第152話 月光会⑤
シュウとアイリスは時を進め、地下水道へと潜入していた。
しばらく旧市街地を回ったが、教祖の居場所を知っている者は一人としていなかった。話を聞いては時を止めて去っていくということを繰り返し、カップルの幽霊がいたなどという噂が立ったほどである。
黒猫の酒場で手に入れた情報でも、教祖は声だけで指示を出しているとのことだった。それほど気を付けて身を隠しているのだから、窓を通して屋内を監視できる地上ということは考えにくい。教祖がいるとすれば地下だろうと思ったわけだ。
「適当な考えだった割に当たり、かもな」
「ですねー。そこら中に修復した跡が残ってます。結構新しいですねー」
「水路もかなり複雑だ。それに所々、水の流れが滞っている。ここの設計をした奴は相当な馬鹿か、元からあった水路に変な付け足しをしたせいでこうなったのか……どちらにせよ、国以外の何かが関わっているに違いない」
かつては旧市街地こそが王都だったのだ。その地下水道が適当な設計をしているはずもない。ますます怪しいというのが改めての評価だ。
「それにしても、聖騎士は壊滅したようだな。魔力がない」
「隠しているだけかもしれないですよ?」
「俺の感知能力から逃れることができるとすれば、それはもう覚醒魔装士だ。というか、アイリスも俺の感知を抜けるようになれ」
「そんなの無理ですよー」
「と言いつつも密かに練習しているよなお前……」
「あれ? 知ってたのですか?」
アイリスは時間操作という圧倒的な覚醒魔装を手に入れた。もはや敵なしである。時を止めれば光の速さすら回避し、過去に魔術を送れば即死攻撃、覚醒魔装士すら状態変化の呪いで容易く殺せる。
だが修行は止めていなかった。
魔装の修行は勿論だが、魔力を扱う修行もだ。シュウに隠れて色々と練習していたつもりだが、そのことは知られていたらしい。アイリスは少し恥ずかしそうにする。
「私はシュウさんみたいに変な魔術は作れませんからねー。基礎を固めるのですよ!」
「変な魔術とか言うな」
「前も雨みたいに降ってくる光で国を滅ぼしたじゃないですかー」
「《光の雨》のことか? あの時は引き籠ってる暗殺対象を見つけるのが面倒だったから国ごと消滅させることにしたんだったな……二十年前か」
「あの国、今も更地なんですよ」
「世間では謎の災害だって言われているけどな」
「一部では土の禁呪、第十二階梯の《
「《光の雨》は禁呪なんかよりずっと小さな魔術陣で発動できるからな。画期的だと思ったんだが」
「だからって国ごと滅ぼしますかねー。迷惑な実験なのですよ」
「ああ、『黒猫』の奴がついでにぶっ壊せって言ったからな。黒猫にとって厄介になる何かがあったんじゃないか?」
リーダーである『黒猫』がわざわざ指定してきた依頼だったのでシュウも覚えている。ある国の科学者を消せという依頼だったのだが、厄介なことに他の黒猫のメンバーの力を借りることを禁じられたのだ。『鷹目』の情報収集能力も使えないとなれば、暗殺は難しくなる。
黒猫に許可を取り、国ごと消した。
その国の全ての都市に向けて禁呪級魔術《光の雨》で消滅させた。あまりにもピンポイントに都市だけを消滅させたので、何者かによる仕業だと疑われたのである。
「あんまり酷いことしちゃだめですよ」
「ああ」
「絶対分かってないですねー。まぁいいですけど」
この世に冥王を止めることができる者などいない。
そう思わせる会話が地下通路に響く。
「さてアイリス」
「分かっているのですよ」
「面倒臭そうなのが来たな」
二人の会話を遮るかのように反響する堅い足音。暗い地下水道の奥から感じられる魔力は一般人とは比べ物にならない。とはいえ、冥王と魔女からすれば随分と矮小な魔力だ。
シュウが発動している明かりの魔術が照らす範囲に、白の聖騎士服が入り込む。
「聖騎士か」
「みたいですねー」
「お前たちは……月光会か? ならば死――」
「
聖騎士の男……いや、聖騎士長ザックスはその名を知られることもなく冥王を前に力尽きた。実に哀れな最期である。
だがそんなものは知らんとばかりに、シュウは死体の横を通り過ぎた。アイリスも溜息を吐きつつ、シュウに続く。
「問答無用ですねー」
「相手は聖騎士だからな。見逃して生かす理由もない」
人知れず、聖騎士は壊滅したのだった。
◆◆◆
旧市街地の地下に潜む月光会は一般に闇組織として分類されている。国家や魔神教に属さない独自戦力は全て闇組織の扱いだ。魔術師という戦力を抱え、更には魔装士を誘拐する月光会も犯罪組織として認識されている。
だが、彼らの表向きの顔は民衆のための宗教だ。弱者のための組織というのが彼らの売りである。教会や国家に不満を持つ貧民たちを中心に、密かな支持を集めていた。
「教祖様」
「うむ」
地下にある月光会でも一部の者しか知らない研究所。そこでは月光会の本質を見ることができる。
教祖と呼ばれた老人の手には青白い光を放つ魔石がある。彼らはここで魔石を生成する実験を行っていたのだ。
「それが賢者の石なのでしょうか?」
「いや、これもまだ未完成品だ。聖騎士ほどの魔装士ならば賢者の石もあるいはと思っておったが……やはり私の求めるものではない」
「月光の導きは遠いのですね」
