第15話 エスティア・ルベリオン ※挿絵あり

 



 その後、名前を聞かれ、僕の名前はユキと名乗るや直ぐに、ユキ……か、可愛らしい名前だな。これからよろしくな、ユキ。となり。



 あれよあれよと言う間に、明らかに貴人とそれ以外を分ける様な内壁を抜け、一度の制止すらなく王城の壁すら越えて連行され。


 あっという間に本場の質素なメイドさんに、ややフリフリの激しい萌えタイプのメイド服を着せられ。


 気付いたら優雅な晩餐の席に座らされていた。



「ユキ、遠慮する事は無い。自分の家だと思って好きな様にしてくれ」

「いやさ、言ってなかったけど、ティア、僕……男なんだけど」

「うむ、知ってるぞ、侍女達に聞いた」



 なん……だと……。


 着替えさせられている間に男だと言っておいたが、信じられていたとは……。



「じゃあ何でこの服——」

「可愛らしいじゃ無いか、君に良く似合っている」

「はぁ、まぁ良いや、それと僕これでも16なんだけど」

「は? ……はは、そんな馬鹿な、そんなに小さい成人がいる訳……」



 ティアは僕を足先から頭の天辺まで見回してそう言ったが、その後自分と見比べてピシリと固まった。



「うん、自分で成人だって言ってたよね」

「あー、うん、済まない、失礼な事を言った、気分を害しただろうか? ユキ殿」

「いや、ユキで良いんだけど」

「そ、そうか! ユキは優しいな」

「後、これ多分重要だと思うから言うけど、僕はマレビトだよ?」



 何処と無くレイーニャっぽいポンコツさが漂う彼女に真実を告げる。



「は? ……マレビト様?」

「ああ、ユキで良いから」

「……私とした事が、勘違いをしてしまったか……」



 その後、ティアと幾らか話をして、侍女としての活動は定期的に行うだけで良い、という事になった。マレビトで男なのに侍女を解雇されなかった。


 マレビトで男なんだけどね。


 その事を伝えると、マレビトである事を考慮しての定期的な侍女活動なのだとか。


 そして——



「そんな格好をした執事がいるか? んん?」

「いや、いないだろうね」

「ならば侍女だろう?」

「いや、違うだろうよ」



 違う違う。皆そう言う事を言うんだよ。違うのにね。



「……君、中々に強情だな。一応私は王女なんだが……伝説のマレビトで、賢者様の弟子で、何より君は…………私はどうしても君が欲しくなったんだ」



 彼女は遠い目をして話し始める。



「私は陰でお転婆とか夢見がちな姫と言われる……私自身、わかっているさ、今になっても夢を追いかけ図書館に入り浸り、剣を持って魔物を狩る……私は英雄になりたかったんだ」



 彼女はそっと目を伏せた。



「例えば大嵐を引き連れ海より来たる大海魔との戦い。例えば北の廃墟となった国に実在すると言われる人形姫……私はそう言った、お伽話に語られる様な英雄譚を生きたい。ここ数日、図書館でずっと本を読んでいる君を見て、君なら私の味方になってくれると思ったんだ」



 ティアは立ち上がると僕の前に来てそっと手を伸ばした。



「ユキ……マレビトのユキ、どうか私とっ、私と一緒に来てはくれないだろうか!」



 ティアは気丈に振る舞っているものの、その表情は不安げで、僕には今にも泣き出してしまいそうに見えた。


 どうしてそこまで僕に懐くのか。


 きっと僕に運命を感じてしまったのだろう。そしてそれはおそらくどうしようもなく正しい。



「……はぁ」



 似ても似つかないが、如何してかその姿が幼い頃の妹に重なって。


 気付いたら手を取っていた。



「ユキ……!!」

「ふむ、良く鍛えられてる」

「うん?」



 手を握って見たところ、まるでチサトの祖父、浩三氏の様に固い手だった。


 英雄になりたい、と言うのも伊達や酔狂では無いらしい。


 この世界にはレベルがある、おそらく幼少期から鍛えていただろうティアの戦闘力は計り知れない。


 それに、筋肉量が少ない様に見えるが、その実、感極まって僕の手を握り締めている彼女の握力は……ちょっと洒落にならない。体力がゴリゴリ削られている。


 この剛力、僕が筋肉さんと呼んでいるタクのお父さんと同等、いや、それ以上か?



「とりあえず手を離して」

「……え?」

「手が痛いから」

「あっ! す、済まない、つい……君を傷付けるつもりは、無かったんだ」

「良いけど」



 ほっと胸を撫で下ろすティアを尻目に僕は豪華な夕餉ゆうげに目を向ける。


 ……肉の量が多い、食糧事情が困窮こんきゅうしていても王族は豪華な食事を食べているのかな?


