第104話 帝都決戦④
冥王に対して余裕を保っていた
「これは私も全力を出すしかありませんね」
「本気ではなく全力か」
「見せましょう。私が魔装を獲得して極めた新しい剣術を」
そう言った
これまでも
シュウが死魔力による防御膜を使うと読み切り、自ら背を向けて居合の構えを取っていた。読みが間違えば大きな隙を晒すことになり、死は免れない。だが、それでも
(私の命は陛下とその一族のために!)
魔力感知で捉えたアイリスと『鷹目』を排除するため、居合斬りを放った。本来ならまるで届かないはずの一撃は、
彼の魔装である刀は、一つの単純な性能しかない。
刀身の伸縮である。
魔力で生み出された刀身は瞬時に粒子化することで、ゼロから無限にまで一瞬で変化する。勿論、無限というのは一つのたとえだが、覚醒魔装士の魔力ならば射程に制限などないに等しい。
刀身を伸ばした居合斬りが幾つもの部屋と通路を抵抗なく切り裂いた。
「殺しきれませんでしたか」
「お前……っ!」
「確かに斬った手応えを感じたのですが」
シュウには分かる。恐らく、アイリスが斬られたのだ。不死性があるので即座に回復したのだろう。
魔装の力は信頼できる。
間違いなくアイリスは生きている。だが、それとこれとは話が別だ。
「なるほど。死にたいらしいな」
冥王の雰囲気が変質した。
これまでは戦いを挑むという気配だったが、初めて明確な殺気を放った。勿論、これまでも本気で殺すつもりではあった。しかし、シュウは
渦を巻くように死魔力が放出され、瞬時に通路が滅び去った。
膨れ上がる死の概念が一瞬のうちに城の一部を消し去ったのだ。
シュウに僅かな隙もなくなった以上、
冥王と剣聖の鬼ごっこが始まった。
◆◆◆
壁ごと切り裂く不意打ちの斬撃は、『鷹目』を庇ってアイリスが受けた。アイリスが動けた理由は、常に魔力感知でシュウを認識していたからである。
そして神速の一撃はアイリスの結界をすら切り裂き、右腕と右肺を負傷する。血飛沫と共に右腕が落ちたことから、大怪我であることに間違いない。致命傷になり得る。
「アイリスさん!」
肺を潰されて悲鳴も出せず、アイリスは倒れた。だが、瞬時に傷が塞がり、落ちた右腕は粒子化して消え去った。そして『鷹目』が気付いた時には、アイリスの右腕は元通りだった。
初めて見る不老不死の魔装。
あまりにも凄まじい再生能力である。
(これが不死……)
アイリスはスッと起き上がる。
よく見ると、服まで元通りだった。不死というより再生能力である。
「びっくりしたのですよー」
「凄いですね……」
「なのです! お蔭で落ちこぼれだった私も生き残れたのですよ。昔は何度も魔物に殺されそうになったのが懐かしいですねー」
その話を聞いて『鷹目』は疑問を感じた。
果たしてアイリスの魔装は不老不死なのだろうか。別の本質があるのではないか。仮に不死能力だとして、傷の再生はともかく服装の再生までは説明がつかない。
謎は深まるばかりである。
(まぁ、後で『死神』さんと相談しましょう)
アイリスの真の能力も気になるが、今は皇帝の暗殺が優先である。
それにシュウも死魔力を放出して暴れているようだ。巻き込まれない内に仕事を終わらせるのが安全策だろう。
「アイリスさん。準備は宜しいですか?」
「大丈夫なのですよ!」
発動する魔術は風の第九階梯《
そして
そもそも、
だが、今回はそういった皇帝の采配が有利に働いた。
アイリスと『鷹目』はすんなりと皇帝のいる部屋まで辿り着く。あとは扉さえ開ければ、この国の軍事における要人たちと
バンッと勢いよく扉を開き、アイリスが魔術を叩き込む。
「《
窒息死させる魔術の性質上、誰一人として声を上げることすらできない。
だが、皇帝だけは死なずに生き残っていた。
魔力に反応して防御結界を展開する魔道具を保有していたのだ。アイリスの魔力に反応して結界が展開され、皇帝だけは守られたのだ。
《
アイリスと『鷹目』は入室する。
謎の美女とフードに黒服仮面の妖しい男という不思議な組み合わせであり、皇帝は恐怖を覚えた。だが、それを表情に出すことはない。毅然とした態度で尋ねた。
「誰だ貴様らは」
これは皇帝ギアスによる時間稼ぎでしかなかった。
(少しでも時間を稼げば
彼が待つのは最後の覚醒魔装士だ。
一対一において世界最強であり、最高の護衛である。二人の人間がここまで辿り着いたということは、
