第151話 月光会④


 地下水道を進むライン小隊は、月光会が潜むと思われる中心地を発見していた。

 それは明らかに違法建築。国が認可していない、地下水道の改造だ。この時点で法的に強制破壊を執行することもできる。だが、彼らはまず潜入することを選んだ。

 透明化の魔装により、楽々侵入する。



「聞いたか? ロリエの奴、上手く聖騎士を捕まえたみたいだぞ」

「じゃあ、特別な魔石を貰えるってことか?」

「ああ、使い切りだった魔石に魔力の充填ができるようになった最新のやつだよ」

「いいよなぁ。俺もそっちに切り替えたいぜ」

「だったら、都合のいい魔装士を捕獲しないとな」



 拠点入口に立つ二人の男がそんな会話をする。彼らは門番の役目を負っていたのだが、残念ながら透明化の魔装を見抜くような力は持っていなかった。

 ライン小隊の面々は、音を立てないように正面から堂々と侵入する。

 彼らの作戦は簡単だ。月光会の衣装を使い、信者になりすまして内部捜査をすることである。元は聖騎士が来る前に魔石の情報を強奪するつもりだったが、聖騎士が壊滅状態となった今、ゆっくりと確実な方法をとるに限る。



「ライン隊長、そこの奥で単独行動中の信者を発見しました」

「よし、サンドラやれ」

「了解」



 月光会の地下拠点は複雑な通路が組み合わさっている。その奥に魔石を掌で転がしながら笑みを浮かべている男を見つけた。

 まずサンドラと呼ばれた隊員は透明のまま彼の正面まで移動し、毒をしみ込ませた布を口と鼻に当てた。すると声を漏らす暇もなく男は気絶する。

 そしてラインが透明化の魔装をその男にまで及ばせた。



「では記憶を読み取ります」



 サンドラはそう告げて、男の額に手を当てる。

 直接頭に手を触れるという条件はあるが、彼の魔装は記憶の読み取りだ。眠っている相手には効果が薄いなどの制約はあるものの、その有用性は計り知れない。

 しばらくの後、無事に記憶を読み取った。



「分かりました。この男の仕事は地下の拡張です。どうやら旧市街地の地下水道を色々と弄っているみたいですね。その目的は不明です」



 月光会の目的は何も分かっていない。また何をしているのかもほとんどが不明だ。サンドラの情報はかなり貴重である。

 ラインはその情報を基に推察する。



「地下水道……まさか王宮への地下通路を建設しているのか? 確か陛下の兄君……バルゲート・アルマニア大公殿下が地下水道整備の計画を担っておられたはずだ」

「確度の高い情報を得るには、もっと立場の高い者の記憶を読む必要があります。この男からはこれ以上の情報は期待できないでしょうし」

「わかった。なら、これより本格的な潜入をする。マルタ」



 マルタと呼ばれた隊員は頷き、両手に魔力を集める。彼女の魔装は複製。目視しただけでその性質を見抜き、複製品を生み出すことができる。ただ魔力消耗が激しく、魔術強化されたものは複製できない。あくまでも材質と形状だけを真似するのが彼女の魔装だ。

