第106話 帝都決戦⑥
呪いの炎が人間を焼き尽くす。
十万人もの
囮の役目としては充分だが。
「アディル大将軍。報告がございます」
「どうした?」
「どうやら
「考えたな。大軍を囮に暗殺……そういう手筈だったか」
アルベインの杖と竜杖の使用を命令した時点で、新皇帝の発足は理解していた。将軍と大将軍はそのように知らされている。
アディルも予想はしていたが、暗殺部隊が紛れているのだ。
「部隊の七割を帝都の捜索に使え。鼠を捕まえろ」
「了解です」
敵軍を滅ぼすだけなら竜杖を振るう将軍と大将軍で充分だ。獄炎は次々と生み出され、放たれる。呪いの炎は消えることなく残っており、
誰が見ても援護の攻撃は必要ない。
部隊の多くを潜入した
アディルの護衛役として側にいる副官が、去っていく部下を眺めながら呟いた。
「この帝都を全て捜索するとなると大変ですね」
「市民を不安にさせてしまうだろうな」
「ええ」
「そのためにも、こちらはすぐに殲滅しなければなるまい」
アディルは竜杖から更なる力を引き出す。
巨大な獄炎の塊が頭上で膨れ上がった。この竜杖は帝国の地下研究室で安置されているアルベインの杖から力を引き出すための端末であり、アディルが注いだ魔力で獄炎魔法の力を引き寄せる。獄王ベルオルグが使用していた獄炎魔法と比べれば貧弱だが、それでも魔法の力は絶大である。
ひと際大きな獄炎球が落下し、一瞬で
もう陣形は意味をなしていない。
「古き英雄よ。力を貸したまえ」
勇者アルベインに願う。
かつて大帝国を救ったように、再びこの国を救済に導いてくれることを。
◆◆◆
ただの一撃でカルマン王国軍を一掃した
どうせ周囲の兵士は竜杖から放たれる獄炎で殺せる。
ということは、
「では行きましょうか」
血で深紅に染まった大地を踏みしめ、駆けだそうとする。
だが、派手な攻撃は『死神』の目にも留まっていた。
そして死魔力は薄く広がり、周囲の死体を全て消し去った。魔力の内側からシュウが現れる。
隕石でも落ちたかのようなクレーターの底に冥王はいた。
「行かせるかよ」
「もう追いつきましたか」
「
ただでさえ、一国の軍隊を一太刀で殺し尽くしたのだ。このまま暴れられては困る。
シュウは周りを見渡し、獄炎に向かって死魔法を行使した。
「『
魔法といえど、魔力で発動している。死魔法なら消し去ることが可能だ。水では消えない呪いの炎も、エネルギーさえ消失すれば無効化できる。
放たれた獄炎は魔力となって全てシュウに吸収された。
シュウの死魔法はエネルギー強奪であるため、魔力を消費しない。だが、魔法という力はそれなりの魔力を消耗するのだ。吸収した魔力によって、かなり回復した。死魔力でかなりの魔力を消耗していたので、この大回復はありがたい。
(これでまた死魔力を使えるな)
シュウは全身に死魔力を纏い、さらに両腕からも魔力が放出されている。死魔力は腕から複数に枝分かれして、鞭のようにしなっている。
そして
まず動いたのはシュウである。
右腕を振り払い、死魔力が
「ならこれでどうだ?」
シュウは
「今度こそ死ね」
そう言ったシュウは、右手をギュッと閉じる。
すると死魔力のドームは収縮し、小さな一点となって消えた。勿論、
だが、
地面を切り取って地下に逃げた跡があった。
死魔力の壁は斬り裂くことができない。そのため、地面を斬って逃げた。
「ちっ……面倒だな」
シュウでは発見することができない。
「見当たらないなら、引きずり出すまでだ」
シュウは帝都の結界に手を伸ばす。
そしてギュッと握り潰すような仕草をした。
「消えろ……『
すると結界は消失し、その魔力は全てシュウに吸収された。結界の消えた帝都は、もう新しい結界を張り直すことができない。結界を管理していた大公ヴェストを暗殺したことで、大結界は回復しないようになっている。
つまり、攻撃は阻まれない。
「危険と分かっているが、試すには丁度いい機会だ」
シュウは死魔力を圧縮した。
魔力の制御術を駆使して、限界の一点にまで圧縮する。ほぼゼロ次元となった死魔力は、圧縮の反発力で生じる黒き閃きしか見えない。そして魔力感知術を使えば、恐ろしいほど濃密な魔力が一点に集中していると理解できた。
これほどの圧縮は、死魔力がシュウの固有魔力だから可能なことだ。
シュウによる、シュウだけの法則。
だから完全な質点という現象を引き起こすことができた。
「存分に殺せ」
黒き閃きは、シュウの手から離れて帝都城壁へと飛ばされた。
◆◆◆
地中へと逃れた
剣で地面を切り裂き、土魔術で地中を移動して冥王から離れていた。
そんな
「アディル殿」
「これは!
「いやいや。それが『死神』に阻止されましてね。恥ずかしながら一時撤退をしたのですよ」
「なんと!」
大将軍には暗殺者『死神』の正体が知らされている。
覚醒魔装士に至る可能性の高い者を無暗に殺させないためだ。流石に『王』の魔物と戦えば、覚醒する前に死んでしまう。スバロキア大帝国は四人の覚醒魔装士を失っているので、これ以上の犠牲は避けたい。一般魔装士はともかく、Sランク認定された魔装士は守る必要があるのだ。
そういった経緯から、大将軍は『死神』の正体を知っていた。
「……『死神』はどこに?」
「あそこですよ。今は私を見失ったようですが……」
アディルが見たのは、帝都に手を差し伸べる長髪の男だった。
そして伸ばされた手が閉じられる。すると帝都を守る結界が消え去った。
「何!?」
「これは……結界が消されたようですね。再生する様子もない。結界の魔道具も機能していないのでしょうね。恐らくはヴェスト大公殿下も……」
「ならばここで殺すまでだ!」
正直、アディルは『王』の魔物を知らない。
その脅威がどれほどのものか理解していないのだ。
竜杖に魔力を送り、それを呼び水として獄炎魔法を呼び寄せる。
「よしなさい。『死神』……いや、冥王が獄炎を消し去った瞬間を見なかったのですか?」
確かにアディルは獄炎が消失する瞬間を見た。
獄王ベルオルグと同じ『王』の魔物だけあって、魔法の力すら消し去ることができる。それは納得できることだ。しかし、逆に言えば魔法の力ならば冥王すら倒せると勘違いした。
アディルの様子を見た
(これは……無駄撃ちになるでしょうね)
仕方なく、冥王の方に目を向ける。
すると冥王も漆黒の魔力を圧縮していた。だが、その圧縮率は桁外れだ。ゼロ次元の質点に変えた時点で、圧縮率は無限ということになる。
(あれは、危険です)
早く逃げるべきだと、頭の中で警鐘が鳴る。
そして冥王シュウ・アークライトが無限圧縮死魔力を放つと同時に、アディルも巨大な獄炎を放った。
「こちらに来なさい。逃げますよ」
「なっ!?」
周囲にいたアディルの副官たちは呆気に取られていたが、
無限圧縮死魔力と獄炎が擦れ違う。
その瞬間、死の魔力が殺した。
この世界の……僅かな一部を。
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