第137話 ラザードの進撃


 妖精郷は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 それもそのはずである。伝説として人間に語られていたということは、それだけ妖精郷の魔物たちも人間と接してこなかったということだ。少なくとも、悪意を向けられてはこなかった。



『ラザード様。森大妖精ハイエルフ精霊エレメンタルの群れです。精霊エレメンタル森大妖精ハイエルフと協力しているように見えます』

「分かった。皆、敵を発見した」



 ラザードはリセルからの連絡を受け取り、すぐ行動に移した。索敵隊は移動能力と索敵能力に長けた聖騎士だけで構成されているので、戦闘には向かない。しかし、奇襲に適した位置を先に把握し、潜むことが可能だ。

 討滅隊としてやってきたラザード達は、正面から森大妖精ハイエルフに攻勢をかけた。



「っ! 迎撃を!」



 森大妖精ハイエルフ精霊エレメンタルに命じて、魔導を発動する。一括りに精霊エレメンタルといっても、魔導には様々な種類がある。その魔導に従って、精霊の属性が決定する。基本の魔導である『吸命』から外れて初めて、精霊エレメンタルは真の姿へと至る。

 シュウが召喚した影の精霊もその一種だ。

 尤も、シュウは死魔法を会得したことで特殊な進化を遂げたが。

 そして森大妖精ハイエルフと協力している精霊エレメンタルたちも、各種属性の魔導を操って聖騎士たちに攻撃する。

 だが、聖騎士は甘くなかった。



「ここは俺の出番ですね!」



 躍り出た討滅隊の聖騎士が、岩の壁を生み出す。魔導攻撃によって徐々に壁は削られていく。しかしこれは計算通りだった。

 岩の壁はわざと破壊させたのである。

 彼の生み出した壁が脆くなったところで、その壁を突き破る勢いで聖騎士たちが一斉攻撃を放った。



「今だ! やれ!」



 更に隠れていた索敵隊も木々の影から飛び出し、奇襲を仕掛けた。

 如何に森大妖精ハイエルフ災禍ディザスター級といえど、この一斉攻撃は耐えられない。所詮はAランクの魔装士が複数名いれば討伐できる程度の強さなのだ。またその強さも魔力量を基準にしたものに過ぎず、妖精郷の森大妖精ハイエルフたちの戦闘経験値を考えれば下回ると言って良い。