 だが複製で月光会のマントを複製するだけなら簡単である。

 あっという間にライン小隊全員分のマントを複製した。



「どうぞ」

「よし、全員すぐにこれを着ろ」



 背中に三日月のシンボルが施された短いマント。

 こんな簡単な衣装で潜入できるのだから、彼らからすれば楽なものである。



「よし、散れ。今日から三日は四番のサインを使う」

『了解』



 符丁を決めて、ラインは透明化を解除する。

 気絶した男を残し、彼らは地下拠点へと散っていった。







 ◆◆◆






「将軍! 大聖堂より司教様の伝言を預かってまいりました」

「よし、ここで話せ」



 仮設陣営に入ってきた伝令兵へ促す。

 この場にいた士官たちは一斉に耳を傾けた。



「援軍は不要! 以上であります」

「なるほど」



 それを聞いてアーリーを含む全員が笑みを浮かべた。

 あまりにも予定通りだったからだ。



「聞いたな。我々は撤退する。各隊に伝えよ」



 その一声を待っていたかのように、各士官は通信機を起動させ撤退命令を出す。ライン小隊が潜入を成功させた以上、旧市街地の包囲は意味も無くなった。

 今回の失敗は全て教会に押し付けることができるので、軍には何の損失もない。



「さて、教会の言い訳でも聞こうではないか」



 その一言に、陣地の皆が苦笑した。






 ◆◆◆






 カフェを出たシュウとアイリスは、すぐに旧市街地へと向かった。ほぼ捨てられた地区となってしまった旧市街地には、裏社会の匂いが染みついている。少し薄暗い路地に入り込めば、違法薬物の密売に出くわすことだってある。

 大通りはまだマシだが、基本的には近づく者のいない場所だ。



「街並みが古いですねー」

「というより、修理されていない感じがするな」



 掃除も修復もされていない街並みは、まさに『捨てられた』という印象だ。綺麗な服装のシュウとアイリスは完全に浮いている。

 狙っている、という視線を各所から感じていた。

 一見すると若い男と女の組み合わせだ。魔力も隠しているので脅威には見えない。

 遂に一人の大男が立ち塞がった。



「よぉ。こんなところに入ってくるなんて不用心だぜ?」



 ボサボサの髪、複数の生傷、そして威圧的な態度。

 次のセリフは分かり切っていた。



「金目のものを出しな。それとお嬢ちゃんも置いていけ。それでアンタは見逃してやるよ」



 シュウを指さしながらのセリフである。

 知らないということは恐ろしい。

 次の瞬間、時が止まった。



「なんだ? 見逃してやるのか?」

「私が時を止めなかったら死魔法を使っていましたよね……」

「そりゃそうだろ。ここはスラムだしな」

「穏便に済まさないとダメなのですよ!」



 シュウは問答無用で死魔法を使うが、アイリスは基本的にそこまでしない。自分に危害を加える者が現れても、時を止めて逃げるだけに留めている。流石に人殺しは気が引けるのだろう。

 アイリスは時を止めたまま、男の横を素通りした。

 それを見てシュウも仕方なく通り抜ける。



「しかし物騒だな。思った通り」

「時間を止めれば関係ないのですよ!」

「殺しても変わらないだろ」

「シュウさんの方が物騒なのです!?」



 どちらも滅茶苦茶である、というツッコミを入れてくれる人物はいない。

 止まった世界はシュウとアイリスが消えるまで続く。そして魔装が解除され、時が動き出した。



「あ……? 消えた……?」



 残された大男は戸惑う。

 そして同じくシュウとアイリスを狙っていた荒くれ者たちもその瞬間を目撃している。魔物に化かされたとか、幽霊だったとか、そんな噂が流れることになるのを二人は知らない。






 ◆◆◆






 一人、地下水道を歩く聖騎士長ザックス。

 彼は魔装の武器を片手に彷徨う。当てもなく、魔力に導かれて。



「こっちか……」



 彼の中には月光会を殲滅することしか頭にない。

 暗闇の中、次々と仲間が消えていく。ある意味で極限状態が続き、更には自身の手で部下の聖騎士すら粛清した。もう後には戻れない。

 彼の武器、ファングが鳴らす鎖の擦れ合う音が地下水道の水音に混じる。



「潰す、潰す」



 ブツブツと独り言を呟き続ける彼は不気味だ。

 かなりの危険人物に見える。いや、危険人物であることは間違いない。実力だけで聖騎士になった者が増える中、性格が最悪な者も偶にいる。ザックスも例に漏れない。昔から才能があっただけに、自分勝手で独りよがりな部分が目立つ。

