第101話 帝都決戦①


 皇帝ギアス・スリタルティ・ムルジフ・バラット・ノアズ・スバロキアの勅令により、帝都アルダールでの決戦が布告された。革命軍リベリオンとの戦いはこれで最後だ。勝てば大帝国は平穏を取り戻し、敗北すれば革命が成功してスバロキア大帝国は滅亡する。

 ギアスとしても威信と命をかけた戦いだった。



「布陣は?」

「完成しております」

「結界は?」

「整いました」



 戦が始まる直前の軍議で、幾つかの事実確認を行う。

 可能な準備はすべて行った。四人の覚醒魔装士を失っても、諦める理由にはならない。ギアスにはスバロキア大帝国を守護する義務があるのだ。泣き言を垂れる暇もないし、休む間も寝る間もない。革命軍リベリオンが仕掛けてくる最後の戦いを防ぎきるまで、ギアスは休めない。



「魔術儀式の用意は整っているな? 開幕で放て」



 スバロキア大帝国は魔術も研究しており、大人数による儀式で高位の術式を発動できるようにした。演算力と魔力を重ねることで、一人では使えない戦略級魔術を行使できる。通常の魔術師や魔装士が使える魔術は極大魔術と言われる第八階梯が限界だ。それを超えるために、儀式を行う。



「陛下、儀式場は全て稼働しております。さらに臨時で四つの儀式場を建造しました。合計で二十八の戦略級魔術を同時に発動可能となっております」

「……禁呪儀式場はどうだ?」

「理論上は発動可能ですが……保証はございません。しかし風の第十一階梯を用意しております」

「確か《龍牙襲雷ライトニング》だったな。あれなら帝都に被害も少ないか」



 ギアスが恐れるのは革命軍リベリオンではなく、『死神』だ。暗殺を次々と成功させる『死神』さえいなければ、スバロキア大帝国は革命軍リベリオンを瞬時に滅ぼしていた。それだけの戦力差があるはずだった。

 圧倒的な戦力差を覆すほどの暗殺者がいなければ……

 何度それを思ったか分からない。

 だが、ギアスは現実逃避を繰り返すほど愚かでもない。



「開幕で戦略級魔術を発動し、同時に禁呪の詠唱を開始する。そして禁呪が発動するにしろ発動しないにしろ、あの兵器を出せ。作戦通り、各軍団は包囲網を構築するのだ」



 革命軍リベリオン本隊に加え、全ての革命軍リベリオン連合軍が帝都アルダールへ結集しようとしている。少なくとも本隊は三日後に帝都までやってくるだろう。

 戦略級魔術の射程ならば、敵軍がまだ見えない位置にいる時でも届く。地平線の向こうに滅びを届ける大魔術だ。ただの一発で戦況を変化させる性能ゆえに、戦略級と位置付けられている。皇帝が期待するだけの威力はあるのだ。

 それで終われば良い。

 終わらなければ禁呪を使う。

 そして上手く禁呪が使えなければ、スバロキア大帝国の国宝にして切り札を使うしかない。



「魔術攻撃の余波から帝都を守れ……結界を展開せよ!」



 ギアスは命令の下準備を命令する。

 今回、多くの魔装士は巨大な帝都を保護するための結界維持に使われている。戦力ではなく、魔力タンクとしての役目を与えられた。

 全ては迎撃という消極的な戦いのため。

 長きに渡って侵略を続けてきたスバロキア大帝国は、久しく防衛戦をすることは無かった。その備えはされていたとはいえ、誰も経験のないことである。慎重になるのは仕方ない。

 勿論、慎重なだけではない。

 攻撃力は魔術と切り札で充分だと判断されたのだ。革命軍リベリオンには覚醒魔装士すら暗殺する『死神』がいる。それを考えると、下手に魔装士を動かすより大魔術で決めた方が安心できる。



(ふっ……俺も随分と臆病になったものだ)



 貴族のほとんどを殺され、大帝国の本土を賊軍に荒らされ、秘匿されていた覚醒魔装士すら殺された。さすがのギアスも自信を無くす。



(だが、ここさえ乗り切れば……)



 勝機は見えている。

 焦る必要はない。慌てる必要もない。

 いつも通り、強い皇帝を魅せればよいのだ。



「全ての魔術儀式場に通達。土の第十階梯《大隕石メテオ》を詠唱せよ!」



 不意打ちで革命軍リベリオンを滅ぼす作戦が始まった。







 ◆◆◆






 帝都アルダールを目前にした革命軍リベリオンは最後の作戦会議を行っていた。この戦いで勝利すれば、スバロキア大帝国は事実上崩壊する。つまり革命が成功する。

 虐げられてきた属国は、その圧政から解放されるのだ。



「明日、総攻撃を仕掛けよう」



 レインヴァルドの言葉に、各国の指揮官たちは頷いた。

 この連合軍には全部で九か国が参加している。元々、スバロキア大帝国が従えていた属国は十六だ。ここにいない七か国の軍は、大帝国によって壊滅的な被害を受けたので参加できない。

