第132話 思わぬ出会い
傲慢にして愚劣な領主、ホムフェルト・フリベルシュタインが
(以前とは大違いだな)
シュウはホムフェルトを暗殺するため、一度この領地を訪れたことがあった。その時は苦しむ民の生活が嫌と言うほど分かる景色だったが、今ではその影もない。
「はっはっはっは! 飲むぞ飲むぞ!」
「今日は稼いだぜ」
「だったら奢ってくれよ?」
「おいおいそりゃないぜ……嫁さんに叱られちまうよ」
「いいじゃねぇか。お前さんが怒られるのは毎日のことだろう?」
「違いねぇ」
「おいおい……」
鉱山の男たちは体を汚しながらも、実に楽しそうだ。
これまでは領主に搾取されていた成果も、今はほとんどが彼らに還元される。採掘した宝石の原石は、これまでフリベルシュタイン家の経営する商会が安く買い取っていた。そのため彼らの懐へと入る金銭は非常に少ない。毎日朝から夜まで働いてようやく家族を養える程度だった。
それが今では夕方までに帰って、更に酒を嗜む余裕すらあるのだ。思わず笑顔になるのも当然である。
(領主が死んだのなら、依頼は無事に達成だな)
街を歩くシュウは、目的の一つを達したことで安堵した。
そして目的のもう一つは保有する紙幣を宝石や金などの資産へと変換することだ。宝石の産地であるフリベルシュタイン領には宝石の加工産業もある。産地だけあって、宝飾品も比較的安価に手に入る。シュウとしても、折角美術品に変えるのだから安く仕入れたい。
シュウは大通りの商店に入った。
宝飾品を販売するだけあって、店の前には数人の護衛が立っている。黒で統一された怪しい姿のシュウを見て警戒しているようだが、それだけで動くことはなかった。
(警戒はされているが……盗むつもりもないから問題ない)
流石に店の護衛は客が怪しい姿をしているからといって即座に取り押さえたりはしない。中には変装して訪れる貴族もいるためだ。明らかに怪しい姿をした者は警戒するが、それだけである。実際に窃盗や強盗といった行為に及ばない限りは護衛たちも動かない。
シュウは店内に入るや否や、店の制服らしき服装をした女を呼び止めた。
「そこの店員」
「はい……はい、御用でしょうか」
シュウの風貌と雰囲気にぎょっとした表情を見せたが、すぐに取り繕った。
流石は接客のプロである。
「幾つか宝飾品を見せてくれ」
「かしこまりました。ご希望はございますか?」
「質の良いものから順に見せてもらいたい」
「はい。少々お待ちください」
店員は警戒心と不信感を強めた。
明らかに暴力的な雰囲気を纏うシュウが、質の良い宝飾品を見せてほしいと頼んだのだ。この店の宝飾品は高価なものをほとんど店の裏に隠している。陳列しているのは一般向けのものばかりであり、本当に貴重なものは相応の者が現れた時に限り個室で見せることになっている。
だが、このシステムを悪用した強盗がいることで店側は常に警戒している。
個室で並べられた高品質の宝飾品を奪い取って逃走する不届き者も過去にはいた。そのため、用意された個室には護衛役が伴うことになる。そのため準備の時間が必要だった。
しばらくシュウは待たされ、そしてすぐに店員に案内される。
貴族も迎え入れるために、個室の調度品は相応のものが用意されていた。
「お待たせいたしました。どうぞお掛けください」
個室で待ち構えていたのは店主だった。その辺の商店とは異なり、貴族も顧客として迎えている宝飾品店だけあって店主もみすぼらしい恰好ではいられない。貴族を相手に失礼とならない礼服をきっちりと着こなしていた。
一方でシュウはいつもの黒い服装である、長く垂れた髪も相まって実に不気味だ。浮浪者とまでは言わないが、とてもまともな身分とも思えない恰好である。
対照的な二人が向かい合って座り、そして店主の背後とシュウの背後に一人ずつ護衛の男が立つ。
「本日は御来店いただきありがとうございます。お客様がご所望されました質の良い宝飾品をこちらに並べさせていただいております。どうぞご覧ください」
「ああ、頼む」
「まずはこちらを」
店主はシュウから見て右端の箱に手を添え、丁寧に開く。
中には深紅の宝石があった。宝石は銀細工や金細工で作られた荊の台座に支えられており、宝石の赤色を反射して絶妙な色合いを見せている。
「こちらは高貴の薔薇と名づけられた作品でございます。完全なインテリアでありまして、デスクの上に飾って頂きます。応接間でも良いでしょう」
「次は?」
「は、はい。こちらのものはこの地で産出される魔除け石をブローチにしたものです。虹色に輝くこの石を大胆にカットいたしました。どうです? ハート形に見えるでしょう?」
「なるほど。次のものは?」
「お次に見せますのは髪留めです。輝きの宝石といわれる希少な石を四つも付けた逸品でございます。女性への贈り物にも最適でしょう」
「ふむ。次」
「……こちらです。こちらは短剣ですが、実は魔道具でもあります。柄の宝玉に魔力を蓄積する機構を搭載しておりまして、結界を張ることができます。刃は潰していますので武器としては使えませんが、守りのための道具としては充分かと存じます。ご希望でしたら刃を研ぎましょう」
「ほう。中々だな」
宝飾品の価値を見極める目など持っていないシュウは、どうしても淡白な反応になってしまう。しかしやはり魔道具となると興味を抱くのはもはや
シュウが興味を示したことで、店主もシュウの趣味を理解した。
