第140話 アイリスの魔装


 冥王がやってくると分かった瞬間、聖騎士たちの間に緊張が走った。

 また選択を迫られた。



(Sランク聖騎士が揃っているからといって、『王』に挑むのは愚策)

(ガラン殿と二人とはいえ、経験不足の私では足手まといにしかならないか)



 二人の最高位聖騎士は目配せする。そして互いの意図を即座に理解した。

 つまり冥王の討伐そのものは不可能という結論に至ったのである。これは恥ではない。確かに聖騎士としては恥ずべきことだが、あまりにも相手が悪かった。

 しかし、それ以外は別である。



「総員! 魔女を始末せよ!」

「魔神教の敵だけはここで消さなければならんのだ」



 ガランもラザードも、アイリスだけは消さなければならないと考えた。そう意見を一致させた。彼らはやはり最強を冠する聖騎士であり、しっかりとしたプライドもある。

 手ぶらでは帰れない。

 狙われると分かったアイリスは身構え、アレリアンヌは蔦で防御壁を張った。



「魔女を狙え!」

「おおおおおおおおっ!」

「燃えてしまえ!」

「爆発しろ!」



 聖騎士たちは一斉攻撃する。

 これまでのようにアレリアンヌや大樹に集結しつつある魔物たちを攻撃するのではなく、アイリスだけを狙って攻撃した。強力な魔装攻撃はアレリアンヌの防御すら突破し、アイリスを傷つける。どんな致命傷でも即座に再生できるが、既にアイリスは魔力がほとんど失われている。あまり長くはもたない。



(くっ……シュウさんが来るまで持ちこたえれば……)



 空で輝く二つの太陽の内、シュウを封印している方は光を強めている。それに従って周囲の気温も上がっているように思えた。脱出は時間の問題だろう。そしてシュウさえいれば、人間が何百人いても問題ない。覚醒魔装士が相手でも殲滅可能だ。



(シュウさん)



 心で呼ぶ。

 それに答えてはくれないが、シュウは必ず助けてくれると信じていた。



(シュウさ……ん……ん? ん?)



 だが、アイリスはふと思う。

 これでは今までと同じだ。シュウの役に立ちたくて、シュウの隣を歩きたくて、魔装の力を使いこなそうとしていた。しかし、いざという時になって今までと同じでは意味がない。

 魔術がアイリスの肌を焼く。

 火傷が致命傷ほどに広がったが、すぐに修復された。何度見ても不思議な再生能力である。焼けたアイリスの服すら、元に戻った。



(私は、いつも私の力を使わない)



 困った時、シュウはいつも助けてくれる。致命的な時でも不老不死の魔装は力を貸してくれる。魔術を使うタイミングもシュウに任せていた。

 与えられたものを享受するだけ。

 命じられたことを実行するだけ。

 それはとてもシュウの隣にいるとは言えない、相棒とは言い難い。

 本当の力は魔力ではない。

 真の力とは、魔力すら動かし、肉体を動かす魂である。心である。あるいは意思である。



「痛っ……」



 風の斬撃がアイリスの足を切り裂き、血が噴き出た。

 腕が凍結して砕ける。

 熱風で喉が焼かれる。

 その全ての攻撃が痛い。



「ラザード殿! 行け!」



 ミカから再び魔剣を受け取り、アイリスへと駆けていく。すぐにアレリアンヌが邪魔をするが、そのアレリアンヌをガランや他の聖騎士が邪魔をした。蔦や葉、そして枝はアイリスを囲っている。しかしラザードはそれらをすり抜け、あるいは切り裂いて着々とアイリスに迫った。時には魔剣を使い捨てにしてでも前に進む。

 遠距離戦闘タイプのアイリスからすれば、接近戦におけるラザードの相手は不可能に近い。いや、不可能である。アイリスは念のために所持しているナイフを抜いたが、魔剣を手にしたSランク聖騎士を前にすると何とも心許ない。



「死ね! 魔女!」

「う……くぅ……」



 駆ける勢いに乗せて魔剣の突きを放つ。アイリスは咄嗟にナイフで防ごうとしたが、接近戦の心得がほとんどない彼女に防げる道理はない。構えていたナイフをすり抜け、魔剣はアイリスの心臓を貫いた。

 激痛と共に、背中から大量の血が噴き出る。

 勿論、アイリスの魔装は自動的にその傷を修復した。



「アイリス様! この、邪魔をするな!」

「怯むな! 抑え込め! とどめだラザード殿!」



 アレリアンヌは血を流すアイリスを見て肝が冷えた。

 いかに不老不死の力があっても、明らかに即死の攻撃である。更にラザードは油断することなく、魔剣を突き刺したまま魔手でアイリスの体を掴んだ。



「終わりだ魔女。ミカ」

「最後の一本です」



 従騎士ミカは異空間から変わった形の魔剣を取り出した。刃が三日月のように際立って曲がった、いわゆるシミターと呼ばれる武器である。鋭さに特化した魔術強化が行われており、首を刎ねるには充分だ。

 ラザードは魔手でシミターを受け取り、水平に構えた。

 後は薙ぎ払えば、捕まえたアイリスの首が飛ぶ。

 心臓部に剣が突き刺さったままのアイリスは今も再生中だ。しかし、剣が突き刺さっていることで再生が阻害されている。残り少ない魔力がガリガリと減っていくのを実感していた。



(このまま、だと……魔力が)



