大したことのない者ばかりだ。
「司教様、やはりここは神聖グリニアに救援を求めましょう。聖騎士を壊滅させるほどの組織です。予言を頂けるかもしれません。もしかするとSランク聖騎士の派遣も……」
「馬鹿を言うな。何日かかると思っている! 近隣都市の大聖堂から派遣してもらった方が早い!」
「いや、それよりもやはり予言だ。我々には月光会の情報がなさすぎる」
オールドバーグ司教は目を閉じて悩む。
早急な解決策か、確実だが時間のかかる手段の二択だ。今回の場合、聖騎士が全滅してしまったという点がネックとなる。つまり聖騎士がいないことで、魔物討伐という魔神教の役目を果たせないということが大きな問題なのだ。
(うむ? そもそもどちらかを選択する必要はないのではないか?)
しかしオールドバーグ司教は閃く。
何もどちらかを選ぶ必要はないのだ。褒められた行為ではないが、周辺都市の大聖堂から援軍を貰いつつも神聖グリニアに予言を申請した上で援軍要請すれば良い。
流石に神聖グリニア本土の聖騎士は練度も魔装も桁違いだ。予言による情報もあれば、闇組織を恐れることもない。
「すぐに連絡だ。神聖グリニアに……マギア大聖堂に通信を!」
軍よりも早く月光会を始末する。
そのためにオールドバーグは最終手段の発動を決定した。
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