第105話 帝都決戦⑤
シュウと
莫大な魔力を消耗しつつも、死魔力は効果絶大だ。
「そっちか……」
右手に纏った死魔力が竜巻のように放たれる。触れただけで概念的な死を与える死魔力なら、
そして
(陛下……)
こうして冥王と戦っている間に皇帝は死んだ。
結界の魔道具もあってしばらくは生きていたが、炎にまかれてしまった。基本的に皇帝が保有する魔道具は自動展開だ。魔力に反応して、結界が発動する。
皇帝は戦うことを想定していないので、防御用の結界は任意ではなく自動。眠っていても発動するというメリットもある。
そして魔術を利用しない物理攻撃なら、護衛の魔装士で充分対処可能だ。
生き埋めにして焼くことは想定していない。
初めは『鷹目』の《
(それでも最後の命令は消えていません)
皇帝が死んで動揺するほど
彼は皇帝ではなく、スバロキア大帝国のために。それが剣聖の生きる意味である。現皇帝が死んだのなら、次の皇帝のために戦う。
つまり、大公サウズ。
いや、新皇帝ストラディ・マルス・クロサリア・ベルゼス・サウズ・スバロキアのために。
(
隠れ家に潜む皇帝ストラディは耐えることが仕事。
皇帝を継ぐ血を絶やさぬため、
そして
前皇帝のギアスからそのように命令されていた。
「ここまでのようですね……冥王」
「死ね」
シュウは思い付きを試す。
通常は魔力で構築する魔術陣を、死魔力で構築した。普通は青白い光を放つ魔術陣が、漆黒を放つ。世界への命令は魔術陣の通りだが、死魔力なので絶対に壊せない。魔術陣を切り裂いて破壊しようとしても、それは無効化されてしまう。
そして絶大な魔力が込められているだけあって、魔術威力は増大する。
シュウの足元に半径数百メートルもの漆黒巨大魔術陣が広がった。
「これは……」
これだけの魔術陣だ。逃げるだけでも難しい。普通なら魔術陣を叩き切って魔術を消すところだが、それが死魔力で構築されては無理だ。
シュウは死魔力で発動する《
(逃げ場、逃げ道、そして冥王の気配……)
瞬間的に生き残る術を構築し、その可能性と成功率を叩きだす。
そして自らの実力ならば可能と判断した。
僅か一瞬にして。
練り上げられた技術に不足はない。
ハイレイン流剣秘術の奥義たる、歩法を使えば逃げ切れる。
切り裂かれた壁が瓦礫となり、空中に足場を作る。そして
その直後、《
歩法は剣術の基礎にして奥義となり得る。
「ちっ……」
もう感知範囲から消えた。
本気で逃げたのだろう。
(探すか、残る大公を殺すか……)
本来の目的を優先するなら、殺すのは大公だ。
そして明確なトップを失ったスバロキア大帝国は、戦争でも敗北するだろう。そして追い詰められ、切り札の力を使うはずだ。
「探すか。覚醒魔装士だし、戦っていれば目立つだろ」
シュウは半分以上崩れた城の一番上に立つ。ここから眺めれば、すぐに見つかるだろう。
黒い衣装と髪が風で揺れた。
◆◆◆
「そうですか……陛下は」
報告を受けた大公サウズ……いや、新皇帝ストラディは黙祷した。
そして新しい皇帝となった今、命ずるべきことがある。
「アルベインの杖の使用を許可する。同時に、全ての竜杖を起動せよ。『竜の目覚め』と言え」
「畏まりました。全軍に通達いたします」
「念のために言っておくが、細心の注意を払え」
「よく言っておきます」
命令を受けた侍従は即座に部屋を出る。
ストラディが隠れる場所は確かに秘密だが、使用人は多数いる。またサウズ家直属の魔装士たちも守護として配置されているのだ。こうして命令を下すことも可能である。
寧ろ、いざという時は隠れ家から勅令を出すことになっている。
「……さて、困ったことになりましたね」
覚悟していたことだが、まだ実感が湧かない。
ストラディはサウズ家当主として皇帝の補佐をしてきたし、皇位第一継承者として積み重ねてきたこともある。実務には困らない。困るのはこの状況だ。
戦争で皇帝が殺され、その立て直しのために新皇帝となるというのは難易度が高い。
「何とかなってくださいよ」
願うようなストラディは、誰もいない部屋で結果を待った。
◆◆◆
伝令の一人が大将軍アディルへと勅令を伝えた。
「アディル・クローバー大将軍に伝令です! 『竜の目覚め』! 繰り返します。『竜の目覚め』!」
「そうか!」
『機装』の魔装士アディルは勢いよく立ちあがった。
彼は指揮官として座していただけだったが、この命令が出された以上はそうもいかない。大帝国に存在する全ての大将軍と将軍は、作戦コード『竜の目覚め』を合図に指揮官から戦闘員に変わる。
「陛下より預かったもの……それを開くときが来たか」
スバロキア大帝国に残る十六人の大将軍と将軍は、この戦いが始まる前に黒い大型のケースを渡されていた。そのケースは秘密の暗証キーを打ち込まなければ開かない仕組みとなっている。
