第148話 月光会②


 シュウとアイリスは昼から酒場に向かっていた。

 勿論、向かう先は黒猫の酒場である。



「確かこの辺りだったはずだ」



 新しい街に行くとき、シュウは必ず黒猫の酒場の場所を先に調べている。これでも幹部『死神』なので、他の街の酒場も簡単に教えてもらえる。

 旧市街地寄りの通りを歩いていたところ、アイリスがシュウの袖を引いた。



「シュウさん、あれ」

「ん……ああ、聖騎士だな」



 聖騎士が隊列を組んで旧市街地側へと向かっている。一つ向こう側の大通りなので、彼らはシュウとアイリスに見向きもしない。

 しかし聖騎士なら仕事でどこかに向かうこともあるだろう。いちいち気にしていてはキリがない。二人も無視して黒猫の酒場を探すことにした。事前情報によると、近くのはずである。



「お、あったな」

「準備中ってなってますよー」

「いいんだよ」



 シュウは立て看板を無視して扉を開き、酒場の中に入る。すると中ではマスターらしき男が夜のための仕込みをしていた。

 ひょろりと痩せた男で、いきなり入ってきたシュウとアイリスに驚いていたようだった。



「あの、まだ準備中でして……」

「悪いが用事がある」



 マスターはシュウが見せた『死神』のコインを見て察した。

 まるで人が変わったかのように鋭い目つきとなり、殺気とも威圧とも言える気配が漏れる。流石に最高クラスの闇組織だけあって、その支部である酒場のマスターも曲者だ。

 カウンター席に座ったシュウは、早速とばかりに話しかける。



「月光会という連中がいるらしいな。情報をくれないか」

「いいでしょう。二万マギ、頂きますよ」

「ああ」



 シュウは影の精霊を呼び出し、二万マギを吐き出させた。マスターは手早く数え、確認する。

 普段は『鷹目』に情報を貰うので情報料はタダとなっているが、今回は違う。しっかりと対価を払わなければならない。別に『鷹目』を呼び出しても良かったが、面倒だったのだ。



「では情報を。まず月光会ですが、端的に言いますと宗教ですね」

「そうなのか? よく教会が許したな」

「すぐにでも異端審問官や聖騎士が派遣されそうなものですね」

「はい。普通ならそうなのですが、月光会はその正体も潜伏地もほとんど分かっていなかったようで。実は今日、これから襲撃があるみたいです」

「さっきの聖騎士か」



 心当たりは、先程見たばかりである。

 如何に月光会が大きな組織だったとしても、謎の石を持っていたとしても、聖騎士の戦力に敵うとは思えない。



「ちなみに、月光会ってのは何人ぐらいいる?」

「さぁ。詳細は分かりませんね。しかし百や二百ではないと思いますよ。千人……もしかすると二千人を超えているかもしれません」

「Aクラスの魔装士が相手なら、全く問題にならない人数だな」

「分かりませんよ。彼らには魔石がありますからね」

「魔石? これのことか?」



 シュウは手に入れた青白い石を見せる。

 するとマスターはじっと見て確認し、深く頷いた。



「なるほど。魔石というのか」

「ええ。しかしそれ、未完成品のようですね。完成品は禁呪すら扱えるとか」

「それは確定の事実か?」

「確定ではありませんが、月光会の人たちが言うには、最終的にそうなるらしいですね」



 なるほど、と呟くシュウ。

 あまりにもお粗末で役に立たないとは思っていたが、未完成品だったならば納得もいく。寧ろ完成品があるのなら、そちらの方が気になった。



「それで、作り方は?」

「申し訳ありませんが、私の情報収集能力ではこれが限界です。流石に作り方までは。しかし、魔装と関係があるのではないかと予想しています。定期的に魔装士を誘拐していますから、何か秘密があるのでしょうね」

「魔装で何かするのか……意味が分からんな。アイリスは何か心当たりがあるか?」

「何も分かりませんねー」

「月光会は魔装ではなく、誰にでも等しく使える魔術こそが奇跡の力だと言っています。魔装を手に入れることができなかった者、貧しい者にとっては拠り所なんです。教会に代わる一大勢力を生み出そうとしているのではないでしょうか」

「なるほど」



 すっかり強者となってしまったシュウは、弱者の考え方を忘れつつある。マスターの言葉には心からなるほどと思わされた。

 シュウの力の原点は魔術だ。

 まだ弱かった頃、《斬空領域ディバイダー・ライン》という魔術を開発して聖騎士と戦った記憶はまだ残っている。魔術は万能の力で、万人の力だ。魔装よりも便利に聞こえるというのも間違いではない。