 もう軍が撤退を始めていることにすら気付けていない。

 冥王との邂逅まで、あと僅か。







 ◆◆◆






 月光会の信者は非常に分かりやすい。彼らは必ず、三日月のシンボルを身に付けているからだ。末端の信者は自作のアクセサリーや服を身に付けるが、少しでも運営に関係する仕事をしている者は小さなマントを纏っている。

 少し探せば、旧市街地ではよく見かける光景だった。

 シュウとアイリスもすぐに発見した。

 いや、発見されたと言った方が正しい。



「そこのお二人、月光の導きをご存知ですか?」



 旧市街地の至る所に布教する信者がいる。目敏くシンボルを身に付けていないことを見抜き、シュウとアイリスにも声をかけた。

 意外にも布教しているのは若者、それも真面目とは程遠い軽薄そうな見た目の男である。人は見た目によらないの典型例かもしれない。



「魔神教の宣う選民主義は実に愚かです。選ばれた者だけが搾取し、選ばれなかった者は駆逐される。そのような世の中に嫌気がさしていませんか?」

「確かに、魔神教は鬱陶しいな」

「そうでしょう。そうでしょう」



 シュウは嘘を見抜く魔装を考慮して、嘘にならない程度に同意する。

 しかしそんな心配は杞憂だった。若い男は何も気付かず、新たな信者を見つけたとばかりに語り始める。



「あの聖職者を名乗る豚共は魔装を神聖視しています。しかしそれは愚かなこと。全ての人間には魔術という可能性があるのです。魔装は生まれ持った魔術の一種に過ぎません。魔術こそ、力の源たる魔力の正しい使い道なのです」

「また極端ですねー」

「しかし魔装が魔術の一部という考え方は面白いな」

「そうでしょう。しかし極端ではありませんよ。我らが教祖様は全ての人類に等しく魔術という可能性を提示されているのです。それは魔神教という権力に縋る愚か者も同じことです。彼らに集まる富や権力を再分配し、等しくなること。それが教祖様の願いなのです」



 シュウは大体のことを理解した。

 つまりこの若者の言う月光会とは、民主制に重きを置く団体なのだ。現状、教会や国家は魔装士という強大な戦力を独占している。暴力の独占は権力や富の独占だ。それが我慢ならない者が集まって闇組織を結成しているのだが、それらは総じて教会や国家に踏み潰されてきた。シュウの所属する黒猫は数少ない例外の組織である。

 しかし月光会の思想は危険性も裏に潜む。

 同じ力を有する人間ばかりとなった時、権力の奪い合いが起こるかもしれない。そうなれば、悲惨な戦いが幾つも起こることだろう。



(教祖とかいう奴が馬鹿じゃなければ、一部の人間だけが優位に立てる切り札を準備しているハズだ。たとえば、魔石……)



 魔術の発動を補助し、強化してくれる魔石は魔術師にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。シュウの見立てでは魔石はまだ未完成品。それさえ完成すれば、魔石を持つ月光会の幹部たちは人類の一段上に立てるはずである。



(なるほど。月光会、思ったより面白そうだ)



 ただの闇組織という考えは捨てた。

 シュウは月光会に興味を抱いた。



「おい」

「はい。何ですか?」

「その教祖様とやらにはどこに行けば会えるんだ?」



 その問いに対し、若者は困った顔をする。



「申し訳ありません。まだ僕の貢献では教祖様に面会できないので存じ上げません。しかし僕のように教えを広め、敬虔に魔術を信じるならばいずれは教祖様に会えます」

「そうか。役立たずが……」

「え?」

「アイリス」

「はーい」



 目を点にする男をよそに、アイリスは魔装を発動させる。時が止まった世界は絶対だ。シュウとアイリス以外は思考を巡らせることすらできない。



「記憶を読む精神干渉魔術の開発も必要だな」

「欲しい魔術がいっぱいですねー」

「時間魔術もその内開発するけどな」

「わ、私の存在価値が……」

「お前の価値はお前自身だ。魔装がなくても、俺の相棒はお前しかいない」

「シュウさん……!」



 アイリスは目を輝かせて、シュウの腕に絡みついた。





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