第136話 封印の星


 シュウは四隻の船を沈めた後、巨大な魔力の接近を感じた。

 そしてそれが覚醒魔装士であることにすぐ気づいた。妖精郷には大樹を支配するアレリアンヌもいる。覚醒魔装士さえ始末してしまえば、問題なく撃退できるだろう。



(こいつが覚醒魔装士……『浮城』だな)



 岩のキューブを従え、また岩のキューブに乗った厳格そうな男。それがガラン・リーガルドである。彼は出会いがしらに魔術を放った。

 ガランの右手から雷撃が走り、シュウへと向かう。だがシュウは死魔法で瞬時に消し去り、逆に死魔法でガランを攻撃した。覚醒魔装士なので死魔法で死ぬことはない。しかし、大きく魔力を奪われ、一瞬だけ力を失ってしまう。



「ぐっ……」

「死ね」



 シュウは死魔力を放ち、ガランを消し去ろうとした。

 しかしガランも歴戦の聖騎士である。この程度の一瞬で敗北するような弱い戦士ではない。周囲に浮かべていた岩のキューブを身代わりとして、死魔力を防ぐ。岩のキューブは一瞬で消え去ったが、これによりガランは無事だった。

 戦力差は絶大。

 すぐにガランは理解した。



「馬鹿な……冥王アークライトだと」

「俺を知っていたか」

「なぜここに!」



 冥王は魔神教が最も警戒する『王』だ。

 終焉アポカリプス級として位置づけられる最強最悪の魔物である。今の教会は勿論、どの国にも冥王を倒す術はない。如何に覚醒魔装士でも、ガラン一人ではどうにもならない。特に冥王は人間にとって最悪の死魔法を扱うのだ。数を集めれば冥王の糧となり、強者だけで挑んでも死魔力が猛威を振るう。

 つまり冥王アークライトを滅することは現状不可能である。



(だが方法はある!)



 十二年以上も前だが、緋王シェリーがスラダ大陸東側で猛威を振るった。滅びた街や国は数知れず、被害の復興は今もなお完了していない。

 その経験から、神聖グリニアは『王』に対する策を練り上げてきた。

 勿論、聖騎士の最高位であるSランク聖騎士たちも魔装を鍛え、追求した。かつて『樹海』の聖騎士アロマが実行したように命懸けで封印を実行しても後が続かない。そこで聖騎士たちは命を懸けることなく、完全に封印する術を編み出してきた。

 ガランは魔装に魔力を注ぎ込み、巨大建造物を具現化する。

 これまでの比ではない、島のような巨大さだ。



「何……?」



 シュウですら、一瞬でガランの姿を見失ってしまった。複雑に変化し続け、巨大化し続けるこの浮遊城で術者であるガランを見つけることなど実質不可能だ。思わず舌打ちしてしまった。



(この規模の魔装……破壊するとなると死魔法より《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》の方がいいな)



 即座に反物質を作成したシュウは、それを莫大な魔力で覆う。更には立体魔術陣が形成された。今回は飛ばす必要もない。その場で反物質を落とし、シュウ自身は霊体化した。

 霊体化すれば、物理法則の影響をほとんど受けない。

 落ちていく反物質は、ガランが生み出した魔装の浮遊城に触れる。魔装であっても、既に物質化しているので対消滅反応が起こる。結果、《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》が予定通り発動した。

 漆黒の魔力結界が広範囲に張られ、その内部で対消滅爆発が炸裂する。内部に閉じ込められたことで凄まじい熱量となっており、あらゆる物質が蒸発する。

 結界内部のエネルギーは死魔法により、全てシュウに吸収されるのだ。ガランの展開した魔装はほとんどが飲み込まれた。



(これでどうだ?)



 魔力が増えた感覚にも慣れた。しかしここまで魔力が増えると、《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》による増加でも小さく感じる。

 流石に覚醒魔装士を殺せただろうと考えた。

 だが、浮遊城の構築は止まらない。《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》で破壊された分を取り戻すかのように新しい浮遊城が形成されていく。その大きさは街や都市を超えていた。浮遊城などという生易しい代物ではない。これは浮遊島である。

 だが、島程度で終わることはない。

 ガランの魔装に限界はない。彼の魔装は既に覚醒している。彼の魔力と意思に応え、どこまでも造物を生み出し続けるのだ。

 島から陸へ、陸から星へ。



「もう一度だ!」



 魔装はシュウを閉じ込め、球状へと形成されていった。その大きさは直径にして百キロにも及ぶ。

 内部に封じられたシュウは再度《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を発動するが、如何に神呪規模の魔術でも破壊し尽くすことはできなかった。都市を消滅させる神呪であっても、大陸や星を破壊することは不可能だ。

 破壊されてもすぐに再構築されてしまう。



(なるほど。俺の危惧していた封印術というわけか)



 魔装によって構築された浮遊城の塊……いや、星は内部を異空間化している。内部から破壊するのは困難だろう。この能力を応用して、シュウが放った初撃の《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》も無効化したのだ。

 《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を浮遊城内部に取り込み、無効化する。

 それによって冥王ほどの力を抑え込むことができる。



(だが、俺の力を完全に封印した訳ではないはずだ)



 シュウがそう考えるのは、やはり初撃の《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》だ。初撃を防いだ浮遊城は、爆発を抑え込むことに成功している一方で、浮遊城そのものも限界を超えて崩壊した。つまり、シュウほどの存在を封じるためには星のような浮遊城を維持する必要があるのだ。

