第150話 月光会④
王国軍の仮設陣地内部では、異変に対する緊急会議が行われていた。
「メルヤード、確かなのだな?」
「冗談でもこのようなことは言いません。まさか聖騎士が壊滅状態にあるなどと……」
明確な言葉にされて、彼らは意気消沈する。
聖騎士という存在は魔装を極めた集団というのが一般的な認識である。その聖騎士の反応が次々と消失しているのだ。これが異常と言わず、どう表現すれば良いのか。
感知範囲を三次元レーダーとして具現するメルヤードの魔装によって、それが判明したのだ。
「諸君、これは想定外だが我々に害のある情報ではない。寧ろ有用な情報を無傷で手に入れることができたと思うべきだ」
だが、将軍たるアーリーは彼らを鼓舞した。
彼のセリフは少しばかり楽観的だが、この場では適切である。軍の行動において士気とは重要なものだ。月光会が手を出してはいけない存在だという印象を定着させてはならない。対処可能な敵という風に言い聞かせるのも将軍の役目だ。
「我々は月光会を取り逃がさぬように包囲するだけのつもりだったが、どうやら追加の仕事が必要らしい。しかしその仕事は今日することではない。誰か、教会に伝令を。聖騎士が壊滅した可能性を伝えるのだ。だが、奴らはメルヤードの魔装を知らん。あくまでも可能性について述べ、こちらの救援が必要かどうかを問え。今回は教会の意向を聞いた方が政治的によいだろう」
「では伝令を向かわせます」
「ああ、それと陛下への伝令も忘れるなよ」
「かしこまりました」
そう返した男が仮設陣営から出ていく。伝令兵に命令を伝えに行ったのだろう。
彼が出ていったのを確認し、アーリーは続きを促す。
するとメルヤードが自らの魔装を再展開する。彼を中心に感知範囲の魔力を表示するだけの魔装。しかし戦略的価値は計り知れない。そこに表示されている点の中で、点の集合を指さしたアーリーは話しだす。
「聖騎士は三人一組で行動し、どういうわけか瞬殺されている。だが、何故かこの場所で新しい点が何度も生まれている。それも三つずつだ。このことから、月光会は魔力を封じるなどの方法で聖騎士を無力化している可能性が高い」
「魔力の封印……そんなことが」
「一時期は王宮でも研究されていたと聞きますが」
「それは噂だろう?」
「だが魔力を封じる手法は魔物に対して有効だ。どの国も研究しているに違いない。まさか月光会が完成させたというのか」
古くから考えられている『王』の魔物への対策が魔力の封印だ。何かの方法で魔力を封じることができるとすれば、魔物を簡単に倒すことができる。それが『王』であったとしてもだ。
何にしても手に入れたい力が増えた。
それが彼らの一致した感情である。
「魔術の石、そして魔力封印の方法。その全てを我々が手に入れる。陛下に捧げるのだ」
アーリーの言葉に全員が深く頷いた。
◆◆◆
聖騎士長ザックスは焦りを感じていた。
次々と連絡が途絶え、もう自分たちの他に聖騎士はいなくなってしまった。
(何故だ。どうなっている)
こんなはずではなかった。
毒という初見殺しの罠があったとはいえ、途中から《
「ザックスさん、どうしますか?」
「引き下がるわけにはいかん」
「しかしこれでは……」
「ここで下がったとして同じことだ。我々は進み、月光会を討ち滅ぼす」
ザックスとしてはここで下がるという選択肢など考えられない。撤退し、壊滅しましたなどという報告を聖堂に持って帰るわけにはいかない。
「私は進む。一人でも、成果を上げなければならない」
聖騎士としての責任感というより、個人的なプライドを優先する。そんな聖騎士長に付き従う側としては困ったものだ。
彼に従う二人は、もう撤退するべきだと進言する。
「これ以上は国軍を頼りにするべきだと思います。引きましょう」
「そうですよ。情報があるだけでも面目を保つことはできますから」
しかしザックスは彼らの説得に応じることなどなかった。
「我らが神に叛逆する徒どもを滅することこそ聖騎士の役目。恐れをなして逃げるということならば、貴様らは最早聖騎士ではない」
そう呟き、ザックスは自身の魔装を発動させる。
炎が渦巻き、彼の手に特殊な武器が現れた。その武器は四本の棍からなる。肘から手の先ほどの長さの棍が鎖で一つのリングに繋がっており、広げると十字になる。ファングと呼ばれるマイナーな武器だ。棍の一つを持って攻撃した場合、リングに繋がった三本の棍による爪のような攻撃軌道が見えることからそのように名づけられた。
ザックスは赤熱したファングを振るい、仲間であるはずの聖騎士に振るう。
まさか聖騎士長に攻撃されるとは思っておらず、胸に三条の傷跡が付けられた。
「ザ、ザックスさん……」
「何を! 何をしたか分かっているのですか!?」
