第146話 不可思議な石
船上レストランで食事を終えたシュウとアイリスは、ホテルへと戻るために水路の小舟に乗っていた。高級レストランとランク付けされているだけあって、充分に楽しめた。
「今日はゆっくりできましたねー」
「明日は陸路で歩いてみるか」
「いいですね! 賛成なのですよ!」
長い水路は夜になると電灯で照らされる。ライトアップされた水路は観光用の一部だけだが、それでも綺麗だ。アイリスも機嫌がいい。
「いいですな。お客さん、観光ですか。湖はどうでした?」
「楽しかったのですよ。色々な船に乗ったのです」
「水が綺麗だったな」
「そうでしょうそうでしょう。この街の者はあの水を飲んでいますからね」
もう日は沈んでしまったが、まだ街には働いている者たちが多い。この船頭もそうだった。百年前を知るシュウからすれば、随分な進歩だと思う。
「アイリス」
「分かっているのですよ」
しかし、いつの時代でも愚か者は多い。
「なら、任せる」
「じゃあ、襲ってきたら反撃するのです」
「殺すなよ」
「もう時代が違いますからねー」
二人が小声で会話を終えた直後、水路の両側から複数の影が襲ってきた。炎、水、雷が降ってきたのだ。この奇襲には誰も反応できないかに見えた。
だが、それらは空中で停止する。
時が止まったのだ。
「これは魔術か? いや、魔術陣がないから魔装か」
「みたいですねー。とりあえず、私が気絶させますね。シュウさんは魔術を消してください」
「任せろ」
「じゃあ、時を進めますねー」
そして時は進みだす。
迫る魔術はシュウが死魔法で消し去り、時間停止と同時に過去へと送られた電撃魔術により襲撃者は強制麻痺状態となった。過去へと魔術が送られたことで、過去の段階で身体が痺れたということになり、因果関係が変化して現在時間の襲撃者も倒れたのである。
「な、なんだ!?」
船頭は驚いて腰を抜かしてしまい、小舟が大きく揺れる。その間にシュウは立ちあがり、静かに宙を飛んで倒れた襲撃者を確保した。移動魔術で倒れた五人を一か所に集め、物質具現で鋼線を出し、まとめて縛る。
この手際には周りの人々も思わず拍手だった。
人通りは少ないが、目撃者は何人かいる。彼らからすれば、後出しで襲撃者たちの魔術を打ち消し、謎の手段によって気絶させ、手際よく拘束したように見えた。
アイリスも遅れて飛んでくる。
「シュウさーん」
「終わったぞ。それに全員生きている。丁度いい出力だったな」
「生かして無力化も慣れました」
時代の変化に伴い、ほとんどの国で正当防衛であっても殺害は禁忌という風潮が多くなった。別にシュウとしては守る義理もないが、今はアルマンド王国で観光している。アルマンド王国のルールに従わなければ逃げることになってしまうため、今回のような場合は殺害を控えている。
それに、折角アイリスの指名手配も薄れてきたのだ。また手配が強化されては堪ったものではない。今の時代なら、聖騎士ですらアイリスの顔を知らないことがある。
「おーい! 何事だー!」
つまり事情聴取に来る国軍とかかわっても問題ない。
すぐにやってきた二人の兵士が、状況を把握するために近くの一般人へと問いかける。
「何があったんだ?」
「いきなり魔装を使う人たちがいて、それであの人が捕まえたんです!」
「あの黒い服の、髪の長い男か?」
「そうです」
状況を把握した兵士たちはシュウに近寄り、捕らえた五人の襲撃者と見比べながら話しかけた。
「目撃者もいることだし、あなたはどうやら巻き込まれた側らしい。事情聴取させてもらうが」
「構わない。こっちも聞きたいことがある」
「分かった。まぁ、被害者だと分かっているし、すぐに終わる。そっちのお嬢さんは?」
「俺の連れだ」
「奥さんなのですよ!」
「それは失礼しました。では早速ですが……」
片方の兵士がシュウとアイリスに事情を聴き、もう片方の兵士は鋼線でぐるぐる巻きにされた襲撃者を調べている。服をまくったり、顔を確認したり、武器の有無を調べたりと普通だ。
そしてシュウとアイリスに一通りの事情を聴いた兵士は、納得したようにうなずいていた。
「これで終わりか?」
「ああ、うん。これで終わりだ。どうもありがとう。どうやら彼らは手を出す相手を間違えたらしいね。ははははは」
「なら、次は俺が聞きたい」
「そうだったな。答えられることは限られると思うが、何でも聞いてくれ」
取り調べが終わったからか、兵士の声が少し柔らかくなった。
仕事モードから、善意の行動に変化したからだろう。
「あの連中、もしかして最近噂の誘拐犯か?」
「おそらくは。目撃された服装と同じだ。彼らの黒いマント、そして背中にある三日月のマーク。月光会と呼ばれる連中だ。教会からも目を付けられていてな。だが捕縛したのは今回が初めてなんだ。いや、本当に助かったよ」
そう言った兵士に対し、シュウは首を傾げた。
アイリスが時間を止めたとはいえ、襲撃犯の五人は雑魚同然だった。魔装の力も大したことがなく、国の兵士や聖騎士なら簡単に捕らえることができるはずだ。
「今まで捕らえることができていなかったのか? かなり弱かったぞ」
「弱かった? 奴らは上位魔術をいとも容易く扱う。弱いはずがない。君たちは運が良かったんだ。それに君たちは魔装と言ったが、恐らくは魔術だ」
