第128話 邪悪な剣
日は沈み、夜は深くなる。
誰もが疲れをいやすために眠る時間だ。
しかし貴族の邸宅、フリベルシュタイン邸の離れで当主ホムフェルトが隠れつつ怯えていた。彼は豚よりも醜く太った男だったが、今ではすっかりと痩せていた。
(来るな……儂のところに来るな……)
宝剣は魔物化した後、シュウの命令に従ってフリベルシュタインの一族を一人ずつ殺していた。毎晩、必ず一人を見つけて殺したのだ。たとえ領の外に逃げても無駄だった。宝剣は宙を浮いて移動する。決して逃げることはできない。
隠れるのも無駄だ。
先日、ホムフェルトの孫が急造の地下室を作らせ、魔装士に守らせていた。しかし、それでも宝剣は隔壁を突き破って殺害を成功させてしまったのだ。ホムフェルトが隠れている離れの地下室もあてにならない。
この地下室も急いで作らせたものだった。
(来るな来るな……来るな……)
ホムフェルトはただそれを繰り返していた。
彼の血族はもういない。ホムフェルト以外は全員殺されてしまった。毎晩のように血族を殺された。それもかなり遠い親族や、嫁いでいった娘の子供たちまで殺していたのだ。
実に恐ろしい呪いである。
幸運をこよなく愛するホムフェルトからすれば、毎日が絶望だった。
「おい! 何者だ!」
見張りとして地下室の前に立たせている魔装士が大声を上げた。その声にホムフェルトはビクリと体を震わせる。もはや醜く揺れる腹の肉もなく、ただ怯える情けない男がそこにいた。
「な……その服は聖騎士!? ぐあああ!」
「ちくしょう! こんなところで捕まってたまるか!」
「馬鹿野郎! 逃げるんだよ!」
「ぎゃああああああああ!」
「強い! 強すぎる!」
しかし次の瞬間には悲鳴に変わった。
襲ってきたのは聖騎士であり、宝剣ではない。しかし過剰に怯えていたホムフェルトは狂ったように叫んでいた。
「ぁああああひええええああえいいいああああああああっ!?」
とてもではないが言語化不能な叫びだ。
そして地下室の外では悲鳴もあっという間に消え去り、静かになる。
扉が開かれた。
◆◆◆
フリベルシュタイン大聖堂はその領地を支配する貴族に対し、粛清を仕掛けた。罪状は魔物である妖精を求めたことの他、違法である魔装士の個人所有だ。国家としての警備隊ではなく、私用で魔装士を雇うのは禁止されている。
「制圧完了だ」
「お疲れ様ですラザード様」
「ミカもありがとう」
ホッと息を吐くラザードの周囲には、魔装士の死体が幾つもあった。そしてその一つ一つに、強力な魔力を留めた武器が刺さっていた。
魔武器である。
これほど強力な魔武器が全て、ラザードの所有物なのである。
「ミカ、回収してくれ」
「はい」
従騎士ミカが返事をした途端、刺さったままの魔武器が歪む。いや、空間ごと渦のように歪んだ。そして全ての魔武器が異空間に消えた。
これこそ、ミカの魔装。異空間収納である。
解析不能な謎の異空間へとモノを収納することができる。ただし、収納するモノには魔力でマーキングを付与しなければならない。付与さえしてしまえば、生物だろうが無生物だろうが異空間に収納することができる。ただし、生物の場合は魔力で抵抗されたり、マーキングが解除されたりするので簡単ではない。
しかし荷物持ちとしては非常に優秀だ。
特に大量の魔武器を有するラザードには欠かせない人物だ。
「ラザード様、屋敷を全て制圧しました」
「違法ギルドの魔装士は確保したか?」
「はい。しかし数名ほど逃してしまいました」
「気にするな。そういう魔装もある」
魔装は定式化されている魔術と異なり、千差万別だ。確かに魔術も少しずつ発達はしている。しかしアポプリス式軍用魔術が有用なのは事実で、オリジナル魔術は一般的ではない。それに汎用性を無視すれば、魔術の有用性が一つ失われることになる。練習すれば誰もが同じ力を使えるからこそ、技術として成り立つ。一人しか使えない魔術など、魔装と大差ない。
そして逃走に使える魔装を使われた場合、幾ら聖騎士でも追いきれない。
「それより、今から当主を捕らえる」
ラザードは地下室の扉を開き、宣言した。
「ホムフェルト・フリベルシュタイン。教会の名義で逮捕する」
地下室の中で、ホムフェルトはすぐに見つかった。
痩せて汚らしく髭を伸ばした男であり、当初の情報とは異なる容姿だ。しかし、既に制圧した他の屋敷で使用人から情報を得ており、ホムフェルト本人であることを確信していた。
そしてホムフェルトはラザードたちが入室した途端、発狂して叫びだす。
「ひがああああああぁぁああああっ!?」
「取り押さえろ」
錯乱状態のホムフェルトを多数の聖騎士が抑える。無茶苦茶に暴れているとは言え、相手は訓練された聖騎士だ。碌に食べ物を口にしていないホムフェルトに抵抗する体力は残っていなかった。
すぐに大人しくなり、また震え始める。
「ラザード様、確保完了です」
「よし、連行だ。どうせ処刑だが、丁寧にな」
「はい」
聖騎士たちはホムフェルトを縄で縛り、引きずって連れていく。そしてラザードはミカと共に地下室の捜索を始めた。
