第113話 幸運狂い
フリベルシュタイン家の家令、バレルは焦っていた。
(どうする……どうする……っ!)
焦るのも当然である。
バレルはフリベルシュタイン家の財産を管理する役目を負っているのだが、実は帳簿が合わなくなってしまったのだ。しかも、大幅に財が減っているのである。
これが意味することは一つだ。
財産が盗まれた。
(まずい……)
彼は命の危機すら感じている。
なぜなら、フリベルシュタイン家の当主ホムフェルトは恐ろしい人物だからだ。ホムフェルトは貸しのない者から取り立て、種を蒔いていない畑から刈り取るような男だ。まして自分の財産が消えたとなれば、管理人の家令たるバレルは命を以て償わされるだろう。
仮に殺されなかったとしても、降格は免れない。一般の使用人に落とされる程度ならばマシだが、下手をすれば奴隷のように扱われるだろう。
(帳簿を誤魔化すには財が大き過ぎる。とても隠し切れない!)
事実、消えた財は金や宝石といった物品だ。札束と違って誤魔化すのが難しい。それに、宝石の中にはホムフェルトの把握しているものも含まれている。間違いなく気付かれてしまう。
最早バレルに残された道は少ない。
「もう……これしかない」
バレルは青い顔でフラフラと立ち上がる。
そして茫然としつつ歩く彼の姿を他の使用人たちが目撃したのだが、その後バレルの行方は分からなくなった。彼は逃げたのである。
◆◆◆
フリベルシュタイン家の財が盗まれたという事実は、家令バレルの逃亡によって判明した。初めこそ、バレルが財を盗んで逃亡したのだと考えられた。しかし、盗まれた量はとても一人で持ち運べるほどではない上に、複数人による計画的な犯行だとすれば盗まれた量が少ないということから否定された。
そもそも財を持ちだした形跡が見つからなかったのだ。
少なくとも盗人はバレルではない。
しかし、ホムフェルトは怒り心頭だった。
「グッフッフ。あの愚か者め。必ず見つけて殺してやるからのぉ」
ホムフェルトの口調は穏やかだが、それは生来のものであって怒っていないわけではない。彼をよく知る者は、怒りの気配をしっかりと感じていた。
雑務を担当する家令、グレオールもそれは理解していたのだ。
しかし雑務という仕事上、ホムフェルトの前から逃げる訳にはいかない。大人しくホムフェルトの怒りを宥めつつ、茶を入れていた。
「当主様、逃亡したバレルについては私の配下を使って探させています。こちらをお楽しみください。北方から仕入れました、新しい茶葉でございます」
「ふん……ほぉ……これは」
「いかがでしょうか?」
「グッフッフッフッフ。良いのぉ。しばらくはこれを出せ」
「はっ。ではもう少し仕入れておきます」
すぐに忘れるのはホムフェルトの美点である。勿論、部下にとっての。
機嫌を直したところで、すかさずグレオールは報告書を見せた。
「こちらが当主様のご要望にあった占い師です。二百マギで身分問わずに占っているようですね。そして占いの結果は興味深く、隠された宝石や金品を見つけているようです。それも、思いもよらない場所に隠されていたとか。ちまたでは幸運を呼ぶ占い師と呼ばれています」
「グッフッフ。幸運か。良いのぉ」
ホムフェルトは体の肉を揺らしながら立ち上がり、同じ部屋の隅にある小さな籠へと近づく。それは天井から吊るされており、鳥籠のように見えた。しかし、中に入れられていたのは鳥ではない。
光る小さな少女。
「幸運は幸運を呼ぶ。この
彼の最も気に入っているラッキーアイテムが、捕らえた
魔神教が認めるはずのない魔物のペットなど、その最たる例だ。
本来ならば魔物を飼っている時点で粛清ものである。魔物であるシュウから魔術を教わったアイリスが処刑されかけたように、魔物をペットとして飼っていた場合も同じく処刑だ。ホムフェルトは死のリスクすら厭わず、ラッキーアイテムとして
