第2話 魔術


 シュウは浮遊しながら森の中を彷徨った。高位霊ハイ・ゴーストなので歩きにくい森の中でも楽に移動できる。これについては有り難かった。

 そして何より、食事や睡眠が不要という点も利点である。流石に、何も知らない森の中でサバイバルを強いられるのは困るのだ。



(あ、小鬼ゴブリン発見)



 偶然にも逸れている小鬼(ゴブリン)を発見して、シュウは『吸命』を発動させる。慣れてきたのか、一瞬で生命力を吸い取った。この吸い取った生命力は魔力に変換されてシュウに蓄積される。そして倒した時にも小鬼ゴブリンの死体から魔力を吸い取り、蓄積されることが分かっていた。

 これは何度も小鬼ゴブリンや狼、鹿、熊などを倒して気付いたことである。そして狼、鹿、熊のような普通の動物から得られる魔力はかなり少なかった。逆に小鬼ゴブリンや一部の狼はそこそこの魔力を吸い取れるのだ。このことから、魔力を特に多く持つ生物がいるということが分かる。

 シュウは魔力の多い生物を魔物と仮称した。



「グガアアアアアッ!?」



 小鬼ゴブリンは断末魔の叫び声を上げて息を引き取った。

 最後の足掻きなのか、こうして叫び声を上げて仲間を呼ぶことがある。こうして断末魔の叫び声を上げた後は、最低でも数匹の小鬼ゴブリンがやってくるのだ。

 シュウはそれを仕留めるために、まずは木の上まで浮かんで、枝や葉っぱの陰に隠れた。



(さてと、何匹来るかな?)



 まだ高位霊ハイ・ゴーストから進化していないが、こうして魔力を溜めることで進化できることは殆ど確定だと思っている。それに、成長していくというのは楽しいものだ。

 前世の倫理観も知識としてしか残っていないからか、命を奪うことに対しても忌避を覚えることなく実行することが出来た。それに、人間だった時代も家畜などの命を頂いて成長していたのだ。それと同じだと考えれば、あまり罪悪感もなかった。

 ただ、これは捕食者の考え方であり、捕食される側のことは思考に入っていない。

 シュウも、自分が狩られる立場になる可能性を忘れてはいなかった。



(来た……)



 ガサガサと草を掻き分けて二つの影が出てくる。

 シュウは小鬼ゴブリンだと思って『吸命』を発動させようとしたが、すぐに違うと気付いた。



(あれは……人!)



 それは紛れもない人間だった。

 西洋風の顔立ちで、歳は恐らく十代前半。まだ幼さが残っているようにも感じる。



「見ろよ! 小鬼ゴブリンの死体だ!」

「誰かがやったのかな? 傷がないから不気味なんだけど……」



 あの魔物は小鬼ゴブリンで合っていたのか。そんなことをシュウは考える。

 そして木の上に隠れたまま、少年二人の会話を盗み聞いた。



「病気か?」

「それなら焼いた方がいいよね」

「そうだな」



 片方の少年が小鬼ゴブリンに向かって腕を突き出し、何かをブツブツと言い始める。それに伴って掌の先が青白く輝き、それが幾何学模様を描き始めた。

 まさに、魔法陣である。

 ジッと眺めていたシュウも少し興奮した。



(まさか魔法? これは観察しないとな!)



 少年がブツブツと呟くたびに魔法陣は完成されていき、最終的には直径五十センチほどの円になる。そしてその輝きが最高潮に達したとき、少年は叫んだ。



「《火球ファイア・ボール》!」



 しかし、魔法陣はパキリと壊れ、集まっていた魔力も霧散する。

 勿論、炎など欠片も出てこない。

 シュウも首を傾げた。

 そして、少年は頭を抱えて再び叫ぶ。



「ちくしょー! また失敗だーっ!」

「フラッジは魔術・・が苦手なんだから仕方ないよ。この前の魔術試験もまぐれで一回成功しただけなんでしょ? フラッジはイメージが足りないんだよ。折角、炎系の魔装・・を持ってるのに。魔術はイメージさえすれば、勝手に魔術陣が形成されるんだから」

「分かってるよ……くっそー。こうなったら魔装で燃やしてやる」

「えぇ……そこまでやるの?」

「ミゲルは黙ってろ」



 どうやら魔法陣は、正式名称で魔術陣というらしい。

 それはともかく、フラッジという少年は再び小鬼ゴブリンに右手を突き出し、魔力を纏う。すると、その右手にガントレットのようなものが装着された。

 これにはシュウも驚く。



(あれは……っ!?)