「魔術陣の展開はなかったはずだ。アイリスは見たか?」
「見ていないですね」
「だが奴らは魔術を魔術陣もなく発動させる方法を手に入れているみたいでな。詠唱もなく即時発動だから止めようがない」
あり得ない、とシュウは思う。
魔術陣とは世界が事象を改変するための言語のようなものだ。この世界をデータとして変換すれば、魔術陣の紋様で表せるのだと考えられており、魔術陣はその事象記号を書き換える方法である。
つまり魔術を発動する以上、魔術陣を介さないということは考えられない。
魔装は魂に刻まれた魔術陣を介して発動しているというのが通説である。魔導もそれに近い。ついでに言うなら、魔法は既存とは別法則なので魔術陣では記述不可能である。
魔装でも魔法でもなく、魔術を魔術陣無しで発動というのは信じがたい話だった。
「その仕組みは分かっているのか?」
「調べているところですが……どうだ!」
襲撃者の持ち物を調べていたもう一人の兵士は、無言で彼らの服を捲る。すると、襲撃者の心臓部に半透明の青白い石が埋め込まれていた。それも全員である。
「持ち物は武器、そして不審な点があるとすればこれだな」
「なんだそれは?」
「さぁな。調べてみないと分からない」
兵士たちは全く知らない様子だった。
シュウとアイリスも相談する。
「魔力の塊に見えるが……触媒か何かか?」
「調べますか?」
「ああ」
「じゃあ、時間を止めますね」
そう言って、アイリスはあっさりと時を止めた。シュウは時が止まった世界で襲撃者へと歩み寄り、青白い石を調べる。
この時止めのお蔭で、難なく怪しい行為も可能となった。
普通に時が止まると、あらゆる法則が時間的に停止する。つまりものは見えず、空気は固定され、動くことなど不可能なのだ。これが物理的時間停止である。
しかしアイリスは覚醒したことで、もう一つの時間操作を手にしている。それは別位相時間だ。時間停止状態という概念の結界を構築し、自分をその結界の外の位相に置く方法である。分かりやすく言えば、写真を眺めるように時間停止世界を見ることができるということである。
アイリスとシュウはこの位相をずらす時間結界により、停止世界でも自在に動くことができる。
「この石、魔力が込められている金属か? だが魔物化しないのは変だな」
「金属だったのですか? でも半透明ですよ」
「魔力で変質しているな。光の吸収帯が変わっていると思う。もう新物質と言ってもいい。あとはこの物質の性質だが……流石に分からんな。ただの魔力タンクではないと思う」
「これが魔術陣を使わずに魔術を発動する仕組みなのです?」
「多分な。詳しいことは分からない。だが、一個だけ貰っていく」
シュウは襲撃者の胸から青白い石を抜き取り、代わりに似た色の石を魔術で創造して嵌め込んだ。すぐにばれるだろうが、この場は誤魔化せる。
そして二人とも元の位置に戻った。
「時を進めますね」
「ああ」
時間停止が解除され、世界が動き出す。兵士たちは首を傾げて石を観察していた。
シュウはそんな二人に問いかける。
「で、俺たちは帰っていいのか?」
「ああ。そうだった。もう帰って良いぞ。気を付けて」
「協力感謝する。お気を付けて」
事情聴取の間も待ってくれていた小舟に乗って、二人はホテルに帰った。
◆◆◆
ムーライトホテルの最上階にて、シュウは手に入れた石を調べていた。
「なるほど。確かに魔術陣が要らないな」
石を握った状態で魔術を発動すると、魔術陣もなく魔術が発動した。物体を真っ直ぐ動かす簡単な移動魔術だったが、それでも魔術陣は絶対に必要である。しかし、今の移動魔術は小さな魔術陣もなく発動したのだ。
これにはシュウも驚いた。
「まさかこんな石で……」
「どういう仕組みだと思います?」
「アイリスも使ってみれば何となく分かる」
シュウは石をアイリスに投げた。それをキャッチしたアイリスは、すぐに魔術を使う。やはり魔術陣もなく移動魔術が発動し、椅子が動く。
それでアイリスは納得した。
「そういうことですか」
「ああ。この石の内部で魔術陣が構築されている。それも目に見えないほど微小にな。それに発動して分かったと思うが……」
「魔力をほとんど消費しないのですよ!」
「ああ。どういうわけか知らんが、通常の半分以下だ。上位魔術を連発できるわけだ。月光会とやらも面白いものを開発する」
「これ、禁呪も楽に使えそうですねー」
「容量的に無理だろう。それに一定以上の魔術を使ったら、内部の魔力も無くなるはずだ」
一応は魔術の専門家であるシュウが見た限り、石の内部にはかなりの魔力が溜め込まれている。これを利用すれば、軽くイメージするだけで石が魔術陣を内部に構築し、また魔力を自動供給して上位の魔術すら容易に発動せしめるだろう。
ただ、魔術陣の容量を考えれば上位魔術が限界だ。戦術級魔術以上となると、容量に見合わず、内部構築の魔術陣が破綻する。
「この技術……正直に言うと別に要らないが、人間が使うと厄介だな」
「ですね」
「それにこの石……まだ未完成だ。禁呪を楽に使えるようになると、世界が変わるかもな」
「どうなるのです?」
「『王』に挑んでくる」
シュウはそう予想した。
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