第114話 呪いの仕掛け


 アイリスは特に何事もなくフリベルシュタイン家の城へと辿り着き、ホムフェルトの前に連れてこられていた。

 フリベルシュタイン家の城で最も権威のある応接間であり、ここに入れられる者は限られている。つまりそれだけ、ホムフェルトが占い師に期待しているのだ。



「グッフッフッフッフ。お前が占い師かのぉ」

「はい」

「顔は見せてくれんのか?」

「申し訳ございません。醜い私の顔をフリベルシュタインの当主様に晒すわけにはいきませんので」

「グッフッフッフッフ」



 アイリスは見事に演技しているが、流石にホムフェルトを見て動揺しているらしい。肉を揺らして汚い笑い声をあげる男には嫌悪感を抱いていた。

 シュウも姿を隠し、背後からその様子を見て気持ちを同じくしている。



(シュウさーん。助けてくださいよー)

(我慢しろ。お前には指一本触れさせないからな)

(お願いしますよー。私もこんな貴族に触れられるのは嫌なのですよ!)



 アイリスはかなりの美少女だ。

 いや、実年齢は少女といえないものだが。



(アイリス、さっさと占いに持っていけ)

(はーいなのですよー)



 相手は大貴族といって差し支えのない人物だ。

 余計なことをせず、さっさと用事を済ませて帰った方がいい。場合によっては、シュウも魔術でアイリスを助けるつもりだ。

 ただ、ホムフェルトを含むフリベルシュタイン一族は絶望と共に死を与えるつもりなので、ここで殺すのは不本意だ。魔術を使うことになれば、逃げに徹するつもりである。

 アイリスは静かに告げる。



「何を占うのですか?」

「グッフッフッフッフ。余計な会話はいらない、ということかのぉ? グッフッフッフッフ……儂の幸運を占ってくれんかのぉ」

「いいでしょう」



 アイリスは手を伸ばす。

 そしていかにも占っているように振る舞った。

 勿論、アイリスに未来や運命を占う力などない。これは力技の詐欺でしかない。同時に、ホムフェルトを罠に嵌めるための茶番でもある。

 しばらく無言の時が流れる。

 ホムフェルトも、彼の後ろに控える家令グレオールも緊張した面持ちだった。



「……失礼ながら、何かの宝剣を持っていらっしゃいますね」

「グッフッフッフッフ。よくぞ見抜いたのぉ」

「その宝剣には不運の呪いが纏っています。そして最近、不運があったのではありませんか?」

「っ!」



 まさにその通りだ。

 ホムフェルトとグレオールは驚いた。



「その宝剣について、話してくださいますか? あまりにも恐ろしい怨念です」

「当主様……」

「ふんっ……いいだろう。グレオールよ、儂の代わりに話せ」



 不機嫌さを隠さないホムフェルトは、深く腰掛けて寛ぐ。そして家令グレオールは冷や汗を流しながら説明を始めた。



「占い師殿の言っておられる宝剣は、当主様が宝石職人に作らせたものでしょう。柄に魔除けの宝石を嵌めこんだものです。当主様がよろしければ実物をお持ちしましょうか?」

「いえ、結構です。私の眼には既に恐ろしい怨念が見えていますので。ところで宝剣に宿っている怨念は三つです。一つは女、一つは幼い男の子、そして最後が貧相な男。恐らくは最後の男が宝石職人なのでしょう。最も怨念が強いですから」

「しかし怨念ですか。そのようなものが存在し、宿っていると……?」

「はい。間違いありません」



 怨念など信じがたいとは言い切れない。

 何故なら、フリベルシュタイン家の財産が消えてしまったからだ。今も調査中だが、犯人も犯行手順も分かっていない。

 当然である。

 シュウが霊体化して侵入し、影の精霊に飲み込ませて持ち運んだのだ。分かるわけがない。

 怨霊など全くのデマである。



「怨念……その怨念を取り除く方法はないのですか?」

「そうですね。まずは宝剣を手に入れた経緯を一切の偽りなく告白してください。まずは怨念が怨みを抱く理由を知らなければなりません」

「それは……」



 グレオールはチラリとホムフェルトを見る。

 すると、ホムフェルトは不機嫌さを隠すことなく頷いた。不本意だが、話すことは許可するということである。不運を嫌うホムフェルトらしい決断だった。



「その宝剣は当主様が我が領で最も優秀と名高い宝石職人に宝石を埋め込ませました。剣そのものは別の鍛冶師に用意させたのですが、最後の装飾だけは宝石職人に任せたのです。そして完成した宝剣を、当主様は自らの足で取りに行かれたのです。その際、当主様は宝剣で試し切りをなさいました。宝石職人の妻と子を斬り殺したのです。怨念となれば、恐らくはそれでしょう」

