第7話 強いのは

 



 レイーニャの緊張感の無い声が聞こえた。



 目を瞑り、耳を澄ませて音源を探す。



 すると、草原の先からガサリ、ガサリ、と足音が聞こえた、音の感じからレイーニャより重量があるのが分かる。


 僕が腰のナイフをこれ見よがしに抜き放ち構えると、皆は声を潜めて武器を構えた。



 草を掻き分ける音は一つでは無い・・・・・・、正確な数は分からないけれど、軽い音が三つ以上、明らかに重い音が一つ。


 草の背が高いせいで正確な場所こそ分からないものの、大まかな方角は分かる。敵がいるのは南だ。



 南に向けてナイフを構え、敵が来るのを待つ。



 すると、敵は気付かれている事に気付いたのか、速度を上げて草むらから飛び出して来た。



「……犬?」



 飛び出して来たのは犬、黒い体毛にスマートなフォルム。


 それは鋭い犬歯を剥いて僕に飛び掛かって来た。


 対して僕は、犬の軌道にナイフを置いて対処する。



 僕の軽めの突きと犬の突進力が合わさって、ナイフはするりと犬の額を貫いた。


 軽く捻った事で脳を破壊され、悲鳴の一つすら上げる事なく死んだ犬は、されどその勢いを止める事はなく、僕を押し倒す。

 勢いを殺し切れる筋力も受け流せる筋力もこの体には無い。



 どうやら襲撃されたのは僕だけではない様で、僕を除いた8人に対し襲撃を仕掛けた犬は十数匹。


 要するに、今僕を助ける事が出来る人はいない訳で。


 今僕は、死んだ犬の下敷きになっている。



 身動きの取れない僕に向かって飛び掛かってきている犬が一匹。


 他の犬と比較して一回り以上大きい大物だ。



 牙を剥き出しにして僕の首目掛けて襲い掛かる犬。



 ナイフは突き刺さったまま抜けず、タイミング的にも抵抗する暇がない。

 これは最初の1匹が死ぬ事を前提とした、死兵ありきの突撃だ。普通の生物の動き方じゃない。


 この体の鈍い反射速度では、対抗し切れない。


 あー、死んだかな?



 そう思った時、僕と犬の間に黒い影が割り込んだ。



 仕方ニャいニャー。と言って飛び出した黒い影は、自分の体よりもずっと大きい相手に接近し、見事な猫フックをかました。



 夜闇を切り裂くその一撃は哀れな犬くんの側頭部にクリーンヒットし——




 ——木偶の如く弾き飛ばした




 空中をグルングルンと回転し、土を幾らか削りながらバウンドを繰り返し止まった犬くん。


 哀れにも首が向いてはいけない方向へ向き、しばらく痙攣したのち動かなくなった。



「……レイーニャって物理特化?」

「ニャーは魔法特化ニャ」

「……成る程」



 ……本当に強いのは猫だった。



《レベルが上がりました》






 幸いにも犬の襲撃は直ぐに鎮圧された。

 レイーニャの一撃を見ていたのは僕だけだったらしい。


 最初に襲撃して来た犬に対処出来たのはタクとセンリとアヤの3人、見事に犬の奇襲を見抜き、鉄剣で頭を叩きわった。


 他の子達は犬を倒せはしない物の、うまく躱すなり防ぐなりして凌ぎ切った、後は優秀な皆による犬くん達への総攻撃だ。そりゃ勝てるだろうね。




ワイルドドックの死体 品質C レア度2 耐久力C

備考:傷が少ない良品



ワイルドドックリーダーの死体 品質C レア度2 耐久力C

備考:傷が少ない良品




 狩った獲物をインベントリにしまいつつ、レイーニャに小声で質問する。



「レイーニャ、これって何に使えるか分かるかい?」

「ニャ? うーん、普通ニャらギルドに売るのニャ」



 レイーニャは歯切れ悪くそう言った。


 普通なら、ね。



「普通以外はどう使うのかな?」

「ニャー……職人ニャら毛皮とか爪で武器とか防具を作るニャ。取れる魔石は薬師とか錬金術師が使うし、死体そのものは召喚の贄に使えるニャ」

「ふーん、魔石と贄、ね」

「ニャ、……でもこの程度の魔物だと魔石も弱いし、贄としてもそこまで価値がある訳じゃニャいニャー」

「そっか……」



 結局のところ使えないという事か。





 その後の狩りは順調に進んだ。


 犬の襲撃はあの一回限りで、後は小さなスライムを見つけては狩る、という単調作業だった。


 タクの話によると、南の方に少しだけある森に入ると敵のレベルが一段上がり、森に入って行ったプレイヤーの殆どが死に戻りしたらしい。


 フラグが足りないのか単純にレベルが足りないのか。そう呟いたタク。おそらく今日は徹夜してレベルを上げるんだろう。





 体内時計から測って、そろそろ寝た方が良い時間になったので今日の狩りはお開きという事に。


 門番のおじさんにそれとなく挨拶しつつ街に入る。


 戦利品は均等分配、リーダー犬はまるまる僕が貰った。



 宿に向かった女子達に、早く寝なよー。と声をかけて見送る。


 タクは、それじゃあまた明日、と言って南に向かって行く。犬狩りだろう。



「レイーニャ、家まで送るよ」

「ニャ、ししょーは今日は帰って来ニャいみたいだから、ユキも泊まっていくと良いニャ」

「そう? じゃあお邪魔させて貰うよ」



 体の安置所をゲットである。



「ししょーが帰って来るまでユキは壺に魔力を込めるのニャ」

「そう言えば壺を預かってたっけ」



 図書館への道を歩きつつ、インベントリから壺を取り出す。




壺 品質? レア度? 耐久力?

備考:?



 うん、分からないね。



「分かったよ、寝る前にやっておく。ところで」

「ニャ?」



 気になった事がある、タクの話だと犬は主に南を根城にしている。


 それなのに、今日はそれなりの規模で犬の襲撃があった。

 事実として、襲撃の後は一度も犬と遭遇していない。


 その事をレイーニャに話してみた。



「ニャー……多分だけどニャ、マレビトが一気に南にニャがれて来たからじゃニャいかと思うのニャ。草原周辺だとニャーはともかく初心者のマレビトは犬と戦うのが適正だニャ」



 レイーニャが言うには。


 北の草原にいる兎は逃げ足が速く、東の草原と浜にいるアーマークラブ、つまりヤドカリ、はそこそこ硬い。

 西の草原にいるスライムは実は初心者にはそれなりに厳しい相手で、結局自分から向かってきてくれる南の犬の方が狩りをしやすいのだとか。



 その結果、初心者だらけのマレビトの多くが南の草原に押し掛け、危機感を感じたリーダー犬が人の少ない西の草原に逃げて来たのではないか、と。



「そんな事あるの?」

「ニャ、前にニャわ張り争いに負けた熊が森から出て来た事があったニャ」



 つくづくリアルな世界だ。





 壺に魔力を込めた後、レイーニャにお休み、と言い僕もリアルに戻った。

 小さなベットの上で丸まって寝るレイーニャは、ただの猫にしか見えなかった。



 目覚めたら寝支度を整えて、直ぐに眠りに入った。


 明日も1日暇なので、勿論アナザーにログインするつもりだ。


 初日からなんやかんやあって触れてすらいなかったが、そもそも僕が最初に取得したスキルは錬金術と召喚術。


 スキルポイントも幾らかあるので新しくスキルの取得をしつつ、錬金術と召喚術を使ってみようか。




 

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