第8話 落ちこぼれ


 頭を上げた少女は、次に自己紹介を始めた。



「私はアイリス・シルバーブレットと言います。魔装士候補生です」

「なるほど。実地訓練で森に来たのか」

「はい……といっても補習なんですけど……」

「補習?」

「私、落ちこぼれで留年の危機なんです。それで点数を補填するために、森で薬草採取する実地演習をすることになったんです」



 アイリスは十代前半の見た目をしている。学生と言うのは本当だろう。若干、身体の一部が年齢に見合わない成長を見せているようだが、それは置いておく。黒髪と綺麗な黄金の瞳が特徴的な美少女だった。

 そんなことを語るアイリスに対して、シュウは首を傾げた。



「なら、なんで森の中層まで来ているんだ? 薬草は森の浅いところに群生している。こんなところで何しているんだ?」

「ふぇっ!? 私、いつの間に奥まで……」

「……」



 シュウは察した。

 この娘は方向音痴なのだと。



「お前、一人で帰れるか?」

「じ、自信ありません」

「方向音痴を自覚しているだけ、まだマシか……」



 このまま一人で返してまた迷子になられても困る。魔物に遭遇して死んでしまった寝覚めも悪い。シュウは別に人間が嫌いなわけではないのだ。元は人間だった知識もあるので、多少は同情できる。



「分かった。森を出る所まで送っていこう」

「いいんですか!?」

「そこまで薄情じゃない。こっちだ」



 シュウはそう言って歩き始めた。アイリスは慌てて付き従う。

 すると、少しは余裕が生まれたのか、アイリスはシュウに質問を始めた。



「そういえばシュウさんは魔装士なんですか? さっき、空から落ちてきましたよね。もしかしてそういう能力なんですか?」

「さあな?」

「あ、でも風属性の第四階梯に《空翔フライ》がありましたよね。もしかしてそれですか?」

「秘密だ」



 シュウとしては別に仲良くするつもりなどないので、アイリスの質問は軽く受け流す。

 すると、質問には答えてくれないと悟ったのか、アイリスは自分のことを話し始めた。



「私は去年から魔装士候補生になったんですけど、魔力の操作が苦手なんです。魔術も風の第一階梯衝撃《インパクト》しか使えないし、その《衝撃インパクト》も焦るとすぐに失敗しちゃうし……だから落ちこぼれなんて呼ばれているんですよ」

「へー」

「でも、魔力量はAランクです! これだけは自慢なんですよ!」

「Aランクね。それは多いな」

「同級生の中では一番です」



 魔装士は魔力量、魔力操作能力、魔装強度などの項目で判定される。これらの総合によって、魔装士候補生卒業後のランクが決定されるのだ。

 アイリスの魔力量がAランクというのは、かなり凄いことなのである。



「でも、私ってなんでか魔力操作できないんですよ。いつまでたってもF判定なんです。せっかく、沢山の魔力があるのに魔術が使えないんです」

「魔装があるだろ。別に魔術だけにこだわる必要はない」

「いえ、私の魔装って攻撃能力は全くないんです」

「そうなのか?」

「はい」



 魔装は魔力の力を具現化し、固有能力を発現させるというものだ。具現化した力は、高確率で武器や防具などの見える形に収束する。その場合は、必ずと言ってよいほど攻撃能力があるのだ。

