第3話 人間


 魔術を知ってから数か月後、シュウは研究を進め自分なりに理解を深めていた。この技術は基本的にイメージ通りの現象が引き起こされるのだが、それ以外の魔術発動方法もある。それは、初めから魔術陣を描いてしまうという手法だ。

 現象が分からずとも、魔術陣があれば魔術は勝手に発動する。ただし、適当な陣を描くと、危険な反応が起こる可能性もあるし、逆に術自体が発動しないこともある。

 魔術陣にはある程度の法則性があるらしく、シュウはそれを解析するとともに、分類を進めていた。その結果、幾つかの物理現象として魔術陣の法則を見出した。

 物体に圧力を掛ける加重魔術、物体に加速度を与える加速魔術、音や光や物質の波を操る振動魔術、結合を切り離す分解魔術、要素をくっつける結合魔術、対象を特定速度やルートで動かす移動魔術がシュウの考える基本だ。

 ここに熱や電気などのエネルギー的要素について流れを作れば、大抵のことは出来る。

 ただし、シュウの保有魔力はそれほど多いわけではないので、複雑なことは難しそうだった。



(結局、重要なのは術者の思考能力か……)



 シュウは何度も魔術を使ううちに、ある程度の仕組みは理解し始めていた。

 まず、仮定として魔力は生物の思考や意思を運ぶことが出来るとする。そう考えることで、魔術の原理をある程度説明できるのだ。光子フォトンが電子に対してエネルギーを運ぶのと同じく、魔素とも呼ぶべき謎の素粒子が生物の意思やイメージを運ぶのである。

 そして魔素によって運ばれたイメージは、物理現象に対して作用する。つまり、魔素の保有する万能のエネルギーは、イメージに沿って物質へと影響を与え、物理を改変しているのだ。

 この際に魔術陣は世界に対する言語だと認識できる。

 例えば、コンピューターへの命令は、人間が考えた命令をコンピューターが理解できる形式へと変換することで初めて実行される。このように、魔術陣は人間の命令イメージを世界が理解できる言語に変換したものだ。

 故に、魔術陣を描いてエネルギーである魔力を流すと魔術が発動する。



(うん、仮定が多いけど辻褄はあっている)



 まだ『吸命』や魔装については未確定な部分が多いものの、魔術はかなり分かりやすい。色々と応用も出来るので、まだまだ研究要素は残っている。

 残念ながらシュウの魔力量は少ないので、大きく複雑な魔術は使えない。

 研究のためにも魔物を倒したり『吸命』で魔力を奪ったりする必要がある。



(さてと、今日も魔物を探すか)



 魔力の吸収は動物よりも魔物を倒した方が効率的だ。正確には、魔力を大量に保有している存在であるほど、多くの魔力を吸収できる。

 だからシュウは魔物を探していた。

 しばらく浮遊して森を彷徨っていると、数匹の小鬼ゴブリンを見つける。

 この小鬼ゴブリンは頻繁に見かけるので、シュウは見つけるたびに倒していた。



(よしよし。いただきます)



 シュウは『吸命』を発動し、小鬼ゴブリンから魔力を吸い出す。生命力を魔力に変換して吸い出せることから、魔力が他のエネルギーに変換可能であると同時に、他のエネルギーも魔力に変換可能だと分かる。

 そう思えば『吸命』はかなり便利な術だ。

 特にイメージしなくても、意識するだけで発動する。呼吸に対して特に意識をすることがないのと同じで、『吸命』も思えば簡単に扱えた。魔術に近いが、魔術とは違う特殊な能力なので、シュウの中では魔術と分けて考えている。

 それはともかく、今回も無事に小鬼ゴブリンから魔力を吸い出せた。



(ま、俺は物理攻撃無効の霊体だから、勝てて当然か)



 実は幽霊って最強なのではないかと錯覚しそうになる。

 しかし、この霊体も魔素によって構築されているため、魔力による攻撃は食らうはずだ。魔術的な攻撃は物理現象であると同時に、微量の魔力を纏っている。このお陰で魔力体にも攻撃が通る。

 少し前に見つけた人間は魔術の他に魔装という不思議な力まで持っていたのだ。油断していると足をすくわれかねない。



(じゃ、次の獲物を探しに行くか)



