第4話 魔装士


 ラムザ王国の首都にある魔装士育成機関ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 理由は魔装士候補生三名が薄闇の森で衰弱死していたからである。雑種ウィード級や低位レッサー級の魔物ばかりが生息する薄闇の森で死んでいたとなれば、これは大きな問題だ。本来存在しないはずの強力な魔物がいたのか、敵国の魔装士が工作していたのか、原因もよく分からない。



「ソディアム学長、まずは我が学園の教師で調査しましょう。軍に報告するのは早計です」

「いや、既に死者が出ている。悠長にするのは良くない」

「しかし、この学園に入学するとき、全ての生徒は誓約書を書いているのです。それは事故などによって死んだ場合は自己責任であるというもの。実地訓練で魔物を相手にすることもあるので、今回の場合もそれに該当するのではありませんか? 自主練とはいえ、薄闇の森での実地訓練には変わりありませんから」




 候補生が実地訓練中に死んでしまうことは年に一度ほどある。なので、今回の件も大問題にしなければならないほどのことではない。

 しかし、ここでソディアム学長が心配しているのは、三人の候補生が死んだ場所が薄闇の森だったということである。弱い魔物しか出現しないので、学園の候補生は頻繁に森へと出かけている。仮に薄闇の森で非常に強力な魔物が出現したとすれば、再び同じ事件が起こる可能性もあるのだ。

 そして最悪なのは、敵国の魔装士が関わっていた場合である。



「わかった。教師による調査を先に行う。だが、森はしばらく閉鎖だ。候補生たちにも、絶対に入らないようにと通達しよう」

「それは必要かと思います。通達は私の方からしておきましょう」

「頼むぞアレガー副学長」

「はい」



 学園の教師は全員が魔装士だ。

 そして魔装士にも等級が存在している。候補生を一律Fランクとして、卒業後は実力に応じてランクが振り分けられる。ランクはA~Eが基本であり、常識では測れない魔力量と素質を持つ者だけSランクに認定される。そして大国はともかく、小国であるラムザ王国では、一人しかSランク魔装士がいない。それだけSランクの素質というのは希少なのだ。

 その中で学園教師はDランク魔装士だ。このDランクというのは魔装士として下位であり、軍に所属しても下っ端扱いを受ける。より正確には、一般兵と同じ扱いだ。正規の魔装士部隊に所属する条件はCランク以上であること。DランクやEランクは一般兵扱いにしかならない。

 そこで、Dランク魔装士の中には教育者として学園に戻る者も結構いるのだ。学園で教師が教えることは魔力の扱い方、魔術、魔装の知識などが殆どであり、戦闘能力はあまり必要ない。実技は実力が近い生徒同士、または実地における魔物討伐ばかりとなる。そういった事情もあり、学園にはDランク魔装士が割と多く所属していた。

 ちなみに、Eランク魔装士は教師になる資格すらないので、一般兵として実力を磨き続けランクアップを狙うか、フェードアウトして魔装士としての道を諦める者が殆どである。



「何もなければよいのだが……」



 高齢を理由に引退した元Aランク魔装士であるソディアム学長はそんなことを呟いた。歴戦の魔装士だった彼の勘は意外とあたる。今回の嫌な予感が外れることを、ただ願うしかない。

 アレガー副学長も頷いて同意するのだった。










 ◆◆◆










 薄闇の森を漂うシュウ・アークライトは、小鬼ゴブリンや名前も分からない狼型の魔物を狩って魔力を吸収していた。もう少しで進化できそうな感じがしているので、積極的に魔物を狩っているのである。



(この辺りの魔物は魔力量的に美味しくないな。そう考えると、あの人間たちは結構いい相手だったってことか》)



 とはいえ、進んで人間を狩ろうとは思わない。人間という種は危険を感じると全力で立ち向かってくる生物だ。本気にさせたくはない。

 それに、シュウは自分がそれほど強いとは思っていない。

 単純に魔力量で考えても、前に会った人間はかなり保有していた。あの人間は子供だったので、大人は更に保有していると思われる。自分から人間に戦いを仕掛ければ、間違いなく返り討ちに合うだろうと予想していた。



(しかし、もう少し魔力が多い魔物はいないものかね……)



