第129話 呪術


 邪眼宝剣イヴィル・キャリバーは珍しい鉱物系の魔物だ。そして鉱物系はあまり研究されていないため、どのような魔導を使うのか知られていない。

 大量の剣を生み出したことでラザードは勿論、聖騎士たちは驚かされた。



「邪悪な……っ!」



 ラザードは魔剣を振るい、邪眼宝剣イヴィル・キャリバーに一斉攻撃を仕掛ける。一方で邪眼宝剣イヴィル・キャリバーは地面から錬成した剣で全て受け止めた。

 しかし地面から生み出した剣は、土を固めただけの鈍器同然な武器に過ぎない。ラザードの魔剣により次々と砕かれていた。見守る聖騎士たちは僅かに沸くが、ラザードの表情は優れない。



(厄介だ)



 彼がそう感じる理由はすぐに判明した。

 再び邪眼宝剣イヴィル・キャリバーの邪眼が輝き、虹色を強くする。すると地面から剣の形をした鈍器が大量に現れた。魔導は周辺の物質を利用して自身を複製するというものだ。つまり材料さえあれば無制限に分身を作られるということである。

 一応は魔力量の限界もあるが、災禍ディザスター級の魔物が相手なのでその制限はないに等しい。そもそもシュウの魔力を分け与えられたのだ。禁呪を放っても余裕が残るほど魔力を蓄えている。剣を土から成型した程度で尽きるはずもない。

 つまりラザードが勝利するには、無限に生み出される剣を掻い潜って、頑丈な邪眼宝剣イヴィル・キャリバーを破壊する必要がある。

 手数と手数の戦い。

 厄介と感じつつ、負けられないとラザードは気配を高めた。



「だが、あまり時間もかけられない」



 ラザードはあまり使いたくなかった手を使うことにした。



「我が剣を犠牲に、破壊せよ」



 そう一言告げる。

 同時にラザードの保有していた魔剣の一本が、魔力腕ごと消滅した。すると邪眼宝剣イヴィル・キャリバーはぶるりと震え、全身に亀裂が走る。



「一度でダメか……ならばもう一度。我が剣を犠牲に、破壊せよ!」



 再び魔剣が魔力腕ごと消滅した。

 同時に邪眼宝剣イヴィル・キャリバーは砕け散り、消え去る。邪眼宝剣イヴィル・キャリバーが錬成していた多数の武器も崩れて消えた。

 その場にいた聖騎士全員が驚く。

 当然だ。災禍ディザスター級の魔物が二つの魔剣を破壊しただけで砕け散ったのだ。意味不明である。魔装の力とも考えられるが、あいにくラザードの魔装は魔力の腕を生み出すというもの。変な能力はない非常にシンプルな魔装だ。

 ただ、従騎士ミカだけはこの術の正体を知っていた。



「ラザード様、呪術を……」

「ああ。これが手っ取り早いからな。魔剣二本は惜しいが、手早く片付けるにはこれが一番だ。魔剣はまた集めることにしよう」

「分かりました。探っておきましょう」



 砕け散った邪眼宝剣イヴィル・キャリバーは破片となり、残っている。普通の魔物は全身が魔力で構築されているので、死と同時に魔力が霧散する。しかし鉱物系の魔物は媒介となった物質が残る。その残骸の中には、虹色に輝く宝石があった。






 ◆◆◆






 仕事を終え、去っていくラザードとミカの後ろ姿を見て聖騎士の一人が呟く。



「呪術……?」

「気になるか?」

「っ! 聖騎士長殿!」



 彼の不思議そうな表情は、聖騎士長にしっかり見られていた。

 疑問を呈した聖騎士ロランは慌てて頭を下げる。



「すみません。すぐに仕事に……」

「よいよい。それよりも呪術が気になるか?」

「……はい」



 呪術と聞くと、なんとも恐ろしく邪悪なイメージが湧く。魔神教において最高位の聖騎士であるラザード・ローダが呪術を扱ったということに、ロランは疑問を抱いていたのだ。

 気になっても仕方がない。

 聖騎士長は苦笑しながら呪術について説明する。



「呪術といっても魔術の一種だ。我らが扱うアポプリス式魔術とは異なる、少数民族の魔術だから知らないのも無理はない」

「少数民族ですか? ではラザード様は」

「うむ。私も知らなかったが、彼は少数民族の出自らしい。それも等価破壊の呪術とは……」

「等価破壊ですか?」

「そもそも呪術は条件を満たすことで発動する魔術のことだ。そして等価破壊とは、自分の所有物や自身の肉体を犠牲とすることで敵を破壊する呪いのことを指す。ラザード殿は自らの魔剣を破壊することで、あの魔物を破壊したのだ」

