選択肢をミスった気もしなくはない

僕はベッドに転がったまま、スマホと睨めっこをする。スマホ画面から見えるのは、ご主人とのメッセージ画面だ。メッセージのやり取りは一つも見られない、まっさらな画面だ。

 

「来ない!」

 

「メッセージが来ない!」

 

僕はうな垂れる。

 

ご主人には申し訳ないけど、正直、使い魔ごっこのあの一件は、悪魔であるインプの戦闘を含めて、僕の心を踊らせるのに十分だった。使い魔になりきるのって、あんなに楽しいものだったのか。知らない世界だった。

 

そんなことだから、ご主人と使い魔ごっこを早くしたくて仕方がない。なのに、あの件から一週間が立った今も、呼び出しは、愚か一通のメッセージも来ない。別に困ったことがなくても、たわいもないことで良いから、一言くらい欲しかった。

 

むー!

 

待っても結局来なかったなら、自分でメッセージを送れよという話になるかもしれないけど、この場合、僕からメッセージを送るのは何か違う気がする……。

 

なんだろう、このモヤモヤ……。こうなったら、このモヤモヤは今日、ご主人を困らせることで解消しよう。

 

何故今日かって?だって今日はーーー

 

「佐柚香(さゆか)、起きてる?今日は、入学式なんだから、そろそろ準備しなさーい」

 

「はーい、お母さん」

 

ドア越しから聞こえたお母さんの声に、僕は返事をする。

 

そう、今日は、高校の入学式だ。

 

ご主人と一緒の高校なので、悪魔ということになっている僕が、女子生徒服を着て、ご主人の目の前に現れたら、どんな反応をするか楽しみだ。

 

なんかそんなことを考えていると、ますますやる気がみなぎってきた。

 

それに、悪魔が存在すると分かった今、原作ゲームと同じ高校である僕の高校には、原作の登場キャラがいる可能性もあるのだ。いろんな意味でワクワクしてきた。さぁ、準備するぞぉ!!

 

僕はハンガーにかかっている真新しい制服を手に取った。

 

 

新しい制服を着て玄関に向う。そこに居たのはお父さんで、靴を履いているところだった。

 

「お、準備を終えたようだね」

 

「うん、バッチリだよ、お父さん」

 

「制服も似合ってるじゃないか」

 

「ありがとう、……お母さんは?」

 

「もう少しで準備終わるから、玄関で待ってろってさ」

 

そう言ってお父さんは困った顔をする。その顔から僕は察する。

 

「……結構時間かかりそうな感じだったんだ」

 

「その可能性が高そうだよ」

 

 

入学式は可もなく不可もなく、どこにでもあるような入学式として閉式の辞まで行われた。

 

確かにどこにでもあるような、入学式ではあったけど、自分にとっては大きな収穫があった。

 

それは、この高校に原作ゲームで登場したキャラがいたということだ。

 

今まで僕が原作ゲームのキャラを探して見つからなかったのが、嘘のようにあっさり見つかった。

 

入学した1年生の名前を先生が呼び、それに呼ばれた生徒が返事をするという、入学式ではありきたりなことで簡単に見つかったのだから肩透かしもいいところだけど、まぁ、結果的に見つかったので良しとしよう。

 

まぁ、そのことからも分かるように、原作ゲームのその登場キャラの今の学年は高校1年生だ。また、その登場キャラは、主人公と同級生なので、主人公も現時点では高校1年だと推測できる。

主人公がこの高校に入学してから数週間後に原作ゲームのストーリーが始まるので、現状、物語はまだ始まっていないという認識でいいとは思う。

 

これが分かったのは、あまりにも大きいと言える。

 

主人公は案の定、どこのどなたさんか分からずじまいだったけど……。

やっぱり顔と名前が分からないのは、あまりにも無理ゲーすぎる。

それはそれとして、原作ゲームの登場キャラを見つけることができたし、その周辺に居れば、いずれゲームのメインストーリーに介入できると思うけど、僕は介入をしない方向で行くことにした。

