第126話 とりあえず死ね
宿屋に帰宅したシュウを見てアイリスは驚いた。
怪我がないとはいえ、酷く疲弊していたからである。
「ど、どどどうしたのです!?」
「油断した。俺の数少ない弱点を突かれてな。あと『鷹目』に俺の情報を売られていた。あの野郎、後でしばく……」
「しばくのですよ!」
アイリスも憤慨していた。
おそらくはシュウの実力を信頼したからこそ情報を売ったのだろうと予想できる。『鷹目』はそういう男なのだ。長い付き合いで、二人はそれを理解していた。
偶にこういうことをするから油断できないのだが。
「まぁ今日はいい。俺は寝る……」
「添い寝するのですよ!」
「好きにしろ……」
いつもなら強制的に別のベッドで寝かせるが、今日は違った。
その違いにアイリスは驚きつつ、喜んでシュウの隣へと身を寄せたのだった。
◆◆◆
人間は睡眠時に記憶を整理するという。不要な記憶を破棄し、必要な記憶を定着させるのだ。ただ、破棄すると言っても完全に消去する訳ではない。別の記憶領域に投げ込むという感覚に近いだろう。
そして珍しく、シュウは眠っていた。
深い深い睡眠によって昨晩に得た膨大な記憶を整理した。
「……眠い」
朝、目覚めたシュウは頭が重くなったような感覚に陥っていた。
魔物になってから初めての感覚である。
ふと横を見るとアイリスがまだ眠っていた。
「もう少し寝るか」
シュウは再び眠った。
転生して初めての、二度寝であった。
◆◆◆
夜、すっかり回復したシュウはアイリスと共に黒猫の酒場へと訪れていた。
それも個室である。
最高級の酒と肉を用意し、ある男を待っていた。勿論、『鷹目』である。
しばらくすると、仮面に黒マントという怪しい姿の男がやってきた。
「お待たせしました」
「死ね」
「危ないですね!?」
シュウは部屋に入った『鷹目』にフォークを投げつけた。すぐに『鷹目』は転移で回避したが、流石に焦ったらしい。動揺しているのが見て取れた。
「私は『死神』さんやアイリスさんと違って簡単に死ぬんですよ? 覚醒魔装士は不老であって不死ではないんですから」
「勝手に俺の情報を売っておいてすまし顔でいられるお前の図々しさには慣れた。だが、これぐらいの対応をしても文句は言えないはずだ」
「すみませんね。これも商売でして。この国の深いところに関わるためにはジュード・レイヴァンが必要だったんですよ。実は彼、スバロキア大帝国の元貴族として色々な伝手を有していまして、彼のお蔭で様々な……」
「勿論、お詫びの品はあるんだろうな?」
「……分かりましたよ」
溜息を吐いた『鷹目』はシュウとアイリスの向かい側に座る。そしてグラスに水を注ぎ、一口飲んだ。今のやり取りは流石に肝が冷えたらしい。
そうして落ち着いてから、『鷹目』は話しだした。
「こちらも『死神』さんを売ったおかげで良い情報が掴めました」
「それは?」
「冥王のような、『王』の魔物を倒す方法についての研究です。教会は勿論、各国でも進められているようですね。スバロキア大帝国の滅亡がよほど効いたようです」
「話せ」
時間魔術は『王』を殺せる数少ない手法だ。封印ではなく、殺す方法である。これは人間にとって画期的なのだろう。
逆にシュウからすれば警戒するべきことだった。
元から時間を操る魔術はシュウも警戒していた。何故なら、『王』となる前のシュウに干渉できる方法なのだから。今回は偶然ながら助かったものの、これからも運よく助かるとは限らない。対策は必須だ。
問われた『鷹目』は頷き、また一口水を含んでから話を続ける。
「まず一つ目が時間魔術、二つ目は空間魔術、そして三つ目が因果関係を操る系統の魔術ですね。あるいはその魔装でもいいでしょう。この三つが主流に研究されています。詳しい説明もしましょうか?」
「ああ、頼む」
「時間魔術ですが、ジュードと戦った『死神』さんならよく知っているでしょう。そして空間魔術によって亜空間に追放するという方法。これは封印に近いですが、まぁ、実質殺害ですね。三つ目の因果関係を操る方法は『死神』さんの死魔法に近いです。原因となる事象を無視して結果を取り出す手法ですから」
一応、死魔法にはエネルギーの奪取という理論が存在する。
なので因果を無視する能力でいえば死魔力の方がそれに近いだろう。そもそも、『王』の魔法や魔力は新しい法則そのものだ。通常の因果を無視する法則には、同じく因果を無視する法則を。それが人間の考える三つ目の方法というわけである。
問答無用で殺す、といったような術や能力があれば、魔力量など関係なく『王』を殺せるのだ。