「そうだったのですか」



 話を聞いたロランは安心すると同時に、ラザードに対して尊敬の念を抱いた。魔剣は非常に貴重な武器であり、簡単に捨てられるようなものではない。それをいとも簡単に二本も捨てて邪眼宝剣イヴィル・キャリバーを破壊したのだ。

 その信念は尊敬に値する。



「さて、仕事に戻るとしよう」

「は、はい!」



 その後、全ての血族が死に絶えたフリベルシュタイン家は滅亡。そして領地は一時的に教会の直轄となるのだが、それはまた別の話。







 ◆◆◆






 妖精郷に帰還したシュウとアイリスは、新魔術の実験をしていた。



「完成か?」

「完成なのですよ!」



 シュウの両手には球状の魔術陣が展開されている。それは立体魔術陣とは異なるものだ。

 立体魔術陣は種々の現象を記述する横魔術陣と、現象をひと繋ぎにする縦魔術陣の二種類によって作る魔術陣だ。つまり、立体魔術陣の中身にも術式が詰まっている。

 しかし今、シュウが作っている球状魔術陣は表面だけに術式が記述されていた。そして魔術陣の内部は真っ黒に染まっており、夜よりも暗い。



「理論式は完成した。後は維持のためにも効率化したいところだな」

「シュウさんの死魔法を組み込めばエネルギー効率化は必要ないと思うのですよ!」

「なるほど。《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》と同じ要領か。試してみよう」



 そうして二人が大樹の神殿で魔術談義をしていると、そこにアレリアンヌがやってきた。妖精郷の管理者にして大樹の寄生者である彼女が果実を持ってきたのだ。



「失礼いたします。お食事をお持ちしました」

「もうそんな時間か」

「お腹すいたのですよー」

「俺には分からん感覚だな」



 霊系魔物となったシュウは人間の三大欲求とは無縁になっている。食事も眠りも必要のない行為だ。魔物によっては欲求が旺盛な種もいるが、霊系魔物にはどれも必要がないものである。

 そのため、シュウは時間感覚がかなり狂っている。

 食事も睡眠も取らず、延々と魔術を試作し続けることもあるほどだ。

 そのため、アレリアンヌが定期的に食事を持ってくるようになった。これは主にアイリスのためであるが。



「では我が神よ。御用とあらばお呼びください」

「ああ。下がって良いぞ」

「はい」



 アレリアンヌは静かに下がっていく。

 彼女は妖精郷の管理者であり、その全てを統治している。一方でシュウは君臨しているだけだ。魔力を供給することで、この妖精郷を安住の地とする。そのような契約によって妖精郷に魔力を与えている。

 この妖精郷に住むあらゆる妖精系、霊系の魔物にとって、シュウは神にも等しい存在だった。

 魔力という命を分け与えてくれるのだから。



「あ、シュウさん。この果物は私の好物なのですよ!」

「食べるか」



 シュウとアイリスはそれぞれ、籠の中から果物を取って口にする。

 初めこそ妖精系や霊系の魔物たちはアイリスを毛嫌いしていた。だが、神である冥王シュウの相棒であるということに加え、妖精郷に危害を与えないということから徐々に嫌う風潮も消えていった。

 妖精郷においてアイリスが微妙な立場ということに変わりはない。

 だが、アイリスに危害を加える魔物もいない。



(魔物たちもアイリスに慣れてきたか。このまま馴染んでくれるとありがたいがな)



 妖精郷を安住の地として定めた以上、アイリスにとっても快適な場所であるべきだ。この調子で馴染むなら、いずれは問題もなくなるだろう。

 シュウにとって最大の問題は、やはり魔神教だ。

 聖騎士たちが『王』の魔物を倒す、あるいは封印するために様々な手段を講じているとすれば、警戒に値する。

 それに海岸線には妖精郷を捜索すると思われる一団も発見した。すでに《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》で滅ぼしたので、教会にも冥王の存在は伝わっただろう。簡単に動いては来ないと思われるが、いつまでも妖精郷に引きこもっているわけにもいかない。

 情報を集めるため、外に出なければならない。



(面倒だな……やはり)



 移動用に空間魔術が欲しい。

 シュウは溜息を吐いた。





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