 

これが数ヶ月前までの自分なら、介入したら面白そうみたいな考えで、介入を行なったと思うけど、よくよく考えてみれば、下手に介入して原作改変を行い、原作ゲームのゲームストーリーよりも状況が悪くなったりしたら、僕では責任を取りきれない。

 

いくら主人公でも解決するのには、限度というものがあるはずだし、僕が介入しないでさえ居れば、原作ゲームでいうハッピーエンドに行くはずだ。もしハッピーエンドに行かなそうなら、その時は自分ができる範囲で手伝うかもしれないが、今はまだそんな時でもない。

 

モブである僕がこういう風に、出しゃばらないと決められたのは、ご主人の影響が大きい。もともとゲームの世界を改変したいという気持ちが芽生えていたのが、この世界の原作ゲームが好きなのと、暇だったから。他にも考え出したら色々あるかもしれないけど、主にこの2つなのだ。その2つを埋めてくれる存在ーー

 

そう、ご主人だ。ご主人とする悪魔ごっこが僕を満たしてくれたお陰で、ストーリーに介入したいという気持ちが薄れたのだ。

 

そういう事なので、原作ストーリーの方は、ある程度の距離を保ちつつ僕は観察程度にとどめておこうと考えた。

 

 

 

 

 

入学式の後にあるロングホームルームが終わって帰宅だけとなり、一年生は、帰り始めたものや、早速、友達を作ろうと他の一年生に話かけている者など、様々だった。

自分はやる事があるので、両親には先に帰ってもらってご主人を探していた。

ロングホームルームで、分かった事だが、ご主人とは同じクラスという事が分かった。悪魔ごっこをご主人とやりたい僕にとっては行動がしやすいので、朗報だった。

そんなご主人はロングホームルームが終わるとすぐ何処かへ行ってしまった。

荷物は教室に置きっぱなしなので校内には居るはずだけど。

 

それと原作ゲームの登場キャラも一緒のクラスだという事が分かった。原作ゲームのキャラと同じ空気を吸えるのは素直に嬉しい。

主人公とは、同じクラスという設定だったので、僕のクラスに主人公も居るはずなんだど、見た感じじゃ本当に分かんない。

まぁ、そのうち分かるとは思うけど……。

 

そんなこんなで、しばらく探していると、学校に設置されている自販機で飲み物を買おうとしているご主人を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

俺、宝生 稔は入学式やロングホームがやっと終わり、開放感を感じていた。

対して面白くもない話を聞くだけなのは、やっぱり退屈だった。

この間の刺激的すぎた悪魔との戦いもあったし尚更そう感じる。

 

母さんは、とても忙しい人だから、ロングホームルームが終わる前に帰ってしまった。

まぁ、あんなに忙しくても、入学式に来てくれたんだ。

感謝しないとな。

 

そんな俺は今、自販機を探していた。

朝から飲み物を一切飲んでいなかったので、喉がすごく乾いていたからだ。

しばらく探していると、少し先の方にある自販機が目につく。

 

「お、あった、あった。」

 

俺は早速自販機の前に行き、財布を取り出す。

その時一緒のポケットに入れていたハンカチを落としてしまう。

 

拾おうと前屈みになった所で、俺の手より先に、俺のハンカチを拾ってくれた人の手が視界に入る。

誰が拾ってくれたのだろうと、顔を上げると、中学からの同級生ではあるが、面識はそこまであるわけじゃない人、本橋 佐柚香(もとはし さゆか)さんがそこに居た。

本橋さんも同じ学校に入学するという事は、中学の時から知ってはいたが。

 

「ありがとう。拾ってくれて本橋さん」

 

本橋さんにお礼を言うが、キョトンとした顔で固まっている。何か俺は、失礼な事を無意識に言ってしまっただろうか。

 

その後、数秒間固まっていたかと思うと急に本橋さんは、動き出す。

 

