第102話 帝都決戦②


 大公ノアズは魔術儀式場の監督をしていた。

 魔術儀式を行うためには、複数の魔術師の他に幾つもの触媒を必要とする。準備にも多くの金がかかるため、大帝国のような大国でなければ容易く用意することはできない。今回のように二十八もの儀式場を用意するためには、かなりの金と権力が必要だ。

 勿論、この儀式場は皇帝の命令により大公家が管理している。

 その管理者がノアズ家だったという理由で、ノアズは監督をしているのだ。



「何をしてんだァッ!」



 ノアズは怒りを顕わにしていた。

 発動した戦略級魔術は全て帝都に落ちた。しかも理由は不明である。恐らくは儀式において何かの不具合が生じたと思われる。複数人で魔術を完成させるという性質上、座標設定は儀式場による予めの設定を用いられる場合が多い。今回はその設定に何かのミスか、あるいはバグがあったのだ。

 そのようにノアズは判断した。

 彼も魔術儀式場の管理をしているという立場上、ある程度の専門知識を有している。

 しかし、さすがに魔装によって隕石を転移したとは予想できなかった。



「すぐに儀式場をチェックしろォ! 今のまま禁呪は使うなァ!」



 帝都を覆う結界は、綻びた分だけ魔力を消耗する。今の《大隕石メテオ》でかなりの魔力を無駄にしてしまった。その上、革命軍リベリオンには僅かなダメージもない。

 もう失敗はできないため、魔術師たちは急いでチェックを始めた。

 そしてノアズは怒りを発したまま、杖をついた老人の下へとズカズカ歩み寄る。



「おい『幻書』」



 そして老人に小声で話しかけた。

 彼は魔術儀式場の設定に協力している黒猫の幹部『幻書』だ。国家機密にも等しい魔術儀式場を見せることに、初めはノアズも躊躇していた。しかし、結果として儀式場は大幅なアップグレードを実現し、禁呪の発動に耐えうるほどの性能にまで至った。

 魔術研究ならば万象真理フラロウスもいたが、彼は自分一人で禁呪を発動できたので儀式魔術には興味がなかった。それよりも新しいジャンルの魔術を確立することに心血を注いでいた。そのため、儀式場が完成に近づいたのは、闇組織のお蔭となってしまったのだ。



「なんじゃ大公殿」

「何のつもりだ貴様ァ……殺されたいのか?」

「ふん。儂の責任ではない。魔術は間違いなく革命軍リベリオンの真上に発動した。それは間違いないじゃろう。恐らくは《大隕石メテオ》そのものを転移させたか、魔術に干渉して座標を変更したのじゃろうな」

「魔術を転移……それに干渉だと? 適当なことを言ってるわけじゃねぇだろうなァ」

「転移には心当たりがある」



 これでも『幻書』は黒猫の幹部だ。

 同じ幹部である『鷹目』が転移能力を有していることは知っていた。『鷹目』は神出鬼没であり、どこにでも現れる。そこから予想すれば、転移の魔装を推測できるというわけだ。



「恐らくじゃが――」

「――私のことですか?」



 ポンと肩に手を置かれる。

 『幻書』は一瞬の空白の後に、誰が背後にいるのか理解した。



「き、貴様!」

「宜しいのですか? 私に目を向けて」

「なんだと!?」



 『幻書』が戸惑いの声を上げると同時に、ジュバッと何かが潰れる音がした。反射的にその音がした方へと目を向ける。

 そこには、左胸を背後から貫かれて吐血している大公ノアズがいた。



「ぅ……ぐふっ」

「一人目」



 ノアズの背後で長い黒髪がなびく。

 『幻書』の記憶もある最も新しい幹部、『死神』の姿があった。



「貴様! 大公の暗殺だと!」



 さすがにこれだけの騒ぎが起これば他の者たちも気付く。ノアズが心臓を貫かれ、殺されたのだ。もう儀式場をチェックするどころではない。

 その騒ぎに乗じてシュウが合図を送った。



「アイリス!」

「《爆風衝撃エア・バースト》なのです!」



 隠れて詠唱していたアイリスが、風の第七階梯《爆風衝撃エア・バースト》を発動する。この魔術は第一階梯《衝撃インパクト》の上位互換であり、破壊力はかなりのものだ。

 見事に魔術儀式場の一つを破壊する。

 同時に、従事していた魔術師の幾人かが吹き飛ばされ、運の悪い者は頭を打って死んだ。



「まだいくのですよー」



 今のアイリスにとって、上位魔術である《爆風衝撃エア・バースト》も短い詠唱で発動できる。禁呪の発動が可能なのだから当然だ。

 短縮した詠唱から放たれる上位魔術を見れば、今のアイリスが天才的な魔術行使をしていることが分かる。無慈悲なる魔術により、儀式場はあっという間に破壊された。この後も革命軍リベリオン陣地を魔術で攻撃する恐れがあるため、ここは必ず破壊しなければならない。

