変態さん
「入学してから一週間が経ちましたが、気を抜かず、初心の心を忘れないまま今後も過ごしていきましょう」
そう言って担任の先生がショートホームルームを締め括る。
ショートホームルームが終わり、思い思いにクラスメイトたちが動き出す。
俺、宝生 稔はというと、昨日はすぐにゲームを切り上げたにも関わらず眠くて仕方がなく、机から立ち上がる気も起きなかったので、肘をついてクラス全体を眺めていた。
それで目に入ったのは、黒板係になり黒板に付着したチョークを消している星里 美月さん。
入学式の帰り道に、ヒョウととんでもない現場を目の当たりにしたのだが、それの張本人だった。
あの後、ヒョウに聞いた事なのだが、あれは使い魔を使った戦いが星里 美月さんともう1人の男の人とで行われていたらしい。
最近悪魔や天使のという存在が実在する事を知ったばかりなのに、立て続けにこういう事があると本当に頭の処理が追いつかない。
何故、星里さんが、そういう事になっているのか、何かヒョウは知っていそうだったが、言う気はないのか俺にそれについて話そうとはしなかったので、とやかく聞く事は無かった。
星里さんと、もう1人の男の人とが、戦っていたあの場で、正直、最初は刃物を使いお互いに本気で戦っている様子を見て、本能的に怖い、逃げたいと感じたのだが、その時にヒョウが近くにいた事で、インプという悪魔の件を思い出した。
インプと戦っている時のヒョウはとても心強く、命の危険がある事は何がなんでも避けたいはずの俺が、勇気を出して一緒に立ち向かえた初めての出来事だった。
まぁ、俺ただ公園を走り回っただけなんだけど。
だが、確かにあの時俺はヒョウとなら、どうにか出来そうだと思った訳で、その経験から、同じクラスメイトになったばかりの星里さんに何かがあったら嫌だなと思い、あの戦いに割り込んで止めようという勇気が出たのだ。
まぁ、結果的にはヒョウにその事を止められて、星里さんは何事も無かったかの様に、今も普通に学校に来ているが。
要するに俺の考えすぎだった訳だ。
あれ以来、星里さんの使い魔は、見ていない。
ヒョウみたいに高校生になりすましてたりするのだろうか。
「なぁ、宝生、お前、星里さんの事ずっと見てるけど、一目惚れでもしちゃったか?」
そう言ってニヤニヤしながらやって来たのは、この高校に来てから知り合い仲良くなった男子生徒。
お調子者だけど、いい奴だ。
この男子生徒には、このクラスに小学校から一緒だという男の幼馴染が2人いて、最近は昼休みの弁当の時間等は、そこに混ぜさせてもらって、一緒に食べている。
最初はヒョウと食べようと思っていたが、毎回、昼休みになると教室からいつのまにか居なくなるので、食べる事が出来なかった。
俺が何も言わずにいるとその男子生徒は喋り続ける。
「いやぁ、でも分かるぞ。あの子の可愛さは、うちのクラスどころか、全校生徒の中でも上位に入るレベルだもんな」
まぁ、確かにそれは分からなくも無いかもな。
男子が好きそうな、可愛いって言われる様な顔つきしてるし。
「もう既に何人かの男子生徒が告って振られたとか」
「まだ、学校が始まってそんなに経ってないのに、もうそんな事になってんのか……」
「でもさ、確かに星里さんも可愛いけど、うちのクラスにはもう1人、美人さんがいるじゃんか。学校中で話題になってたぞ」
「え、誰だよ」
「はい?冗談だろ、本橋さんだよ、本橋さん。
あまり表立っては喋らないけど、クールな美少女って感じでさ。」
あー、ヒョウの事か。
俺らの視線は自然とヒョウの所へ向く。
ヒョウは今、自分の席で、スマホをいじっている。
確かに美人だけど、喋るとなぁ……。
喋らなければ美人というのだろうか、こういうのは。
そういえば、ヒョウのやつ、高校で俺以外とあまり喋っている所を見ていないな。
それが、いい方に転がって、うちの学校で、ヒョウは寡黙でクールな美少女というキャラが浸透しつつあるのかもしれないけど。
わざわざ、中学の寡黙な美少女という設定を高校にまで持ってきて、本当に再現する必要はないんだかな。
「でも確かに美人ではあるからな。見た感じは近寄りがたい感じもするけど、星里さんに早速、告る奴が居る様に、1人や2人無謀な奴が、同じように告っててもおかしくはない」
ヒョウから告られたという話は聞いてないけど。
「それはないと思う。主に宝生、……お前が原因で」
「は、俺!?」
思わず声が少し大きくなってしまう。
俺は恥じらい、声のボリュームを下げて口を開く。
「なんで俺なんだよ。これって俺関係ないだろ」
「大アリだぞ。2人の自己紹介の時に知ったけど、同じ中学なんだってな?」
「……それはそうだけど、それがどうしたって言うんだ。」
ヒョウのはそういう設定なだけなんだけど。
「だからだろうけど、橋本さんが他の人とはあまり話さないのに、よくお前とは喋っている所を見る。もしかしたら俺に言ってないだけで付き合ってる可能性もあるかもな」
「いや、ねーよ」
「いや、いいさ。別にいいんだよ。言わなくたって。
誰だって言いたくない事の1つや2つはあるからさ。」
「話聞けって」
俺は弁明しようとするが、俺の話は聞く様子もなく、話が続く。
「……でもな、俺は男として1つだけ許せねー事がある」
俺の方に顔を向けながら、目を細め、声色を変えて言うもんだから、凄みが感じられて俺はたじろぐ。
「な、なんだよ。」
「お前、本橋さんと互いに変わったあだ名で呼び合ってるらしいじゃねぇか。宝生が本橋さんの事を変わった名前で呼ぶのは、まだ許せる。だけどな……このクラスで一番言わなさそうな、本橋さんに自分の事を『ご主人』って呼ばせているのは納得いかねぇ。」
俺の頭は真っ白になる。
「俺も……クールな女の子にそう呼ばれたい人生だった。そんなギャップ萌え俺も体験してみたかったぞ!宝生!まさか脅して言わせてるんじゃなかろうな!」
俺が思考を放棄している間もそのクラスメイトは喋り続ける。
「……ま、まさか!本橋さんの恥ずかしい写真とか持ってそれを脅しの材料に……」
「いい加減にしろや、宝生くんが困ってるだろ」
「あたっ」
その生徒の幼馴染である男子生徒の1人がやって来て、喋り続けるお調子者の生徒の頭を、丸めたノートではたく事で、その話を強制的に終わらせる。
「あんまり気にしないでいいからな?こいつの言う事は」
「なんでだ!俺は今、宝生の変態さんに話があるんだ!」
そう抵抗するも、その生徒は引きずられ、幼馴染に連れて行かれた。
ただ俺はその様子を眺めて思考を手放している事しか出来なかった。
◇
その後……
ヒョウと宝生の会話。
「なぁ、高校では、お前は悪魔のヒョウじゃなくて本橋 佐柚香なんだから今後はヒョウって呼び方を控えようと思うんだ……」
「嫌に決まってるじゃないか、ご主人!」
「じゃ、じゃあせめて俺の事はご主人じゃなくて宝生と言ってくれるとありがたいんだが…」
「無理に決まってるじゃないか、ご主人!」
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