残念ですが、それは無理な相談です

「で、なんで俺、ヒョウと一緒に学校から帰ってるんだっけ。つい最近似た様な事があったばかりな気がするし」

 

ご主人は入学式が終わり、僕と一緒に肩を並べて帰路についている状況に疑問をぶつける。

 

「嫌だなーご主人は。もう忘れたの?僕に土下座して悪魔属性を持ったJKと一緒に帰りたいですって言ってきたからこうなったんじゃないか。」

 

「あんたは、自分自身にも記憶改ざんを行ったのか?一体、俺があんたには、どんな風に見えてんだか。……当たり前のように自然な感じで俺に付いてきてたから、途中まで違和感すら抱いてなかったぞ」

 

 

「護衛だからね。そりゃ付いてくるよ。……あ、でもあれは心配しなくても大丈夫」

 

「あれって?」

 

「君の家に住み着くか、着かないかの件だよ。僕には当てが出来たからね。思春期真っ只中のご主人には、残念なお知らせかもだけど」

 

「はぁ、それは別に良いんだが、ロングホームルームが始まる前に、あんたが両親っぽいのと話してる所を見たんだけど、あれがもしかして当てなのか?

でもヒョウって悪魔だし人間の親なんか居ないよな?……もしかしてあの人達にも記憶の改ざんを……?」

 

僕は何も言わずに、ただご主人に対して笑みをみせた。

 

ご主人はゴクリと唾を飲み込む。

 

「まぁ……これ以上は聞かないでおく……。あの人達以外にも校長先生や先生達も記憶の改ざんが行われてそうだが、これは俺のためにヒョウがやってくれた事だもんな……」

 

話がひと段落して、しばらく歩いているとご主人が、口を開く。

 

「そういや、魔界に用事があるって言って一週間くらい顔を見せなかったのも、俺達の記憶改ざんを行うためだったりしたのか?」

 

魔界に行かないといけないと言ったのは、あの場から離脱するためのデタラメな口実だったので、理由なんて考えてなかった。

だからそういう事にしとこう。

 

「そ、そうだよ。改ざん作業はわりと時間を使うからね。それよりゲームはするかい……?」

 

「露骨に話逸らしたな。まぁ、ゲームは、する方ではあるよ。いろんなジャンルをさ」

 

「お!まさかご主人もこっち側の人間だったとは……!」

 

僕は前世から筋金入りのゲーム好きだ。だからこの世界の原作ゲームにも出会ったわけだし。

 

「君とは仲良くなれそうだ!」

 

「その前に悪魔もゲームやんのかーーーー」

 

 

ご主人が言葉を言い終える刹那、ご主人の身体目掛けて、ぎらめくナイフが飛んでくる。

 

僕は念の為付けていた腕輪を使い、咄嗟に氷の盾を作ってご主人の前に出る事で、ナイフを跳ね返す。

跳ね返されたナイフは音を立てて、すぐそこの地面に落ちた。

氷の盾にヒビが入ったが、その程度で済んだことにひとまずホッとする。  

 

僕はナイフが投げられた方向を見る。

 

「あれは……」

 

 

「し、死ぬかと思った……、一体何が起こってるんだ」

 

冷や汗をかきながら、ご主人もそう言いって僕が見ている方向を見る。

 

「ぁあ……本当に何が起こってんだよ」

 

ご主人がそう言いたくなる気持ちも分かる。

 

ーー何故なら悪魔の契約者同士が悪魔を使って戦っているのだから。

 

「ーーそれに、あの子さっきまで同じ教室に居た子じゃないか?」

 

ご主人が困惑した顔でそう言う。

 

そうなのだ。その1人は、僕たちと同じクラスになったばかりの少女、星里 美月メインヒロイン(ほしざと みつき)さんだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

星里 美月は原作ゲームのルシファーに並ぶメインヒロインの1人である。

 

しかもこのゲームには珍しい、NPCで人間のメインヒロインなのだ。

NPCはせいぜい、敵キャラ以外で言うとモブかサブキャラな事が多いし、契約者の人間も同じ様な事が多い。

その様な中で、幾多の天使や悪魔等を差し置きメインヒロインの座に居座った恐るべき子。

数年前から悪魔と契約をかわし、ある組織に敵対し活動を行う、高校1年生。

主人公とは原作通りにいけば、今から3週間後くらいに契約者という立場どうしで邂逅している。

 

使い魔は、中級悪魔バティン。

赤髪で男の風貌をしており、2つのツノに片眼鏡、蛇のペンダントを付けている。

バティンの能力は見える範囲を瞬時に移動できる瞬間移動の力。大きな鎌と併用して戦うのが特徴の悪魔だ。

 

対するもう片方はーーー

 

黒スーツをピシャリと着こなし、青白い顔に胡散臭い笑顔を貼り付けた青年、丈翔(じょうと)。

 