 しかし、九か国でも充分だ。

 それぞれが一万以上の兵を出し、合計で十万を超える大軍団となっている。

 質を揃えることのできない革命軍リベリオンは、大軍によって包囲するしかない。つまり、単純な総攻撃は理に適っていた。



「しかしレインヴァルド王よ。単純な包囲であの城壁を崩せるとは思えん。それはどう考えている?」

「別動隊を遣わす」

「だが別動隊といっても……帝都には強固な結界があると聞いているが」



 そう意見するのは指揮官の一人だ。彼もレインヴァルドと同じ国王であり、本国を王子に任せて自ら軍を率いている猛者だ。

 彼の言った通り、帝都アルダールの守りは強固である。

 そうでなければあの皇帝が帝都での迎撃作戦を認可することはない。



「百人の精鋭からなる別動隊を送り込む。一つの班が十人。つまり十班の精鋭を全方向から一斉に侵入させる。その選別は幾人かの軍師に任せた」

「初めて聞かされたがな」

「ああ、今公表した。革命軍リベリオンに大帝国の間諜がいることは分かっている。だからこの計画は私と側近の数名しか知らない」

「せめて我々には教えて欲しかったですね」

「全くだ」



 幾人かの王が文句を漏らすが、レインヴァルドの言っていることも真実だ。革命軍リベリオンの進軍ルートは察知されており、これまでも何度か奇襲を受けてきた。特に覚醒魔装士による奇襲で大打撃を受け、幾つかの国軍は参戦不可能となったのだ。

 そういった経験もあるので、レインヴァルドはリーダーとして秘密の部隊編成を行った。

 適当な理由を付けて十人の軍師を呼び出し、それぞれに十人の精鋭を選ばせた。そして十人の精鋭はここで作戦が認可されるまで自分たちが集められた意味を知らない。それほどまでレインヴァルドは警戒し、この最後の作戦に賭けていた。



(尤も、その百人すら囮なのだがな)



 革命軍リベリオンが用意できる精鋭など高が知れている。それに、ここで作戦を話した以上、すぐに大帝国軍にも情報が洩れるだろう。それほどスバロキア大帝国は優れている。どこに間諜が紛れ込んでいるのか分からない。

 表向きの秘密作戦をここで公布し、レインヴァルドと側近だけが知る十一番目の精鋭部隊を秘密裏に送り込むのだ。



(任せたぞ『死神』)



 レインヴァルドと個人的な繋がりのある『死神』こそ、革命軍リベリオン最強の精鋭だ。その精鋭にスバロキア大帝国を一強支配する皇帝と四大公の暗殺を依頼した。

 今、スバロキア大帝国は貴族のほとんどを失っている。皇帝の血族たる四大公家さえ滅ぼし、同時に現皇帝を消せばスバロキア大帝国は機能しなくなる。革命軍リベリオンの勝利だ。



「よかろう。私はその作戦を認めよう」

「私もだ」

「俺も認める」

「囮となる我らは、戦い方を考える必要があるな」

「うむ」

「結界を壊すフリでもしなければならんぞ?」

「そもそも精鋭部隊はどうやって結界を抜けるのだ?」

「陽魔術を使うのだろうよ。短時間なら穴を開けられる」



 概ね、他の国の指揮官も賛成のようだ。

 そしてレインヴァルドの計画に気付いた様子もない。大陸の命運を分ける大戦の結末は、暗殺者によって決まる。そんなことを権力者たちが認めるはずない。『死神』が皇帝と大公を暗殺した後、そのどさくさで革命軍リベリオンの手柄に仕立て上げる。ここまでが『死神』との契約だ。

 『死神』ほどの実力者なら、間違いなく成功させるだろう。

 世界が恐怖する冥王でもあるのだから。



「では、我々は陣地で散っておこう。これが最後の軍議だ」



 レインヴァルドの号令に従い、この場にいる指揮官たちは立ちあがる。ここにはレインヴァルドを含め、国王や大統領のような国家代表も幾人かいる。一か所に固まって魔術で一網打尽にされた場合、革命軍リベリオンは終わりだ。

 そのため、軍議が終われば急いで散る必要がある。革命軍リベリオンは各国の国軍――正確には警備軍と民兵だが――の連合だ。ここに集まった各国からの指揮官は、それぞれの陣地に戻る。

