古代篇 6章・妖精卿
第112話 占い師
神聖暦十二年。
世界は新しい暦として動き出していた。
スラダ大陸は神聖グリニアが中心となって管理を始めた。だが、元々は魔神教が核となっている国家である。大陸は魔神教に染まったと言って良い。初めこそ各地の土着信仰が抵抗を見せていたが、十二年も経てば駆逐される。
聖騎士は全土に展開され、各地に聖堂が建築されている。
もう大陸最強を誇っていたスバロキア大帝国など影も形もない。
だが、悪が消えたわけではなかった。
「頼む……頼むよ『死神』」
「ああ、任せろ」
貧相な男が、深くフードを被った男に懇願する。
黒猫の暗殺者、『死神』シュウ・アークライトへの依頼だった。
「お前に絶望を見せた貴族。それを一族郎党、全て殺し尽くせばいいんだな?」
「そうだ! 報酬は例の場所に置いてきた」
「好みの殺し方はあるか?」
「絶望を!」
貧相な男は、目を血走らせる。
「奴に絶望を見せてくれ!」
男はその叫びと共に力尽き、倒れた。もう息もしていない。
シュウは背中を見せ去っていく。
そして去り際に小さく呟いた。
了解、と。
◆◆◆
世界には理不尽と悪意が多い。
シュウはそれを感じていた。
「なるほどな。これが報酬か」
「綺麗ですねー」
「ああ。よくぞ集めたもんだ」
依頼の対価として支払われた報酬は、無数の宝石である。普通、一般人が集めることのできない大量の宝石だ。だが、シュウに依頼した貧相な男は宝石職人だった。故にこれだけのものを揃えることができた。
勿論、暗殺の報酬としては充分である。
「依頼通り、絶望を見せてやろう。ターゲットはこの領地を治める貴族……フリベルシュタイン家の奴らだ。色々と面白い噂もあるからな。絶望の演出には丁度いい」
「私が手伝うことあるのです?」
「……そうだな。ちょっとしたお芝居でもやってもらうか」
「お芝居、です?」
「ああ。いいことを思いついてな」
シュウは怪しい笑みを浮かべ、告げた。
「お前には高名な占い師になってもらう」
◆◆◆
フリベルシュタイン家は百年以上前から領地を任されている貴族だ。このフリベルシュタイン領は鉱石を主に産出しており、宝石もその一つである。
当主ホムフェルト・ベルシュタインは体中に宝飾品を身に付けていた。
「グフフフフフフ」
気味の悪い笑い声が室内で響く。
ホムフェルトは高級ソファに身体を預け、両手には一本の剣がある。柄には宝石が嵌めこまれた観賞用である。だが、剣としても使えるよう、刀身はキッチリ研がれていた。
宝石は様々な輝きを見せ、角度によって模様が変わる。
いわゆるオパールなのだが、この地域では魔除け石として信じられていた。
つまり退魔の剣というわけである。
魔や不幸を退けることから転じて、幸運を呼ぶという意味もある。
「グッフッフッフッフ。いつ見ても美しいのぉ」
彼が笑うたびに顎の下や腹の肉が揺れる。見る人が見れば嫌悪感を抱くだろう。いや、殆どの人が嫌悪するに違いない。
事実、ホムフェルトは多くの人に嫌われていた。
しかし彼は広大な領地を支配するほどの大貴族である。誰一人として逆らうことはできない。彼の親族ならば多少は口答えできる程度である。
丁度そこにホムフェルトへと意見できる者の一人が訪れた。
「パパぁ~」
「なんだエリューシカではないか。頼み事でもあるのか」
「あたしのやってる事業がちょーっと赤字気味でさぁ。援助してくれない?」
「グッフッフ。幾らかのぉ?」
「これぐらいかなぁ?」
エリューシカは指を三本立てる。
その意味をホムフェルトは理解していた。
「なんだ三百万マギでよいのかのぉ」
「うん。ちょーっと損失をカバーするだけだからぁ……それで足りるよぉ」
「後で手配してやるぞ」
ホムフェルトは金遣いが荒いわけではない。金儲けについては鋭敏な嗅覚を持っている。利用できるものは利用するのだ。
娘であるエリューシカに甘い部分もあるが、何よりも彼女に金を儲けるだけの何かがあると理解していたのである。
「ねぇ。パパはまたその剣を見てたのぉ? 剣なんて使えないくせにぃ」
「グッフッフッフッフ。これは幸運のアイテムだからのぉ」
「パパってば、そういうの好きだよねぇ」
