第149話 月光会③
聖騎士長のザックスは、自らが先頭となって旧市街地を進んでいた。彼の他に二十人の聖騎士が同行しており、
「ザックス聖騎士長、そろそろ」
「ああ」
副長として伴う男の提案で、ザックスは隊を二つに分ける。旧市街地は無計画に都市を拡張したので、通りも充分な広さでない場所が多い。それに地下水道となるとますます狭くなる。
戦いやすさのためには三人一組程度が丁度いい。
「ここから分隊に分かれてもらう。まずはこの隊列で別々に地下水道に入る。地下水道の分かれ道で分隊に分かれ、月光会の捜索と逮捕に当たれ」
全員が頷き、元から決められていた隊列に分かれる。
そしてそれぞれザックスと副長に従って分かれた。
◆◆◆
作戦開始から数時間。
ある聖騎士の分隊は地下水道に潜入してしばらくが経過していた。
(……クリア)
地下水道は暗い。
いつ、月光会の不意打ちがあるかもわからない危険な場所だ。聖騎士といえど、緊張を隠せない。
先の通路の安全を確認した先頭の聖騎士が、ハンドサインで安全確保の合図を送る。魔道具の明かりを頼りに進む彼ら三人は十字路になっている水路を曲がった。
「今、どのあたりでしょうか?」
「かなり進みましたからね。もう地上のどこに相当するのか分かりませんよ」
「静かに……何か聞こえる」
その一声で一気に緊張が高まる。
水の流れる音や鼠の鳴き声だけが耳に響く。
「これは……風の音?」
「地上に抜ける場所がある、ということですか?」
風が通り抜ける特徴的な音だ。しかも近い。
つまり近くに地下と地上を繋ぐ抜け道が存在するということになる。この地下水道は地上にある整備用の施設と階段で繋がっており、地上の設備は固く閉じられている。一般市民が不用意に地下水道へと入らないようにするためだ。つまり風が通り抜ける隙間などないハズなのだ。
こうして風の音がするということは、月光会が作った抜け道である可能性が高い。
「慎重に進みましょうか」
「はい」
「ええ」
足音を立てないように、ゆっくり、ゆっくりと進む。
そして先頭を進む聖騎士が何かを見つけた。
「まて。何かある」
「なんだ?」
「かなり大きい。もう少し近づく」
魔道具は暗い地下水道の足元しか照らしてくれない。少し先に大きな影があるのは見えたが、それが一体何なのかは分からなかった。
罠である可能性も考え、武器を構えながら近づいていく。
その正体はすぐに分かった。
「これは……」
「随分と経っているようですね」
「一か月、といったところでしょうか。こんなところに……」
それは死体。
かなり腐敗し、一部白骨化した死体だった。
「少し調べてみます」
先頭の聖騎士がしゃがみ、死体を観察する。特に死因となった何かを探すことで、月光会の戦闘手段が判明するかもしれない。時間が経っている死体なので期待は薄いかもしれないが。
だが異変が起こった。
調べるために腰を落とした聖騎士がそのまま倒れたのである。
驚いたのは他の二人である。
「どうした!?」
小さな声で驚き、確かめる。
すると倒れた聖騎士は息をしていなかった。
「ば、馬鹿な……うぐっ!?」
「が!? ぐ、あ」
驚いて二人もしゃがんだが、途端に苦しみ倒れた。
そして二度と動くことがなかった。
◆◆◆
別の地下水道では、聖騎士一人が逃走に徹していた。
「くっ……最悪ね」
チームを組んでいた仲間の二人は死んでしまった。水路でしゃがんだ瞬間、倒れて息をしなくなったのである。わけがわからない。
考えられる理由はただ一つ。
「比重の重い毒……ね。まさかこんなことが」
空気よりも重い毒が充満していた場合、地面に近い部分で毒が溜まる。ただ、水路は水が流れているのでよほど重い毒でなければ水流で巻き上げられてしまう。自然に生じた毒物でないことは明白だ。何者かによって複雑に合成された毒ということである。
一呼吸で致死に達する強烈な毒だ。
完全に作戦負けということである。
(っ! 魔力反応!)
背後で魔術の気配を感じ取り、体をひねって回避する。丁度彼女の側を電撃が通り過ぎた。詠唱も魔術陣もなく魔術を発動する技術からみて、間違いなく月光会の手先である。
僅かな魔力兆候を感じ取って回避するしかなく、苦戦を強いられていた。
この暗い地下水道で魔術陣を展開すれば、魔力光でそれが分かる。それが見えないというだけで、情報量は半分以下だ。回避し続けるのも難しくなりつつある。
(また!)
