第18話 進化する生き物

 



 朝、いつも通りの雑事をこなし、昼食と夕食の準備を終える。


 今日、妹組は皆で狩りをするらしい。チサトとユミの女子二人は昨日課題を終えて、午後から参加する様だ。



 僕は午前中、西の草原にて屑鉄拾いとスライムの核集めだ。


 とは言え西の草原にはそこまで武器が落ちているとは思えない。


 と言うのも、タクメールによると、スライムはプレイヤーから嫌われているらしい。

 核以外に攻撃しても大きなダメージにならない上、取り付かれると容易には剥がせないと言うのが理由である。



 と言うわけで本日の目的。


 先ず西の草原で屑鉄拾いとスライムの核集め。おまけに草原突破の糸口を探しつつウルル達と戯れる。以上。



 ではログイン。





 瞼を開くと、相変わらず豪華な天井が目に入る。



 ティアの住むこの場所は厳密には王城内とは言えない。

 正確には城壁の中にある屋敷と言うのが正しい。


 王城の広い庭、いや、小さな森だろう。そのすぐ横にある大きな屋敷、これがティアの家である。


 隔離されているとも考えられるが病気では無いようであるし、王家の事情は僕の手が届かない領域である。



 窓から庭を見下ろすと、全身鎧を装着し巨剣を素振りするティアの姿が。



 クキュルルル〜〜。



「……お腹すい——」

「ユキ様、朝食の準備は出来ております、姫殿下も下でお待ちになられておいでです、お早く」

「あ、はい」



 ……待ちすぎて素振りを始めちゃったのね。



 優雅な朝食を終え、さっそく狩りへと向かう。

 ティアは用事があると言って、街の中へと消えて行った。



 西の草原に出ると、幸いな事に見える範囲にプレイヤーは居なかった。ウルル達が攻撃されたら困るので、都合が良い。



 本を開いてウルル達を召喚する。



 チビうさちゃんが6匹、うさちゃんが1匹、スライムさんが1匹、プチゴーレムさんが1匹、ベビーでウルフなウルルが1匹。



 僕も入れて合計11の大所帯である。



「ん?」



 ふと、ウルルのページに違和感があった。


 良く見てみると、一番下にある『召喚可能』の項目の横に『進化』と言う項目が増えていた。



 ふむ、進化、か。


 まず最初に生物の進化の歴史に思考が及ぶ。

 進化とは長きに渡って行われるか、突然変異のどちらかの事であろう。


 だが、この場合の進化とは如何なる物か。



 思い浮かぶのは、敵の魔物。



 例えば最初のワイルドドックリーダーはワイルドドックが進化した個体だろう。


 同じく、昨日襲い掛かって来た角兎は兎が進化した個体なのだろう。



 さらに付け足すなら、あの地下水路、ビッグコックローチ。


 あれの進化先にはグレーターコックローチと言う大きな個体があり、その更に上にはジャイアントコックローチやマザーコックローチ、その更に更に上にはギガントコックローチとクイーンコックローチがある。



 スライムさんはそこら辺顕著だ、レッサープチスライム、プチスライム、スライム、ビッグスライム、スカベンジャースライム、まだまだ進化先は山程ある事だろう。



 そして、レイーニャも。


 あれだけ強力なレイーニャもワイルドキャットが進化した姿なのだろう。



 つまり進化とは、より強く、場合によっては大きく、また、賢くなる。それが進化。


 進化しないと言う選択肢は無かった。



 進化を選択すると、ウルルが光に包まれた。


 一際強く輝き、それが収まった後、そこには。




名前:ウルル LV7 状態:


種族:ウルフ亜種


スキル

『噛み付きLV3』

『嗅覚強化LV5』

『忠誠LV4』

『疾駆LV1』




 大きく成長したウルルがいた。



「クゥーン」

「おーよしよし」



 全力で甘えてくるウルルを全力で撫で摩る、はたから見れば狼に襲われて喰われるまで待った無しの少女である。


 僕を押し倒しベロンベロンと顔を舐めるウルル。お味はいかがなどとボケをかます余裕もない。


 進化がよっぽど嬉しかったのかな?



