第5話 墓地
薄闇の森を出たシュウは、初めて新しい世界に出た気分だった。これまでは森だけがシュウの知る世界だったが、その外側には更に大地が広がっていたのだと知った。
とはいえ、あまり余裕がある状況とは言えない。
ハッタリをかましたことで、自分のことは人間に知られてしまったはずだ。まずは次の進化を果たし、いずれはハッタリでなくなるほどの魔力を手に入れたい。
(まずは隠れられる場所を確保しないと)
今のシュウは
(魔物が多い場所を目指そう)
ただし、シュウには何も情報がない。どこに魔物が多いのかも分からないし、そこにどれぐらい強い魔物がいるのかも分からない。
結局は虱潰しだ。
また、森を出ると近くにかなり大きな都市があった。
近付き過ぎると討伐される可能性があるので遠目での観察だが、かなり大きい。都市中心部は城郭都市になっており、城のような建造物もある。城郭の外にも街並みが広がっているので、全体としては直径十キロを超えているだろう。郊外の閑散とした部分も含めれば倍はある。
森に来た人間も、この都市からやってきたのだとすぐに分かった。
(これだけの都市があるということは、近くに強い魔物はいない可能性がある。人間たちは俺を
都市の周囲を順に回っていくようにして、上手い狩場を見つけるのが効率的と考えた。そして、そうと決まれば即座に実行だ。あまり同じ場所に留まっていても、人間に見つかってしまう。
また、ここは森の外なので、移動にも気を付けなければならない。
魔力体であるシュウは、夜になると青白い光が目立ってしまう。なので、見つかりやすくなるのだ。幽霊系にもかかわらず昼に行動するのが安全という矛盾を抱えていた。
ただ、幽霊系といっても正体は浮遊した魔力の塊だ。本当の幽霊というわけではなく、そういうタイプの魔物なのである。日光に対する弱点はない。そこだけは安心だった。
(魔物を見つけるレーダーみたいなのが欲しいな)
最後に会った人間は、隠れていたシュウの位置を掴んでいるようだった。魔力感知と呼んでいたので、そういった技術があるのだと推測できる。残念ながらどうやって使えばいいのか全く分からない。
それはいずれということで、今は移動することにしたのだった。
◆◆◆
太陽が百回以上は昇って沈んだころ、シュウは一つの狩場を見つけた。
そこを見つけたのは偶然であり、隠れる場所としても最適である。
(まさか共同墓地が最も相応しい場所だったとは……)
シュウはそんなことを思いながら周囲を見渡す。
大量の墓石が並べられており、それぞれに名前が記されている。あれほど大きな都市なのだから、墓地も相当な大きさでなければならない。その結果がこれなのだろう。もはや墓石は数えきれない。
都市の周囲を浮遊しつつ周っている時に見つけた場所であり、ここを狩場として利用できると考えたのは、アンデッドモンスターが存在していたからだ。
いるかもしれないという興味本位で夜に立ち寄ったら、本当にいたのである。
これはシュウも少し驚いた。
(さてと、今日もアンデッドを狩りますか)
そして嬉しいことに、ここのアンデッドを数体狩ったところでシュウは進化した。新種族は
そして中身の変化だが、魔力量がかなり伸びた。
そして次の進化を目指すために、シュウは今日もアンデッドを狩り始めた。
(見つけた。
シュウは浮遊して空中から忍び寄り、問答無用で魔導を使う。『吸命』によって動く骸骨から魔力を吸収した結果、数分ほどで全て力尽きた。
(やっぱりこいつらではダメか。やっぱり
その代わり、数がとても少なく、数週間ほど昼夜問わず狩り続けても、それぞれ一体ずつしか出会ったことがなかった。大抵が
しかし薄闇の森に比べれば魔力蓄積の効率は圧倒的に高い。
三体の
(墓地は広い、じっくり行こうか)
不死属系と呼ばれるアンデッドモンスターは墓地や戦場跡などに多く出現する。ただし、魔物という存在は魔力が凝縮して生まれるのだ。なので、死体がアンデッド化するようなことはない。
魔物を倒すと暫くは死体が残り、数時間から数日で霧散する。
シュウのような霊系は例外で、倒されると即座に霧散するのだが、どちらにせよ魔物というのは普通の物質から生まれる訳ではないのだ。故に墓地に出現するアンデッドも割と放置されているのである。
更に言えば、不死属系魔物は日光に弱い。
昼間は出現しないので、気を付ければ人的被害もない。不死属系魔物が増え過ぎないようにと、魔装士が偶に派遣されているのだが、基本的に夜は魔物天国なのだ。
だからシュウもこの場所を狩場として選んだのである。
(お、次の獲物だ)
墓地に浮遊する
◆◆◆
再び太陽が百回以上も昇って沈んだ。
大きな三日月が浮かぶ深夜。
一体の
魔力を使った攻撃は霊系の魔物にも有効だ。
普通は回避しなければならない。
しかし
(熱量・運動量を数値代入、運動量をマイナスに変換して実行)
火球は加速魔術陣によって反射され、逆に
しかし流石は不死属系魔物だ。
攻撃を喰らっても痛みを感じず、身体が損傷しても動き続ける。
だが、不死属系魔物の特徴をシュウが知らないはずない。それよりも早く加重魔術陣を描き、
(勝ったな)
すると、蓄積量が規定値に達したからか、自分の内面が変化したことに気付いた。
(進化した。新しい種族は……
魔力の制御能力や、霊体の移動速度、『吸命』の性能は上がっているようだと何となく理解できる。しかしながら、魔力は殆ど伸びなかった。
(進化というよりバージョンアップと言った方が正確か? 多分、強さとしては
シュウは初めて知ったが、進化することで常に大きく伸びる訳ではないらしい。
ただ、強くなっていないわけではない。
魔力制御能力が上がったおかげで、少し魔力を感じ取れるようになった。
(これは便利だな。魔力感知という奴か?)
