第139話 二つの太陽


 妖精郷の戦いは熾烈を極めていた。



「魔術展開!」



 エリス帝国軍は集団による包囲戦術で少しずつ大樹へと進んでいた。戦いのための連携を訓練してきた彼らにとって、妖精郷の魔物など相手にならない。魔力では魔物の方が上でも、戦闘能力においては勝っていたのだ。

 聖騎士ほどではないが、彼らも順調に進んでいる。

 魔術の爆炎が妖精たちを焼いた。



「逃すな!」



 三百人の帝国兵は、その全員が優秀な魔装士か魔術師である。

 魔装や魔術によって魔物たちは次々と倒され、魔力が霧散していく。



「滅ぼせ! それが皇帝陛下のご命令だ!」



 兵士のほとんどが、その言葉で奮い立つ。

 しかし、その中に皇帝とは違った命令で動いている者たちが五人だけいた。



「あれがエリス皇妃殿下がご所望の小妖精フェアリーか」

「そろそろ捕まえましょうよ?」

「いや、もうしばらくは様子見だ。それにまだ小妖精フェアリーは沢山いる」

「分かりました」



 彼らは皇妃エリスの願いにより、妖精系の魔物を手に入れようとしている。僅か五人ではあるが、彼らこそ本当の命令を受けた者たちだ。しかし、もしもそれがバレてしまえば、間違いなく処刑である。表向き、皇帝の命令は妖精郷の殲滅だからである。それもあって、彼らは慎重にならざるを得ない。



「チャンスはもうすぐだ」



 戦いは順調。

 兵士のほとんどが興奮している。

 いずれは誰が消えても気にしなくなるだろう。その時が来れば、彼らは動く。





 ◆◆◆ 





 魔剣の多くを《雷威槍グングニル》によって失ったラザードだが、全て消えたわけではない。幾つかは予備としてミカが所持していた。



「ラザード様! これを!」



 ミカは魔装空間から魔剣を三本取り出し、投げた。本来はぞんざいに扱うわけにはいかないが、今は戦闘中である。多少の無茶は許される。

 ラザードも魔手で魔剣を受け取り、アイリスに攻撃を仕掛けた。



「厄介な人間め……」



 しかしアレリアンヌがそれを許さない。太い大樹の枝が剣戟を阻み、アイリスを守る。刃となった葉が降り注ぎ、ラザードを攻撃した。

 またアイリスも守られるだけではない。

 第一階梯魔術をメインに聖騎士の攻撃を妨害し続ける。既に《雷威槍グングニル》で魔力のほとんどを失ってしまったので、大魔術は使えない。

 たったの二人に聖騎士たちは苦戦を強いられた。

 そして聖騎士たちにとって、それが屈辱だった。



「たった二人だ! 魔女と魔物だ!」

「樹が邪魔だ……近づけない」

「どうにかできないのか?」

「どうして……魔女め……」



 聖騎士にとって最も厄介なのはアレリアンヌの大樹操作である。残念ながら人間という種は簡単に死んでしまう。世界最強の聖騎士であったとしても、致命傷の一つで死ぬのだ。つまり、雑な戦いはできない。縦横無尽に飛び交う葉の刃、予測不能な軌道の大枝、そしてアイリスによる絶妙な邪魔。それらが聖騎士たちに焦りを与えていく。

 どうしても攻め切れない。

 決定的な場面で邪魔をされる。



「おのれ……」



 あと一手が足りないという状況が聖騎士たちを苦しめる。頼みのSランク聖騎士ラザードも、魔手を生み出すという地味な魔装しか使えない。彼の魔装は有用だが、直接攻撃性能に欠ける。

 魔術を使おうとしても、大規模魔術はアレリアンヌに阻まれてしまう。無詠唱で扱える弱い魔術では大樹に阻まれ、アイリスとアレリアンヌには届かない。

 だが、そんな聖騎士たちに救いが訪れた。

 不意に空が暗くなる。

 霧で覆われている空はいつも薄暗いが、今は太陽が何かに塞がれたかのようにもっと暗い。



「待たせたな、ラザード殿。それに皆」



 冥王を封印したガランが、遂に姿を見せた。





 ◆◆◆





 エリス帝国軍は進軍を続け、その興奮は最高潮に達していた。基本的に魔物は聖騎士が討伐しているため、軍人は魔物と戦う機会が少ない。現役の間に数回しか経験しないような者すらいる。そんな中で魔物を何匹も討伐し、進軍をし続けるというのは彼らにとって一種の麻薬だった。