 しかし、そうでないこともある。



「私の魔装は拡張型です。私自身を力の核として具現化しています。能力は不老不死。魔力の限り、私はどんなにダメージを負っても死にませんし老いません」

「滅茶苦茶じゃねーか」

「はい。ですが攻撃能力はないので、魔術を習得しなければ役立たずの魔装士なんです」



 シュウも流石に驚いた。

 まさか不老不死という魔装まであるとは思わなかったからだ。

 これまでは人間に関わることを避けていたが、ハッキリと調査した方が良いかもしれないと思い始めた。せっかく、精霊エレメンタルとなって実体化できるようになったのだ。

 いずれは人間に紛れて、知識を集めた方が良いかもしれない。



「不老不死か……」



 そういえば自分はどうなのだろうとシュウは考える。霊系魔物であるので、恐らく老いとは無縁だ。不死ではないが、不老ではある。

 幽霊ゴーストになってから一年ほど経つが、少し生き急ぎ過ぎていたと感じていた。

 時間はたっぷりあるのだ。

 少しぐらい、無駄に過ごす時間があっても良いだろう。

 そう思うと、少し気持ちに余裕が生まれた。



「ところでシュウさんはやっぱり魔装士なんですか?」

「秘密だ」

「ええーー」



 アイリスは子供のように頬を膨らませる。

 いや、そもそも十代前半なので子供だ。魔装士候補生は十二歳からなれるので、一年目のアイリスはそれぐらいの年齢となる。



(まぁ、相手は子供だ。真面目に答える必要もない)



 如何に相手が子供とは言え、シュウは自分が不利になるようなことを教えるつもりはない。今日は謎の青年に出会ったということで納得して貰うのが一番だ。

 アイリスが一方的に質問し、シュウがそれを華麗に受け流すというのをしばらく続け、二人はようやく森の浅いところまで戻ってきた。



「もうすぐだな。そこまで送ればお別れだ」

「え? シュウさんは街に戻らないんですか?」

「お前を送るためにわざわざ来ただけだ。俺にもやることはある」

「ご、ごめんなさい」



 嘘だ。

 シュウはものすごく暇である。

 しかし、暇だとバレるとまた質問攻めされそうなので、シュウは敢えて嘘を吐いた。



(謝られると罪悪感を覚えるんだが……っと、何かいるな)



 シュウは魔力感知で何かいることに気付いた。すぐに手で制してアイリスを止める。感知の出来ない彼女は首を傾げるだけだったが、すぐにその相手は現れた。

 木の陰から出てきたのは太い蔦をウネウネと動かす植物系の魔物。



触魔蔦イビルプラントだな」

「あれって低位レッサー級ですよね」



 そんなことを聞かれてもシュウは知らない。

 逆にそうなのかと感心した。



「まぁいいや。邪魔だ」



 シュウは魔術斬空領域《ディバイダー・ライン》を発動する。シュウを中心として地面に魔術陣が広がり、触魔蔦イビルプラントはその範囲に入ってしまった。

 その瞬間、原子一個分の厚さの極薄領域で魔力が奪われ、同時に分解魔術が発動する。そして触魔蔦イビルプラントは真っ二つになってしまった。

 既に高位グレーター級であるシュウからすれば、触魔蔦イビルプラントから得られる魔力は微々たるものでしかない。精々、《斬空領域ディバイダー・ライン》で使用した分を回収できる程度だ。

 気にも留めず、先に進もうとする。

 しかし、アイリスは違った。



「な、ななななな……なんですかそれえええええっ!?」

「……? いきなり騒いでどうした?」

「だ、だってシュウさんが使った魔術……見たことも聞いたこともありません。綺麗に切り裂かれたということは風属性ですか? 魔術陣の大きさから考えると第六階梯規模ですよね。ですが風属性第六階梯は《暴風防壁サイクロン・ヴェール》だったはずです」



 正直、シュウには風属性や第六階梯という考え方がよく分からない。

 魔術は全て自己流だからだ。

 シュウは魔術を属性ではなく、基礎現象で分類している。今の《斬空領域ディバイダー・ライン》について言えば、領域設定と魔導と分解魔術を組み合わせたに過ぎない。



「どういうことなんですかシュウさん!?」

「秘密だ」

「またそれですかー!」



 アイリスは再びシュウに質問をぶつけ続けるが、やはりシュウは答えない。特に《斬空領域ディバイダー・ライン》は自分が持つ切り札なので、仕組みなども教えるつもりはない。