これまでは使い方が分からず悩んでいたのだが、単純に魔力の制御能力が足りなかっただけらしい。もしかすると、シュウが魔力感知を望んだから、このような進化をしたのかもしれない。
そう思えば、辻褄も合った。
目や耳や鼻の他に、新しい感覚器官ができたイメージである。朧気ながら、魔力を持つ存在を知覚できるようになった。あまりハッキリせず、知覚の範囲も狭いが、有用であることは間違いない。
(ただ、姿もほとんど変わらなかったな)
黒髪黒目で半透明な姿、貫頭衣を被って帯を締め、黒い布を纏っている。この姿は
尤も、そんなことはシュウにとって些細なことでしかないが。
(まぁ、魔力制御が上がったことだし、前から考えていた魔術の練習でもしてみようか。あんまり乱発も出来ないけど)
現在、シュウには決定打になる攻撃がない。魔導も魔術も相手を一撃で確実に殺せるというものではないので、切り札となる術が欲しかった。
仕組みは前から考えていたのだが、魔力の制御が難しく、断念していた。
基礎魔術を単発で使用するのはともかく、複合すると徐々に制御に難が現れ始める。更に言えば、広範囲・微細に作用させるほど難しくなる。
しかし
後は練習あるのみである。
(いずれは魔術陣を暗記して、即時展開できるようにならないとな)
アンデッドだけが徘徊する共同墓地で、シュウはこの日から練習を始めるのだった。
◆◆◆
ラムザ王国は小国である。
スラダ大陸南東部の肥沃な地帯にあるので農業が盛んなのだが、国力としては低い。何故なら、魔装士の数が少ないからである。ならば、なぜ肥沃な地帯を持つラムザ王国が小国でありながら存続できているのか。
それは、神聖グリニアという大国の属国になっているからである。
魔神教という宗教が強い力を持っており、神聖グリニアは属国も含めて、魔神教の教会がどこにでもある。なお、魔神教は魔装神エル・マギアを唯一神とする宗教であり、邪悪な意味はない。寧ろ、清廉潔白を主義主張している。
そんな魔神教は魔物を人類に対する脅威としており、教会所属の魔装士が定期的に魔物を駆除している。その魔装士たちは軍に所属している魔装士と区別して聖騎士と呼ばれており、人々からの人気も高いのだ。
勿論、ラムザ王国首都にある教会にも聖騎士は駐在している。
その一人、ゼク・バラットは教会をまとめる司教に呼ばれていた。
「待っていましたよ聖騎士ゼク」
「はい、司教様。本日はどういった用件で? また強い魔物でも出たんですか?」
「まぁまぁ、慌てずに。まずは座ってください」
司教は用意しておいた椅子にゼクを座らせ、自分も対面に腰を下ろす。
そして余計な話はせずに、本題へと入った。
「実は王都の共同墓地で奇妙なことが起こっています」
「奇妙なこと……ですか? 不死属系魔物の大量発生ですか?」
「いいえ。寧ろ逆です。急激な減少をしています」
「減少?」
ゼクは首を傾げる。
別に良いことではないかと思ったからだ。
しかし、司教は首を振りながら続きを話す。
「これだけなら私も問題ないと思ったでしょう。しかし、神聖グリニアの神子姫が予言をしたのです。この地に災いが生まれると。数か月前に薄闇の森で発見された、大魔術を使うユニーク個体のことかもしれませんね。あの魔術陣自体は発動しませんでしたが、発動していれば脅威でした」
「あの事件ですね……それは本当ですか?」
「間違いありません。予言を受けたのは三日前です。そして聖騎士による調査を依頼されました。具体的な情報はないので、まずは異変が起こっている場所がないかを重点的に調べていたのですが――」
「それで共同墓地の異常を発見したと」
「そういうことです」
神聖グリニアの神子姫は未来予知の魔装を使う。この予言によって危機を察知し、いずれ強大な力を得る魔物を早期に駆除したりするのだ。
「共同墓地は非常に広い。部隊を率いて今夜からでも向かってください」
「かしこまりました。聖騎士ゼク・バラット、任務を遂行します」
Aランク魔装士にして聖騎士ゼク・バラットが出陣する。
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