「少々お待ちください。お客様を満足させるものをさらにお持ちしましょう」
「ああ、見せてくれ」
この後、シュウは満足して店を出たとだけ言っておく。
◆◆◆
シュウはその後幾つかの店を回り、宝飾品の他にも金塊などを手に入れた。しかし、それでもシュウは使い切れないほどの紙幣を持っている。『死神』として暗殺業を続けた成果だ。
そこで更に金塊などを手に入れるため、首都にまでやってきた。
(ここに来るのもあの時以来か……)
以前、エリス帝国が保有する空間魔術の情報を手に入れるため宮殿の魔術研究塔へと潜入したことがある。その時、ジュード・レイヴァンという魔術師に危うく殺されそうになった。
残念ながら空間魔術の手がかりは手に入らなかったが、代わりに時間魔術の可能性を得た。
同時に自分の情報をジュードに売った『鷹目』への殺意も得たが。
「しかし、首都は久しぶりだな……活気が鬱陶しい」
シュウは喧騒を嫌う。
前世のほとんどを静かな病院で過ごしていたというのも理由の一つだが、元の性格も関係している。友人と騒ぐより、一人で本を読むほうが好きなのだ。
とりあえず金や宝飾品を購入できる場所を探していたシュウだが、気疲れしてしまった。
そこで大通りの端にあるベンチに腰を下ろし、ボーっと空を見上げる。
(明日か明後日は雨かな)
雲行き、風、湿度から見てその可能性は高い。本来、天候は予測が非常に難しい現象だ。小さな風一つを観測できなかったがために、竜巻を予見できないこともある。それほど複雑なのだ。
しかしシュウは転生してから、異常に演算能力が向上している。
そうでなければ禁呪ほどの大魔術を瞬時に組み立て、詠唱もなくその場の環境情報を代入して魔術を実行するなど不可能だ。
副作用なのか、天候の予測もできるようになっていた。
(となると、明日帰ると雨に降られそうだな。数日はここで泊まるか)
シュウがいるのは商業区。
最も人々が騒がしく活動する地区である。そしてシュウが訪れたのは商業区の中でも高級志向の店が多いストリートだ。高貴な身分の者の他、金持ちばかりである。シュウの場違い感は半端ではない。
良くも悪くも目立っていた。
そしてシュウは、とある一人の女に目を留められた。
「あら、『死神』?」
「……驚かせるな『若枝』」
黒猫の幹部が奇遇な遭遇をした。
◆◆◆
妖精郷にて、アイリスは大樹神殿で眠っていた。
窓から入り込んだ風が微かに彼女の髪を撫でる。
「ん……」
目を覚ましたアイリスは、寝ぼけまなこで周囲を見渡した。そして昼間にもかかわらず自分が眠っていた理由を思い出す。
「あ、魔力」
不老不死の魔装を真の意味で使いこなす。それがアイリスに課された宿題である。そのため、アイリスはアレリアンヌから攻撃を受け続け、魔装による回復によりその力を理解しようとした。
しかし理解が及ばない。
痛みに耐えることで何とか魔装の性質は理解しつつあるが、その本質にまでは至っていなかった。
しまいには魔力が尽きてしまい、眠っていたのである。
(まずはメモするのですよ)
アイリスは魔装について分かったことを紙にメモしていた。
まずはあらゆる傷を再生すること、そして全く老化しないこと、栄養不足すら魔力で補うことが可能、状況によっては衣服すら直せる。ここまでは以前から分かっていたことである。
今回の実験でもう一つ、新たに判明したことがあった。
それはアイリスの魔装が拡張型ではなかったという点だ。アレリアンヌによる大樹の枝攻撃がアイリスから外れて大樹そのものを傷つけてしまったことが何度もあった。まだアレリアンヌも力に慣れていないのである。その時、アイリスの魔装の影響により大樹が瞬時に再生した。
初めはアイリスもアレリアンヌが自己修復しているものと考えていた。
だが、実はそうではなかったのだ。
(領域型……でも他者への再生は発動しないこともあるのですよー。条件がよく分からないのです)
普通、魔装は使っている内に理解が及ぶ。
徐々に使い方のようなものが分かってくるのだ。それは沁み込むように理解が深まっていくため、魔装の使い方で困ることは滅多にない。応用技などは独自に構築する必要がある一方、基本的な性能は自然と分かるものである。
しかしアイリスの力は封じられたかのように、ほとんど分からない。一部分しか理解できていない。だが逆を言えばそれだけ強力ということだ。一定以上の魔力がなければ発動しない能力が含まれていた場合、魔装は全ての性能を発揮しないことがあると知られている。アイリスもこのパターンだと予想できた。むしろシュウはこの事実を知っていたからこそ、アイリスの魔装がただの不老不死ではないと察したのだ。
アイリスはまだ魔力が成長している。
一般的に魔力は生命力とも直結しているので、普通の人間ならば二十代の間も成長する場合がある。それを越えて成長するためには覚醒という壁を越えなければならないが、少なくともアイリスには魔力が増える余地が残っていた。不老不死なので、アイリスの生命力が劣化しないためである。
それ故、時と共に魔装の力が解放された。
「絶対に魔装の力を解明してシュウさんを驚かせるのですよ!」
ただ、アイリスが魔装の力を解明する動機は非常に残念なものだった。
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