第6話 聖騎士
夜になり、今日もシュウは墓地で不死属系魔物を狩ることにする。練習中の魔術が形になってきたので、そろそろもっと効率的な狩場を探したいと思い始めたところだった。
そして昼間、地面の中に隠れて人間たちの話を聞いている内に、少しは情報も集まっている。墓地には戦いで亡くなった魔装士も埋葬されるらしく、何処で死んだとかの情報を得ることが出来た。そこから、その地にいる魔物の強さを予測し、目的地の参考にしていたのである。
(ま、ともかくアレが完成したらの話だな)
シュウは魔力を集めるために、今日も獲物を探し始める。可能ならば
そして数体ほど不死属系魔物を狩っていると、不意に違和感を覚えた。
(今、何かが通り抜けた?)
魔力の波動のようなものが高速で通過したように感じたのだ。
気のせいで済ませる感覚ではなかったので、周囲を見渡してみる。
しかし何もない。
(なんだったんだ?)
そして二度目の違和感。
首を傾げた瞬間に感じ取れた魔力。
間違いなく、何かされている。
そう考えたシュウは警戒し、魔力感知に注意を払い始めた。更に星や月明かりを頼りにして遠くまでしっかり見通し、何かないか探ってみる。
すると、すぐに見つかった。
(アレはランタンの明かりか? こんな時間に人間? 何故?)
魔物が出現する夜の墓地に来たがる人間はいない。いたとしても、偶に魔物を駆除する魔装士ぐらいだ。そして魔装士は昨日来たところであり、連続して二日も来ることはないと知っている。
だからシュウは不審に感じた。
(念のために逃げるか)
ランタンの明かりはこちらに迫っている。
そこから離れるようにしてシュウは移動し始めた。
しかし、ここで三度目に感じる謎の違和感。それと同時に、ランタンの明かりはシュウのいる方向に向かい始める。流石にシュウも違和感の正体に気付き始めた。
(まさか感知系の魔術か魔装? だとすれば不味い)
どれだけの範囲を感知できるのかは知らないが、このままでは逃げ切ることが出来ない。
また大規模な魔術陣をハッタリで展開することも考えたが、アレは何度も通じる手ではないので思考から除外した。
ランタンの数から察するに、相手は六人だ。
数の上では分が悪い。
そして相手は魔物ではなく知恵ある人間である。何が起こるか分からない怖さがあった。
(…………アレで迎撃できるか?)
運が良ければ一瞬で勝てる。
運が悪ければ逆に討伐される。
微妙なところだった。
とはいえ、人間に比べれば動きの遅い
シュウは覚悟を決めて待ち構えることにした。
(まぁ、ただで待ち構えるつもりはない。準備はしておこうか)
理想は不意打ちの魔術で一網打尽。
次点で四人以上の殺害である。
(来たな)
浮遊するシュウを取り囲む六人の人間たち。それぞれが腰にランタンのようなものをぶら下げている。実を言えば魔術的な要素で作られた魔道具の明かりなので、ランタンとは別物なのだが、シュウに区別する知識はないので置いておく。
それはともかく、シュウを囲んだ者たちの内、一人はどこからともなく槍を取り出して構えた。
「こいつか?」
「そうですゼク隊長。この
「薄闇の森で見つかったユニーク個体は
用意していた魔術を即座に展開し、不意打ちを仕掛ける。
(起動、《
シュウを中心として魔術陣が一気に広がった。その範囲に六人の人間も含まれており、咄嗟のことで反応できたのはゼクと呼ばれた男だけだった。
反射的に身体強化を図り、大きく跳び下がる。
ただ、嫌な予感がしただけだったが、その行動は正解だった。
「ぎゃっ!」
「がは……」
「いっ……があああああっ!」
「ご……ふっ」
「ぞ、んな、がはっ……」
魔術陣の中に取り残された五人は一瞬で身体を上下に二分割された。
この魔術《
ここで重要なのは、生物の体内で魔術を発動させることだ。
実を言えば、魔力を持つ生物の体内に魔術効果を発揮させるとき、対象の持つ魔力によって乱されるので、効果を打ち消されてしまう。
そこで魔導『吸命』を組み合わせた。
分割領域として展開した原子一個分の厚さの部分だけ『吸命』で魔力を吸い取るのである。原子一個分の厚さにある魔力程度なら、吸い取るのは一瞬だ。その瞬間に分解魔術を発動し、《
欠点は一瞬しか発動できないこと、そして魔力消費が大きいことである。
(一人だけ仕留めきれなかった。気付かれたか)
消費してしまった魔力については問題ない。五人の人間を倒したことで魔力を吸収し、逆にこれまでを上回るほどの量となった。どうやら、かなりの魔力を持つ人間だったらしい。
これについては幸運だった。
(《
もう一つの弱点として、この魔術は魔力感知で見破ることが出来る。発動直前に多くの魔力を消費するので、反射的に避ければ回避可能なのだ。
更に言うと、原子一個分の厚さの領域にある魔力すら『吸命』で吸収できないほどの魔力を持った相手にも効かない。
(残りは一人だから逃げ……られそうにもなかったな)
目的は達したので逃げようと思ったのだが、ゼクという男は逃がすつもりなどないらしい。仲間が瞬殺されて僅かな間だけ茫然としたものの、すぐに回復して憤怒の表情を浮かべていた。
「き、貴様ああああああ!」
(こいつ。今の俺より魔力が多いな)
ゼクは怒りの咆哮と共に槍を掲げる。
するとそれは白く光り、無数に分裂して大量に浮かび上がった。仮にそれが雨のように降り注ぐのだとすれば、かなり危ない。
「同胞の仇! この聖騎士ゼク・バラットが必ず討ち取る! 覚悟しろ
幸いにも魔力は豊富だ。
シュウは加速魔術陣を描き、ベクトルを操作する。これも完全に初見殺しなので、一度しか通用しない。確実に仕留めるべく、ただの反射ではなく向きの変更を行った。
運動量の数値を負の値にすれば反射は出来る。
しかしベクトルの向きを変えるには、回転という数学的要素が必要になるのだ。三次元の回転行列式を組み込み、ベクトルの大きさは変えることなく向きだけ変更する魔術陣。それはシュウにとっても高度なものだった。
(間に合え!)
