第9話 人の魔術


「で、お前はここで何をしていたんだ?」

「はい、実は補習による点数補填も虚しく、留年してしまったのです」

「なんだ。馬鹿アピールか」

「違います」



 魔装士候補生がどういった基準で評価されているのかは不明だが、留年ということは落ちこぼれたということだろう。

 そういえば魔装は自分が死なないという効果だけであり、魔術も使えなかったと言っていた記憶がある。魔装士として考えるならば役立たずもいいところだ。魔力量は高いらしいが、使えないのならば宝の持ち腐れである。



「で? なんでまたエルデラ森林に?」

「はい。実はシュウさんを探していました」

「俺を? 何故?」

「実は私に魔術を教えてほしいのです」

「……はぁ?」



 どうして自分なのだとシュウは首を傾げる。教わりたいならば学校の教師にでも教えてもらうのが一番良いハズだ。

 そんな態度を取っていたところ、アイリスは理由を説明し始めた。



「学園の先生たちはDランク魔装士です。使える魔術は一番凄い人でも第四階梯までです。しかし、シュウさんはこの前、第六階梯クラスの魔術を使ってました。だから、私はシュウさんに教わりたいのです!」

「そう言われてもな……俺の魔術は独学だ。教えるつもりはないぞ」

「アレで独学なんですか!? 確かに、魔術は魔装と違って一般人でも習得可能です。しかし、あれほどの魔術を独学でなんて……」



 それを聞いてシュウは『ん?』と声を出しかけた。

 初めて知ったが、どうやら魔術は魔装士でなくとも使える技術であるらしい。それに、一般人が独学で魔術を使うこと自体は、不思議でもないようだ。

 ならば、アイリスを情報源に出来ると考えて、シュウから質問を投げかける。



「そういえば、魔装士が使う魔術ってどんな体系なんだ? 詳しくは知らないんだが」

「はい? そうなんですか?」

「ああ、独学だからな」

「ならば仕方ないですね。私が少しだけ教えてあげます」



 どうやら不審に思われることなく情報を引き出せそうだ。

 シュウは真面目な表情を浮かべつつ、アイリスの説明に聞き入った。



「魔術というのは四元素二極に分けることが出来るのです。炎、水、風、土の元素に加えて、それぞれの元素に陰と陽の極があるのですよ。炎が『滅び』と『活性』、水が『腐蝕』と『癒し』、風が『破断』と『守り』、土が『崩壊』と『誕生』です。それらを魔力で引き出し、理に干渉するのが魔術なのです」

「ほー。なるほどな。四元素二極か」

「基本的にはどの属性でも使えますけど、大抵の人は得意な属性が決まっています。私の場合は風なのです」



 シュウからすれば、そんな曖昧な概念で魔術が使えるのかと疑問に感じる。しかし、実際に使えているのだから可能なのだろう。



「魔術発動には詠唱が必要です。詠唱によって魔術陣を完成させれば、魔術が発動します。無詠唱という技術も存在するのですが、私には無縁なのです!」

「威張ることか?」

「私でなくともほとんどの人は出来ません! シュウさんはこの前、無詠唱を使っていましたよね。アレって凄いことなんですよ!?」



 そういえば、魔術を使っている人間は発動前にブツブツと呟いていた。シュウはそのことを思い出す。アレが詠唱だったのだろうと気付いた。

 シュウが解釈している魔術は、魔力と思考力が重要となる。

 どうやら、人間の考えている魔術とは少し違うらしい。



「属性はその四つだけか?」

「はい。基本はこの四元素です。でも、一部の人は二極の魔術を使うことが出来ます」

「二極の魔術? どういうことだ?」

「例えば陰の魔術は『滅び』『腐蝕』『破断』『崩壊』の性質です。これらは呪いや破壊などの力が強く、俗に陰魔術と言われています。陽の魔術は『活性』『癒し』『守り』『誕生』の性質で、回復や結界の力が強く、陽魔術と呼ばれているのです。この二つを使えるのは本当に希少な才能を持っている人だけですね」

「なるほどな。そういう風に分類しているのか」



 これは恐らく、人間の自然に対する解釈のせいだろう。

 自然現象を法則と数字で観察するのではなく、概念として理解しているのだ。例えば、炎は人に温かみを与えると同時に破壊の象徴でもある。水は人を癒し養うが、モノを腐らせる。

 このように自然に対して二面性を当て嵌めているのだ。

 これら四つの属性に対して、人にとって良い面となる陽、人にとって悪い面となる陰の二極を加えているのが、人間の魔術なのだろう。

 方法論が全く違うので、シュウと人間の魔術が全く違うのも当然である。



「なら、階梯ってのは?」

「それは魔術の格です。気にするのは魔装士ぐらいなので、一般の方はあまり気にされませんね。第一階梯から第二階梯を下位魔術、第三階梯から第四階梯を中位魔術、第五階梯から第七階梯を上位魔術、第八階梯を極大魔術と言います」

「第九階梯以上はないのか?」

「ありますけど、第九階梯は戦術級魔術、第十階梯は戦略級魔術、第十一階梯から第十四階梯は禁呪なんて呼ばれている軍事用の大魔術です。Sランク魔装士でも一人で発動できる人なんて殆どいませんよ。まして禁呪なんて発動に生贄が必要だと聞いたことがあります。なので気にするだけ無駄ですね」

「なるほどな。第十四階梯まであるのか」

「伝説では第十五階梯……神呪なんてのもありますけど、どんな効果の魔術なのかすら分かりませんし、そもそも存在しないと主張する人もいます。ちなみに私は存在を信じる派なのです」