 ボロボロの黒い布を纏った高位霊ハイ・ゴーストは今日も森を彷徨うのだった。











 ◆◆◆










 薄闇の森と呼ばれる場所がある。

 ラムザ王国の中央部に存在する大規模な森林地帯であり、微弱な魔力に覆われた場所として有名だった。この森は雑種ウィードと呼ばれる最弱クラスの魔物、低位レッサーと呼ばれる弱い魔物ばかりが生息しているので、特に危険はない。

 魔装士と呼ばれる人々の実地訓練場所としてよく利用されていた。



「相変わらず、この森は嫌な空気してるよなー」

「単純にジメジメしてるだけでしょ?」

「二人とも煩いわよ。静かにして」



 森に入ってきた一人の少年と二人の少女。彼らは魔装士候補生と呼ばれる者たちだ。

 人間の中でも特に多くの魔力を持ち、才能ある者が顕現できる特殊能力が魔装。魔術と異なり、個人の才能に依存した能力だ。およそ百人に一人の割合で魔装士の才能が見られるのだが、その中にも優劣が存在する。

 才能に恵まれ、なお己を磨いた者たちだけが活躍できる世界なのだ。

 そんな魔装士を育成するための教育機関も存在しており、そこに所属する学生たちを、俗に魔装士候補生と呼んでいた。

 薄闇の森は弱い魔物が多く出現するので、魔装士候補生にとっては良い練習場となるのである。



「今日はアリスが覚えた第二階梯魔術の試し撃ちなんだろ? さっさとやって帰ろうぜ」

「ジャズの言う通りね。でも第二階梯ってちょっと楽しみかも」

「ふふん。それほどでもないわ」



 人間にとって、魔術は公式のようなものだ。故に、性質を分類して組み合わせようという発想はない。古代の賢者たちによって公式化された魔術を覚えるのが一般的だった。

 公式の難易度によって魔術は強力に、そして発動が難しく、大量の魔力を必要としていく。

 そしてアリスが覚えたという第二階梯は下から二つ目の魔術で、下位魔術に属している。範囲も威力も小さな基本なのだが、なりたて候補生である彼らの段階で使えるというのは少し凄いことだった。

 そんな風に三人が森を歩いていると、ジャズが声を上げる。



「二人とも止まれ」

「どうしたの?」

「あら、何か見つけた?」

「ああ、魔力感知に引っかかったぜ。マリーとアリスも気を付けろ」



 魔力感知は魔術の一種であり、魔力操作術と呼ばれる系統外の技術だ。これらについても才能がものを言うので、使える者と使えない者の間に差が生まれる。

 ジャズはこの感知が得意であり、そのお陰で魔物を手早く見つけることが出来た。



「あっちにいる。気配を消して静かに行くぞ」



 ジャズの先導に従い、マリーとアリスも後ろから静かについていった。すると、草陰の向こうに一体の魔物がいることが確認できた。

 どうやらその魔物は小鬼ゴブリンを倒したところらしい。

 二体のゴブリンが死体となって倒れていた。



幽霊ゴースト……いや高位霊ハイ・ゴーストだ。低位レッサークラスだから俺たちでも充分だな」

「まだ私たちに気付いてないよ」

「チャンスね」



 木や草の陰に隠れた三人は、少し奥にいる高位霊ハイ・ゴーストを獲物と定める。そして今回はアリスが第二階梯魔術を試し撃ちするのが目的だ。

 アリスは決められた詠唱を開始して、高位霊ハイ・ゴーストに狙いを定めた。

 小さな魔術陣が徐々に完成されていき、五秒ほどで術は発動する。



「《絡縛蔦プラント・チェイン》」



 第二階梯土属性魔術が発動し、地面から大量の蔦が伸びた。それは高位霊ハイ・ゴーストを捕えて地面に引きずり下ろそうとする。

 相手は実体のないゴースト系の魔物だが、魔力を使った攻撃ならば通用する。



「やったぜ!」



 そう言ってジャズは飛び出し、魔装を出した。魔力が収束されていき、ジャズの右手に緑色の刀身をしたナイフが形成される。

 ジャズはそのまま捕らえられた高位霊ハイ・ゴーストにとどめを刺そうとした。

 しかし、高位霊ハイ・ゴーストまであと数メートルと言うところで、ジャズの目の前に青白い幾何学模様が浮かび上がる。驚いてどういうことか考えようとしたが、そんな余裕はなかった。



