第138話 穿つ雷の槍


 禁呪《龍牙襲雷ライトニング》は攻撃力の高い魔術だ。その代わり、攻撃範囲は通常の禁呪よりも狭くなっている。しかし、アイリスはこれを中途半端だと考えた。

 攻撃範囲を狭くして電流密度を引き上げるならば、更に収束して攻撃力を極限まで引き上げ、対個人用魔術にしてしまった方が使いやすいのではないかと。

 そうして完成したのが《雷威槍グングニル》だった。

 ちなみに命名はシュウである。



(くっ……なんという……)



 ラザードは魔剣と魔盾を挟んでも尚、貫いてくる雷撃に強く歯を食いしばって耐えていた。魔力による身体防御がなければ、既に気絶していただろう。



『ガッ……そん……―――――っ!?』

「リセル!」



 視界が真っ白になり、何も確認できない。

 大樹を登るために先行していた索敵隊と、後続の討滅隊は上下一直線に並んでいた。だが、それが《雷威槍グングニル》という魔術を最大限に発揮させることになってしまった。

 貫通力の高い魔術であるため、敵が直線上に、しかも上下に並んでいる状況は理想的である。大樹に被害をほとんど与えず、聖騎士たちだけに雷撃をもたらした。

 討滅隊は大樹の根本で一時的な陣地を張り、索敵隊の報告を待っていた。

 枝葉に隠れつつ《空翔フライ》の魔術で上部を目指していた索敵隊は、《雷威槍グングニル》の餌食となる。リセルの通信は途絶えた。



「ぐっ……全員、生きているか!」



 雷光が止まってすぐ、ラザードは聖騎士や従騎士の安否を確認した。魔剣の避雷針、魔盾の防御、そして魔力の身体防御や魔装により聖騎士たちは無事である。しかし、従騎士には三人の犠牲者がいた。



「リセル、リセル……応答を」



 ラザードは魔剣と魔盾を放棄しつつ呼びかけた。《雷威槍グングニル》の威力はすさまじく、彼の魔武器は使い物にならないほど溶けて変形している。彼にとっては残念だが、そのお蔭で自身や仲間が救われたのだ。安いものである。

 ただ、索敵隊のリーダーを任せた聖騎士リセルからの返事は返ってこなかった。音を操る彼の魔装ならば、ラザードの声も把握しているハズである。しかしそれがないということは、やられた可能性が高い。索敵隊には避雷針代わりの魔剣などなかったのだから。



「ラザード様……おそらくは、もう」

「そのようだ」



 ミカに言われてラザードも認めた。

 またそれを聞いて、他の聖騎士や従騎士たちも索敵隊の生存をほとんど諦める。同時に、この魔術を発動させた存在への怒りを爆発させた。



「おのれ……魔物め!」

「絶対に滅してやる。行くぞ!」

「ああ」

「必ず仇は取る」



 従騎士に三人の犠牲が出たことで、残る聖騎士と従騎士は九人だけだ。Sランク聖騎士のラザードがいるとはいえ、災禍ディザスター級の魔物を相手にする際の安全ラインとしてはギリギリになりつつある。仮に災禍ディザスター級が複数現れた場合、聖騎士側に犠牲者が生じるのは必至だ。

 しかし、ここで撤退する腰抜けはいない。

 普通ならば態勢を立て直す命令を出されてもおかしくはないが、まだエリス帝国軍は戦っている。聖騎士だけが勝手に撤退すれば、エリス帝国での魔神教の影響力は大きく低下するだろう。



「ここからは、私も全力で行く」



 ラザードは普通より一回り大きな魔手を生み出し、自分を含む九人の聖騎士と従騎士を掴んだ。

 この後どうするか、それは簡単である。

 投げるのだ。

 大樹の上にまで。



「皆、覚悟はできているな?」



 最高位の聖騎士による発破だ。

 首を横に振るわけにはいかない。ここにそんな腰抜けはいない。

 次の瞬間、九人の戦士が勢いよく飛び出した。




 ◆◆◆





「今のは……っ! まさかアイリス様! なぜ手を出したのですか!」



 アレリアンヌは怖い顔でアイリスを睨んだ。しかしアイリスは平然としている。



「私は守られるだけの女じゃないのですよ! それに言うことを聞くだけの人形でもないのです!」

「しかしあれ程の攻撃では森にも被害が……」

「ちゃんと制御しているのですよ。私も何も考えずに魔術を使ったわけじゃないのです」

「……そのようですね。大樹を登っていた人間を滅することに成功しています。しかし、まだ根本には九人が残っていますね。この魔力……」



 思わず感じた深く、強い魔力。それは覚醒魔装士の放つ無限の生命力だ。

 ラザードの力を感じ取ったアレリアンヌは、身震いした。



「アイリス様、魔力の残りはいかがですか?」

「私は今ので魔力を結構使ってしまったのですよ……」

「では、下がってください。後は私がやります」



 アレリアンヌも、自分の愚策をそろそろ認知し始めていた。



(大樹神殿に集まりなさい)



 そう、妖精郷全体にテレパシーを送る。

 各地で猛威を振るっているエリス帝国軍を無視して、大樹神殿に戦力を集中させることにしたのだ。まずは透過して宙を移動できる霊系魔物が集まり始める。そして徐々に各地から妖精系の魔物も空へと上がり、大樹へと集まり始めた。



「脅威となる人間はこの下にいる者たちだけだと判断しました。大樹に誘い込み、大樹の力を借りて殲滅します。アイリス様は早く奥に――」

「――そう言っている暇はなくなったみたいですねー。来ますよ」



 急速に上昇し、迫る九つの魔力。

 それはアレリアンヌもすぐに察知した。大樹神殿まで到達するのは数秒後。逃げることはできない。そこでアイリスは魔術陣を展開し、アレリアンヌは寄生している大樹と交信した。