この人は、ある組織に属している。

その組織というのが、表では、優良企業面をしているが実態は、悪魔や天使と契約した契約者を多く雇い、裏社会を牛耳る組織『バビロン』だ。

 

原作ゲームでは何かと主人公と敵対している事が多い組織といえる。

 

そんな丈翔の使い魔は、中級悪魔ウァレフォル。

銀髪の髪に黒のメッシュが入っており、一本のツノと頬に傷がある女性の姿をしているのが特徴だ。

体の線が分かりにくい赤銅色のローブを羽織ってはいるが、それでも分かってしまう、出る所が出ているグラマラスな体型の持ち主……

それもあってか、一部のファンからカルト的な人気を誇っている。

このコンビは原作ゲームでは、あまりバックボーンが明らかになっておらず、基本的な情報以外謎が多い。

 

 

 

ウァレフォルは相手の物を奪える能力を持つが、奪いたい物に対する、所有者の所有意欲が高いものほど盗みにくくなる。

つまり相手にとって大切な物ほど盗みにくいという事だ。

戦い方は投げナイフを使った戦闘方法……。

 

そう完全にあやつがご主人に投げナイフを投げた犯人だ。

 

ただ、戦闘に夢中で僕達には眼中にも無いので、美月たちに対する攻撃がなんらかの形で外れてしまい、ここまで投げナイフが飛んで来たんだと思われる。

要するに飛び火である。

 

どちらともまだ僕達の事は気づいてない様だ。

仕方ない、戦闘に集中しなければ自分自身が危ないあの状況で周りを見渡す余裕がないんだろうし、僕たちは距離的に見える範囲に居るとはいえ、まぁまぁ離れている。

 

……にしても原作ゲームのメインストーリーが始まる前に登場キャラ同士でこんなくだりが行われていたのか。

原作ゲームファンの間に知られていない事を、一番最初に知れるこの背徳感は凄まじいものがあるなぁ。

 

 

「なぁ、あれ、まずくないか?俺らが仲介に入った方がいいんじゃないか……?」

 

そう言って戦闘中の場所まで歩みを進めようとしたご主人を、片腕をご主人の目の前に出す事で制す。

 

「……まって!ご主人。」

 

「どうしてだよ。流石にあんなの見過ごせないだろ」

 

確かにそうだが、むやみに僕達が突っ込むのは良くない。

何故なら今後の原作ゲームのメインストーリーを改変させてしまう可能性があるからだ。

僕は原作ゲームのメインストーリーに関わるような事はしないと決めたばかりだし、実際に今の所は関わっていないはずだ。

 

となると、まだ原作ゲームのメインストーリー通りの方向に進んでいると思われる。

その事から導き出せるのは、今行われているこの戦闘は、原作ゲームでも物語開始前に行われていた前日譚的な何かだという事。

そう考えると、原作ゲームのメインストーリー開始時に、この面々の誰かが脱落している事は無かったので、この戦闘は引き分けか何かで終わるんじゃなかろうか。  

 

そういう事であれば僕らは絶対に今は関わらない方がいい。僕達が絡んだせいで、未知のルートに入ってもらっても困るしなぁ。

という事で絡むのは絶対に悪手と言える。

 

「僕もご主人の意見には賛成したいんだけど、今回は、僕らが絡んではダメだと思うんだ。

今日は僕に免じて回れ右をしてから、一緒に他の道で帰ろうじゃないか。」

 

僕は真剣な眼差しでご主人を見る。

 

 

「……わ、分かったよ。会った時からおちゃらけた雰囲気でいるあんたに、そんな真面目な顔で言われたらそう言わざるを得ないんだが」

 

僕の真剣さが伝わったのかご主人が訝しみながらもそう言う。

 

「ただ、あの女子、俺らのクラスに居た女子だよな?入学して早々、自分のクラスメイトの悲報なんて聞きたくないし、確実にそんな事にはならないと言い切れないなら、俺はあん中に割り込む。」

 

僕も原作ゲームの時から応援している登場キャラを死なせたくはないから、真剣に考えて導き出した僕の答えだ。

 

「……それは大丈夫。僕を信じて」

 

ご主人は真意を探ろうとしてか、僕の瞳を覗き込んでくる。

 

 

しばらく、僕らは目を合わせ見つめ合う。

 

 

やがてご主人は視線を外し、くるりと体を回転し、僕らが来た方向に戻り出した。

 

「……分かったよ。別の道で帰んぞー」

 

僕は肩の力が抜ける。

 

「……うん、ありがとうご主人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼ら彼女らの戦いは、ヒョウ達が道を引き返した後でも続いていた。

丈翔の使い魔であるウァレフォルが投げナイフをバティンに対して数本、投擲する。

 

「バティン頼んだわよ!」

 

「はいよっと。お嬢」

 