そしてアディルが黒のケースを開くと、中にはシンプルな杖が一つ。
黒い蛇が絡みつく意匠の施された不気味な杖だった。
「反撃だ。攻撃から下がらせ、足止めに徹するよう伝えよ」
「はっ! すぐに!」
「私が出る」
アディルは黒い杖の兵器、竜杖を掲げた。
魔力を注がれた竜杖は共鳴して他の十五の竜杖と合わせ、一つの結界を生み出す。
この竜杖は、アルベインの杖を起動するために生み出された装置であると同時に、その力を放出するための装置でもある。
十六本の竜杖は大将軍と将軍の魔力で動き出す。
『王』の魔物である獄王ベルオルグを封じたアルベインの杖は、安定的な使用のため十六の端末で制御するようにしていた。竜杖で生み出された結界が、制御に役立つのだ。
(なるほど、あれが我が国の切り札)
アディルを含む竜杖の所持者は、本体であるアルベインの杖を感じ取ることができる。正確には、そこに封じられた獄王を実感できる。
凄まじい『王』の力が竜杖を伝って精神に入り込んでくるのだ。
アルベインの杖そのものは、帝都の地下研究施設で厳重に保管されている。竜杖とリンクするための魔道具と共に安置されている。
そして竜杖はアルベインの杖から力を受け取り、放つ。
「愚かなる
掲げた竜杖の真上に漆黒の炎が揺らぐ。
獄王ベルオルグの魔法、獄炎魔法である。地獄の炎はまさに呪い。炎の形をした呪いによって、あらゆるものを燃やし尽くす。この獄炎の特徴は消せないことだ。水をかけても浄化しても消えない。燃やし尽くしても獄炎は残り続けるのだ。
アディルの竜杖だけでなく、各地に散らばっている大将軍や将軍たちが竜杖から獄炎を生み出す。
合計で十六の獄炎球が浮かび、そして放たれる。
結界を壊すために攻撃を続ける
瞬時に燃え上がり、広がって大量の兵士を焼き尽くす。そして獄炎は尽きることなく留まって
◆◆◆
「黒い炎だと?」
レインヴァルドは驚き叫ぶ。
そんな魔術は存在しないので、考えられる可能性は魔装だ。しかし、あまりにも規模が大きい。それほど広範囲に強力な黒い炎を発動するとなると、覚醒魔装士しかありえない。『鷹目』の情報から覚醒魔装士は剣聖だけだと分かっているので、レインヴァルドは驚いたのだ。
「スバロキア大帝国の兵器でしょうか?」
「新しい陰魔術という可能性もあると思います」
「……あの大帝国ならありそうだな」
側近のレイルとリーリャも悩ましいという表情を隠さない。
ここまで来たのだ。
絶対に帝都を攻略し、
「ここは何とかして乗り切ってくれ。皇帝を暗殺さえすれば終わりだ……」
「『死神』に賭ける、ということですか?」
「それしか勝ち目はありませんからね。結界が張られた帝都に潜入する全ての精鋭を囮として、暗殺。成功してくれることを願うばかりですね」
「初めから終わりまで暗殺者に頼りっぱなしだったな。王として情けない限りだ」
この戦いはレインヴァルドが始めたものだ。祖国エルドラード王国で反乱を起こし、王位を簒奪して
だが、結局は暗殺者が全てを決める。
行く末が暗殺者によって決まる。
国王として、
(かき集めた軍と金、そして信頼を全て囮にして暗殺者を仕向ける。俺も最低な男になったものだ)
レインヴァルドは首を振り、その思考を払う。
今は余計なことを考えている暇はない。勝利のため、冷酷にならなければならないのだ。
「消極的な陣形に変更するよう伝えろ。効果的な防御策が見つかるまで攻撃は控えるようにと」
「はっ!」
レインヴァルドは手元の白紙に命令を記し、それにエルドラード王国の
ここは
だが、レイルはすぐに戻ってきた。
「大変ですよレイ様!」
「どうしたんだ!」
「戦場に恐ろしい剣の使い手が! 既に剣士の手でカルマン王国軍が壊滅しています!」
「剣士……大帝国の切り札、
「間違いないかと……」
息を切らせながら報告するレイルは、リーリャから水を受け取る。
その後、レイルは詳しい報告をした。
「実は帝都を覆う結界が急に揺らいだそうです。そして反撃の好機だとカルマン王国軍が進軍し始めたところで、結界の奥から白い影が……」
「それが剣士だったというわけか。どれぐらいの時間で壊滅した?」
「一瞬です?」
「なに?」
「ちょっと! どういうことですかレイル!」
思わず聞き返したレインヴァルドとリーリャに対し、レイルは真面目な表情で答えた。
「横薙ぎの一太刀。それでカルマン王国軍の兵士が全員……そう、全員が真っ二つに……」
一対一において世界最強の彼だが、多数の敵を苦手としているわけではない。雑魚が相手ならば一撃で壊滅させられる。
覚醒魔装士が出てきたということは、全滅も必至である。
「くっ……頼むぞ『死神』。お前だけが頼りなんだ」
願うレインヴァルドに王としての面影はなかった。
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