三条の電撃が彼女の上半身に迫る。
それを気体を操作する魔装で防いだ。空気の密度を変えて絶縁したのだ。彼女はこの魔装のお蔭で毒にも気付けた。
(空気が薄い! これは《
更に風の戦術級魔術が発動し、空気を窒素化してしまう。その兆候を感じ取り、彼女はまた魔装で窒素の充満を防ぐ。
(早く、聖騎士長殿に知らせなくては……)
彼女は逃走を続けた。
◆◆◆
聖騎士長ザックスも異変には気付いていた。
次々と通信が途絶えているのである。
「フレーダ、応答してくださいフレーダ。ダメですね」
「どうなっているのだ……ジャミングか?」
「いえ、その兆候はありません。やられた、のかもしれません」
「うむぅ……」
ザックスは唸る。
今回の作戦は月光会を殲滅するのに充分だと思われた。だが、蓋を開けてみればこのザマである。一体どういうことかと思うばかりだ。
「っ! 繋がりました」
「何?」
「ですが雑音が酷く、聞き取れません」
耳を澄ますと、風を切るような音と雷の音がする。戦闘中であることはすぐに分かった。そして激しい足音もすることから、逃げている最中か追跡中であることも察しが付く。
『……ザッ……が! ど……を!』
「何を言っているんですか? 聞こえません」
『毒! ……全滅!』
「どういうことですか? 毒? 毒で全滅したのですか?」
だが、その答えを聞く前に通信は途絶えてしまう。最後に爆発のような雷撃の音がしていた。おそらくやられたのだろう。本人がやられたのか、通信機がやられたのかは不明だが。
「毒、と言っていたな。地下で毒は危険だ」
「はい。撤退を命じますか?」
「む……」
ザックスとしても悩ましい。
ここまで大々的に聖騎士を派遣したにもかかわらず、失敗したでは魔神教への求心力が大きく下がる。無茶をしてでも月光会を壊滅させたいというのが本音だ。
「……いや、このまま行く。月光会を今日こそ滅ぼさなければならない」
「了解です」
「しかしいいのですか?」
「構わん。毒ならば《
仲間のもたらした情報を元に、彼らは先へ進むことを決めた。
◆◆◆
アルマンド王国軍ライン小隊はアーリー将軍の命を受けて、地下水道に潜入していた。彼らはあくまでも非正規の存在であり、仮に捕縛されたら自殺することも厭わない。王国のために裏の汚い仕事すら請け負うのが彼らだ。
「ライン隊長、聖騎士の通信を傍受しました。どうやら敵は毒を使うようです」
「なるほど。毒か」
空気の抜けない地下で毒というのは最悪の組み合わせだ。
しかし彼らに抜かりはない。そんな危険なミッションは常だ。毒への対策も充分である。
「ネル、頼むぞ」
「了解です隊長。私の側から離れないでくださいね」
隊員ネルは空気の防壁を生み出す魔装士だ。防御力は低く、ほとんどの攻撃は防げない。だが、毒を防ぐことはできる。普通の魔装士としては役に立たないが、このような限定的状況において彼女の魔装は有用だった。
ライン小隊のような裏の部隊には、このような魔装士が幾人も所属している。
「さて、行くぞ」
黒服に身を包んだライン小隊は音もなく地下水道を進んでいく。闇に適応する訓練を受けた彼らにとって地下水道の暗闇も慣れたものだ。
影のように、音もなく、彼らは進む。
◆◆◆
ピチャリ。チャプン。
そんな水音で男は目を覚ます。目が回るような感覚の中、自らの状況を思い出していた。
(俺は……そう、地下水道の攻略をしていた)
首を動かすと、自分が縛られていることが確認できた。両腕は自身の背中で縛られ、足と体は木製の柱に括りつけられている。隣には自分の仲間である聖騎士が同じように縛られていた。
つまり月光会に捕まった。
すぐに理解できた。
(リカルド、ディー、お前たちも捕まっていたのか……)
どうして捕まっているのか、記憶がない。
探索の途中で記憶が途絶えている。今の状況は理解しているが、その経過については全くもって訳が分からなかった。
虚ろな表情で周囲を見渡していると、ガチャリと扉が開かれる音がする。それに反応してそちらに目を向けた。そこには黒のマントを羽織った四人の男がいた。
「これが聖騎士か?」
真ん中にいたマントの男がそう口を開く。
声は老人のようにしわがれており、その口調から考えて立場の高い人物だと推察できる。事実、他の三人は次々と恭しく答える。
「その通りでございます」
「他の部屋にも別の聖騎士を捕らえておりますが、この聖騎士どもで実験なさいますか?」
「現状、残る聖騎士も捕らえる準備をしております。存分に実験なさってください。代わりは幾らでもいますので」
聖騎士を捕らえる、実験、など恐ろしい会話を聞いて捕らわれの聖騎士は冷や汗を流す。これから自分に行われる所業は、口に出すことも憚れる悍ましいものかもしれないのだ。
呻きながら抗議の意思を示す。
それに気付いたのか、老人らしき人物はフードを外して近づいた。
「ほう。もう生き返ったのか。仮死の秘薬は魔力が強いと早く復活できる。お前は私の実験の良い材料となるだろう。アレを出せ」
「はい」
付き人らしき男たちは実験と聞いて部屋に散らばり、何かの準備を始める。そしてその内の一人が老人へと近寄って箱を差し出した。
箱を受け取った老人は、それを開けて中に入っていた銀色の石を取り出す。
(銀……? 何をするつもりだ?)
聖騎士の男にはそれが何か分からない。色から見て金属であると思われるが、何の実験かは予想もできなかった。
ただ、老人はその石を掌に載せ、見せつけるようにして聖騎士の胸元に付きつける。
「教祖様、準備が整いました」
「うむ。では賢者の石の生成実験を始める」
それを聞いて聖騎士は目を見開いた。
賢者。
この称号はアルマンド王国においてただ一人に与えられたもの。魔術の偉大なる開発者にして行使者と知られた宮廷魔術師ガイストだけが名乗ることを許される。
そんな賢者の名称を与えられた『賢者の石』とはどのようなものか。
聖騎士は察してしまった。
(思い出した。この老人……いや、このお方は賢者ガイス――)
その瞬間、老人は魔術を発動させる。
魔術陣が床に広がり、術式が聖騎士の体を這う。そして彼の意識は途絶えた。
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