バティンは後ろに居る美月の腕を取ると、美月と一緒に投げナイフの投擲範囲から外れた場所に一瞬で移動する。

さらに自分だけもう一度、その場から姿を消し、ウァレフォルの眼前に姿を現した。

眼前に現れたのと同時にバティンは、大鎌を振り下ろしウァレフォルの首を狙うーーー。

 

 

ーーだが、その刃は首に届く事は無かった。

 

「危ないですよ。ウァレフォル」

 

「ーー略奪っ!」

 

そうウァレフォルが口にすると同時に、バティンが寸前まで持っていた大鎌がウァレフォルの手に移る。

 

「くっ」

 

 

バティンは、大鎌が手元から無くなった事で空振りに終わってしまい、ウァレフォルとの間合いを取るため、飛び跳ね数メートル後退した。

 

後退してすぐに、大鎌はバティンの手元に戻る。

 

「やっぱり、完全な略奪は無理か。まぁ、躱せただけでも及第点だろ」

 

「俺の大事な鎌を一瞬でも盗むなんて、外道もいい所だぞ!」

 

「何言ってんだ、お前は。外道はアタシ達、悪魔の本分だろ……それにしても、助かったぜ、丈翔。

言われなきゃ危なかった」

 

「良いって事です。」

 

丈翔はウァレフォルに向けていた顔を美月とバティンに向け直し言う。

 

「ーーーーそれより、あなた達と戯れあってる暇は私達には無いのですが」

 

丈翔は相変わらず胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、美月とその使い魔にそう告げる。

 

「私は最初から言ってるじゃない!今この都市内で企んでいる事を辞めさえしてくれれば、私もこんな強行手段は取らないって」

 

「あなたが、数年にもわたって、この都市に存在する支部の活動を妨害する人間で間違いなさそうですね。

つまり、私がわざわざ、本部から支部にまで駆り出されたのも貴方のいせです。」

 

「……ッ。だから、なんだって言うのよ。今企んでいる事を辞めさえしてくれればいいの」

 

「……聞く耳を持ちませんね」

 

「それはこっちのセリフなんだけど!」

 

「まぁ、いいです。今日は引き返すとしましょうか。ウァレフォル」

 

「分かった。帰ろうぜ丈翔」

 

「ちょっ……まだ話は終わってないってば、だからーーー」

 

美月が言い終える間もなく、球体の物が地面にたたきつけられ、眩い光で一面が真っ白になる。

 

光が収まると同時にその場にあの2人の姿は無かった。

 

「ちっ、光玉か。あんにゃろう!……大丈夫か?お嬢」

 

「ん、うん。大丈夫。少し目がしょぼしょぼするだけ。」

 

美月は目を擦る。

 

「ごめんな……お嬢。逃がしちまって。」 

 

バティンは美月に対して申し訳なさそうな顔をするが、美月は首を振る。

 

「うんん、大丈夫、また次があるわ。私達で絶対止めましょうね。じゃないと……」

 

「あぁ、分かってる。皆まで言う必要はねぇよ」

 

 

 

 

 

 

丈翔とヴァレフォルは、あの場に取り残された契約者と使い魔の2人を近くにある民家の屋根から眺めていた。

 

「わざわざ支部まで出向いて、数日。今日初めて例の少女と会いましたが、確かに彼女は厄介ですね。」

 

「普通に危なかったからな。まぁ、丈翔のするどい勘とアタシの力でどうとでもなるだろ。

……ところでアタシ達に与えられた、もうひとつの方はどうすんだ?

今日は本来そっちがメインだろ?なんの成果もないんなら、あの支部のジィさんからまた、ドヤされるぞ。お前の方が偉いのにな」

 

「ルシファー召喚の魔導書を探すでしたよね……。契約していない野良の天使達がここ周辺でそれを嗅ぎ回っているだとか…本当にそんな物がこんな所にあるのか知りませんがね。………仕方ありません、今日は大人しくドヤされてあげましょう」

 

「…………話変わるんだが、光玉出来るだけ節約しねぇか?組織から申請して支給されてるやつだけじゃ足りねぇから、いくつか無断でパクってきてもいるが、それでも足りやしねぇ。ここ数年で見つけづらくなってるって聞きもするしな。」

 

「残念ですが、それは無理な相談です。」

 

「なんでだよ」

 

「ヴァレフォルにお姫様抱っこされている所を、誰にも見られたくないからに決まっています」

 

「……そりゃぁ、仕方ねぇだろ。

アタシのような高い身体能力を、持ち合わせていない『人間』を効率よく、この民家の屋根まで運んで、あの場から立ち去るにはこうするしかないんだから」

 

そう言われた丈翔はというと、傍から見たら20代の女に見えるヴァレフォルに、いい歳した男がお姫様抱っこをされている現実を恥じていた。

 

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