 そしてフラッジのガントレットから火球が飛び出し、ゴブリンに直撃した。先程、魔術陣で発動しようとした火球よりも威力が高く、数も多い。

 小鬼ゴブリンはあっという間に燃え尽きた。



「へーん。俺の魔装にかかればこんなもんよ!」

「はぁ……また魔力の無駄遣いして。魔装の能力はあんまり魔力を使わないけど、展開には結構な魔力を使うって知ってるでしょ?」

「いいんだよ。この前の測定で魔力値がBランクに上がってたしな! Sランクだって夢じゃないぜ!」

「はいはい。分かったよ」



 この二人の会話を聞いて、シュウは情報の整理をする。



(魔術と魔装の違いね……魔術は魔力とイメージで発動する技術、魔装は固有の能力ってところか? 俺の『吸命』みたいなかんじだな)



 そうなると、シュウ自身も魔術は使える可能性がある。

 早速練習してみたいが、残念ながらまだ二人の少年が残っているのだ。余計なことをして見つかりたくはない。今のシュウは霊体だが、他者にも見えるようなのだ。間違って攻撃されたら目も当てられない。

 今は大人しくしていることに決めた。

 そして何より、先程小鬼ゴブリンが上げた断末魔の叫び声で、仲間のゴブリンが近寄ってきているハズなのだ。フラッジとミゲルと言う少年たちが小鬼ゴブリンと戦えば、魔術と魔装についてもっとわかるかもしれない。

 そんな期待を込めて観察を続けた。

 すると、案の定、五匹の小鬼ゴブリンが現れる。



「嘘だろ! 小鬼ゴブリンが五匹!?」

「フラッジ。僕も魔装を使う!」



 ミゲルがそう言って魔力を巡らせると、次の瞬間には両手で地面を突いた。それと同時に、五匹の小鬼ゴブリンの足元から蔦が伸び始め、一気に成長して絡めとる。流石に蔦だから簡単に抜け出されそうになっているが、それより早くフラッジが火球を飛ばした。

 ガントレットから飛翔した火球は、蔦ごと小鬼ゴブリンを燃やし尽くす。



「あっぶねー……」

「はぁ……疲れたよ」

「ミゲルの魔装は領域型だから魔力消費が激しいだろ? 大丈夫か?」

「うん。なんとかね。こういう時はスタンダードな防具型のフラッジが羨ましいかな?」

「おいおい。レアな領域型のくせに何言ってんだよ」

「あはは、ごめん」



 また新しいワードが出てきた。

 シュウは再び考察する。



(領域型、防具型というのは、恐らく魔装のタイプだな。フラッジって奴のガントレットみたいに、防具の形をしているのが防具型。ミゲルの使ったのは特定領域に作用する能力だから領域型ってところか。そうなると、他にもタイプがありそうだな)



 そしてシュウがもう一つ気になったのは、二人の服装だった。



(全く同じ服装か。制服っぽいな。もしかして魔装や魔術を教える学校でもあるのか? いや、普通の教育の一環として魔装や魔術があるだけかもしれないけど。ともかく、この力は人間にとって一般的なものみたいだ)



 フラッジとミゲルの服装は同一のものであり、更に左胸にはバッジのようなものが付いている。先程も魔術試験が何とか……と言っていたので、シュウの推理は間違いではないはずだ。



小鬼ゴブリンも倒したし、今日の自主練はこんなもんでいいだろ。帰ろうぜ」

「うん」



 そしてシュウが思考を巡らせている間に、二人は帰っていく。

 予想外な出会いだったが、この世界で初めての人間を観察し、魔術という力を発見した。残念ながら魔装は難しそうだが、魔術ならば可能性はある。

 シュウは少しだけ心を躍らせた。



(魔術は魔力とイメージだっけ? そんなもんで炎が出せたらビックリだけど……)



 流石にいきなり炎は危険だ。未知の力で危険なものを扱うつもりはない。そこでシュウは、割と安全そうな水から挑戦することにした。

 あの二人が遠くに消えていくのを確認してから、片手を突き出してイメージする。



(エンタルピー計算、水素と酸素のイオン化共有結合、気圧と温度のパラメータ代入、エントロピー計算、水の液体化、表面張力と界面エネルギーを計算、最小値へと調整、球状への形成を決定、重力パラメータ補正)



 持ち得る物理学の知識を動員して、水球をイメージする。

 熱エネルギー計算によって水素と酸素の結合をイメージした後、気圧と温度からエントロピーを計算して状態を演算する。今のパラメータならば液体が適正なので、それをイメージした後、次は形を決定した。水と空気の間にある界面エネルギーと水の表面張力を組み込んで、重力補正した後、エネルギーが最小値となるようにする。エネルギーが最小ということは最も安定ということであり、これが自然状態となる。この時、エネルギーが最小となるのは球状のときである。

 結果、水球が出来上がるという仕組みだ。

 多少は雑な部分もあるが、そこは端折っている。

 しかし、それでも無事に魔術陣は形成され、シュウの手の上に水球が浮かんだ。



(ほー。意外と簡単だな。それに魔術陣は勝手に浮かぶのか。ちょっと格好いい)



 幾何学模様と謎の数式のようなものが魔術陣に記されており、内容は理解できなくとも少し心が揺すぶられる。そしてシュウの予想が正しければ、この魔術陣は意味のない文字列と紋様ではないはずだ。

 魔術陣にはきっと意味がある。

 それを期待して、シュウは次のイメージを抱いた。



(水球を状態固定、半径をパラメータ化、表面積計算、空気の粘性を代入、風の向きと速さをパラメータ代入、速度を関数とした空気抵抗算出、射出時の各種抵抗に反作用を加えて形状保持、移動速度決定)



 すると魔術陣に追加の紋様が出現し、水球は右手を突き出した方向へと高速で飛んでいく。そして地面にぶつかり、僅かに抉れた。中々の威力である。

 尤も、発動に少し時間がかかるので、実用化するならば工夫が必要だろう。

 研究しがいのある技術である。



(上手くやれば、強い手札になり得る)



 シュウはそう判断して、魔術の研究解析を始めるのだった。












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