第127話 密猟者の始末
聖騎士ラザードがエリス帝国にやってきて数日が過ぎた。
覚醒魔装士にして最高の聖騎士として、たった数日で魔物を十体以上も駆逐した。それも普通の聖騎士では手を焼くような魔物ばかりである。
そんな彼は、ある噂を耳にした。
「フリベルシュタイン領?」
「はい」
ラザードは数日ぶりに大聖堂へと戻り、武具を外して休んでいた。そこに訪れ、情報をもたらしたのは大聖堂の聖騎士長である。
各大聖堂には聖騎士の責任者として聖騎士長が任命される場合がある。
聖騎士の数が少ない聖堂はともかく、帝都の大聖堂のような所属聖騎士の多い所では聖騎士長が任命されることが多いのだ。聖騎士長は実力、人格ともに優れた人物が選ばれる。
「実は私の部下がフリベルシュタイン領について調べてくれまして、貴族が次々と殺されているとか。つまりフリベルシュタイン卿の一族が殺されているわけです。それも暗殺者やその他の賊といった類ではなく、呪いなどという曖昧なものでしてね」
「呪い……それは穏やかでない。まさか魔物が?」
「そのようですね。部下が調べたところによりますと、呪いの剣だとか」
ラザードは少し考える。
彼は若い聖騎士だが、同時に経験豊富な聖騎士でもある。様々な魔物について知識を持っていた。その中には珍しい鉱物系の魔物もいる。
「鉱物系の魔物ですね。武器の形状とは珍しい。よほどの希少条件で誕生したのでしょう。あるいは……」
「人為的に、ですね?」
「このあたりでは闇組織も活動しているみたいですからね。そちらは聖騎士長殿が把握しているのでは?」
「はい、幾つかは。その中にはあの黒猫もあります。この付近で確認されたのは『若枝』ですね」
エリス帝国だけでなく、大陸の西側は闇組織の活動が活発だ。昔から聖騎士による取り締まりのあった東側と異なり、西側には闇組織が深く癒着している。国家の統治者や貴族が闇組織を利用することに抵抗がないことも問題であった。
この数年で闇組織を利用させない教育も進んでいるが、やはり根が深い。
「わかりました。フリベルシュタイン領の魔物はこちらで対処します」
「ありがとう。ラザード殿」
最強の聖騎士の次の任務が決まった。
◆◆◆
シュウとアイリスは妖精郷へと戻る途中、海岸線で異様なものを見つけた。
「あれは?」
「船なのですよ」
「あんなもの、あったか?」
海岸線に大量の船団が並んでいた。
更にテントが並び、今も大量の物資が船に運び込まれている。その中には貴族専属の戦士である、騎士の姿もあった。騎士は所属する貴族の家紋を旗として掲げているため、すぐに分かる。
「なるほど、あれが妖精ブームってことか」
シュウは『鷹目』から得た情報を合わせ、すぐに答えを察した。
この船団は貴族の要請で集まった妖精の捜索隊である。
「放っておいていいのです?」
「どうせ霧の結界は抜けられない」
「でも、探知に特化した魔装があるかもしれないのですよ!」
「あるのか?」
「未来視の魔装があるのです! だからあってもおかしくないのですよ!」
「なるほど。一理ある」
神聖グリニアは未来視や過去視の魔装士を積極的に探している。常に一人以上はいるというのがアイリスの談だ。アイリスも元聖騎士なので間違いない。
そして未来視は人間の有する予測能力を強化した拡張型魔装である。
つまり同様に人間の感知能力を拡張した、探知特化の魔装があってもおかしくない。
妖精郷を隠す霧の結界は、アレリアンヌの魔導だ。魔法ではないので、魔装で簡単に破られかねない。シュウも考えを変えた。
「ここで滅ぼしておく」
船の数は数十。そしてテントは海岸線を埋め尽くしており、まるで一つの街だ。人間も千人近くいることだろう。
この人数では死魔法を使うのも面倒だ。
エネルギーを掌握して奪い取るため、死魔法を気温に対して実行する《
シュウは少し考えた後、《
物質創造の魔術で直接反物質を生み出し、膨大な魔力で覆って行く。以前は小石を物質変換で反物質に転換していたが、今は直接創造するように改良した。これによって破壊規模を調整しやすくなったのだ。ごく僅かな反物質を熱エネルギーに変換すれば、自爆することなく近い距離にも《
「狙いは……あの辺りでいいか」
加速魔術陣を重ね、漆黒の小さな爆弾を飛ばす。
その位置はテントが並ぶ海岸線。《
軌跡を描いて《
そして黒い結界が生み出された。
内部では反物質が対消滅し、質量エネルギーが炸裂することで全てを消滅させる。これだけならば威力の高い魔術で終わるが、《
海岸線は爆発の威力でクレーターが生じ、また熱エネルギーが完全に奪い取られたことで液体空気が溜まっていた。船団も消滅し、海岸近くの海は氷河の如く凍っている。
「派手に潰して良かったのです?」
「まぁな。妖精郷と冥王の関係性を知らしめたほうがいいかと思って、敢えて《
「敢えて教えるのですか?」
「ああ。『鷹目』も言っていたが、教会の奴らは冥王を随分と警戒してくれているらしい。妖精郷の探索が進んでいるなら、『王』の魔物に警戒してもらうとしよう」
「そういうことですかー」
「そういうことだ」
魔神教の教会は今、力を溜めている。
不用意に『王』を討伐しようとは思わないだろう。少なくとも今の時代は。
シュウはそのように予想していた。
◆◆◆
聖騎士ラザードは聖騎士長から情報を受けて数日後にフリベルシュタイン領へと訪れていた。彼は従騎士ミカと馬を並べ、街を移動していた。