屋敷を制圧した結果、屋敷にはかつて妖精が匿われていたことが分かった。使用人の情報によると、いつの間にか見なくなっていたようだが。それでラザードはホムフェルトが自分の地下室に隠しているものだと考えた。
また闇組織と取引していた証拠品があれば押収するつもりだった。
「見つかったか?」
「いえ。ここにあるのは最低限の生活用品ばかりです」
「おかしい。どういうことだ……」
「隠し部屋があるのでしょうか?」
「なるほど」
貴族の屋敷に隠し部屋は切っても切り離せないものだ。
それは財産を隠すため、いざという時のための逃げ道、外聞に触る親族を隔離するため、とても表向きにはできないことをするために隠し部屋は必須だ。ホムフェルトが隠れていた地下室も急造の隠し部屋と言えなくもないが、造りが甘いので簡単に存在が推察できてしまう。
証拠品なども隠し部屋にあるのではないかというのがミカの意見だ。
ラザードも全ての隠し部屋を見つけたと断言できなかったので、ミカの言葉を聞いて思考の海へと意識を落とす。
(隠し部屋……屋敷ならば教会の戦力を動員すればすぐに見つかる。だが、別荘や秘密の屋敷があれば厄介だな。心を読む魔装を使う聖騎士を派遣してもらうか)
だが、彼はすぐに思考の海から引き揚げられた。
凄まじい勢いで接近してきた強大な魔力と、次の瞬間に響いた悲鳴によって。
「ラザード様!」
「ああ。すぐに行く」
二人とも悲鳴の聞こえた方向から、何が起こったか理解している。狂ったような、そして断末魔を思わせるこの悲鳴はホムフェルトのものだ。
噂の呪いの剣だとすぐに気づいた。
二人が駆け付けた時、既にホムフェルトは地下室から地上にまで連行されていた。ただ、そのホムフェルトは首を断たれ、見るも無残な死体となっていたが。
そして連行していた聖騎士数名が宙に浮く剣と戦っていた。
装飾として嵌めこまれた虹色の宝石は、エリス帝国のある地域で魔除けの石と信じられている。そんな剣が魔物化して人を襲っているというのは、なんとも皮肉だった。
「ラザード様! ご助力をお願いします」
「対処する。手短に情報を」
「はい。おそらくは鉱物系の魔物だと思われます。魔力や戦闘力から推察して
「それほどの……分かった。下がれ」
今は剣の魔物が弄ぶように戦っているので対処できている。しかし、本気を……つまり魔導を使ってきたらどうなるか分からない。故にラザードは力不足な聖騎士を下がらせた。
そしてミカを呼ぶ。
「ミカ」
「はっ!」
ラザードの呼びかけが何を意味するか、彼女には理解できている。すぐに魔装で亜空間を呼び出し、そこから大量の魔武器を出現させた。
渦のような空間の歪みから、大量の剣の柄が見える。
それらが空間中の至る所に浮かんでいた。
普通ならば二本の剣を使うのが限界の人間も、魔装があればその限界を超え得る。ラザードは『千手』の二つ名を与えられている通り、魔力の手を生み出せる。そしてそれぞれの手で魔武器を操る手数の多さが強みだ。
四方八方からの剣戟が、魔物の剣に襲いかかる。
だが、魔物の剣はその場で回転しつつ激しく動き、全ての攻撃を弾き返す。
「これは……っ! 予想以上だ!」
ラザードの強みは手数の多さ。そして中距離からの近接戦闘だ。
複数の魔力腕を操るという性質上、近接武器を装備しながら中距離から遠距離戦闘が可能となる。流石に視界の及ばない遠距離となると難しいので、もっぱら中距離戦がメインとなる。しかし、条件さえ整えば遠距離から一方的に攻撃することも可能だ。
しかし、そのラザードを以てしても魔物の剣は強かった。
武器型の魔物であるため、その持ち主を攻撃するという方法が通用しない。剣そのものが本体であるため、普通は行わない武器破壊をする必要があるのだ。金属が魔力で強化された結果、ラザードの魔剣を以てしても破壊は困難である。
「ラザード様! 気を付けてください!」
従騎士ミカが叫ぶ。
その理由はラザードにも理解できていた。
魔物の剣が魔力を宝石部に集中し始めたのだ。つまり何かの魔導を発動しようとしているのである。ラザードは無数の剣で囲いつつ警戒した。
そして何もさせないとばかりに連撃を仕掛ける。
魔物の剣はその場で回転し、全ての攻撃を弾き返した。それどころか幾つかのラザードの魔剣に欠けを生じさせたほどである。
一連の攻撃を完全に防ぎ切った魔物の剣は、回転を止めると同時に魔導を発動させた。
嵌めこまれた虹色の宝石が禍々しく不気味な光を放ち、変質する。
虹色の瞳を有する目玉となった。
そして眼玉の周囲から赤く細い触手が伸びる。まるで血管のような複雑で細長い触手は次々と地面に刺さった。その地面から無数の剣が現れた。
「……自身を複製する魔導か」
虹色の目玉を中心に伸びる赤い触手は、全ての複製剣と接続されていた。まるで神経のように。
それを見てラザードは呟く。
「
それが魔物の剣の名称となった。
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