 しかし、一歩遅かった。



「失礼します!」



 息を切らせて天幕に一人の男が入ってきた。彼はレインヴァルドの部下であり、緊急時ではレインヴァルトに直接謁見する権利を有している。

 彼が入ってきたということは、危機的な何かが起こったということだ。

 レインヴァルトたち九人の指揮官と、付き添いの側近たちは緊張の表情を浮かべた。

 男は息を整える暇もなく、事態を告げる。



「そ、空に魔術陣が……規模からして戦略級魔術です!」

「狙いはどこだ!」

「我らの陣地全てです」



 一体どういうことかとレインヴァルトは思考を巡らせた。

 戦略級魔術とは、第十階梯魔術のことだ。その威力は、一撃で千人以上を殺害可能とされている。だが、逆に言えばその程度だ。革命軍リベリオン陣地の全てを破壊できる魔術ではない。



「どういうことだ?」

「合計で二十八の魔術陣が……戦略級魔術が二十八も同時に!」

「なんですって!?」



 叫んだのはこの中で一番臆病な人物だった。小さな属国の臨時代表であり、彼はあまり戦争が得意とは言えない。革命のゴタゴタで国を統治していた代表が死に、今は臨時として彼が務めているに過ぎない。彼は政治能力こそ素晴らしいが、戦いは苦手なのだ。同時に、死にたくないという思いも人一倍強い。



「早く、早く逃げなければ……」



 逃げなければならないと言っても、どこに逃げるというのだろうか。

 戦略級魔術は一度の発動で千人を殺害するとされる。重軽傷者を含めればさらに被害は膨らむだろう。二十八の戦略級魔術が発動したとすれば、単純に二万八千人が死ぬ計算だ。死者以外の被害を含めれば、革命軍リベリオンの壊滅は必至である。

 絶望的な力の差によって、革命軍リベリオンは消滅するかと思われた。









 ◆◆◆










 依頼を受けたシュウは、アイリスと共に帝都付近まで来ていた。

 そして勿論、側には『鷹目』もいる。彼は皇帝と大公の居場所を突き止めるため、シュウとアイリスに付き添うことになっている。

 三人は革命軍リベリオン陣地の上空で輝く二十八の魔術陣を眺めていた。



「あれは……《大隕石メテオ》か」



 シュウは魔術陣の構成を見て魔術を看破した。

 しかし、合計で二十八の隕石落下は革命軍リベリオンではどうしようもない。シュウとしては革命軍リベリオンが消滅するのは計画外だ。そこで死魔法により魔術を殺そうとする。

 だが、右手を伸ばしたシュウを『鷹目』が止めた。



「お待ちください。ここは私がやりましょう」

「お前が?」

「忘れていませんか? 私も覚醒魔装士なんですよ」



 そう言った『鷹目』が、革命軍リベリオン陣地のある東の空を見る。すると、既に魔術陣からは二十八もの巨大隕石が生じていた。それは重力に従い、落下する。



「《大隕石メテオ》で助かりましたよ。私でも楽に対処できますから」



 『鷹目』の魔装は特殊な領域型だ。行ったことのある場所に転移が可能という、移動に特化した能力である。しかし、転移は魔術で再現することのできない類のものだ。貴重な能力ということである。

 そして覚醒に至ったことで、魔装の力はさらに強化された。

 魔力さえあれば転移距離や位置の制限がなくなった。

 つまり、行ったことのない場所でも座標演算によって物体や自分を移動できるのだ。尤も、座標演算による移動はリスクを伴うため、自分に使うことはない。ミスをすれば岩や地面や木の中に埋まってしまう。そんなしょうもない死に方は誰もしたくないだろう。

 今回の場合、『鷹目』は二十八の隕石を全て転移させた。

 それも帝都の上に。



「っておい! アイリス!」

「はいです!」



 アイリスは陽魔術を使って結界を張った。三人は帝都のすぐ側にいるため、《大隕石メテオ》の余波を受けてしまう。それを防ぐための結界だ。

 一方、帝都アルダールも大量の魔装士や魔術師による大結界が張られている。結界そのものは魔道具によって生み出されているため、魔力を流すだけでよい優れモノだ。ちなみに、これらは『白蛇』が開発した魔道具である。

 隕石は次々と結界に衝突し、激しい音と共に岩が飛び散る。

 頑丈な結界は隕石を完全に防いだが、綻びができたのは間違いない。



「アイリスさん。今なら簡単に結界を破れますよ」

「はいはい。どうせ『鷹目』さんの転移で侵入するから意味ないのですよ」

「ははは……そうですねぇ」



 シュウは呆れた様子で『鷹目』に命令した。



「サッサと転移しろ。まずは大公を殺す」

「わかりました」



 三人の姿はすぐに消えた。






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