「しかしな……国や組織の管理者からすれば、力は限定した方が統治しやすい。教会は絶対に認めないだろうな。百年前のスバロキア大帝国でさえ、強力な魔装士は全て軍に置いていた」

「そういえばそうでしたねー」

「冥王と時の魔女は言うことが違いますね……百年前ですか……」

「長生きしているからな」



 今では『死神』の正体も黒猫内部では知れ渡っている。

 ある意味、世界最強の冥王が味方であることは心強い。所詮は闇組織であり、表では生きていけない者たちばかりだ。大陸の警察たる魔神教の恩恵を受けられない者が闇に落ちる。いや、闇に落とされる。

 マスターからすれば月光会の者たちに同情できる部分があるのだろう。



「で、マスター。他に情報は?」

「ああ、そうですね……月光会に教祖がいるらしいのですが、誰も見たことがないそうです」

「誰も見たことがない?」

「はい。いつも声だけで指示を出し、顔を見せることはないと。おそらくよほど上位の幹部でなければ知らないでしょうね」



 シュウは視線を落として考え込む。



(顔が見られてはいけない人物。表向きの権力者か、それとも有名人か。かなりの大物がかかわっているということか)



 思考中にアイリスが顔を覗き込んできたので除ける。無言で邪魔してくるのは構って欲しいからだろうか。



「……取りあえず、聖騎士が月光会を潰すんだろ? 今夜にでも結果を聞こう。教会のことだから、どうせ大々的に発表するハズだ」

「ですねー。ところでグニグニするの止めてください」

「構って欲しいのか」

「当たり前なのです。折角の旅行なのですよ?」



 正論である。

 アイリスとの旅行だったにもかかわらず、つい仕事モードになっていた。よくよく考えれば魔石があったところでシュウの敵ではない。禁呪を連発してきたとしても死魔法の方が上だ。心配の必要はない。



「さて、遊びに行くか」

「なのですよ!」

「あ、ありがとうございました。またお越しください」



 シュウとアイリスは黒猫の酒場から出て、街へと繰り出した。






 ◆◆◆





 旧市街地はこの日、殺気立っていた。

 アルマンド王国軍によって包囲された旧市街地は戦争前のような緊張感すらある。この旧市街地は月光会の支配が及んだ地区だ。ゲリラ戦に発展することも考えられる。

 軍が設置した仮設陣営では綿密な作戦準備が行われていた。



「将軍、間もなく包囲網が完成します」

「うむ」



 アーリーは将軍として今回の作戦の総指揮を任されていた。そして総指揮というからには、裏で動かしている部隊も把握している。

 彼の耳に装着した通信魔道具が繋がる。



『将軍、聞こえますか? こちらライン小隊です』

「聞こえている。どうした?」

『地下水道への潜入に成功しました。透明化を維持したまま潜伏しています』

「よし、維持したまま時を待て」

『はっ!』



 そして彼が潜入を任せたのはライン小隊と呼ばれる裏の部隊だ。小隊長のラインは透明化という領域型魔装の使い手であり、潜入には丁度いい。

 今回の任務は失敗が許されない。

 ドロファンス王も万難を排すべく最も優秀な部隊の使用を許可した。アーリーも期待に応えるべく、策を張り巡らせていた。



「メルヤード、アレを出せ」

「はい」



 アーリーの側に控えていた男が魔装を発動させる。するとホログラムのような円が現れる。その円の中には小さな点が幾つもあった。点は青、緑、黄、赤など様々な色であり、固まっていたりバラバラに並んでいたりと不規則な配列である。

 この魔装はいわゆるレーダーであり、魔力を検知して視覚的に表現できる。また色によって魔力量の大小も分かるのだ。青に近いほど魔力は小さく、赤に近いほど魔力は大きい。

 この魔装は発動者であるメルヤードの感知能力に依存するため、魔力隠蔽を見抜けなければ実際より小さく誤表示されてしまうという欠点はあるものの、戦略的価値は計り知れない。



「ふむ。この辺りに固まっているのが聖騎士だな」

「おそらくは。立体図に変更しますか?」

「そうしてくれ」



 メルヤードは頷き、レーダーを立体図に変更する。円筒状になった索敵範囲の下部に、新しい点が幾つも生じている。だが、その点は数えるほどだった。



「将軍、今は表示魔力の最低限を魔力ランクD程度にしています。一般人の魔力は表示されていません。それも表示しますか?」

「いや、不要だろう。全てを表示すると地上部に一般市民の魔力も映ってしまう」

「不便で申し訳ありません」

「そんなことはない。さて、まずは聖騎士の動きを見せてもらうことにしよう」



 月光会に対する強襲作戦。

 それが今、始まった。





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