 森大妖精ハイエルフ精霊エレメンタルはあっさりと討ち取られてしまった。



「これで一つ」



 ラザードは血糊を払うかのように魔剣を振るう。

 だがこれは戦いの一つに過ぎない。妖精郷と人間の戦争は始まったばかりだ。徐々に魔力が霧散していく魔物たちから目を離し、彼は島の中心部を見つめた。

 そこにあるのは大樹だ。

 妖精郷の象徴であると同時に、結界装置でもある。



「ラザード様、次に参ります」

「頼むぞリセル」

「はっ!」



 彼らは次の獲物を探し、動き出す。





 ◆◆◆





 大樹で眠っていたアイリスは目を覚ました。

 魔装の訓練のために魔力を消耗したので、その回復に徹していたのである。しかしこれほど騒ぎが起これば目が覚めてしまう。



「ん……ぅん?」



 まだ寝ぼけているアイリスはすぐに騒ぎに気付いた。

 そして寝室を飛び出し、大樹神殿のテラスから島全体を眺める。すると各地で魔力が乱れ、戦いが起こっているのがすぐに分かった。



「これは……シュウさん、じゃないですよね」



 眠っていたアイリスには何が起こっているか分からない。

 だが状況は徐々に理解し始めた。



「あれは船なのですよ!? なら人間が……」



 慌てて島全体を感知したアイリスは、シュウの魔力がないことに気付く。つまり、まだシュウは帰還していない。妖精郷をシュウなしで守らなければならないのだ。

 焦るアイリスの背後に、音もなくアレリアンヌが忍び寄る。

 アイリスは魔力で気付き、振り向いて口を開いた。



「どうなっているのです?」

「人間が襲撃してきました。応戦しています」

「私も出るのですよ!」

「いけません。アイリス様は我らが神の大事なお方です。危険な目に遭わせるわけにはいきません。それにアイリス様は人間を容赦なく殺し尽くすことができるのですか?」



 そう言われるとアイリスも困る。

 確かに冥王シュウと共に生きると決めているが、だからといって人間を捨てたわけではない。同じ種族としての情はあるし、進んで殺したいとは思わない。

 必要ならば殺すが、虐殺は好むところではなかった。

 アレリアンヌもそんなアイリスの様子を見て確信する。やはりアイリスは戦いに出すべきではないと。



「あなたは我らが神、冥王様にとって大切な御身。決して余計なことはなさらぬように。私たちだけで押し返してみせます」



 美しいその表情で力強く訴えていた。

 そこまで言われてはアイリスも引き下がるしかない。



「分かったのです……」



 しぶしぶ、ではあったが。






 ◆◆◆






 聖騎士ラザード達の快進撃は止まらない。

 上位種を中心に魔物を狩りつつ、妖精郷の中心部を目指していた。雑魚の妖精系や霊系の魔物はエリス帝国軍に任せ、彼らは島の主を狩るべく動いている。



『ラザード様、リセルです。周辺の魔物は掃討が終わりつつあります。しかしやはりあの巨大な樹の上に主がいるようです。知能の高い魔物がそのように話していました。それとこの樹ですが、強い魔力を内包していますので注意してください』

「その情報は確かか?」

『現在、様々な角度から観測しています。しかし今のところ、否定する材料はありません』

「分かった。では最終目標を樹木と定める」

『はっ! 先行いたします』



 リセルとの連絡を終えたラザードは、振り返った。

 そこには聖騎士と従騎士が総勢十二名いる。沈んだ船に乗っていた者を除けば一人も欠けていない。



(しばらくすれば終わる。早くガラン殿の援護に行かなければ……)



 ラザードはこの戦いは前座にしか考えていなかった。






 ◆◆◆





 冥王の相手を一人で請け負ったガランは、無事に封印を成功させていた。天を覆い、海に巨大な影を落とすほどの封印石である。



「完成だ。封印術式が」



 最後の仕上げに、封印石を上空へと上げていく。この封印を維持するために、ガランは大量の魔力を常時消耗している。何故なら、冥王は内部で破壊を続けているからだ。ガランが封印石内部の異空間を維持しなければ、とっくの昔に冥王は脱出している。

 しかし覚醒魔装士でなければ維持できないほどの封印にいつまでも魔力を注ぐ訳にはいかない。これを続けるということは、ガランは魔装士としての力をほとんど失うということだからだ。封印の維持にはガランの魔力の九割以上を常時注ぎこむことになる。それでも通常の魔装士としては充分だが、覚醒魔装士としては不十分だ。

 そこで空の果てへと封印石を送り込もうと考えたのだ。



「伝説の通りであれば、二度と冥王は地上に戻ってくることがないはずだ」



 ガランはそう呟く。

 彼の言う伝説とは、人類がスラダ大陸へとやってくる以前のものだ。かつて人間はディブロ大陸で今よりも栄えていたという。しかし七大魔王により滅ぼされ、僅かな人間だけがスラダ大陸へと逃げた。

 その伝説の時代において、人間は空の果てにまでも行ったという。

 だが、所詮は伝説だ。

 逆に人間は天より訪れたとか、実は神の転生した姿とか、色々と眉唾な物語も多い。ただ、どの伝説においても空の果てという概念は存在した。



「さぁ、人の世界から消えよ。冥王アークライト」



 封印石として完成した浮遊星は徐々に速度を上げて昇っていく。

 ガランは知る由もないが、空の果てへの追放は理にかなった手法だ。宇宙開発の物理学において、宇宙速度という概念が存在する。

 第一宇宙速度は地上から速度を与えて出発した場合、星の衛星軌道を回るために必要な速度である。人工衛星の打ち上げには、理論的にこの速度が必要となる。そして第二宇宙速度は星を脱出するための速度だ。星の重力を振り切って、宇宙へと消えて行く最低限の速度である。この他にも太陽の重力からも共に逃れる第三宇宙速度というものも存在するが、封印石を追放するだけなら第二宇宙速度もあれば充分だ。