「ふーん」



 正直な話、そんな風に分けて意味があるのだろうかとシュウは思う。そういった階級の分類は分かりやすくて良いが、実戦で使えるかどうかが最も大事だ。

 そしてアイリスは前に会った時、シュウの《斬空領域ディバイダー・ライン》を第六階梯クラスだと言っていた。今の話に当てはめれば、上位魔術に相当していることになる。

 魔術陣の大きさは、そのまま魔術の規模と強度なのだ。

 恐らく、間違いではない。



「学園では第四階梯まで教えてもらうことが出来ます。それ以上は自主的に調べるか、伝手を頼って現役魔装士の方に教えてもらうしかありません。まぁ、風の第一階梯も安定して発動できない私には縁のない話なのです」

「だから威張るなよ」



 年齢の割に成長した胸部装甲を張って自慢するアイリスからは、そこはかとなくポンコツな香りがする。そこそこ美人なだけに、余計台無しだった。



「はぁ……まぁ頑張れよ。色々教えてくれたことは感謝する。じゃあな。気を付けて帰るんだぞ」

「はいです。シュウさんも気を付けて」



 シュウはアイリスに背を向けて森の奥に戻ろうとする。

 だが、手を振ってシュウを見送ろうとしていたアイリスは、何か思い出したかのように叫んだ。



「……って、ちょっと待って下さい! 私に魔術を教えてください!」

「ちっ、覚えていたか」

「舌打ち!? 今、舌打ちしましたよね!?」

「気のせいだ。じゃあな」

「だから待って下さい!」



 話を聞くだけ聞いてさっさと帰ろうとしたのだが、アイリスは誤魔化されなかったらしい。すごいスピードでシュウに走り寄り、がっちりと腕を掴んだ。



「お願いします~! もう来年は留年したくないんです!」

「いや、普通に努力しろよ」

「努力はしてますよ~」



 泣きそうになっているアイリスを見れば、流石のシュウも断り辛い。

 如何にポンコツとはいえ、見た目は可愛い少女なのだ。

 シュウも少しは妥協することにする。



「わかった。わかったから。ヒントぐらいはやる。後は自分でやれ」

「ほ、ほんとですか!」



 そう言うとアイリスはシュウの腕を離し、目を輝かせた。実は嘘泣きだったのではないかと疑いたくなる。恐らくは彼女が単純なだけだろうが。



「それでだ。アイリスが使いたいのはどんな魔術だ?」

「はい。風の第一階梯《衝撃インパクト》です。不可視の一撃を遠距離に飛ばす術ですよ! 風属性の基本なのです」

「恐らくは衝撃波か……それなら空気の圧縮が必要だったっけ。空間設定と加速魔術でいけるな」



 シュウは術の構成を頭で組み立て、右手を突き出して魔術陣を描く。

 加速魔術は既に解析済みなので、イメージするだけですぐに描けるのだ。後は魔力を流せばよい。今回は加速する対象が固体ではなく気体だ。しかし、それは分子間結合力に差があるだけなので、加速対象を分子レベルで定めておけば問題にならない。



「こうか?」



 発動した術によって空気分子が一方向に加速され、音速に達した。これによって空気が急激な圧縮を受け、その収縮によって疎密波が発生する。それが衝撃波となって打ち出され、的として選んだ木を大きく揺らした。

 木の表面にはちょっとしたへこみが出来ている。



「それです! 無詠唱なんてすごいです!」



 アイリスは興奮しているが、シュウは説明のために見せたかっただけだ。ここからがヒントになる。



「今、何が起こったか分かるか?」

「風の力を集め、打ち出したんですね!」

「なら、風とはなんだ?」

「……え、えーと」

「風はいったい何でできている?」

「わ、分かりません」

「だろうな」

「だったら何で聞いたんですかーっ!」



 今の質問は、あくまでも確認のためだ。衝撃波が発生する仕組みについて、アイリスはあまり理解していないらしい。ならばどうやって《衝撃インパクト》を発動させるかだが、それは結果をイメージしているのだろう。

 魔力は生物の思考を伝達する。

 術者がイメージする結果を世界に伝達し、それを世界が組み立てることで魔術が発動しているのだ。

 例えるならば、『2』という答えを先に知らされて、世界が『1+1』を組み立てるようなものである。

 これは答えが『10』になれば『2+3+5』『2×5』など、組み立て方が増えていく。その組み立て方を補正するために詠唱が存在しているのだ。つまり、『1000』や『10000』のように大きな結果を出す魔術であるほど、詠唱は長くする必要がある。

 逆に術者が『2+3+5=10』という組み立てをしておけば、詠唱など必要ない。

 これが大まかな仕組みだろうとシュウは理解した。



「魔術というのは結果よりも過程が大事だ。つまりお前は、風が何であるかもわからず風の魔術を使おうとしていたってことだな。そりゃ、発動できるわけないだろ」

「う……」

「詠唱はただの言葉じゃなく、意味があるはずだ。それを一つ一つ心に浮かべれば、下手くそでも魔術の発動ぐらい出来るだろ。多分な」

「多分ですか」

「多分だ」



 シュウのアドバイスは、アイリスからの話を参考にして自分なりの解釈を加えたものだ。寧ろ、これでアイリスが魔術を使えるようになるならば、シュウの仮説が証明されたことになる。

 アイリスはシュウのアドバイスに従い、詠唱の言葉を一つずつ心に浮かべ、意味を考えながら発動し始めた。

 ブツブツと小声で詠唱していると、徐々に魔術陣が完成されていく。



「《衝撃インパクト》!」



 魔術は発動され、ちょっと強い風が吹いた。

 アイリスは目を丸くする。

 シュウは溜息を吐きながらダメ出しした。



「今のは結果のイメージ不足だな。集中を切らすなよ」

「はい……」



 結局、シュウはアイリスが《衝撃インパクト》を安定的に発動できるまで付き添うのだった。













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