盾のように展開した魔術陣を数本の分裂槍が通り抜ける。そしてシュウの体を貫いた。本来は物理無効のはずなのだが、この槍はゼクの魔装によって顕現されたもの。残念ながら純粋な物理ではなく、魔装攻撃なのである。
この武器型魔装は槍を分裂させて操るのが主な能力であり、
(加速魔術陣、発動!)
しかし、霊体であるお蔭で痛覚を感じないことが幸いした。
少し遅れて魔術陣は発動し、上空から降り注ぐ分裂槍は跳ね返される。そして向きを変え、その全てがゼクへと殺到した。
「ごがっ!? な、ぜ……」
そんな声を最後に上げたが、その後一瞬でミンチとなり、ゼクは死亡する。
再びシュウに大量の魔力が蓄積された。
Aランク魔装士であり、聖騎士にもなったゼクから奪えた魔力は相当量である。先程の五人はBランクの魔装士だったので、五人合わせてもゼクに並ぶ程度でしかなかった。
つまり、今回得られた魔力はAランク魔装士二人分。
負傷した霊体も一瞬で修復し、シュウは進化に至る。
今のシュウは半透明の霊体だけではなく、実体化することも出来るらしい。
(……ふぅ。一気に魔力が流れ込んできたせいで少し驚いた。けど、お蔭で進化したな)
シュウが至った種族は
霊系の中でも滅多に見られない希少な魔物である。
不意打ちとは言え、今もAランク魔装士を倒したのだから。
ただし、もしもゼクが武器型魔装ではない別のタイプだったら、または槍を射出するのではなく単純に振るって戦うタイプだったら結果は違っただろう。
今回は相性も良かったのだ。
(聖騎士ゼクだっけ? これは明日にでも騒ぎになるな。予定を繰り上げてさっさと逃げよう。今度はもっと強い奴を派遣されかねない。今日のことだって勝てたのは偶然だからな)
流石にシュウも緊張した。
緊張する体はないのだが、精神的に張りつめていたのが一気に解けた気分である。
(次の目的地に行こう。確かエルデラ森林だっけ? 流石に暫くは大人しくしよう)
久しぶりに実体を味わいたい気分ではあるが、移動するときは霊体が便利だ。
シュウは浮遊して、エルデラ森林のある南へと向かったのだった。
◆◆◆
翌日、聖騎士ゼク・バラットとその部隊は死体となって発見された。特に、聖騎士ゼクは原形が残らないほどぐちゃぐちゃにされており、死体を検分した者たちも顔を顰めた。
彼の部下だった他の聖騎士五人も、不可解な死体となっていた。
凄まじく鋭利な刃物で切断されたかのような断面で、上下真っ二つになっていたのである。人体を綺麗に切断するというのはかなり難しく、この死体は異常だと判断された。
「聖騎士ゼク・バラット、そしてその部下たちの魂があなたの御座へと戻られますように」
魔神教の司教は祈りをささげて、殉職した聖騎士の魂を魔装神エル・マギアへと送る。尤も、本当にそんな神が存在しているのかは不明だが、少なくとも彼は存在を信じていた。
そして司教は涙を流し、神に祈りながら言葉を漏らす。
「ああ、神よ。どうして彼を奪い去ってしまったのですか」
そう訴えても神は応えてくれない。
しかし、そう呟くほかない。
司教にとって聖騎士ゼクは友人でもあったのだ。
「神聖グリニアの予言をもっと重要視するべきでした。彼だけでなく、もっと聖騎士を派遣すれば違ったかもしれないのに……」
魔物が憎い。
ゼクを殺した予言の魔物が憎い。
司教は黒い感情が湧き出てくるのを感じた。しかし、憎しみの対象は魔物だ。慈悲を与えるべき存在ではないので、その黒い感情も教義には反しない。
「援軍の聖騎士を呼び、墓地を調べさせましょう。必ず、仇は取りますよ。ゼク」
既に犯人であるシュウがいなくなっているとも知らず、司教は決意するのだった。
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