 シュウがそう考えてしまうのも仕方ない。

 この薄闇にいる魔物は殆どが雑種ウィード級だ。ワンランク上の低位レッサー級であるシュウからすれば、物足りない相手だ。せめて同じ低位レッサー級の魔物がいれば良いのだが、今のところ出会ったことはない。

 つまり、シュウは薄闇の森で最高クラスの魔物だった。

 幾ら雑魚を狩っても進化するには少なすぎる。人間から魔力を吸収しなければ、今の段階ほど魔力を蓄積するのに何十年かかったか分からない。そんなレベルだった。



(ちょっと欲を出したいけど……我慢)



 魔術は確かに便利だ。

 しかし、今のシュウでは魔力量が少なすぎる。単純な基本魔術ですら十発で打ち止めだ。何より、使った魔力は自然に回復できない。だからと言って、『吸命』も吸収速度は遅いので、強い人間相手では決定打に欠ける。

 焦りは禁物だが、焦りたくなるのだ。

 強くなるためには大胆に魔力を吸収しなければならないが、大きく動き過ぎると人間に討伐されかねない。人間の事情や戦闘力、数などの情報が全くないのも怖い。



《儘ならないな》



 今は地道に雑魚から魔力を吸収し、蓄積するのが一番だ。いざという時の貯蓄にもなる。

 千里の道も一歩より、ローマは一日にして成らず、というありがたい言葉もある。



(さてさて、小鬼ゴブリンか狼を探さないと)



 偶に自分の仲間である霊系の魔物も見かけるのだが、そちらは見逃している。一応、仲間意識ぐらいはあるのだ。同族コミュニティというのは重要で、孤立するといざという時に何も頼れなくなる。

 相手に意識があるかは不明だが、シュウは霊系の魔物を狩らないようにしていた。

 そんな中、ふと近くにいた幽霊ゴーストから不安そうな意識が伝わってくる。同時にシュウの周囲に大量の幽霊ゴーストが出現し、焦燥したような雰囲気を出していた。



(どうかしたのか?)



 幽霊ゴーストにとって高位霊ハイ・ゴーストは上位存在だ。何か危機が迫った時、幽霊ゴーストたちはシュウを頼ってくる。

 警戒しながら周りへと注意を払っていると、ガサガサ音を立てながら近づいてくる何かに気付いた。



《音が微妙にずれている。相手は複数か》



 わざわざ待ち構えている必要はない。幽霊ゴーストたちに思念を飛ばし、その辺の木々に隠れておくようにと指示を出す。そしてシュウ自身も近くの木に隠れた。こういう時、浮遊できる霊系の体は便利だ。浮かび上がって枝葉の間に身を顰めれば良い。

 そして数秒後、足音と共に二人の男が姿を現した。



「ここだな」

「ああ、確かにいる」



 男たちは小さく言葉を交わし、片方の男が右手を口元に付けて指笛を鳴らす。

 すると次の瞬間、轟音と共にシュウが隠れていた木に衝撃が走る。そして反射的にシュウが飛び出すと、大きな音を立てて大木が倒れた。

 何をされたのか分からず、シュウは驚く。

 一方、男たちもシュウの姿を見て少し驚いていた。



「なんだ高位霊ハイ・ゴーストか。魔力感知では結構魔力を持ってた感じがしたんだが」

「外れだな。ただ、魔力が多いから進化直前かもしれん。どちらにせよ倒すぞ」

「分かってる」



 指笛を鳴らした男が手を翳すと、シュウに向かって何かが高速接近する。回避は不可能と考え、シュウは加速魔術の魔術陣を盾のようにして張った。

 すると、高速接近した何かはマイナス加速度を与えられ、逆向きに跳ね返される。つまり、これは反射魔術だ。反射する対象の運動量が高いほど、多くの魔力を消費する。



(不味いな、結構な魔力を使ってしまった)



 相当な威力だったのだろう。

 反射魔術は、あと一回が限度だ。

 一方、反射を見た男たちは非常に驚いた。



低位レッサー級の魔物が魔術だと!? 知能を持ったユニーク個体か!」

「拙い。もしかするとコイツがターゲットかもしれない!」



 男たちは慌てた。

 何故なら、二人はラムザ王国の魔装士候補生育成機関の教師であり、三人の候補生が衰弱死した原因を探るために薄闇の森までやってきたのだ。そして発見したのが魔術を使う魔物である。