 ウルルが落ち着くまではそれなりの時間を要した、幸いな事にプレイヤーは一度も通らなかったのでウルルは無事である。


 改めて全体を見渡すと、大きさは一気に二倍くらいに成長し、毛並みはさらに美しくしなやかに、顔付きも幼さが抜けて格好良くなった。



 ウルルが甘えている間人こそ通らなかったものの、プチスライムは襲って来ていたらしい。


 スライムさんの大きさが二倍くらいに膨れていた、きっと食べたのだろう。


 取り敢えずスライムさんを撫でる、プルリと震えたのは嬉しかったからかあるいは鬱陶うっとうしかったからか。


 その感触はひんやりとして柔らか、程よい弾力で、枕にしたら良いかもしれない。



 さて、狩りを始めようかな。






《レベルが上がりました》



 狩りを始めてそれなりに時間が経った。


 草原の真ん中を通る川、そこに掛かる石の橋を越えて、森の側まで歩みを進め。

 今は不可視の壁に沿って南下している所だ。



 想定通り、捨てられている屑鉄の数は少なく、川を越えた先には全く落ちていなかった。


 川周辺は後日探索するとして、今は狩りをしつつ、草原突破のヒント探しだ。



 狩り、又は採取をして進む事しばらく、遠くに大きな岩があるのが見える。


 良い時間なので、あそこに登って周りを見渡したら帰ろう。そう決めて岩の近くまで進んだ。



 岩は近付けば近付く程大きくなって、最後には見上げる程の威容だ。



 ウルル達を下に待たせ、巨岩をよじ登る。それなりに凹凸もあり、僕ぐらい軽いと登りやすい。



「ふぅ、ようやく頂上っと」



 一番上まで登ると、周りを見渡した。


 それなりに良い景色である。



 陽光が照る広い草原、東側では多くのプレイヤーが黒い犬を囲んで倒している。

 北側は誰もいない。城壁にも特におかしな物は見えない。


 逆を向いて、森を見る。



「こっちからは普通に登ってこれそうだな」



 岩は坂になっていて、途中不可視の壁に塞がれているので、どっちみち坂を使って登る事は出来ない。



 改めて森を見る。


 森は霧に包まれており、森の中の様子を伺うことは出来ない。おかしい点を上げるなら、これだけ日が照っているのに濃霧が森を覆っている事か。



 南には広い畑があり、畑側に行くには不可視の壁を超えなければならない。北西には霧の掛かっていない森があるが、そこも同じく不可視の壁がある。



 さて、帰ろうかな、と思った所で、岩の真ん中に穴が空いている事に気付いた。



「うーん、明らかに不自然……」



 覗き込んで見ると、その穴は僕の身長よりも深く、僕ぐらいなら入れるくらいにはおおきい。そして、その底には——



「……スライム?」



 水が溜まっているのかとも思ったが、中央に正八面体の結晶が浮いているのでスライムだろう。



 そのスライムは僕に気付いた様でプルプルと震えだした。が、何もしてこない。


 ポヨポヨと跳ねるが出てこない、いや、出てこれないのかな?



 もしかして……岩を食べてたら出てこれなくなった?



 良く見てみると、この穴はフラスコの様になっていて、スライムが脱出の為に頑張ったのが分かる。


 しかし、岩の大きさから考えると脱出には何日掛かる事やら。



 ふと、思い至って、インベントリから毒草を出すと、穴の中に放り込んだ。


 一個では足りないだろうと考え、大量に投下する。

 中には強い毒を持つものもあり、毒草やら毒の実やらとにかく大量に放り込んだ。



 一通り投げ終わると、穴の中を覗き込んだ。


 どうやら、うまく取り込んでくれたらしい、後は待つだけである。



 ついでにスライムが物を消化する様を見ようと覗いていると——



「にゅわ!?」



 ——強い光が網膜へ突き刺さった。




「……一体何が……目がチカチカする」



 暗闇を覗いていたのと直視してしまった事が重なって視力が回復するまで時間が掛かる。



 目を瞬かせ視力が戻すと、穴の中を覗き込む。


 特にスライムにおかしな点は無い。強いて言うなら少し色が濃くなったかな?


 というかこれ、進化?




ビッグポイズンスライム LV?




 ありゃ、進化してる……のかな?



 これは駄目だな、帰ろう、危ないし。



「これは失敬、どうぞごゆっくり」



 スライムにそう声を掛けると僕は踵を返し、岩から降りようと足を動かした所で。



 ——ビチャッ。



「ひゃ!?」



 足に感じた冷たい感触に驚いて見下ろすと、僕の足に紫色の液体がへばりついていた。


 慌てて穴へ振り返ると、穴の中から紫色の太い触手が伸びて僕の足を掴んでいる。


 まさか……進化して粘度が変わったから脱出出来る様になった?


 スライムは体を触手状に伸ばすと、その体をゆっくりと持ち上げ穴から脱出する、最後に穴の中から大きな核が出てきた。



 その全容は、僕の体など包み込んでしまえる程にでかい。



 僕は咄嗟に壊れた槍を取り出すと、核へ目掛け突き込んだ。



 ジュジュゥゥ!!



 僕の攻撃はしかし、スライムの体に触れた瞬間に槍が溶け始め、核に到達する前に溶けきってしまった。



 スライムはゆっくりと僕を取り込み始める。



 満足な抵抗も出来ないまま僕はスライムに取り込まれ——



 ああ、こりゃぁ死んだなぁ。



 

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