 アイリスもかなりシュウの影響を受けたのか、容赦がなくなってきた。



「充分だアイリス」

「はーいなのですよ」

「次に行くぞ『鷹目』」

「では再び転移しますよ」



 『鷹目』の転移により、シュウとアイリスも消えた。

 残ったのは大混乱の儀式場と、ノアズの死体である。



「ふ……ふぅぅぅ……」



 わなわなと震える『幻書』は杖を放り出して叫んだ。



「ふざけるなああああああああ!」



 このような頭のおかしい暗殺など、防ぎようがない。

 そんな悔しさとやるせなさを叫んでいるようだった。






 ◆◆◆






「……ぁ」



 ペンを持った女が椅子から崩れ落ちた。周囲には複数人の男女が倒れており、その全員が息絶えている。この状況を作ったのはシュウだった。



「大公イスタ……これで二人目ですね。流石の手際です」

「思ったより手間取った。急ぐぞ」



 褒める『鷹目』に対し、シュウは素っ気ない態度を取る。

 大公イスタは大公家の中で唯一の女当主だ。実力主義のスバロキア大帝国は、能力があれば女性でも成り上がれる制度になっている。しかし、伝統的な思想から男性優位になることが多く、その制度は機能しないことが多い。だが、イスタはその伝統をものともしないほど優秀だった。具体的には、事務処理能力が際立って優れていた。

 その事務能力を買われ、皇帝から書類処理を一手に任されていたのである。

 現在、皇帝は戦争にかかりきりだ。本来はその補佐をするために貴族がいるのだが、今はほとんどが殺されている。その皺寄せが大公イスタへと降りかかった。



「次は大公ヴェストですね。彼は結界の監督をしているようです。結界を発動している場所には『白蛇』もいるようですね」

「結界は『白蛇』の奴も関わっているのか」

「そういうことです。『若枝』も怪しい薬で改造した兵士を置いているみたいですよ。ヴェストは後回しにしますか?」

「ならサウズはどこだ?」

「大公サウズは行方不明ですね。噂では皇帝だけが居場所を知っているとか」



 シュウは目を細めた。

 世界最高の情報屋である『鷹目』が掴めない情報だ。よほど厳重に秘匿されているのだろう。大公サウズには相当重要な役目が与えられているのかもしれない。

 そのように予想した。



「サウズの居場所は予想もできないのか?」

「恐らくは皇族だけ知る隠れ家……あるいは脱出路を使って帝都から出ているかと」

「何?」

「この戦争で皇帝が死んだ時の保険ですよ。大公サウズは皇位継承権第一位ですからね」

「納得した」



 スバロキア大帝国の皇帝は世襲ではなく、四大公家から選ばれることになっている。現皇帝が死ねば、継承権の順番に大公家当主が皇帝となる。そして皇帝を輩出した大公家は新しい当主を据える。常に優秀なものを選んで皇帝としてきたので、スバロキア大帝国はここまで巨大な国家となった。

 仮に皇帝が死んだとしても、継承権一位のサウズさえ残っていれば次の皇帝となる。つまり、スバロキア大帝国は滅びない。

 統率力の高いスバロキア大帝国を滅ぼすには、皇帝を完全に消すしかないのだ。



「隠れ家の場所に心当たりは?」

「流石に分かりませんねぇ。恐らくは側近も知らないのではありませんか? 大公の一族だけが知るものでしょうね」



 シュウは少し考える。

 恐らく、大公サウズを見つけるのは難しい。



「……帝都を吹き飛ばすか」

「ちょっ、シュウさん!」

「冗談だアイリス」



 そもそもスバロキア大帝国を滅ぼすだけなら簡単だ。帝都を消し飛ばせばよい。



「……アイリス、『鷹目』はヴェストを殺しに行け。俺は皇帝をる」

「ここで二手に分かれるということですね。いいでしょう」

「私はシュウさんと一緒がいいです」

「お前は『鷹目』の転移と同時に《無情無空コンセントレイト》を使え。それで全員殺せるはずだ」

「えぇ……」



 風の第九階梯《無情無空コンセントレイト》は空気を偏らせ、窒素だけの空間を作る。つまりその空間に囚われた者は窒息死するのだ。この魔術は非常に静かであり、防ぐのは困難である。そして無酸素状態というのは非常に危険である。たった一度、無酸素空気を吸っただけで死に至る。

 例えばヘリウムガスで声を変える実験もあるが、純粋なヘリウムガスを吸うと死ぬ。なので、実験専用に酸素を混合した気体を使わなければならない。風船に使うヘリウムガスを使用するのは危険なので、決して真似をしてはいけない。

