第147話 月光会①


 石を持ち帰ったアルマンド王国の兵士だが、当然ながら軍の魔術師が調査した。そしてシュウと全く同じ結論へと至っていた。



「これは凄い石です。是非とも作り方を知りたいほどですよ」

「それほどか」



 調査した魔術師から直接報告されたアーリー将軍は唸った。将軍として、それほどの石は看過できない。何としてでも技術を手に入れなければならない。



「聖騎士との合同襲撃を申し出るぞ。月光会の技術、何としてでも手に入れなければならん」

「ええ。これは革命的です」



 アーリーは本気だった。

 この力があれば、アルマンド王国は絶大な力を手に入れることができる。また、この事実は即座に王へと報告しなければならないと断言できた。



(表向きの部隊、そして技術を強奪する裏の部隊を手配する。色々と忙しくなるな)



 教会との交渉にしても、裏の部隊を動かすにしても、将軍でしかないアーリーにはできないことが多い。しかし教会はすぐにでも旧市街地へと聖騎士を差し向け、月光会を殲滅する気だ。



(忙しくなる)



 立ち上がり、駆け足で王の下へと向かった。



「あの、私は?」



 報告に来た魔術師に下がるよう言うことすら忘れて。





 ◆◆◆





 石について知ったドロファンス王は喜んだ。

 そして何としてでも教会を出し抜かなければならないと決意した。



「カルトタクス将軍、素晴らしい報告だ!」

「ありがとうございます。しかしまだ、石が手に入ったわけではありません。その技術の全てを手にするまでは手に入ったとは言えないでしょう」

「その通りだ。早速だが教会に打診しよう。聖騎士による強襲作戦を整えていると聞いた。我々は軍による包囲網の構築をする」

「そして密かに別動隊を派遣し、石の技術を手にするということですね」

「その通りだ」



 アルマンド王国の軍はほとんど警察と同じ役割だ。勿論、いざ戦争になれば戦場へと赴くが、基本的には警備と犯罪者の逮捕が仕事である。本来は誘拐行為を働く月光会も軍が捕らえるべき相手だ。しかし教会に配慮して、色々と遠慮している。つまり貸しのある状態なのだ。包囲に協力する程度なら、わけない。

 そして軍の暗部として密かに用意している戦力も投入する。

 裏の仕事に特化しているため、聖騎士を欺くことも容易だ。



「今すぐに大聖堂に使者を……いや、急ぎ過ぎれば怪しまれるか。明日の朝一番に送るとしよう。忙しくなったな。今夜は眠れん」

「はっ! 微力ながら、この私もお力添えいたします」

「それと捕らえた者どもを拷問しろ。できるだけ情報は搾り取れ」

「既に手配しております」

「うむ。では始めるとしよう」



 魔術をほぼ自動で発動する石は非常に有用だ。

 王国も月光会へと即時介入することを決めた。





 ◆◆◆





 アルマンド王国の王族は大公という地位が与えられている。成人すれば領地を管理することになっており、それは現王の兄バルゲートも例外ではない。

 バルゲート・アルマニア大公は領地経営の他に王都の地下水道整備も担っていた。



「……ようやくか。長い時がかかった」



 彼は自分の屋敷の執務室で呟く。

 外は暗く、手元を照らす蝋燭の明かりによって二種の書類を読んでいた。その片方はメルゲートの地下に張り巡らされた地下水道の完成予想図。そしてもう一つは魔術陣が記されたわけのわからない図である。高度な知識を有する魔術師であっても、この魔術陣の複雑さには目を背けたくなるだろう。



「だがドロファンスめ……この私を邪魔する気だな。魔神教と手を組むことは予想できたが、思ったより対応が早い。もう少し不和工作が効果を及ぼすと思ったのだが、まぁいい」



 バルゲートはデスクから大型の魔道具を取り出し、魔力を流す。そして幾つかのボタンを押した。するとしばらくの後、ノイズのような音が発生する。

 そして魔道具から声が発せられた。



『どうしたというのだバルゲート』



 聞き取りにくい声だが、これはノイズというより発声者が老人であるように思える。更に大公であるバルゲートに対して上位者を思わせる態度だ。

 しかしバルゲートはそれが当然といった様子でただ答えた。



「実はドロファンスと聖騎士がそちらに襲撃をかけるようです。どうか備えてください」

『やはりか。我々の仲間が捕らわれてしまった。あれらに持たせたのは未完成品だが、情報が洩れるのは困るな……仕方あるまい、壊滅させるとしよう』

「可能なのですか?」

『私を誰だと思っている。それに間もなく完成だ。ここで引くわけにはいかん』

「しかし大規模な戦闘をすれば、折角仕込んだアレも壊れて……」

『そんなことはさせん。魔術の中には破壊せずとも敵を殺せる方法はある』

「どうか頼みます」



 バルゲートは通話の相手に低い物腰で対応している。彼の部下が見れば目を剥くことだろう。元王族であり、また野心的なバルゲートがこのような態度を取ることは珍しい。



「三日後には全ての準備が整います。もうすぐです」

『ああ。私たちがこの国を制覇し、魔神教を滅ぼすのだ』



 怪しい笑い声の後、通信は途絶えた。







 ◆◆◆







 旧市街地は闇の社会が構築されたスラム街だ。新市街地に近い方はまだマシだが、中心部になると軍すら把握できていない。現王が先代から都市計画を受け継いだ時、ゴタゴタとして旧市街地の正確な地図が失われてしまったことも原因の一つである。