「幸運は金を呼ぶ。幸運は権力を呼ぶ。幸運に勝るものはないのぉ」
再び腹を揺らして笑う。
彼は無類のラッキーアイテム好きであり、色々と集めている。見回せば、ホムフェルトの部屋には搔き集めた大量のラッキーアイテムが置いてあった。エリューシカには見慣れた光景であり、今さら言うことでもなかったが。
「そう言えばパパ」
エリューシカが父のラッキーアイテム好きについて言及したのには理由がある。
「最近さぁ、あたしたちの城下で占い師が出没しているみたい。それでどうすれば幸運になれるのか占ってもらえるんだってさぁ」
「ほぅ」
案の定、ホムフェルトは興味を示す。
肌が脂ぎり、腹が揺れる。そして瞳はギラギラと輝いていた。興奮している証拠である。
「良いことを教えてくれたのぉ。追加で三百万マギをやるぞ」
「ありがとう。パパ」
語尾にハートでも付きそうな声音だ。エリューシカはこれを狙っていた。
ラッキーアイテムが好きなホムフェルトならば、絶対に喰いつくと考えた。それでこのような話を持ち込んだのである。
早速とばかりに、その占い師をフリベルシュタイン家の城に呼ぶ計画を立てていた。
そんな父親の姿を流し目で確認しつつ、娘は去っていく。
「じゃぁねぇパパ。合計六百万マギをよろしく!」
そんな言葉を残して。
◆◆◆
スバロキア大帝国が消滅し、その影響下にあった国家は魔神教の影響を受けつつある。しかし、大帝国の繁栄を知る貴族たちは、未だに過去の感覚から抜け出せずにいた。
我儘で傲慢な者は少なくない。
それで苦しむ領民は数えきれない。
「お願いします占い師様」
「はい。あなたは帰って、庭にある木の下を掘りなさい。そこに金が埋まっています」
「ほ、本当ですか!」
「はい」
「ありがとうございます。ありがとうございます! 帰ってすぐに試します!」
何度も頭を下げて礼を言う女性は小さな幕屋から飛び出していく。
そして幕屋に並ぶ次の人物が中に入ってきた。
「占い師様、ですか?」
「はい。そうですよ」
占い師を名乗る人物は黒紫のフード付きローブで全身を隠している。だが、フードからは黒髪が見えており、声から若い女だということは分かった。
だが、客からすれば占い師の素性など関係ない。
ここに来る客は誰もが幸運と幸福を求めている。
今来た男の客も同様だった。
「わ、私は……」
「まずは名前を教えてください」
「アリオスと言います。どうか私に妻と子を養うだけの幸運をください」
「二百マギで占いましょう」
「わかりました」
男は二枚の札を渡す。これは一日を優に過ごせるだけのお金だ。貧乏人からすればそれなりの大金であるが、躊躇いはなかった。
それだけ占いの評判が良いのである。
彼女の占いにはそれだけの価値がある。
そしてお金を受け取った占い師は、早速とばかりに質問する。
「あなたの家族構成は?」
「妻、そして子供が三人です。子供はまだ幼いので……」
「結構。自宅の場所は?」
「この通りを城の方へ進み、泉の側のパン屋から路地に入ります。その先にある小さな赤い屋根の家です」
「わかりました」
占い師は、アリオスという男に手を翳す。
その時間はかなり長かった。アリオスはドキドキしながら、その時を待つ。
ようやく、占い師は静かに告げた。
「帰りなさい。屋根裏に輝く宝石を見つけるでしょう」
「ありがとうございます!」
本当に宝石があるとすれば、二百マギの出費など安いものだ。
アリオスは喜び、幕屋から飛び出していった。
その後で占い師は後ろに目を向ける。
するとそこには黒髪の男、シュウの姿があった。透明化して姿を隠していたのである。
「らしいですよ?」
「ああ。すぐに宝石を隠してくる。次の客も少しだけ時間を稼いでおけ。それに例の貴族の屋敷から盗んだ宝石や金塊も尽きそうだし、あと三人ぐらいで終わりにしろ」
「はーい、なのですよー」
占いなど、所詮は幻想。
だが幻想も力さえあれば現実にできる。愚かな貧民たちは、『死神』に踊らされていた。そして、この領地を支配する貴族すらも……
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