「神の意に従わず、自身の利を優先するお前たちに聖騎士たる資格はない。この私が始末してくれる」
「自分の利に拘っているのはザックスさんの方でしょう!」
「黙れ」
ザックスは体を回転させつつファングを振るう。鎖に繋がれた棍は熱によって鉄すら引き裂く。二人の仲間は胸を抉られ、呼吸困難に陥る。肺まで傷つけられたのだ。
更にファングで頭を割り、二人にトドメを刺す。
「ふん。愚か者め」
殺人という禁忌すら、背神への裁きという名目で正当化する。
力という正義に酔いしれた愚者はどちらなのか。
ザックスはただ一人、奥へと進んだ。
◆◆◆
その頃、シュウとアイリスは街を回っていた。主に観光地として栄える商店街であり、お土産品を販売する店やカフェが並んでいる。
「シュウさん、あのカフェに入ってみませんか?」
「そうだな。かなり買い物もしたし」
そう言って見せつけるように買い物袋を持ち上げる。これらは全てアイリスが買ったものだ。そのほとんどが菓子類である。妖精郷では甘味と言えば果物となるため、焼き菓子などは街に来なくては食べられない。こんな時にでも買いだめしておくのがアイリスの常だった。
「テラス席か」
「そこが空いているのですよ!」
「みたいだな」
二人は座ってすぐに店員を呼び、お茶を注文する。
待つ間、アイリスはふと先程見た聖騎士を思い出す。
「あの聖騎士たちはどうなったんですかねー」
「さぁな? あの人数の聖騎士が揃って、任務に失敗ってこともないだろ」
「魔石、面白そうでしたけどいらないのです?」
「あぁ……俺が聖騎士の邪魔をしに行かないのが変だって話か?」
「なのですよ!」
「魔術陣もなく魔術を発動できるのは面白いけど、俺の欲しい術式容量を収めるには足りていなかったからな。完成品なら興味あるけど」
「それでもシュウさんが研究しようとは思わなかったのです?」
「どうしても欲しいものじゃないってことだ」
珍しく興味がなさそうであり、アイリスはそのことで疑問を感じていた。魔術師として魔石は最高の発動媒体だ。身に付けるだけで魔力消費を抑え、更には術の兆候である魔術陣までも魔石内部で完結させてくれる。これほど便利な石はない。
ただシュウが言った通り、冥王が望むポテンシャルには達していないだけだ。
「俺は魔石について別の可能性を考えている」
「そうなのです?」
「ああ。術式を石の内部で構築できるなら、それを固定することで術者がいない状況でも魔術を維持できるんじゃないかと思っている」
「つまりどういうことですか?」
「たとえば、街全体を覆う結界を、術者も無しに維持できるかもしれないってことだ。まぁ、魔力の消耗があるから、そっちの面も解決しないとだめだろうけど」
シュウが思う有用性は魔術を長時間維持できる可能性だ。それも術者もなく、自動で魔術が発動され続けるのならば使い道は色々と思いつく。
「魔石の一番の使い道は……魔道具だな。ただ、魔道具にするなら術式の容量が小さい。自動化する程の術なら普通に禁呪レベルの容量が欲しいところだな」
「どんな魔道具を作るつもりですか……」
「たとえば島を空に飛ばすとか」
「その妖精郷魔改造計画ってまだ続いていたんですね」
「優先度は低いぞ。先に空間魔術を完成させないと」
百年以上研究しているが、空間魔術の完成目途はついていない。完成しない一番の問題は、どういう原理で発動しないか分からないという点だ。
計算上の座標移動を示す術式は簡単に作れる。
しかしただの移動魔術として完成されてしまうのだ。どうしても転移にならない。これはシュウに限らずどの国の研究でも行き詰っている問題点だった。
「でもシュウさん。魔石を使ったら転移魔術が使えるかもしれないのですよ!」
「使えたところで、だな。魔術陣が分からないんじゃ意味がない。術式のブレイクスルーがない限り、空間魔術の完成はないな」
「うーん。気になるんですけどねー」
「そんなに気になるなら製法だけでも手に入れてみるか?」
丁度そこに店員がやってくる。注文のお茶を持ってきたのだ。
アイリスはお茶に砂糖を入れながら答える。
「手に入れるかどうかはともかく、知っておきたいのですよ」
「珍しいな。アイリスがそんなに興味を持つなんて」
「んー……何というか、勘なのです」
「嫌な予感でもしたか?」
「はい」
時を操るアイリスの魔装は未来にも適用される。明確な未来を見ることはできないが、勘という形で予感することはできる。
アイリスが何かを感じたのならば、魔石には相応の何かがあるということである。
「なら、お茶を飲み終わったら月光会に襲撃をかけてみるか……」
「いきなり物騒なのですよ!?」
自由気まま。
観光のつもりだった冥王は、遂にその魔力を解放する。
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