幸運と財力と権力があれば、魔神教すら欺けると考えているのだ。
「グッフッフ。明日に占い師を呼べ。役に立つなら儂が取り立ててやろうのぉ」
「そのように手配しましょう。このグレオールにお任せください」
「グッフッフッフッフ……グッフッフッフッフ」
グレオールからすれば冷や汗ものである。
財を司る家令バレルが逃げ出したところなのだ。仮にミスをすれば、酷い罰を受けることになるだろう。ただ、占い師は見つけているのでミスする要素はないと思うが。
それでもグレオールにとっては必死の案件だった。
「ああ、そうそう」
ホムフェルトはグレオールに付けたして言った。
「儂の
魔物を保護することは魔神教の教義に反する。加担した時点でグレオールも同罪だ。教会に見つかれば、グレオールも処刑されるだろう。慎重に動かなければならない。
家令グレオールに安寧の日はない。
◆◆◆
占い師として活躍するアイリスは、今日も天幕を張って占いという名の詐欺をしていた。詐欺といっても本当に財宝が見つかるので、人気の占い師として今日も賑わっている。天幕の前には長い長い行列ができあがっている。
だが、今日は少し事情が違った。
「どきなさい。フリベルシュタイン家の者です。列を空けなさい」
家令グレオールは尊大な態度で民衆を追い払っていた。彼には魔装士の兵士がついているので、一般人は逆らえない。逆らえば、フリベルシュタイン家に仇成す者として処刑されるだろう。
ちなみに貴族の有する兵士は国軍の一部としてみなされるので、魔装士が所属している場合がある。有事の際は国軍として編成されるのだが、そうでないときは貴族が好きに動かして良い。今回のように、欲望のため使ったところで違法ではなかった。
そもそも法を仕切る側である貴族が違法を働いたところで、裁ける者は国王などの一部しかいないが。
「さぁ、どきなさい」
グレオールが進む先で人々の群れが二つに割れた。
天幕へと続く道である。
「なるほど……ここが例の。私は交渉に入りますので、あなた方はここで待機してください」
「かしこまりましたグレオール様」
兵士団の長が深く礼をして送り出す。立場上、グレオールはホムフェルト・フリベルシュタインの側近なのだ。
そしてグレオールに従う兵士たちの姿を見て、更に民衆は離れていく。
フリベルシュタイン家の評判は悪い意味で知れ渡っており、関わらないことが正解だと理解している。故に文句も言わないし、近づくこともしない。
グレオールにとっては都合が良かった。
(簡単に仕事も終わりそうですね)
垂れた薄い布を潜って、グレオールは天幕の中に入る。
奥には全身を隠した占い師、アイリスがいた。
「あなたが噂の占い師ですか? 名は?」
「アイリスと言います」
「私のことはグレオールとお呼びください。フリベルシュタイン家の家令にして、当主ホムフェルト様の側近です。私の目的はお分かりですね?」
「はい」
アイリスは深く頷いた。
「貴族様の占い、あるいは連れてこいという命令でしょう」
「物分かりがよろしくて何よりです。私に与えられた命令はその両方です。あなたには我が主人の城へと来て頂き、占っていただきたい」
「いいでしょう」
普段のアイリスを知る者が見れば、『誰っ!?』とでも叫ぶだろう。しかし、忘れそうだがアイリスも大人だ。親しい人間に対しては甘えた仕草を見せるものの、貴族に対する礼儀も会得している。
ちなみに、今のアイリスは四十歳近い。
だが見た目は少女そのものだ。
世界中の女性が羨む魔装である。
「馬車は用意しています。こちらへ」
グレオールの案内に従い、アイリスも付いて行く。
勿論、アイリスの背後には姿を消したシュウがいた。
フリベルシュタイン家の家令はミスをしないと誓いながら、最悪の存在を招いてしまったのだ。世界を滅ぼす
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