 魔装を思う存分使うことが気持ちいい。

 魔術で気兼ねなく吹き飛ばせるのは心地よい。



「進め! 進めええええ!」



 隊長の掛け声に応じて、兵士たちは鬨の声を上げる。

 もう誰がいなくなっても気に留めることはない。



「そろそろだ。行こう」

「ああ」



 本当の命令を受けていた五人の兵士が、ひっそりと隊列から外れた。そして速足に森を駆け抜け、目的を果たすために探索を開始する。

 彼らの目的は小妖精フェアリーの捕獲だ。

 そのために色々と用意している。



「レイド、感知を頼む」

「了解だ」



 兵士の一人、レイドは感知特化の魔装士だ。走りながらでも魔力の小さな小妖精フェアリーの居場所を感知した。



「あっちです」



 レイドが指差したのは大樹の方向だ。

 空を見上げると霊系や妖精系の魔物が大樹へと集結しつつある。それに対して小隊長は危惧を露わにした。



「集合されると面倒だ。できるだけ単独の個体を探せ」

「了解です」

「チャンスはそう何度もない。決めろよルー」

「任せな」

「露払いは俺たちがする。多少の問題なら駆除してやるさ」



 大樹の上で起こっている戦闘は、魔力の大きさと音から把握できる。魔物討伐のプロである聖騎士が苦戦するような相手だ。そんなところに飛び込んでいきたくはない。まして、群れを成すほどの魔物が集まっている場所へと飛び込むのは自殺行為だ。

 彼らは特別な力を保有しているわけではない。

 他の兵士と同じ魔装士だ。



「見つけましたよ。小妖精フェアリーが一つ、その上位種みたいなのが一つ。これが今のところ、一番やりやすそうな奴ですよ」

「よし、そいつを狙う」



 彼らはレイドの案内で迷いなく進んでいき、遂に目的の相手を見つける。レイドが感知した通り、そこには小妖精フェアリーと上位種たる森妖精エルフがいた。森妖精エルフは一見すると人間と同じ姿をしている。しかし、人間離れした美貌や尖った耳が妖精系の魔物であることを示していた。

 目的の小妖精フェアリー森妖精エルフの肩に乗っている。



「いいか! 森妖精エルフは殺しても構わん。絶対に小妖精フェアリーを捕らえろ!」



 小隊長の命令で、彼ともう一人が飛びかかる。剣の魔装で挟み撃ちした。ただ走っていただけの森妖精エルフは不意を突かれてしまう。正面に立ち塞がった小隊長の攻撃は反射的に回避する。これでも森妖精エルフ上位グレーター級の魔物だ。それなりの身体能力はある。しかし戦闘能力は低かったので、背後からの攻撃には気付かなかった。

 背中を切り裂かれた森妖精エルフはそのまま倒れ、肩に乗っていた小妖精フェアリーも地面に投げ出されてしまう。



「ぐっ……」

「ふみゅっ!?」



 そして小隊長は容赦なく、森妖精エルフにトドメを刺した。

 更にルーが糸の魔装で小妖精フェアリーを捕獲する。彼の糸には魔力を乱す効果が付与されており、弱い魔物ならば動きを封じることすら可能だ。



「捕獲しました」

「よし、帰るぞ。ロン」

「あいよ」



 ロンと呼ばれた兵士は、魔装で眷属を生み出す。それは巨大な鳥だった。

 眷属の巨大鳥はまず、ロンを嘴で掴んで飲み込む。その後、小隊長を含む兵士たち、小妖精フェアリーを次々と飲み込んだ。

 この魔装は特殊である。

 巨大鳥の体内は居住空間になっており、その中にいる限り魔装の移動力という恩恵に与れる。この移動力によって独自に妖精郷から脱出するという手筈だ。



「キィィィィイイッ!」



 巨大鳥は一鳴きして羽ばたき、霧の空へと飛びあがった。






 ◆◆◆





 聖騎士ガラン・リーガルドの登場にラザードは歓喜した。

 これで後一手足りない状況を打破できると考えた。



「ふん。魔女か」



 ガランはアイリスを見てそう呟く。



「冥王がいたから可能性として考慮していたが……やはりな」



 妖精郷が冥王アークライトの住処であるという事実。それは妖精郷討伐作戦の立案段階では判明していなかった。そして霧の中で起こった冥王の不意打ちには肝を冷やしたが、もう安心である。

 冥王は魔装で封印し、空の果てに追放しようとしているのだ。

 もう浮遊星は霧の空に隠れている。

 ガランの呟きを聞いたアレリアンヌは、驚愕して叫んだ。



「そんな馬鹿な。冥王様がそのような……」

「シュウさんがどうしたのです!?」

「ふん。天の彼方へと封じたのだ」



 上へと指を向けるガランは悠然と告げた。封印に大部分の魔力を常時消耗しているので、正直に言えばあまり余裕はない。しかし、堂々とした態度をとることによってアイリスとアレリアンヌに精神的負荷を与えていた。

 焦ったアレリアンヌは、大樹に命令して霧の結界を除去してしまう。

 人間が封じたという妖精郷の支配者を確認するために。

 今回の場合は特に意味もなかったが、本来ならば敵の言葉に翻弄されて自らの利点を潰すなど愚行にもほどがある。

 ただ、空には驚くべき光景があった。



「太陽が……二つ?」



 アイリスがそんな言葉を漏らす。

 それは錯覚でも妄言でもなく、事実だった。空には燃える星が二つ。一つは太陽、そしてもう一つはガランが天に打ち上げた浮遊星だった。ただ、その浮遊星は激しく白く燃えていた。



「なるほど。冥王め……我が切り札すら破壊するか!」



 アイリスとアレリアンヌにとっては頼もしく、聖騎士たちにとっては恐ろしかった。

 輝く二つ目の太陽は。





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