第115話 妖精
尤も、教会からすれば例外なく討伐対象なわけだが。
(おい、何故捕まっている?)
(あれー? 人間かと思ったら魔物かー)
(捕まっているのか。そう言えばホムフェルトとかいう豚は幸運アイテムが好きだったな)
(甘い匂いに誘われて捕まっちゃったー)
(ただのアホだったか)
(えへへー)
所詮、
知能は子供程度。
あまり危機感もない。
(まぁいい。助け出してやろうか?)
(ホントに? いやー、困ってたから嬉しいなー。妖精の島に帰れなくて困っていたのー)
(なるほどな。いいぞ)
シュウとしても面倒なわけではない。もののついでだ。
それに妖精の島という場所にも興味がある。『鷹目』からも聞いたことがない。つまりは人間に知られていない秘境ということになる。あるいは、噂や都市伝説のような類なのだろう。『鷹目』は真実と思われる情報だけを持ってくるため、曖昧な情報はシャットアウトされてしまう。
(では少し待て)
(はいはーい)
ともかく、まずはホムフェルトを相手しているアイリスが先だ。
再び透過し、部屋を出て行った。
◆◆◆
シュウが元の応接間に戻ると、そこではアイリスが困った様子だった。それもそのはずである。ホムフェルトは無茶ばかり言っているのだ。
「儂は宝剣を手放すつもりなどない。教会に知られず浄化する方法を考えるのだ! おい、占い師も浄化できる者を紹介しろ!」
「ですから私は占い師です。そのような知り合いなどいません」
「ええい! 儂がやれと言えばやるのだ!」
丁度そこにシュウが戻ってきた。
そしてアイリスへとテレパシーを飛ばした。
(戻ってきたぞ)
(助けてくださいよー)
(ああ、すぐにな)
アイリスからはシュウのことが見えていない。なので何をしようとしているか分からなかった。
シュウは家令のグレオールに手を伸ばす。
そしてギュッと何かを握り潰した。
「ですから当主さ……うっ……」
冷や汗を流しながら問答していたグレオールは倒れた。死魔法で殺されたのだ。
驚いたホムフェルトは腹を揺らし、立ち上がろうとしてバランスを崩す。そして言葉を失っていた。当然である。いきなり部下が死んだらそのような反応になる。
アイリスはスッとグレオールの死体に近づき、確認した。
(シュウさん……死魔法なのです?)
(正解だ。だが、まだ恐怖は終わらない)
(えー……何をするつもりです?)
(死魔力だ)
シュウは透明化したまま死魔力を放つ。あらゆる物質に死を与えるこの魔力は、質量保存やエネルギー保存の法則すら超越している。グレオールの死体は黒ずみながら崩れていった。
死魔法と死魔力を知らなければ呪いのように見える。
ホムフェルトは恐怖した。
「ひぃぃぃぃぃっ! 何とかせよ占い師ぃ!」
「無理です」
「何とかせよと言っているのだあああぁああっ!」
「無理です」
それは演技抜きでアイリスには不可能だ。シュウを止めることは物理的に不可能である。
幾人もの覚醒魔装士を屠り、『王』の魔物すら吸収した今のシュウは人間の定めるランクとして
(情けないですねー)
(まだまだ。絶望には遠いな。やれ!)
(……やれ?)