「それと最後に四つ目ですが、こちらは私も詳細はつかめていません」
「四つ目だと?」
「はい。魔力そのものを阻害する方法です。しかし現状では不可能ですね。なぜなら普通の魔装士の魔装を無効化する技術にもなり得るからです。技術的な問題というより、教会の意思として魔力を阻害する技術を作りたくはないのでしょう。各国は密かに研究しているようですが、教会は逆に妨害していますね。私も詳細は掴めていないといった通りです」
「なるほど。だが、それはアイリスにとっても最悪となるな」
「私のです?」
「お前の不老不死の魔装を無効化されかねない」
仮に魔力を阻害されたとしても、死魔力は決して手を出せない。つまり死魔力がある限り、シュウは魔力阻害に対して無敵だ。しかしアイリスは違う。不老不死の魔装を無効化されると、ただの女の子に戻ってしまう。
そもそもアイリスが不老不死だからこそ、シュウはそれほど気を使わずに済んでいる。それを打ち消す手法は実に厄介だ。またそれだけでなく、シュウが開発している空間魔術を応用した結界術も魔力阻害技術で無効化されるかもしれない。
魔力阻害の阻害、という技術まで考えなければならない時代がいずれ来るだろう。
「……あまり引きこもってばかりもいられないか」
シュウとしては妖精郷に引きこもり、楽して過ごすつもりだった。少なくとも飽きるまでは。
しかしスバロキア大帝国の一件で『王』が暴れ過ぎたのだ。冥王、獄王、そして緋王という三体の王によってスラダ大陸は滅亡するかと思われたほどだったのだから。警戒されて当然。あるいは自業自得ともいうべきである。
「そういえば『鷹目』。
「ああ。以前に依頼して頂いた情報ですね。見つかったには見つかったのですが、既に教会が手を入れていました。私は情報屋という仕事をしていますから、どうしてもこういった仕事は後手に回ってしまいましてね」
「ということは、奴の魔術の資料は……」
「全て……根こそぎ教会が持ち去りましたよ」
「そうか」
かつてスバロキア大帝国の覚醒魔装士だった
そして『鷹目』に依頼していたのだ。
しかし情報屋である彼は、既に存在する情報を手に入れるのが仕事だ。発掘や探検ではない。
「……まぁいい。その手の魔術は俺が先に開発してしまえば済む話だ。情報は集めていく。それと『鷹目』、他に変わったことはあるか?」
「変わったことですか?」
「ああ」
「それでしたら、エリス帝国で妖精ブームが密かに起こっていることですかね?」
「妖精だと?」
「ええ。昔からこの辺りでは妖精伝説がありまして、一部では妖精の血を飲むと永遠の美を得られるなどというものまであります。その熱が高まっているわけです。教会も察して、聖騎士による監視を強めていますね。魔神教は魔物の伝説など許さないでしょうし」
「覚醒魔装士が来る可能性はあるか? 今、ラザードとかいう奴が来ているハズだが」
「『死神』さんの……冥王の存在が知られた場合は来るでしょうね。宮殿の魔術研究塔で『死神』さんが暴れたなら、そこから推察されてしまうと思います。死魔法は知れ渡っていますからね。あるいは『王』の脅威を知っている教会だからこそ、ラザードを引き上げさせるかもしれません」
魔神教は三体の『王』が猛威を振るった件で非常に警戒している。特に教会の影響下にあった属国へと甚大な被害をもたらした緋王と、神聖グリニアのライバル国であったスバロキア大帝国を滅亡に追い込んだ冥王は特に警戒しているはずだ。
神聖グリニアが海を越えた東の大陸に棲む七大魔王を最終目標としているといっても、現状で一番の脅威はスラダ大陸の『王』である。今は力を蓄えるため、冥王を確認しても見逃す可能性は充分にあった。
シュウとして困るのは、折角安住の地として発見した妖精郷に手を出されること。
今、ここで活動している時にSランク聖騎士ラザードが訪れたことは不運だったとしか言いようがない。
「『鷹目』、教会の覚醒魔装士は封印系の術を用意していると思うか?」
「確実に用意していますね。これは私の予想ですから、確定情報ではありません」
「なるほどな。対策した方がいいか」
この十二年、シュウは新しい魔術を開発してこなかった。そもそも死魔法と《
しかし封印対策の魔術はこれから必須となるだろう。
「用件はそれだけだ。帰るぞアイリス」
「はーいなのですよー」
シュウは一度、妖精郷に戻ることにした。
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