「ぐあっ!?」



 ジャズは強い力で強制的に吹き飛ばされる。

 そして大木に衝突して止まり、気絶してしまった。ぶつかった木がメキメキと音を立てたので、相当な力でぶつかったのだと推測できる。

 驚いたのはマリーとアリスだった。



「ジャズ!」

「ちょっと大丈夫なの!?」



 今の魔術は二人が発動したものではない。

 つまり、目の前にいる高位霊ハイ・ゴーストが使ったということだ。



「魔物が魔術なんて……」

「高位の魔物なら使えることもあるらしいわ。でも、こいつは高位霊ハイ・ゴーストでしょ? 魔導と見間違えたんじゃないの? 低位レッサー級の魔物が使うのは魔導だけのはずよ!」



 魔導とは魔物が使う固有の力だ。高位霊ハイ・ゴーストならば『吸命』と呼ばれる力であり、風を操る力ではない。それに魔術陣が浮かんだのだから、今のは確実に魔術攻撃だった。

 そして驚いている間に高位霊ハイ・ゴーストは蔦から脱出しようとする。

 マリーとアリスは拙いと考え、即座に魔装を展開しようとした。

 しかし、何の前触れもなく二人の目の前に魔術陣が現れる。



(なんで!)

(陣の展開が速すぎる!)



 魔術とは、詠唱とイメージに沿ってゆっくり発動されるモノだ。個人差はあるものの、第一階梯や第二階梯のような下位魔術であっても数秒はかかる。

 しかし、目の前にいる高位霊ハイ・ゴーストはタイムラグなしに魔法陣を完成させてみせた。

 そして次の瞬間、二人は吹き飛ばされ、背中に強い衝撃を受けて気を失うのだった。








 ◆◆◆








(困ったな)



 シュウは気絶している三人の人間を眺めつつ困り顔を浮かべていた。いきなり襲われたので撃退したのだが、予想以上に弱かった。加速魔術で後ろに飛ばしたところ、大木にぶつかって気絶。何がしたかったのかよく分からない。



(もしかして俺は討伐されかけたのか?)



 予想はしていたが、高位霊ハイ・ゴーストというのは魔物の一種であるらしい。つまり、人間からすると討伐対象なのだ。



(それはともかく、他にも一つ情報が手に入ったな。俺の能力『吸命』は魔導というのか。魔装、魔術に続く三つめの専門用語だな)



 魔物固有の能力らしいので、高位霊ハイ・ゴースト以外の魔物にもそれぞれ何かあるのだろう。魔導を保有しない魔物も存在するのかもしれないが、今のシュウには確認しようがないので置いておくとする。

 こうやって情報を得られたと考えれば、襲われた価値もあった。



(まぁ、だからと言って見逃すつもりはないけど)



 自分を殺しに来たのだから、そのまま逃がすつもりはない。

 かつて人間だった記憶があるとはいえ、それはあくまで知識なのだ。感情の伴わない、ただのデータでしかない。感情を持つのは今のシュウだ。

 殺されかけて見逃すほど甘くはない。

 それと、理由はもう一つある。実は、魔術にはリスクがあった。正確には魔力行使に関するリスクとなる。シュウも魔術を使い始めてから気付いたことだが、消費した魔力は自然回復しない。回復方法は、生き物から『吸命』で奪い取るか、殺害によって魔力を得るかになる。

 これは魔術を乱発するほど次の進化が遠のくということだった。



(人間から吸い出すのは初めてだな。じゃ、頂きます)



 シュウは魔導を使い、三人から生命力を吸い出していく。魔力に変換されて自分の中に蓄積されていくのが感覚的に理解できた。ゴブリンからは小さくしか感じ取れない魔力――とはいえ動物よりは多い――だが、この三人からはかなりの量が奪い取れる。

 次の進化も近くなったかもしれないとシュウは密かに喜んだ。



(うん。結構溜まったな)



 三人を殺したことでかなりの魔力が得られた。

 魔術で消費した分を加味しても、利益の方が大きい。

 そんな満足感を感じつつ、シュウはその場を去っていく。

 数日後、薄闇の森から戻らない三人の魔装士候補生を心配して捜索隊が出され、衰弱死したジャズたちが発見される。そのことで騒ぎになるのだが、シュウがそれを知ることはなかった。








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