第5話

 僕の背の倍ほどもある木製の柵に囲まれた村の入口には一人の中年男性の門番が待機していた。近づく僕らの姿を確認した門番の顔に緊張が走る。錆だらけの鎧を纏った兵士が少女を抱えて走ってきたら誰だって警戒はする。


「この村に何の用だ」


 槍を構え威嚇する門番にこれ以上警戒されないように穏やかに声をかけた。


『すいません。今夜一晩だけでも良いのでこの子に食事と宿を借してはもらえないでしょうか?』


 門番の視線が僕からルイーゼに移り、神官服で止まる。


「旅の巡礼神官か。村民の怪我や病気の治療を引き受けてくれるなら良いだろう」


 門番の条件にルイーゼは今まで見たこと無い爽やかな笑顔で「それくらいお安い御用です」と明るく答える。

 僕も『僕に出来ることでしたらなんでもお手伝いします』と続けると険しい表情だった門番の口元に笑みが浮かぶ。


「兄ちゃんも見かけによらず気が利くな。この村には宿屋はないから客人を泊めるのは村長宅と決まっている。案内してやるからついてこい」


 そう言うと門番は近くの小屋に声を掛けると小屋の中から交代の青年門番が現れ、彼のいた位置に着いた。交代を見届けると彼は「行くか」と僕らを促し村長宅へと向かった。




 村長宅に到着すると老年の村長夫妻が笑顔で出迎えてくれ、錆だらけの僕と土埃まみれのルイーゼを見ると「大変だったのね」「苦労したんだな」と労いの言葉をかけてくれた。


「お嬢さんは神官さんなんですってね。小さいけどこの村にも教会があるからそこで治療をお願いしても良いかしら」


 村長夫人の言葉にルイーゼはハイと元気よく答えると夫人に連れられ教会へと向かい、残された僕は村長に村の柵の修理を頼まれた。


「修理道具はそこの小屋の中にある。わからないことがあったら小屋の裏手に修理屋がおるから其奴に聞くと良い」


『分かりました』


 頷き、僕は柵の修理に取り掛かる。



 亀裂が入っているところは板で補強し、隙間が開いている所には小屋の端に積み上げられた丸太の山から取り出し補修していると気づけば天頂にあった太陽も地平線に沈みかかりあたりを赤く染めていた。


「おーい、鎧の兄ちゃん、そろそろ暗くなる。そこらで終いにしたらどうだ?」


 僕に声を掛けてきたのは修理屋の厳しい顔つきに対し気さくなお爺さん。


『ここが終わったらきりが良いのでそこで切り上げます』


「分かった。終わったらワシの小屋に来い」


 そう言うと僕に手を振りお爺さんは小屋に戻っていった。村長宅に戻る途中で修理屋のお爺さんのところによると油差しを手にして待ち構えているお爺さんの姿。


「全身、磨いてやるには時間がないが、油ぐらいは差してやれる。まあそこに座れ」


 差し出された椅子に腰掛けるとお爺さんはギシギシと軋みをあげる関節の付け根に入念に油をさしてくれた。

 油差しが終わり、腕や足を屈伸させてみるとどこも滑らかに動く。


『ありがとうございます。凄く動きやすいです』


「そりゃ、良かった」


 礼を言うとお爺さんは嬉しそうに笑みで返してくれた。




 村長宅に着くと既に夕食の用意がされていて、食卓には並べられた湯気の上るスープにこんがりキツネ色に焼かれた鶏肉と一緒に丸パンが添えられていた。ルイーゼは既に着席していてナイフとフォークを装備し今か今かと待っている。


「あら、貴方も戻ったことだし、冷めないうちに召し上がれ」


 僕の姿を確認した村長夫人が僕にも夕食を勧めてきた。純粋な好意なのが分かっているだけに断りづらい。不死者アンデッドである僕は飲食が出来ない。


『折角、用意してくれたのにすいません。お腹の具合が悪いので先に休ませてもらいます』


「そうなの。部屋はそこの左手のところよ。ゆっくり休んで」


 本心から心配している夫人に申し訳無さを感じつつ寂しさと心配が混じったルイーゼの視線を背に僕はあてがわれた部屋へ向かった。




「鎧くん、大丈夫?お昼も食べてなかったけど」

 お風呂もいただいて身ぎれいになったルイーゼが眉根を寄せながら僕の顔を覗き込む。まだ、彼女は僕の正体に気づいていない。その事に僕は安堵していた。


「ねぇ、鎧くん。明日、ここを発つけど君はどうするの?」


『明日のことは明日考えるよ』


 布団に潜り込み寝る間際のルイーゼの枕元に腰掛け笑うように答えると彼女も笑いながら


「それはそうだね」


 と笑顔で返し、少しばかり間を空けてからは僕に尋ねる。


「ねぇ、鎧くん。私と君って……と、とも……やっぱり何でもない」


問いの途中で尚且つ僕の返事も聞かずルイーゼは隠れる様に布団に潜り込むとあっという間に眠りの世界へと旅立ったのかスヤスヤと心地よさ気な寝息をたてていた。

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