 魔術を使うということは、相応の思考力があるということになる。

 それを人間たちはユニーク個体と呼んでおり、放置すればいずれ強大な魔物になることを知っていた。



「コイツの魔力量が多いのは、候補生の魔力を奪ったからかもしれん」

「ああ、予定変更だ。必ず討伐するぞ!」



 これに対してシュウは拙いと考える。

 しかし男たちの行動の方が早かった。

 再び何かが高速飛翔し、シュウの霊体を幾らか削り取った。急なことで今度は魔術陣を展開できず、ダメージを負ってしまう。そして、その何かは弧を描いて減速し、指笛を吹いた男の肩に止まった。

 それは鳥型の魔法生物。

 眷属型と呼ばれる魔装の一種だった。



(アレは俺よりも速い。避けきれないな)



 残念ながら高位霊ハイ・ゴーストは動きが遅い。あの魔装は避けきれないのだ。

 更に、シュウは知らないことだが、男たちはDランク魔装士である。Dランク魔装士は低位レッサー級の一つ上である中位ミドル級の魔物すら単独で討伐できるのだ。それが二人いるとすれば、シュウでは分が悪い。

 初めて遭遇する絶体絶命だった。



(魔術は凡そ一発が限度、魔導も意味がない)



 シュウの魔導『吸命』よりも相手の魔装の方が早い。そしてもう一人の男がどんな魔装を持っているかも分からないのだ。圧倒的に不利である。

 少なくとも、今のシュウに撃退は無理だ。

 だとすれば、手は限られてくる。



(賭けだな)



 一瞬で思考をまとめたシュウは、可能な限りの思考力を使って魔術陣を描いた。現象をイメージして魔力を使えば、自動的に魔術陣は描かれる。しかし、逆に魔術陣をイメージしてから魔力を流す方法でも魔術を発動することは出来るのだ。

 そして魔術陣は魔力ではなくただの思考力で描かれる。

 つまり、陣を展開するだけなら魔力は必要ないのだ。

 シュウは周囲一帯を埋め尽くすほどの魔術陣を展開してみせた。



「こ、これは!」

「馬鹿な、あり得ない!」



 そしてトドメとばかりに、シュウは空に大魔術陣を描く。それは複雑怪奇、理解不能であり、一体どんな魔術が発動するのかサッパリ理解できない。

 だからこそ、男たちは恐怖を煽られた。



「こんな魔術陣……第十階梯を超えている!」

「それって……禁呪!?」

「ああ、間違いなく戦略級と呼ばれる第十階梯には収まらない。それを低位レッサー級の魔物が単独で展開するなど……」



 男たちはそんな言葉を交わしているが、シュウにそんな力はない。

 それに、展開した魔術陣は何の意味もない模様だ。加速、加重、振動、分解、結合、移動の基本魔術陣を適当に組み合わせてそれっぽく仕上げているに過ぎない。

 紋様をイメージするだけでは不可能だが、紋様と効果をしっかり理解してイメージすれば、魔術陣を描くことだけなら出来る。

 発動できるかは魔力量に関わるので、シュウでは発動できない。

 更に言えば、適当な組み合わせの魔術陣なので、仮に発動すればどんな効果があるかも分からない。

 結局、これはハッタリに過ぎないのだ。



「逃げるぞ!」



 本当ならば、魔術を発動される前にシュウを倒すのが最善だ。しかし、シュウの周囲に同じく展開されている無数の小さな魔術陣を見て、不可能だと判断する。

 そして何より、禁呪という恐怖が彼らを逃亡に押しやった。

 男たちは魔力で身体を強化して、脇目も振らず逃げる。シュウはそれを追いかけたりはしない。



(玉砕覚悟で向かってこられなくて助かったな)



 男たちが逃げたのなら、それでいい。

 賭けには勝ったのだ。



(あの男たちの会話から見て、狙いは俺か)



 更に言えば、こんな魔術陣を展開した以上、警戒されてより強い魔装士を派遣されかねない。シュウは森を出ていくことに決めるのだった。









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