 そうこうしている内に、二人はエルデラ森林を抜けた。



「ほら、着いた」

「し、質問はまだ終わっていないです!」

「さっさと帰れ。ここからなら迷わないだろ?」



 ここからでも近くにある都市は見えている。如何にアイリスが方向音痴だったとしても、迷うはずがない。シュウは百八十度方向転換して、再び森の方へと戻っていく。

 しかし、アイリスは諦めていなかった。



「ま、待って下さい!」

「だからさっさと帰れって」



 シュウは問答無用で移動魔術を発動した。対象となったアイリスは、等速で都市の方へと強制移動させられる。



「わああああああああああああ! なんですかこれえええええええ!?」



 そんな叫び声を背中で受け流しつつ、シュウは森の中へと戻るのだった。











 ◆◆◆










 基本的にシュウはエルデラ森林の奥でダラダラと過ごしている。魔力操作の練習をする以外には、特にやるべきこともないので、自然とそうなるのだ。

 精霊エレメンタルであるシュウは食欲も性欲も睡眠欲もないので、これといった欲求もない。それ故に、何もせず日々を無駄にする生活を許容していた。

 人間としての知識があるので少し焦っていたが、精霊エレメンタルとしての本能に身を任せてしまえばどうということもないのである。



(そういえば、人間の方では俺の話はどうなったんだろうな)



 薄闇の森で大規模魔術陣を展開し、王都の墓地では聖騎士を殺害した。

 今の自分は人間たちの中でどのように扱われているのだろうと、少し疑問に思う。既に半年以上は経っているので、一般市民の間では忘れられていることだろう。

 人の噂も七十五日という。

 今更調べても、特に情報は得られないはずだ。



(ま、どちらにせよ、金も常識もない俺が街に紛れるのは無理か)



 魔物になって気づいたが、意外と今の立場は楽だ。

 鬼系や豚鬼系の魔物たちの頂点といっても、所詮は力が強いだけのボスである。彼らは彼ら自身で日々を過ごしているのだ。シュウが何かするようなことはない。

 そして、こういった立場になってみると魔物たちも可愛く見えてくるものだ。



(さて、今日も森を見回ってハグレ魔物を探すか)



 薄闇の森と異なり、エルデラ森林にはそれなりに強い魔物が偶に出現する。シュウはそれを退治することで魔力を蓄積し、同時に集落の安寧を守っていた。

 霊体化しているシュウは浮き上がり、魔力感知を広げる。

 最低でも、毎日一匹はハグレ魔物が出現するので、もはやこれは日課だ。



(おー、今日もいるな)



 散歩がてらに数時間ほどフワフワ浮いておけば、ハグレ魔物は自然と見つかる。ただ、これも魔力感知あってのことなので、それがなければ、一日かけても見つけることが出来ないかもしれないが。

 シュウは見つけた反応を頼りに降下し、木々の枝葉をすり抜けて地上に降りた。

 すると、そこでは幻妖花アルラウネに縛られているアイリス・シルバーブレットがいた。

 どうやらシュウには気付いていないらしい。触手で口を塞がれ、色々と危ない感じに締め付けられていた。不老不死の能力があるお蔭で、拷問チックになっているらしい。本来はあの触手から分泌される麻痺毒で意識を失うのだが、アイリスの能力は状態異常すら回復させてしまうようだ。



「むむーーっ!」

(何してんだコイツ……)



 取りあえず実体化して《斬空領域ディバイダー・ライン》を使い、幻妖花アルラウネをバラバラに引き裂いた。

 そこそこの魔力が蓄積されるのを感じつつ、解放されたアイリスに声を掛ける。



「お前は魔物に襲われるのが趣味なのか?」

「そ、その声はシュウさん!? って違いますよ! そんな変態的趣味はありません!」



 とりあえずシュウは、アイリスを残念そうな目で見つめるのだった。









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