「そうでもない。我々は月の導きに沿って進んでいる。この私の最終実験により、賢者の石は完成を迎えることだろう。そして月光会は魔神教に代わり、新たな秩序として君臨するのだ」
魔神教の権力と有する秩序は絶大だ。実質、大陸を支配している。全ての人類に魔装神エル・マギアの教えを強制させ、教会以外が戦力を持つことを激しく制限している。魔神教が長く繁栄しているのも頷けるというものだ。
しかし長い繁栄が続けば、必ず不満も生まれる。
日の当たるところに影が生まれるように、絶大な繁栄の裏には闇が存在する。そして闇は光として表へ出たがっていた。いや、光と入れ替わろうと画策していたのだ。
「この魔石も一つの成果だ。さて、我々のスポンサーに連絡を取ってくる。残りの聖騎士の始末は任せるぞ。魔装を抜き取った聖騎士も殺すなり奴隷として売るなり、始末しておけ」
「はっ! しかし聖騎士長はどうしましょう? まだ彼だけ捕らえておりません。そして彼と共に行動していた聖騎士の死体は確認しております。どうやら仲間割れしたようですが……」
「放っておけ。ザックスなど敵ではない。発見したら魔石を持たせた幹部に対処させればよい」
「かしこまりました。では私が処分しておきましょう」
幹部の男は深く頭を下げる。
それを見て、教祖は満足気に頷いた。
「月が太陽に成り代わる日は近い。月の導きに身を委ねるのだ」
そう告げて、教祖は去っていった。
◆◆◆
シュウとアイリスは無暗に地下水道を歩いていたわけではない。魔力を知覚し、それが多く固まっている方へと移動していた。地下は複雑なため、真っ直ぐ向かうということはできない。しかし、確実に目的地へと迫っていた。
「稀に擦れ違うようになりましたね」
「それだけ近いってことだろ」
そしてここまで来ると月光会の信者が徘徊している。勿論、その度にアイリスが時を止めているので騒ぎにはなっていない。
シュウの役に立てることが嬉しいのか、アイリスは頻繁に時を止めている。最近では暗殺に付いていくと言い出すほどだ。
「しかし月光会は思ったよりも大きな組織かもしれないな。捨てられた場所とはいえ、これだけ巨大な地下施設を管理しているわけだ。どこかにスポンサーがいてもおかしくない。金持ちの商人か、あるいは王族ってところだな。この国は貴族がいないし」
「この国にはお金持ちも多いらしいですねー。確か石油が産出されるって聞きましたよ」
「石油の輸出と観光業のお蔭で外貨も獲得しやすいからな。スポンサーには困らないってことか」
アルマンド王国は石油という資源によって力を付けた。だが、石油は限りある財産であり、永久に産出できるわけではない。そこで賢明な先代国王は、石油から手に入れた財を利用して観光業を推進した。それが新市街地の街並みである。
「とはいえ、貧富の差も激しいな。急激に開発を進めた国にありがちだ。国ができる奴に依頼して開発させるから、力を持った奴は更に力を付ける。貧しい奴は何もさせてくれないから、貧しいままということだな」
スラダ大陸が神聖グリニアによって実質統治されて以降、弱肉強食のような考え方は小さくなり、力ある者は弱者のために力を使うという風潮が強くなった。しかし、初めの理想も時が経てば薄れていく。今ではかつての大帝国を思わせる統治も目立つ。
昔との変化といえば、貴族という地位がそれほど強くはないことだろう。資本主義の考え方が浸透し、企業経営者の力が強くなったのだ。今では貴族といえば軍人か投資家のような立ち位置として見られることの方が多い。また、アルマンド王国のように旧王族以外では特権階級が存在しない国も増加しつつある。
百年の間に随分と世界は変遷した。
「神聖グリニアも変わりましたよねー」
「ああ、力を集めるのに執着し始めたな。聖騎士も充実しつつあるし、未開地域の強力な魔物を頻繁に討伐している。覚醒魔装士を意図的に作ろうとしているのかもな」
「また妖精郷が襲われますかねー」
「それよりもまず不死王と緋王が先に討伐されるんじゃないか? 妖精郷の防御網も少しずつ増やしているし……そういえば魔石、妖精郷の防御に使えそうだな」
魔石の内部に魔術陣を保存すれば、妖精郷に自動迎撃魔術を仕込むこともできるかもしれない。当初は魔術を多少楽に発動する程度だと認識していたが、そのような使い方ならば有用である。
「俺やアイリスには全く必要なさそうだが、アレリアンヌに使わせてみたら面白いかもしれない」
「私も時間を止めればタイムラグなしに禁呪を使えますからねー」
「死なないだけの魔装がえらく化けたもんだな」
「時間の加速はお料理にも便利ですよ。一瞬で煮物が完成しますからねー」
「魔装の無駄遣いか」
「魔術の無駄遣いをするシュウさんには言われたくないですね」
しかし無駄遣いというのも、文化のせいだ。魔術も魔装も戦いのための力である。魔物と戦うための力として扱われることが多いからだ。
シュウやアイリスのように普段の生活から力を使う者は少ない。よほど余裕のある者ならば別だが。
「アイリス」
「はいはい。時間止めますねー」
また近づいてくる魔力を感じたので、アイリスが時間を止める。
この二人が自身の力を生活に使っている内は、平和なのかもしれない。
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