勿論、時間を浪費するつもりのないアイリスと『鷹目』は無言で攻撃を加える。
アイリスが風の魔術。『鷹目』は土の魔術で攻撃した。
第三階梯《
皇帝だけが身に着けることを許される最高位の結界魔道具であり、
「これは厄介ですね。どうしますかアイリスさん」
「城を崩して生き埋めにします?」
「その案を採用しましょう」
シュウのような即死能力があるわけではないため、そのあたりが妥協策だろう。二人の魔装は共に攻撃力に特化しているわけではないため、こうして守りを固められると対処法がない。
「では私がやりますので、アイリスさんは下がってください」
『鷹目』は無詠唱で大きめの魔術陣を展開した。
魔術陣の大きさは上位クラスだ。これを一人で発動できるならば、かなりの魔術上級者だ。
「何をする気だ……っ!」
「さようなら皇帝。運が良ければ助かるかもしれませんよ。《
「これはっ!」
部屋中に広がった魔術陣に反応し、壁や床に亀裂が走る。亀裂はあっという間に広がり、天井にまで侵食した。今にも粉々に砕けそうである。
土の第七階梯《
魔術に詳しくない皇帝も、名前と効果ぐらいは知っている。
部屋の床が崩れ、軍議で使っていた円卓が落ちた。そして次々と床が落ちていき、椅子、その他の調度品、そして皇帝も落ちる。部屋は壁も天井も落下し、周囲の部屋も巻き込む。
アイリスと『鷹目』は落ちてしまわないよう、下がって被害範囲から逃れる。
「凄いですねー」
「ええ。しかし流石は皇帝の住まう城。あまり崩れる範囲は大きくありませんね」
「でも騒ぎになったのですよ。人がいっぱい来るです」
「はい。そこでこうします」
『鷹目』は《
今回は別の場所から、転移によって物質を持ってくる
そしてこの黒い液体は石油である。
大量の石油がドバドバと注がれ、穴の下へと流れていく。
こうして石油を流し込むとなると、次にすることは決まっている。
「では《
掌サイズの炎を生み出し、それを穴へと投げ込む。
一瞬の空白の後、轟音と共に炎が巻き起こった。穴からも熱風と炎が噴き出てくる。アイリスは慌てて下がりつつ結界を張る。
「びっくりしたのですよ!?」
「あれは燃える水です。数年ほど前に私の情報網に引っかかったのですが、思ったより使えますね」
「皇帝を生き埋めにして燃やす……『鷹目』さんもシュウさんに負けず劣らずなのです」
「容赦は必要ありませんよ。さて、私たちも避難しましょう。やるべきことは終えました。恐らく残された大公サウズが大帝国の切り札を使うはず。巻き込まれる前に離れましょう」
「シュウさんはどうするのです?」
「放っておきましょう。『王』の魔物と覚醒魔装士の戦いに割り込むのは愚策ですから」
今も魔力感知をすれば、シュウと
入り込む余地はない。
「城は危険ですから、一度離れましょうか。アイリスさんに何かあれば私が殺されますからねぇ」
「はーいなのですよー」
二人が姿を消した後、崩落と炎に気付いた兵士や使用人が現れた。急いで水の魔術などを利用して炎を消そうとする。
当たり前だ。
崩落して燃えている部屋は、皇帝と武官と軍師が軍議を重ねているハズの部屋なのだ。どこにも皇帝の姿はなく、他の武官や軍師の姿もない。慌てて炎を消し、確認を取ろうとしたのだ。
だが、石油に引火した炎は簡単に消えない。
燃焼している石油は水と分離してしまうため、いつまで経っても消せないのだ。
そして燃焼で脆くなった周囲は次々と崩れる。城の建造には木材が多く使用されているため、あっという間に燃え広がってしまう。あっという間に大騒ぎとなった。
「早く消せ! 水の魔術師はまだなのか! 魔装士でもいい!」
「大変だ! 結界の部屋で魔装士やヴェスト大公様が殺されたらしい」
「どうなっているんですか!?」
「もう大帝国は終わりだぁ……」
「イスタ大公様も死んでいる! どうすれば……」
「魔術儀式場でノアズ大公様も亡くなったという噂もあるぞ」
「通路を走っていたら黒い何かで目の前が消失したんだが……」
「私は通路が輪切りにされているのを見たんだけど……」
殺された三人の大公、行方不明の皇帝、炎が広がる城、そして黒い何かが通路や部屋を消し去り、謎の疾風が過ぎればあらゆるものが輪切りになっている。
もはや意味が分からない。
頭を潰されたスバロキア大帝国は確実な敗北を目の前にしていた。
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