シュウが呼びかけると、ホムフェルトの叫び声に紛れて破壊音が聞こえた。それは徐々に大きくなっている。破壊規模が大きくなっているのではなく、近づいているのだ。だがその破壊音は直後に聞こえた悲鳴と共に止まった。
ただ、ホムフェルトはまるで気付いていない。
破壊音と屋敷の騒ぎは徐々に大きくなっているが、ホムフェルトは混乱したままで全く気付かない。
「なん、なんとか……占い師ぃっ!」
情けないを通り越して気持ち悪い。
アイリスは無視して立ちあがった。完全に帰るつもりである。恐怖を与えるという役目は果たしたのだ。ここにいる意味はない。
「では、さようなら」
アイリスは姿を消した。
◆◆◆
残されたホムフェルトは、しばらく一人で立ち上がれなかった。
彼は幸運を好むが、その逆に呪いや不運を非常に嫌う。心の底から毛嫌いしていた。まさに呪いとも呼べる事象が連続して引き起こされ、彼は混乱していた。
「馬鹿な……馬鹿な……」
グレオールが死に、死体が崩壊したことも不可解だった。
だが、それ以上に目の前で姿を消した占い師アイリスのことも同様である。あれはまさか亡霊だったのではないかとすら考え、震えた。
そこに使用人が激しく応接間の扉をノックする。
茫然としていたホムフェルトはビクリと反応した。
「旦那様! 旦那様! 大変でございます!」
咄嗟には反応できなかった。
部屋を見回し、グレオールの死体があった場所を見つめ、そして占い師が座っていた目の前のソファを凝視した後、扉の方を向いて答えた。
「何事だ!」
「エリューシカ様が……こ、こ……」
「早く言うのだ!」
「殺されましたあああああっ! 剣が、う、浮いて!」
腹を揺らしながら立ち上がり、ズカズカと歩いて扉を開ける。すると青褪めた顔の使用人が血に濡れて震えていた。恐ろしいものを見た顔である。
だが、ホムフェルトはお構いなく使用人の胸倉を掴んで問う。
「娘が……エリューシカが殺されたとはどういうことだ! 早く言え!」
「剣が浮いたのです。そしてエリューシカ様を、首を」
「侵入者だと!?」
「違います! 旦那様の宝剣です。勝手に動いたのです……」
「馬鹿な」
占い師に宝剣が呪われていると言われたばかりだ。
その呪われた宝剣が娘を殺したとなれば、ホムフェルトも恐怖する。全身を撫でるような不気味さと寒気が走った。
ホムフェルトはフラフラと歩き、叫び声のする方へと歩いていく。
エリューシカが殺された場所を聞いたわけではないが、ほとんど無意識でそちらに導かれた。
娘を殺されて怒っているわけではない。
ただ恐怖しているのだ。
これが強盗によって殺されたのなら、ここまで驚かないし恐怖もしない。しかし不運や呪いによって身内が死ぬのは恐怖の対象だ。
「エリューシカ様、なんと……」
「魔物なのか?」
「見ろ、あれは旦那様の宝剣だ」
「おいたわしい」
「なんて酷い」
エリューシカの部屋の前には沢山の使用人が集まっていた。
だが使用人たちはホムフェルトの姿を確認して脇により、道を空けていく。そして娘の部屋に辿り着いたホムフェルトは、開け放たれた扉の外から様子を確認して絶句した。
壁に宝剣が刺さっており、刀身の上にエリューシカの首が乗っているのだ。その真下には、首から下が倒れている。壁には大量の血が付着していた。今も血が流れ続けており、鉄の臭いが部屋の外まで漂っている。また死に様の不気味さもあって非常に近寄りがたい。
「……のだ」
ホムフェルトは呟いた。
「……るのだ」
「だ、旦那様?」
「早く幸運のアイテムを集めるのだああああああああ!」
「は、はいぃぃっ!」
フリベルシュタイン家の没落が始まる。
◆◆◆
シュウとアイリスはさっさとフリベルシュタインの屋敷から離れていた。アイリスを透明化した後、屋敷の騒ぎに乗じて逃げ出すのは簡単だった。
「あれでよかったのです?」
「ああ。宝剣を魔物化しておいた。あとは夜になる度、宝剣がフリベルシュタインの血筋を殺すだろう。俺がそのように命令しておいたからな。一夜で一人。そして最後の夜に標的のホムフェルト・フリベルシュタインが死ぬだろう。呪いの暗殺だ」
「……怖いのですよ」
「ふん。心霊現象など所詮は幻想だ。それに実在したとして魔術の一種に過ぎん。俺の死魔法があれば問題なく消し去ることができる」
そもそもシュウ自身が霊系の魔物だ。幽霊のようなものだ。というか、一度死んでいるので実質幽霊だ。
故に呪いや幽霊の類を怖いとは思わない。
別に非現実的とか、非科学的とかの理由ではないのだ。そんな理由は魔力が存在する時点で覆っている。シュウの考えは、あらゆる現象や事象に対して明確な理由と原因が存在するということ。解明できぬことなど存在しない。それだけのことだ。
「それよりもシュウさん」
「なんだ?」
「それ、なんです?」
アイリスが指差したのは、シュウが脇に抱える鉄籠だ。中では小さな光が飛び回っている。
「これか? あの豚貴族が捕らえていた
「これが
(これとは失礼ね小娘!)
「だ、誰が小娘なのです!? というか頭の中で声が!?」
霊系と妖精系の魔物は別系統だが、近い種族だ。
この二種族は共に人間の幻想が生み出した魔物である。全ての魔物には起源が存在し、起源に従った性質を有する。似た生まれの魔物が似た性質を有するのは自明のこと。テレパシー能力もその一つだ。
「コイツを助けたのは妖精の島に興味があるからだ」
「妖精の島です?」
「ああ」
(約束通り、教えてあげるよー。あたしの故郷、妖精郷をねーっ!)
シュウが鉄籠を開くと、
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