「ラザード様、この領の民は他の街よりも随分と貧しいようですね」
「聞いた話ではフリベルシュタイン領は鉱石や宝石の産地らしい。民衆も半分ほどが鉱山で働く単純労働者だと聞いた。あとは職人、商人がほとんどだな。一部の富裕層を除き、一般民衆は重い税で苦しんでいるのかもしれない」
「重税、ですか?」
「こちら側には大帝国の悪習が残っているみたいだ。でも、この領ほどそれが顕著な場所も珍しい」
「矯正しますか?」
「それはこちらの大聖堂が決めることだ。あまりにも酷ければ介入しようか」
教会はあくまでも宗教だ。政治に介入する権限はない。しかし魔神教は今や大陸全土に広がり、神聖グリニアを中心として非常に強い力を持っている。直接の介入権限はないが、統治者に対して間接的な介入を仕掛けることは可能だ。
たとえばラザードの行っている強い魔物の討伐を教会が意図的に怠ると、その領地や国では魔物の被害に困ってしまう。知性のある魔物は人間を襲わないことも多いが、普通の魔物は積極的に人間を襲って魔力を集めている。
「しかし、この街は珍しい。私たちが歓迎されないとは」
「余所者にはかかわらない風習があるのかもしれません」
「とにかく、聖堂に急ごう」
ラザードとミカは黙ったまま馬を進めていき、大通りの奥にある大聖堂へと向かう。大陸西側の国は最近になって聖堂が建設されたのだが、大抵の場合は街や都市の大通りに面した場所にある。それは教会の権力を分かりやすく示すためだった。
また表立って教会が力を示すと、闇組織も動きを縮小させる。
治安維持の狙いもあるのだ。
フリベルシュタイン大聖堂に近づくと、神官がラザードに気付いて駆け寄ってきた。
「もしやSランク聖騎士ラザード・ローダ様でしょうか?」
「馬上から失礼。その通りだ」
「連絡は受けております。馬は同僚が厩舎まで移動させましょう。司教様がお待ちですので、ラザード様はこちらにいらしてください」
「従騎士ミカも同行させて良いだろうか?」
「はい。問題ございません。司教様からも共にお連れするように言われております」
それを聞いてラザードはミカへと目配せをする。ミカは頷き、馬から降りた。続いてラザードも下馬した後、寄ってきた神官に馬を託す。
「こちらへ」
神官の案内に従い、二人は大聖堂の奥へと進んでいった。
◆◆◆
最高位の聖騎士とその従騎士を迎え入れた司教は、二人を椅子に座らせた。そして神官にお茶を用意させ、ゆっくりと話すための準備を整える。
「到着したばかりですが、急いで知らせなければならないことがあります」
「ええ、問題ありませんよ」
ラザードとミカは到着したばかりであり、本来は一泊してからこのような場を設ける。しかし緊急を要するため、司教は無礼を承知で情報共有の場を設けたのだ。せめてもの礼として、お茶を用意させた。
安堵した司教はゆっくりと話し始める。
「最近、富裕層の間で妖精を探そうと躍起になっていることは御存じですか?」
「耳にしています」
「その躍起になっている嘆かわしい者たちの頭目……と言えば宜しいでしょうか。最も積極的に妖精を探しているのが、このフリベルシュタイン領を統治する貴族なのです」
「なぜ教会は放置しているのですか? すぐに異端審問にかけるべきでしょう?」
「はぁ……しかし妖精を壊滅させるためにその住処を探していると言われますと、我々としてはどうしようもなくなってしまい……」
「強制捜査で証拠を見つけることもできるでしょう?」
「そう申し立てましたところ、フリベルシュタイン家は呪いによって一族が次々と殺されているとかで、捜査を受ける余裕はないと」
ラザードは呆れ果てた。
呪いの話と強制捜査は別の話であり、教会が気を使う必要はない。
しかし司教の語った呪いについて、ラザードは興味を示す。
「呪い……噂の魔物ですか?」
「はい。フリベルシュタイン家の使用人から話を聞きましたところ、夜な夜な呪われた宝剣がフリベルシュタインの血族を一人ずつ殺害していると」
「鉱物系の魔物と考えるのが妥当ですね」
「我々もそのように考えております。しかし何度か調査を申し立てているのですが、一向に取り合ってくださらないのです。もしや何かを隠しているのではないかと疑っております」
強制捜査の権限はないが、明らかに人道に反する行いをする者を取り締まることはできる。つまり魔物を匿っているという事実があるならば貴族すらも捕縛することが可能だ。
司教は語調を強くして続ける。
「そしてフリベルシュタイン家を中心として複数の貴族が集めた妖精捕縛部隊が、先日壊滅したのです」
「壊滅……妖精系魔物の逆襲ですか?」
「いえ、破壊痕から冥王の仕業だと推定されています」
「冥王……この近くに潜伏しているのですか?」
「分かりません。しかし貴族の招集した部隊が冥王の機嫌を損ねたのは確かです。そこを責めれば、強制捜査も可能となります。任せてもよろしいでしょうか?」
司教の言わんとしていることは、ラザードにもすぐ理解できた。
「制圧に何人の聖騎士を出せますか?」
「間もなく、任務に赴いていた聖騎士が帰還します。相手は貴族ですから、それほど休息も必要ないでしょう。帰還する聖騎士十六名、従騎士二十名が最大です」
「全て借り受けます」
ラザードは正義の炎を心に灯し、悪の貴族の討伐を決意した。
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