 しかし、逆に言えば《無情無空コンセントレイト》は即死魔術に等しいのだ。

 空気を操るという術式の関係上、防御も難しい。



「はーいなのですよー」



 アイリスはシュウの頼みとなれば断らない。

 嫌々ではあるが、その作戦で了承した。



「じゃあご褒美が欲しいのです!」

「はぁ」



 シュウは溜息をつく。

 確かに、ここ最近はアイリスに色々と我慢をさせてきた。そろそろ我儘の一つでも聞いてやるべきだ。シュウとしても、愛想を尽かされるのは悲しいところがある。



「分かった。何でも言うこと聞く」



 その途端、アイリスは見たこともないような笑みを浮かべる。

 失敗したかもしれないとシュウは考えたが、吐いた言葉は戻らない。大人しく、アイリスの願いをかなえてやるべきだろう。



「じゃあ行くのですよ!」

「分かりましたよ。私は結界の発動場所に直接転移できますから、すぐに向かいましょう……私ごと窒息死させるのは止めてくださいね? 私は不老ですが不死ではありませんので」

「分かってますよー。ちゃんと結界は張るのです!」



 すっかりやる気になってくれたので、シュウとしても安心だ。不老不死の魔装を持ち、高度な魔術を扱えるアイリスはかなり強い。逃走能力の高い『鷹目』もいるので、まず安心だ。



「俺はもう行く。任せたぞ『鷹目』」

「ええ」

「アイリスも頑張れ」

「はーい」



 シュウも皇帝のいる場所は分かっている。

 霊体化して壁を抜け、消えていった。それを見た『鷹目』はアイリスに確認する。



「では私たちも行きましょうか。魔術の用意は宜しいですか?」

「先に結界をかけるのでじっとしていてください」



 アイリスは無詠唱で球状の結界を展開する。これでアイリスと『鷹目』は守られた。今回の場合、空気が得られるなら結界の強度はどうでも良い。

 『鷹目』は結界も転移対象として、転移を準備をした。



「アイリスさん。いつでも行けますよ」

「じゃあ、私は詠唱するです」

「では完了と同時に転移しましょう」



 今回、『鷹目』は魔術陣も含めて転移させるつもりだ。なので、アイリスはこの場で《無情無空コンセントレイト》を発動させる。戦術級魔術なだけあって、かなり巨大な魔術陣が浮かび上がった。

 魔力すら転移可能という、『鷹目』の技量があってこその不意打ち。

 盛大な暗殺である。



「では行きます」



 『鷹目』はそう言ってからすぐに転移した。

 景色が一瞬で変化し、アイリスと『鷹目』の前には幾人もの魔装士が魔道具に魔力を注いでいるのが見える。勿論、警護のために幾人かの兵士もいるようだ。

 そして魔装士の一人が、突然現れた二人に驚いた。



「な、何者だ!?」

「《無情無空コンセントレイト》なのですよ!」



 不意打ちで発動する魔術。

 部屋全体が窒素で満たされ、全員が一息吸って倒れた。それには『白蛇』や『若枝』も含まれる。白衣の男女が死んでいた。

 折角『若枝』が用意した薬物強化兵士も空気がなければ動けない。これが破壊の魔術なら痛みなど無視して攻撃を仕掛けてくる。依存性や肉体への負荷など、リスクもある。しかし、その薬物を投与した兵士は全て奴隷だ。大帝国の法律では問題ない。確かに危険薬物の摂取は犯罪だが、市民ではない奴隷に摂取させる分には犯罪とならない。皇帝の権力で奴隷を揃え、『若枝』はその奴隷に実験ついでの薬物投与を行ったのだった。

 尤も、無駄になってしまったが。



「おや、抵抗するまでもなく全滅ですか。呆気ないですねぇ」

「戦いにならなくてよかったのですよー」

「『死神』さんに似てきましたね」

「それほどでもないのですよ!」

「いえ、褒めているわけでは……」



 あっという間に仕事を終えてしまったことも含め、『死神』とそっくりである。シュウもアイリスに暗殺を教えたわけではないが、聖騎士よりも暗殺者としての戦いが身に付いているようだった。

 『鷹目』が確認すると、大公ヴェストも倒れていた。

 恐らく、この場所の異変はすぐに察知されるだろう。

 そして騒ぎになるはずだ。今は補充された魔力で結界が維持されているが、いずれ尽きて結界が消えてしまう。間違いなく、確認のために誰かがやってくるだろう。



「アイリスさん、そろそろ行きましょうか」

「どこに行くのです?」

「逃げますよ。帰るまでが暗殺です。シュウさんと合流しましょう。あのヒトなら今頃は暗殺を成功させていると思いますからね」



 『鷹目』は魔力感知でシュウの魔力を探す。

 すると、シュウの側にもう一つの強大な魔力がある。その魔力量から推察するに、覚醒魔装士だ。



(まさか最後の覚醒魔装士……なるほど、皇帝の護衛だったというわけですね)



 そこで『鷹目』は考えを変える。



「作戦変更ですアイリスさん。どうやら『死神』さんは覚醒魔装士と戦っている様子。私たちが代わりに皇帝を暗殺しましょう」

「同じ手でやるのです?」

「それは良いでしょうね。ただ、私も皇帝の軍議には参加したことがありませんから、歩いて向かうことになります。場所は知っていますから、近くまで転移しましょう」

「わかったのですよ! シュウさんを驚かせるのです!」



 『死神』の相棒は無邪気に笑った。





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