第10話 就任式典


 幾度となく太陽が昇り、沈んだ。

 シュウは相変わらず森を漂い、見つけたハグレ魔物を討伐する生活を続けている。流石に精霊エレメンタルから進化する様子はないが、別に構わないと思っていた。ここで生活するには充分だからである。



(ん? この魔力はアイリスか?)



 大きな魔力が接近しているのを感じ取り、シュウはすぐに実体化した。すると数十秒後に、草を掻き分けてアイリス・シルバーブレットが現れる。



「見つけましたよシュウさん! 一か月ぶりです!」

「そうなのか?」

「そうなのです!」



 アイリスはすっかり身長が伸び、大人っぽさが出ていた。体のラインを隠すためか、ゆったりめの服装をしている。紺色がメインのドレス風ローブと言った方が良いだろうか。一見すると魔女のような姿をしていた。

 実に二年。

 これがアイリスとシュウが出会ってから経過した時間である。

 尤も、シュウには時間的感覚がないので、アイリス談ではあるが。



「何がもう教えることはない、ですか! 私はまだあの魔術を教えて貰っていません!」

「《斬空領域ディバイダー・ライン》のことか? アレは教えるつもりないな」

「いいじゃないですかー! 可愛い弟子に秘術の一個ぐらい教えてくれたっていいじゃない!」

「誰が可愛い弟子だ。そもそも第七階梯まで習得したなら充分だろ」



 シュウはやれやれと言った様子で困り顔を浮かべる。

 二年ほど前に魔術に対するヒントを与えたシュウだったが、あれからアイリスは数日に一度はエルデラ森林へとやってくるようになった。

 持前の方向音痴で迷子になっているところをシュウに何度も発見され、その度に魔術について教えを乞うていたのである。シュウとしてもエルデラ森林奥にある魔物集落を見つけられても困るので、手早く追い返すためにも軽く教えていたのだ。

 甘いかもしれないが、シュウにとっても意外な暇つぶしになったのである。

 アイリスは次々と魔術を習得し、上位魔術と呼ばれる第七階梯までしっかり会得してみせた。あの落ちこぼれが為した快挙である。



「そもそも《斬空領域ディバイダー・ライン》は仕組み上、俺にしか使えない。諦めるんだな」

「そんなのやってみないと分からないです!」

「無理なものは無理なんだよ」

「教えてくださいー!」



 《斬空領域ディバイダー・ライン》は原子一個分の極薄領域で魔導『吸命』を発動し、魔力を奪い去ることで効果を発揮できる。相手の体内にある魔力を取り除けなければ、魔力干渉によって上手く魔術が発動しないからだ。

 その魔力吸収をアイリスは出来ないので、《斬空領域ディバイダー・ライン》は使えない。

 しかし、アイリスは頑固だった。



「私は決めたのです。教えてくれるまでシュウさんから離れません!」

「それは普通に迷惑だ」

「ふっふっふ。だったら早く教えるのです!」



 コイツは本当に十五歳なのか? とシュウは思う。

 頭の中が完全にお子様である。

 仕方ない。

 シュウはそう考えて《斬空領域ディバイダー・ライン》を魔術陣で展開した。二年に渡る魔力制御の訓練によって、効果範囲は広がっている。シュウを中心として二十メートルに魔術陣が広がった。



「いいかアイリス」

「はいです」

「俺は教えるつもりなんてない。使いたければ盗んでみせろ」



 シュウはそう言って《斬空領域ディバイダー・ライン》を発動させる。すると分解魔術が極薄の領域で発動し、次々と分子結合を分解した。魔術陣範囲の木々は一瞬で切り裂かれ、大きな音を立てながら倒れる。