 二人は大樹神殿のテラスで戦闘準備を整え、迎撃態勢となった。

 そして数秒後、九つの影が下からフッと姿を現す。魔手による投げの力が的確だったこともあり、大樹神殿の辺りで丁度、速度がゼロになった。

 聖騎士たちの先頭にいるラザードは、空中で八人の仲間を魔手で支え、方向転換する。



「お前は……」

「《雷撃砲サンダー・ショット》なのですよ!」

「消えなさい人間!」



 ラザードはアイリスを見て、それが魔女アイリスであることに気付いた。彼も高位の聖騎士なので、教会により指名手配されている者はある程度把握している。特に冥王と共に姿を消した魔女ともなれば、顔までしっかり覚えていた。

 その魔女が妖精郷にいたのだ。

 思わぬ遭遇に一瞬でも思考停止したところで責めることはできない。しかし戦闘においてはその一瞬が勝敗を分ける。アイリスの《雷撃砲サンダー・ショット》が連撃で放たれ、しっかりと待ち構えていたアレリアンヌの攻撃も聖騎士たちに直撃した。



「がうああああっ!?」

「ぎっ……」



 アイリスの魔術が直撃してしまった聖騎士や従騎士は、そんな悲鳴と共に体勢を崩して落ちていく。

 またアレリアンヌは大樹に命じてその大枝を鞭のように振るわせ、聖騎士を瞬時に叩き潰した。これほど精密な攻撃はアレリアンヌの視認範囲でなければ不可能だが、逆に彼女の範囲に入ってしまえば近づくことも難しいほどの猛攻に耐えなければならない。

 ラザードはアイリスの雷撃を魔手で逸らすも、大枝による攻撃は防ぎきれなかった。空中という踏ん張ることの難しい場所で、通常でも耐えきれないほどの質量攻撃を受けたのだ。ラザードも吹き飛ばされてしまい、別の大枝に叩きつけられる。



「ぐっ……ぐふ……」



 大ダメージを受けたが、これでもラザードは運が良かった。

 もしも枝にぶつからなければ、そのまま地上まで堕ちて落下死していたかもしれない。普通ならば即死だったものが打撲で済んだのだから、まだマシである。それに彼の魔力があってこそ、叩きつけられても多少の打撲で済んだのだ。

 ラザードはすぐに体勢を立て直し、魔手により体を支える。魔手は空中で自在に操れるので、その掌に乗れば疑似的に空を飛ぶことも可能だ。



「しぶとい……死になさい!」



 大樹の葉が魔力で覆われ、刃のようになると定義される。薄い葉で皮膚が切れることもあることから、その概念を拡張して葉を刃にしたのだ。

 つまり疑似的な手裏剣として大量の葉が降り注いだ。

 アレリアンヌの魔導は大樹に依存しており、逆に言えば大樹が近くにある限り手札は広がる。



「これは……気を付けろ! ただの葉っぱじゃない!」

「なら私に任せてください」



 炎の翼という拡張型魔装を有する聖騎士が、その羽の一つ一つを放つ。それぞれが炎の塊として大量の葉を撃ち落として、燃やす。

 それで調子を取り戻したのか、他の聖騎士たちもそれぞれの魔装で攻撃を開始した。



「貫けええええええ!」

「潰れろ!」

「炎魔術の餌食だ!」



 貫通特化の弓の魔装、岩石を生み出して操る領域型魔装、そして炎魔術。それらがアイリスとアレリアンヌへと襲いかかる。

 その全ての攻撃をアレリアンヌは防いでいた。大樹と交信し、大樹はアレリアンヌとアイリスを守るために枝葉を振るい続ける。大樹そのものに意思があるわけではない。しかし大樹とアレリアンヌは思考を共有しているのだ。アレリアンヌが願えば、大樹はそれに応えてくれる。いや、そのように行動する。

 太い枝は貫通する矢を逸らし、大岩を弾き返し、炎を吹き飛ばす。

 アレリアンヌ自体はそれほど強くないが、大樹は質量も相まって強かった。



「怯むな!」



 ラザードは聖騎士たちを鼓舞する。



「そこにいるのは邪悪な魔物。そして魔物に魂を売った魔女アイリス・シルバーブレットだ!」



 それを聞いて聖騎士たちの目の色が変わった。

 魔神教にとって魔女アイリスは特別な存在だ。大切という意味ではなく、異端という意味でだ。魂を冒涜する死霊魔術師、悪魔信仰をする者たちなど、教会が指定する異端は数多くいる。しかし『王』の魔物に魂を売ったというのは特級の異端だ。

 最上級にして、最大の異端。それはつまり、最優先で討伐しなければならない相手ということである。またアイリスは不老不死の魔装士として知られている。寿命で死ぬことは考慮されない。



「殺せ」



 ラザードはそう命じた。

 彼がアイリスに気付いたことは、彼の優秀さを表している。

 しかし、残念ながら彼はここまでだった。アイリスがここにいるということは、冥王もいるということには気付けなかったのだから。





 ◆◆◆





 浮遊星へと封じられたシュウだが、闇雲に暴れているわけではなかった。



「この程度で充分か……」



 そう呟き、《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》の連射を止める。

 シュウが連射をしていたのは、内部からの破壊を期待してのことだ。しかしそれがメインではない。真の目的は魔力の回収である。

 回収した魔力は、とある魔術のために使う。



「《神炎》」



 シュウの掌の空間が揺れて歪んだ。




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