 食卓を見下ろし訝しむ僕に、ティアは気を取り直す様に



「ああ、これか? これは今日私が取って来たんだ」

「ああ、そうなの」



 ……熊の肉なんて僕、初めて食べるよ。






「なぁユキ、食後の運動をしないか?」



 そう伺ってくる少女に、僕は何の躊躇いもなく断る。何故なら——



「僕、やる事あるから、おやすみ」

「ぇ?」



 ——アヤが帰って来ている筈だからだ。



 夕食の時間である。


 僕は豪華なテーブルの上に頭を叩きつけて目を瞑った。





 目を覚ますとアヤである。


 じっとこちらを覗き込み、頰をツンツンと突いている。



「やぁ、おにぇちゃん、おかえり!」

「ああ、おかえり、アヤ」

「お風呂にします? ご飯にします? それとも……おにぇちゃんにします?」

「ご飯にするよ」



 そもそも、僕にするってどう言う意味なのか。アヤはたまに分からない。


 夕食はアヤが作ってくれていたらしい、時間的には何時もの夕食の時間を少し過ぎている、申し訳ないと思わざるを得ない。


 それはそうと勉強である、例の薬草や毒草について。



 アランに兎肉を売った事で幾らか銀貨を稼ぐ事が出来た。今朝市場を見た感じだと、食料の物価が飛び抜けて高いせいか、食料以外の品物も全体的に高めの値段だった。



 薬屋の飲み薬や丸薬、塗り薬なんかはプレイヤーが買っていくせいか、高めの値段でも品薄状態。


 金物は、武器の方は質の悪い物でも売れていて、それ以外の鍋やら包丁やらは殆ど売れていない様だった。


 それに、値段もどんどん釣りあがって行っている様子。



 プレイヤーは魔物を狩ってその肉を売って金を稼いでいるのだろう、そしておそらく折れたり使えなくなった剣や槍なんかはその場に捨てている可能性がある。


 何せ武術の心得が無い一般市民だ、タクやチサト、百合ちゃん達と違って武器の手入れなんかした事が無いだろう。

 それにインベントリのスキル結晶がどれくらいプレイヤーに供給されているか分からないしね。



 となると、今後鉱物資源が枯渇していくのは火を見るより明らか。

 そうなるとプレイヤー含めルベリオン王国の戦力が激減してしまうかもしれない。



 今夜は草原で鉄屑拾いかな。



 軽く調べ物と考え事をしつつ料理を食べる僕を、アヤはニコニコとした笑顔でじっと見詰めて来ている。


 既に食べ終えた様で、アヤの前にある皿は空。



「ああ、ごめん、すぐ食べるよ」

「ううん、もっとゆっくりでも良いんだよ?」



 そう言う事なら。と僕はある程度整理がつくまで調べ物兼考え事兼食事を続けるのだった。



 その後、片付けに食器洗いとまぁ、何時も通りの諸々の雑事を済ませ、タクから来ているゲーム情報のメールを確認し。今日の予定が決まった。


 アヤと草原で狩り。勿論僕は鉄屑回収である。



 という訳でログイン。





 瞼を開くと、其処には見知らぬ天井があった。

 目だけで軽く周りを見渡すと、ベットの横に本を読んでいる金髪の少女がいる。



「ん? ああユキ、起きたか。マレビトは唐突に眠ったりそのまま何日も目覚めなかったりすると言う、心配したぞ」

「うん、僕ちょっと妹と草原に狩りに行かなきゃだから——」

「む? ユキには妹がいるのかっ? これは私も挨拶に伺わなくてはいけないなっ!」

「うん、何でも良いけど、とりあえず僕行くね」



 そう言って起き上がり部屋から出る。とりあえず図書館に行ってウルル達を回収しないと。



「さぁ、行こう!」



 うん、何でも良いよ。





 王城を出る時も門番の人からは何も言われなかった。

 そのまま図書館に行きウルル達を回収すると待ち合わせ場所の北門に向かった。



「ねぇねぇ君1人? 俺らと一緒に行かない?」

「いえ、結構です」

「まぁまぁそう言わずにさぁ」



 待ち合わせ場所でアヤがナンパされていた。

 赤髪ポニーのロリッ娘、間違いない、アヤだ。


 アヤをナンパしているのは何やら顔のパーツと体の大きさに違和感のあるイケメン達である。


 確かにアヤは可愛いし、ナンパしたい気持ちも分からなくは無いが……何とも間延びした喋り方だ。



「1人だとレベリング大変だよー? 俺たちが守ってあげるからさぁ」

「人を待っているので不要です」

「君みたいな可愛い子を待たせる酷い連中は置いといてさぁ、俺たちと行こうぜぇ」

「そうそう、俺たちの方がぜってぇ強いから」

「なぁ〜行こうぜぇ」

「……」



 アヤがプチ切れそうなのでそろそろ助ける事にする、相手を。



「やぁ、待たせたね、じゃあ行こ——」

「ああ? おお! 可愛い子が増えた!」

「2人もいるぜ! 金髪と銀髪で超美少女、やべぇ!」



 何がやべぇのか。



「へへ、俺らと一緒に行こうぜぇ」



 そう行って気持ちの悪い笑みを貼り付けるイケメン顔が、僕に触ろうとしたその瞬間——



「おいおい、俺の連れに何の用だ?」



 その手を横から掴み、捻り上げた男がいた。




◇◇◇◇◇



メイド服を着せられたユキのビジュイラストです



https://kakuyomu.jp/users/Shirato_ryu/news/16818093080327859140

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