 今回は対象が無生物なので魔導を組み合わせる必要はない。

 ただ分解魔術を薄く全方位に板状で展開すれば、まるで空間上に斬撃が走ったかのようになる。

 アイリスは目を輝かせた。



「凄いです! 何が起こっているかさっぱり分からないです」

「だろうな」



 人間たちは魔術陣の規則性について詳しくない。物理的な性質ではなく、四元素二極による分類をしている弊害だろう。

 簡単な魔術陣ならばある程度問題ないようだが、複雑な陣になると解析不能となる。



「やり方を教えてください」

「教えないと言っているだろう。俺はこの魔術を独自に開発した。なら出来ないことはないハズだ」

「それは無茶です。私のような落ちこぼれには出来ないのです!」

「いや、第七階梯まで会得したから飛び級で卒業したって言ってただろ」

「一度留年しているので相殺ですよ」



 アイリスは既に魔装士候補生ではなくBランク魔装士アイリス・シルバーブレットなのだ。

 ただし、一度留年してから飛び級したので同級生たちと同じタイミングで魔装士となった。進路としては軍ではなく教会に所属するそうだ。

 だからこそ、シュウは自分からアイリスを遠ざけようとしていた。

 シュウは魔物であり、アイリスは教会の人間。

 所詮は相容れない者同士なのである。



「ともかく、これ以上、俺に会うのもやめろ。それが互いにとって幸せだ」

「えー、なんでですかー?」

「教会の聖騎士になるんだろう? だったら俺に構っている暇はないハズだ」

「まだ配属はされていないので、教わるなら今がチャンスなのです」



 二年間で分かってはいたが、アイリスは頑固だ。これは折れないし、いつまで経っても帰ってくれないだろう。このまま魔物たちの集落に連れていくわけにもいかないので、少し妥協することに決めた。



「分かった。偶にそっちに行ってやる」

「ホントですか!」

「アイリスはイルダナの教会に所属するんだよな?」

「はいです。地元で就職する予定ですから」



 イルダナというのはエルデラ森林のすぐ側にある大都市だ。森を出れば見てわかる位置にある。そこそこ強い中位ミドル級魔物もいるので、ここの聖騎士や軍は積極的に魔物を狩っている。シュウも討伐はされたくないので、魔物集落がバレないように、自分から会いに行くことにしたのだ。

 実体化すれば人間と変わりないので、魔物だと気付かれる心配もない。



(それに、そろそろ人間の情報も集めたい。街に入るいい機会だ)



 二年の間でアイリスからある程度の情報は貰った。

 特に、魔物を脅威と定める魔神教は注意が必要である。



「今日は帰れ。今度行ってやる」

「分かりました。だったら五日後に来てください! その日は教会で聖騎士の就任式があります。私も出るので見に来て欲しいです」

「分かった分かった」

「絶対ですよ! 約束破ったらこっちから押し掛けるです!」



 それだけ言ったら満足したのか、アイリスは去っていった。

 そして魔力感知でも遠く離れたのを確認してから、シュウは霊体化する。



(五日後か。忘れないようにしないとな)



 最近は日付感覚が無くなっているので、うっかり忘れそうだ。そして忘れるとアイリスが押しかけてくるらしいので、面倒なことになる。

 シュウはそんなことを考えつつ、集落へと戻るのだった。










 ◆◆◆










 五日後、シュウはイルダナへとやってきた。ここは薬草の加工が盛んな都市で、エルデラ森林で採取できる薬草が重要な資源となっている。元から肥沃な土地が多いラムザ王国の中でも、薬草が大量の群生しているのはこの辺りだけなので、国としても色々お金をかけている。

 例えば、魔装士育成機関をイルダナに設置することで、魔物に対処できる魔装士をたくさん輩出している。また、魔神教にも多額の寄付をすることで、聖騎士を常に置いてもらっていた。

 エルデラ森林も奥の方は魔物にとって安全な場所だが、浅い部分では聖騎士がよく見回っているので割と危険だったりする。

 しかし、シュウは関係ない。

 実体化して人の姿を取れば、人間にしか見えないからだ。



「しかし、完全にお祭り騒ぎだな」



 服装を弄ったシュウは一般市民に紛れるような恰好をしている。足首まである丈の長い服を着て帯を締め、上から黒い上着を纏った姿をしていた。精霊エレメンタルにとって服も自分の霊体である。そこは割と自由に弄れると最近気づいた。