 負荷をかければかけるほど、浮遊星の維持は難しくなる。



「この程度で冥王を封じたと思うなよ……殺し尽くす!」



 シュウはスッと手を合わせる。

 そして集中のために目を閉じた。

 すると、その背後に七つの立体魔術陣が浮かんだ。その一つ一つの中心が黒く染まり、魔力が集まる。冥天輝星霊セレスティアル・アストラルへと進化したシュウは、魔力の制御能力も向上している。《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を同時に七つも発動することすら可能だ。

 破滅の黒が炸裂した。





 ◆◆◆





 浮遊星を完成させたガランは、流石に全身から汗を流していた。

 それは魔装の酷使による精神的疲労の他、死を感じたことによる消耗もある。



「はぁ……はぁ……あれが冥王……」



 あれほど明確に死を感じさせる存在も少ない。

 長きを生きて多くを経験したガランでも、あれほどの死は初めての経験だった。



「だが、終わりだ」



 ガランの魔装は造物型だ。浮遊する建造物を生み出すというものだ。しかし、それを莫大な魔力によって行うと大きさに際限が無くなる。どこまでも巨大化するのだ。

 丁度、小さな星のようになった浮遊城のように。

 この浮遊星から脱出することは不可能に近い。

 ガランが魔力を供給する限り、幾ら破壊しても再生するのだ。内部は異空間化しており、直径数千キロもの空間が広がっている。だが、外観は直径百キロほどだ。つまり、内部空間が何十倍も圧縮されているのだ。

 ある種の迷宮化と言える能力である。

 これこそ、ガランの本来の能力だ。敵を建造物に閉じ込め、惑わせ、仕留める。もとより封印に近い能力であったことから、命を懸けることなく封印術を完成させてみせた。



(後は頼むぞラザード殿)



 今もガランは浮遊星の内部を増やし続けている。圧縮空間の圧縮率を高め、複雑化することで冥王を閉じ込めているのだ。だが、冥王が暴れまわっていることも同時に知覚している。

 もう自分が冥王を完全に封印するころには、妖精郷の征伐は終わっているだろうと予想していた。





 ◆◆◆





 妖精郷の管理をしているアレリアンヌは、異変を既に察知していた。そして島の魔物に向けて、危機的な状況であることを伝えていた。



「まさか人間が……それも我が神のいらっしゃらない時に限って」



 妖精郷で最も力のある個体は災禍ディザスター級の森大妖精ハイエルフなどだ。他にも高位グレーター級の魔物も多くいる。そのため、撃退には困らないだろう。

 しかし問題は、この妖精郷の魔物が戦闘を得意としないことだ。

 長きに渡って戦いを経験してこなかったので、妖精郷の魔物は戦闘経験値が低い。つまり、潜在能力はあっても実力が伴っていない。



「せめてアイリス様を避難させなければ」



 妖精郷で最も安全な場所は大樹神殿だ。

 アレリアンヌが寄生している大樹と接続しており、味方を守りやすく敵を殲滅しやすい。

 そしてアイリスは妖精郷の神であるシュウの相棒であるため、何としても守らなければならない。守護できなかったとなれば、シュウは妖精郷を見放して離れていくだろう。アレリアンヌにとって、それは阻止しなければならないことだ。

 シュウがいなければ妖精郷を維持することができない。



「全ての魔物に告げます。訪れた人間は消しなさい。問答は無用です。躊躇わず殺し尽くし、その全てを糧とするのです。死を恐れてはいけません。私たちには神がいるのですから」



 妖精郷とエリス帝国の戦争。

 それが始まろうとしていた。





 ◆◆◆





 シュウの襲撃により、エリス帝国軍の船団は四隻も沈められた。だが止まることはない。風の魔術を帆に当てて加速し、あっという間に妖精郷の沿岸部まで到達した。

 ある者は小舟を出し、ある者は魔術で飛び、ある者は魔装を使って次々と上陸していく。

 船に乗るのは全てが魔装士だ。

 兵士か聖騎士かの違いはあるが、皆が訓練された魔装士である。

 二百名を超える人間が伝説の島に降り立った。



「ここが妖精郷……魔物の気配を感じる」

「ラザード様、こちらを監視する目が幾つもあります」

「ああ、気付いている。行くぞ」

「はっ!」



 本来ならば悠々と歩いて、じっくり島全体を殲滅する。

 だが、今はガランが絶大な力を持つ魔物を抑えているのだ。それに甘えるわけにはいかない。ラザードは従騎士ミカの他に、聖騎士を従えて進み始めた。



「ラザード様! まずはどこを目指しますか?」

「包囲網は軍に任せる方が効率的だ。我々は強大な力を持つ魔物に絞って討伐する。まずは先行する索敵隊、そして私を中心とした討滅隊の二つに分ける。索敵にはリセル、ローランド、マーキー、レブラン、ドリクセン。それ以外は討滅隊だ。従騎士はそれぞれが仕える聖騎士に従え」



 ラザードがそう告げた途端、聖騎士たちは瞬時に隊列を組む。基本的に聖騎士は優秀な魔装士だが、単独で戦うことを良しとしていない。戦略的に、数多くの聖騎士によって魔物を効率よく屠ることこそ教会の方針だ。



「索敵隊のリーダーはリセルに任せる」

「はっ! 任せてください!」



 聖騎士リセルは音を操る魔装士だ。

 索敵にはピッタリである。

 妖精郷の蹂躙が始まった。





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