 ガランの浮遊星はまだ第一宇宙速度にも達していないが、いずれは宇宙へと追放するのに必要な加速が与え続けられていた。



「さて、私も後輩の援護に向かうとしよう」



 魔力の大半を使えない今でも、援護くらいは可能だ。

 ガランはそう考え、岩のキューブに乗って妖精郷へと向かっていった。





 ◆◆◆





 アレリアンヌは焦っていた。

 人間の快進撃が止まらないからである。何とかして止めようと、強い力を持つ魔物を適切な位置に配置したのだが、それらは各個撃破されてしまった。戦力の集中の前に、分散は悪手である。防衛戦において重要なことは、敵の動きを予測することだ。

 しかし経験不足のアレリアンヌでは限界があった。



(くっ……大樹まで到達してしまった)



 アレリアンヌは神樹妖精セラフ・ドライアドという特殊進化を遂げたばかりか、知性を有する特別な魔物である。しかし、今回は下手に知恵を有するが故に窮地へと追いやられていた。

 本能のままに強者へと強者を集中してぶつければ良かったのだ。

 だが、それを抑えて理性的に戦力を分配したのが運の尽きである。

 彼女は目を閉じ、大樹へと張り付いた人間たちを知覚する。アレリアンヌの手足として操れる大樹は、最終防衛ラインであると同時に最終兵器。大樹の上にある神殿へと足を踏み入れさせるつもりはなかった。



「あの、手伝いますよ?」

「不要です」



 後ろから心配そうに見つめるアイリスは、偶にそう声をかける。

 しかしアレリアンヌは即座に断るということを続けていた。



(これじゃいつもの役立たずな私なのですよー!)



 アイリスはただ守られるだけであることを好まない。何もできず、何もさせてもらえないというのは苦痛でしかない。



(そっか)



 悔しさはアイリスに真実を理解させる。



(だから私は弱いんだ)



 決意の表情を浮かべ、両手を天に掲げた。




 ◆◆◆





「なんだ、あれは……」



 ラザードは勿論、聖騎士たちは言葉を失っていた。

 霧のかかっていた空が、一層暗くなる。真っ黒な積乱雲が生じたのだ。魔術によって制御された気象現象だとすぐに分かった。



『ラザード様! 雷雲です! それも巨大な!』



 リセルは魔装で声を伝えた。

 だが、その声には震えがあった。



「敵の魔術だ! すぐに防御を張れ!」

『は、はいっ!』

「総員、魔力による防御を全力展開。また防御可能な魔装を全開で使え! 足りなければ死ぬぞ!」



 ラザードは魔手を集結させ、魔剣を重ねて防御する。魔剣といえど、その材料は金属だ。つまり雷撃系の魔術攻撃ならば避雷針代わりになる。

 更に従騎士ミカに命じた。



「あの盾を!」

「既に!」



 彼が頼んだのは魔武器化された盾だ。基本的にラザードは魔剣を収集しているが、それ以外の魔武器も幾つか集めている。変わったものとして、盾なども所持している。

 ミカが異空間から取り出した盾をラザードは魔手で掴み、自分とミカを守る位置に構える。この盾は小さめのサークルシールドであるが、魔力を流すと傘のように開いて防御面積が拡大する。持ち運びしやすい大楯として開発されたものだった。



「来るぞ!」



 霧の先にも、雷雲に雷が溜まっているのはよく分かる。

 この魔術にはラザードにも覚えがあった。



「禁呪《龍牙襲雷ライトニング》だ!」



 彼の予測は間違いではない。

 自然現象へと干渉し、意図的に雷雲を生み出す魔術。そして雷雲が生み出す電気エネルギーを一斉収束放射する攻撃魔術。それこそが《龍牙襲雷ライトニング》だ。

 しかしこれは《龍牙襲雷ライトニング》であって《龍牙襲雷ライトニング》ではない。

 アイリスが改良を加えた、ある種の新魔術だ。

 雷撃の収束率を限界まで引き合上げ、攻撃力を何倍にもする代わりに禁呪としての攻撃範囲を失った。電圧と電流が共に極限まで高められたそれは、もはや《龍牙襲雷ライトニング》とは異なる。


 ――貫通特化型落雷魔術《雷威槍グングニル》。


 それがこの魔術の名称である。



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