 そして今日は新人魔装士が聖騎士に就任する日だ。

 候補生卒業者の中でも、特に優秀な者だけが聖騎士になることを許される。ランクの基準で言えば、最低でもBランク魔装士でなければならない。そして将来的にはAランクにも届き得るという伸びしろも見られるのだ。かなりの狭き門である。

 ちなみに、魔装士の才能は百人に一人、そしてBランク魔装士はその中でも十人に一人の才能だ。また、全てのBランク魔装士が聖騎士になれるわけでもないので、その難しさがよく分かる。



「あれが就任式のあるイルダナ大聖堂だな」



 就任式は間もなく行われるらしく、かなりの人が集まっている。大聖堂は高さ数十メートルの巨大建造物であり、遠くからでも簡単に見つけることの出来るイルダナのシンボルだ。迷うことなくいけそうだが、人が多すぎて中々進めない。

 移動魔術を使って空中を移動すれば楽に向かえるのだが、都市部で勝手に魔術を使って良いのかは不明であるため、控えていた。



「時間的にはギリギリか」



 就任式は太陽が一番上に昇った時に始まる。

 久しぶりに感じる時間的焦りを懐かしみながら、シュウは大聖堂へと向かうのだった。









 ◆◆◆









 就任式は大聖堂の中ではなく、その手前にある広場で行われる。より正確には、魔神教司教による就任の儀は午前の内に完了されており、これから行われるのは一般に向けた披露だ。

 用意された舞台の周囲には既に多くの民衆が集まっており、新しい聖騎士たちに注目している。

 舞台に並んでいるのは五人。

 魔装士学園を卒業した新人たちの中でも、特に優秀だった者たちだ。勿論、優秀な者の中には軍に所属する者もいるので、この五人だけが特別だったわけではない。しかし、聖騎士というのはとにかく強い魔装士がなれる職業なのだ。

 民衆からの憧れや人気も高い。



(うぅ……緊張するなぁ)



 その五人の中で、アイリスは初めての大舞台に緊張していた。元は留年すらした落ちこぼれ魔装士も、今やエリート聖騎士なのだ。感慨深いものである。

 そしてアイリスは、それが全てシュウのお陰だと思っている。



(シュウさんは見に来てくれたかな~)



 首を動かさないように、目だけで周囲を見渡す。流石にこの人数ではシュウがいるかどうかは分からない。

 そしてシュウを探している内に太陽は真上に昇り、就任式一般披露が開始された。

 奏楽隊による演奏が広場を包み、イルダナ大聖堂を統率する司教が姿を見せる。

 既に就任の儀は終わり、聖騎士の制服を授与されたので、新人聖騎士たちは立っている以外することがない。よってアイリスは司教の話を無視してシュウの姿を探し続けていた。

 それでも見つからなかったので、アイリスはこっそり魔力感知を使う。

 シュウは高位グレーター級の魔物なので、かなりの魔力量を持っているのだ。これだけの民衆がいたとしても、シュウほどの魔力があれば魔力感知で判別できる。



(……うーん。違うなー)



 イルダナにはAランクの魔力量を持った魔装士もいるのだ。簡単に見つかるわけではない。だがそれでも根気よく探していると、広場の端にある木の上から大きな魔力反応があった。

 視線だけ向けると、遠目でも分かるシュウの姿がある。

 別に黒髪黒目は珍しいわけでもないが、アイリスにはすぐにシュウだと判別できた。



「見に来てくれたんだ」



 誰にも聞こえないように呟いたアイリスは、密かに笑みを浮かべる。

 まるで師匠から門出を祝ってもらった気分だ。

 その日、アイリス・シルバーブレットは聖騎士となった。








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