 そして旧市街地の住民は貧民ばかりだ。

 中流階級以上の市民は新市街地へと引っ越したが、貧しい者たちはまだ旧市街地にいた。軍の警備が及ばなくなったことで犯罪率が急上昇し、今のスラム街が形成された。

 つまり旧市街地の住民は弱者なのである。



「魔神教はダメだ。俺たちを助けちゃくれない。エル・マギア神なんて嘘さ。神なんていない」



 教会の者が聞けばすぐに異端審問官を派遣するような演説が旧市街地で行われていた。それも隠れた屋内ではなく、荒れ果てた昔の広場で堂々と。



「我々は神の力などというものを忌避する。魔装という選ばれた者だけが力を持ち、金を持つ者だけが教会に優遇される世の中を許容することはできない。奴らは俺たちから搾取し、俺たちの力を制限する。あんな奴らを信用することは断じてできない!」



 彼の演説を聞く者は多い。

 広場を埋め尽くすほどに貧しい人々が集まっている。そして彼の言葉を真剣に聞いていた。



「魔術だ」



 彼は石を掲げた。

 青白く半透明な石である。



「万人に等しい真理。万人に与えられた力。それが魔術だ」



 魔装が宿る条件は分かっていない。基本的にはランダムだと言われているが、それでも一定以上の魔力を保有する者にだけ宿っている。魔神教は魔装を神の恵みとし、その力を教会か国家のために使うように強制している。

 そして魔装を使えない者は教会から冷遇される。

 かつては慈愛、尊重、叡智を大切にする教えだったが、資本主義が浸透した今の世界では名目だけとなっていた。神聖グリニア本土では滅多にないが、そこから離れた国になると大聖堂に仕える神官が不正を働くこともよくある。

 酷い時は献金の少ない村が魔物に襲われた時、聖騎士を派遣することなく見捨てたりする。

 組織が巨大化し過ぎたが故に、腐敗が目立っていた。

 ここの貧民たちも、その腐敗のせいで割を食っている。教会による貧民への支援もなく、聖堂へと行こうものなら汚い服装で入るなと言われて叩きだされる。そんな魔神教に信仰心が生まれるはずもなく、彼らの信仰の対象は力へと移る。



「月光会は遂に見つけた。奴らが信頼する神の力を消し去る方法を。そして俺たちはあらゆる魔術の触媒となる石を開発した。これが魔石だ!」



 どよめき、拍手、決意の目。

 集まった群衆は青白い石、魔石を羨望の目で見つめた。



「見よ」



 男は魔術を発動する。

 ただ雨を降らせたいと願っただけで魔石内部に魔術陣が構築され、発動魔力すら補って瞬時に発動した。空は暗雲に満たされ、ポツポツと雨粒が落ちてくる。



「奇跡だ!」

「雨……」

「なんてこと……」



 驚き、そして希望を抱く。

 あの魔石こそが自分たちを救う本当の力だと。



「俺たちを信じろ。俺たちこそが……人間こそが世界の支配者だ。断じて、神ではない! 俺たち月光会は教会を打倒する!」

『おおおおおおおおおお!』



 彼らは魔神教に対して不信感、恨み、妬みを抱いている。

 そして神という不確定なものではなく、魔術という分かりやすい奇跡を求めるのは人の性である。見えないものより、見えるものを。選民思想よりも平等という甘い言葉を好む。

 何より魔石はあまりにも魅力的だ。



「残念ながら、この街に聖騎士と軍の奴らが襲撃を仕掛けてくる。奴らは俺たちから搾取するだけでは足りず、この奇跡の力すら取り上げようとしているのだ。これが許されるのか?」

「許されるかー!」

「絶対に許さないわ!」

「横暴な教会を許すな!」

「その通りだ。奴らの横暴を許してはならない。さぁ、立ち上がろうではないか。俺たちは魔術の力で、教会を打ち倒す。それを示すのだ。月光会がそれを成し遂げるのだ!」



 大歓声。大拍手。

 群衆は男に強く賛成し、教会打ち倒すべしという思想に染まった。学のない彼らでは、男のしていることが洗脳や扇動の類であることに気付けない。知識が少ないが故に、強く甘い言葉に惑わされる。自分たちが利用されているとも知らず。

 演説していた男は笑みを浮かべた。

 そしてマントを翻し、月光会の紋章を見せる。輝く三日月の印を。





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