 残りの魔力がアイリスの命の長さだ。

 言うまでもなく、シュウの助けなど間に合わない。



(あーあ、失敗したのですよ。《雷威槍グングニル》なんて使わなければ良かったのです)



 魔力管理は魔装士や魔術師にとって必須だ。それを怠り、禁呪ほどの魔術を放ってしまった。まさかこのようなことになると思っていなかったというのは言い訳である。

 魔力が無くなれば魔装も止まり、アイリスは死ぬだろう。

 あるいはそうでなくとも、首を刎ねられたら生き返れない。今のアイリスに、頭部を再生させるだけの魔力など残っていない。

 刃が迫る。

 一撃で綺麗に切断するであろう太刀筋だ。

 心臓の再生で魔力が尽きるか、首を飛ばされて死ぬか。タイミングとしてはどちらもあり得る。死を目前としたせいか、世界がゆっくりと進む。



(あ、死――)



 心臓の再生が止まった。

 保有魔力を使い尽くしたのだ。

 同時に、刃がアイリスの首の皮一枚だけ切り裂く。

 死は確定的だ。

 しかし、魔力など所詮は本当の力ではない。魔力すら支配する心の力、意思の強さこそが本当の強さである。

 ただ強く願うだけで、世界は変わる。運命すら覆される。



「ぁ……ぁぁぁああああああっ!」



 まだ死ねない。

 こんなところで、中途半端に死にたくはない。

 まだ、アイリスは必要とされていると実感していないのだ。シュウから必要とされるまで、必要だと言葉にされるまで、対等になるまでは死にたくない。

 複雑で様々な感情があったが、それらは全て死にたくないという感情に直結していた。

 元から、アイリスにも才能はあった。

 禁呪を操るほどの意思と願いがあった。魔力が思念に反応する以上、高度な魔術を行使されるということは意思の強さに比例する。

 そして爆発的な感情と思念は魔力を呼び覚まし、魂を高次元へと押し上げる。



「あああああ! はあああああああああああ!」



 アイリスから魔力が溢れ出す。

 それはつまり、魔装の覚醒を意味していた。




 同時に、時が止まった。







 ◆◆◆







 浮遊星に封印されたシュウは、炎魔術《神炎》によって周囲を溶かしていた。この魔術は単純な威力において神呪すら上回る。

 炎の神呪《陽光ソル・レイ》は太陽を作り出す魔術だ。強大な熱エネルギーで核融合を引き起こし、熱量を爆発的に増幅する。その威力は小国を消滅させるほどである。いや、焼滅しょうめつといった方が正しいかもしれない。

 だが《神炎》はその神呪すら上回る。

 その名の通り、神の炎だ。

 神とは見えざる超自然的存在にして絶対者。それを体現した炎である。



「あと少しか」



 そう呟くシュウの周りには炎の揺らめきが存在しない。ただ、空間が歪んでいるだけである。正確には熱で光が歪んでいるのだ。

 赤、オレンジ、白、青といった炎の色は全く存在しなかった。

 ただシュウからはるか離れた位置では高熱により物質が融解して赤や白や青に光っている。

 この歪みこそが神の炎だ。

 エネルギーが高すぎる故に、人間の可視光領域すら逸脱した光を放出する炎だ。通常、炎は温度が上昇するにしたがって色を変える。赤から白、白から青紫色へと変化するのだ。ちなみに太陽の表面温度は六千度ほどであり、白色である。青紫色の炎は二万度にまで達しなければならない。

 しかし青紫色を越える炎も存在する。

 つまり紫外線、ガンマ線、エックス線などの強エネルギー光線を発する炎だ。人間の肉体では目視不可の炎である。そして不可視でありながら、その熱エネルギーによってあらゆる物質を分解消滅させる。

 見えざる炎、不可視の超自然。

 それが神呪を越える魔術、《神炎》だ。



「さぁ、喰い尽くせよ」



 透明な炎は侵食を続け、浮遊星を蒸発させていく。

 この《神炎》の最も恐ろしいところは、分解消滅させた物質の質量エネルギーを取り込んで炎にしてしまう部分だ。つまり、物質が存在する限り炎は拡大し続け、いずれは星すらも喰らい尽くす。この物質は固体物質に限らず、気体物質すら破壊する。

 放置すれば国は勿論、大陸、海、いずれは惑星を消滅させるのだ。

 空間的に物質密度が低い宇宙空間にまで到達すれば、そこからは減衰していく。逆に言えば、そこに到達するまでは止まらない。ただの惑星を小さな太陽にするまで止まらない。

 シュウは知らないことだが、既にこの浮遊星は表面にまで熱が届いている。その熱により赤熱し、太陽のように白く輝いている。浮遊星の分解消滅はすぐそこだ。

 輝きは白から青へと移行し、そして濃い青紫へと至る。そこを越えれば、透明な炎だ。



「『デス』」



 シュウは自らの放った神の炎を喰らい尽くした。超高エネルギー域へと至る前に。

 完全消滅させない限り止まらない炎を強制停止させる死魔法が発動したのだ。

 絶大なエネルギーを取り込んだシュウは、久しぶりに明確な魔力の増加を感じる。終焉アポカリプス級へと至ってから久しぶりの感覚だった。

 あまり長く透明な炎を放置すると、やがては地上を焼いてしまう。

 適度にエネルギーを回収しなければならない。

 炎と化していた浮遊星のエネルギーを死魔法で回収したシュウは、ようやく解放される。




 同時に、時が止まった。






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