「……間違いなくそれですね」



 アイリスはぶるりと震えた。勿論、演技である。

 怨念など嘘だ。

 当たり前だがそんなものが三つも宝剣に憑りついているわけがない。アイリスもシュウの遊びに慣れてきたものだ。迫真の演技である。



「怨念は怨みを晴らしても晴らしきれない呪いです。その宝剣に憑りつく限り、いつまでも怨みを忘れることなく覚えているでしょう。そして恨むべき人間を呪い続けるはずです。もしも呪いを解きたいと望むなら、あなたの罪を余すところなく教会に報告するべきでしょう。そうすれば、解呪してもらえるはずですよ」

「何だと!? そんなことができるか!」

「では呪いを放置しますか? 自然に消えたりはしませんよ」

「ぐぬぬ……グッフッフ。ならば占い師、お前が解呪せよ」

「私にそのような力はありません」

「グッフッフッフ。怨念が見えるのだ。祓えて当然であろう。グッフッフ」



 ホムフェルトとしては教会に自らの罪を報告するなど有り得ない話だ。色々と犯罪行為……もとい超法規的行為に及んでいるのだ。それを告白すれば、ホムフェルトは間違いなく貴族の地位から追いやられるだろう。そして処刑される。

 彼にとって教会に頼るという選択肢は初めからなかった。

 シュウの思い通りである。



(シュウさん! やっちゃってください!)

(ああ、少しだけ離れるぞ)



 テレパシーで断りを入れ、シュウは壁を透過して部屋から消える。

 後は事が起こるまでアイリスが時間を稼ぐだけでいい。



「私は占うことしかできません。そこから行動を起こすのは本人です」

「怨念とやらは魔術で滅することができんのか?」

「できません」

「役立たずめ。グッフッフ……ならばグレオール」

「はっ!」

「知恵を出せ」



 無茶苦茶を言う男である。グレオールはあくまでも家令であり、魔術には詳しくない。まして怨念のことなど分かるわけがない。しかしその無茶をこなしてこそ家令は務まる。

 数秒ほど思案した後、一つの提案をした。



「売ってしまっては如何でしょう。もはや宝剣は幸運のアイテムとは言い難いものですから、当主様の望むものではないでしょう?」

「む、むぅぅ」



 ホムフェルトは悩んでいた。





 ◆◆◆





 アイリスの側から一時的に離れたシュウは、ホムフェルトの自室にいた。目的は彼が大事にしている宝剣である。今回の依頼人である宝石職人の男が作った宝剣によって、ホムフェルトに絶望を見せるのだ。

 尤も、その辺りは完全にシュウの遊びだが。



(これか)



 早速とばかりに、シュウは大量の魔力を集める。それを凝縮し、小さな黒い球体を生み出した。極限まで密度の高まった魔力は黒く染まる。つまり、それほどの魔力が集まっていた。

 シュウは高密度魔力の塊を宝剣に近づけ、嵌めこまれた虹色の宝石へと埋め込む。本来、物質はあまり魔力を留めない。しかし、高密度の魔力となると話は変わる。

 宝剣が震えた。



(成功か……? 成功だな)



 今回、シュウは新しい魔物を生み出した。以前、大量の荷物を保管するために影の精霊を生み出した。影空間という独特の魔導を有する影の精霊のお蔭で、シュウとアイリスは身軽なまま各地へと赴ける。

 その時と同様に、今回は宝剣をベースとして魔物を生み出した。

 物質に魔力を注ぎ、魔物化によって精神を構築する。魔術の世界では錬金術と呼ばれる分野で、ゴーレムと定義される産物だ。しかし一方で魔物の中では、鉱物系という珍しい部類になる。

 魔力は精神によって制御されるため、物質の中にはとどまりにくい。そのような希少な条件が整い、物質に魔力が溜まって生まれた魔物が鉱物系である。故に、鉱物系の魔物はよほどの専門家でなければ知る者などいない。

 宙に浮き、動き出した宝剣は怨念に侵されたように見えた。



(よし。お前は俺の命令があるまで大人しくしておけ)



 宝剣はふわふわと浮いたままである。しかし、シュウには頷いたように感じ取れた。霊系特有のテレパシー能力によって意思が伝わったのである。



(それにしても……)



 シュウは改めて部屋を見渡す。

 壁や棚に並べられた数々の物品は、ホムフェルトが集めた幸運アイテムだ。だが、その中で一つだけ毛色の違うものがあった。鳥籠のようなものの中に閉じ込められている小さな光である。



(あれは……妖精系)



 目を凝らすと、それは小さな少女だった。妖精系の魔物であることはすぐに分かる。

 シュウは興味を示し、テレパシーで話しかけた。






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