「……あぁ、そっか。まだ気づけてないみたいだね、僕の事。前回、会った時はドミノマスクをつけていたけど、今日は付けてないから無理もないかな。……僕だよ僕!ヒョウだよ。ご主人」

 

そう言って俺に微笑む。

 

今度は俺が固まる番だった。

 

確かに言われてみれば、今の本橋さんの口調は、この前会ったばかりの、悪魔の少女そのものだし、シルエットも一緒な気がする。

だけど、本橋さんに持っていた印象と悪魔の少女であるヒョウに持っていた印象があまりにもかけ離れすぎていて理解が追いつがないのだ。

 

本橋さんは中学の時、寡黙でクールな美人の女の子だった。皆の憧れで、喋りかけたいけど高嶺の花の様な存在で、皆気が引けていた。

 

そんな少女と、このグイグイくるヒョウが同一人物だという事に脳みそが理解を拒む。

 

 

最近俺の脳みそが追いつかない事ばかりだ。

 

何よりこの事が正しければ悪魔の少女は3年間、俺と同じ中学で学校を過ごした事になる。

 

どういう事だよ!本当に!

 

 

 

 

 

 

困惑してる!

ご主人は明らかに困った顔をしている。

僕に全然連絡をよこさない罰だ、思い知ったか!ご主人。

 

それにしてもご主人の口から本橋 佐柚香という名前が出てくるのは意外だった。

だって、いくら同じ中学でも、僕の一方的な面識しかなく、クラスも一緒になった事がないので、顔や名前を覚えられてない可能性もあった。自分で言うのもなんだけど、中学では影薄かったし……。

 

だから僕は完全にそうなると思っていたからこそ、本橋 佐柚香なんて女の子を、知らない前提で「なんで悪魔であるヒョウが学校に居て、ここの制服を着ているんだ!?」みたいなリアクションが来るのかと思っていた。

だけどご主人は本橋 佐柚香を知っていたので、「本橋 佐柚香とヒョウは同一人物!?」みたいな予想とは違ったリアクションになってしまっている。

 

という事は、カッコいいという理由だけで付けていたドミノマスクが無ければ、悪魔として演じた最初の段階で本橋 佐柚香だと気づかれて計画がおじゃんになっていたかもしれないのか。

 

逆に、僕は悪魔じゃないとネタバラシをした時に、本橋 佐柚香だという事をご主人に伝えれば、もしかしたら人間だと信じてもらえたのかもしれない。

 

選択肢をミスった気はしなくもないけど、今は使い魔になりきることを続けるつもりなのだ。

想像以上に楽しいし、ネタバラシに失敗した時に心に決めた事でもある。

相当グズい事をしている自覚はあるけど……。

 

でもこうなったら、やりきりたい。

 

なので、悪魔であるはずの僕が高校生になってここに居る理由(設定)以外にも、僕が本橋 佐柚香とは別人、または同一人物でも違和感のない設定を考えなくては。

 

じゃないと、ご主人が中学生の頃から同じ学校に居て、悪魔が、一般の中学生の様に、一緒に学校生活を送っていたという謎すぎる状況が完成してしまう。

 

でも今ならご主人は非現実的な悪魔との戦闘の影響で、現実か非現実かの判断力が鈍くなっているはずである。

 

多少無茶な設定でも今なら信じてくれるはず……。

僕は前世の中学の時に、人から厨二病と言われる様な設定をノート10冊分書き込んだという黒歴史がある。

今もこの様な状況なので黒歴史を絶賛製造中と言ったら反論は出来ないが、それはそれとして、それぐらい僕はそういった感じの設定を考えるのに関しては、得意なのだ。

僕の本領を発揮する場面なのである。

僕は今速攻で考えた設定をご主人に披露する事にする。

 

 

 

「それにしても良かったよ……。ちゃんと成功して」

 

僕はホッとした顔をする。

 

「成功……?何がだ?」

 

「ちょっとした、記憶の改ざんさ。僕の様な一部の上級悪魔しか使えない能力で、今回は大規模な記憶改ざんを行ったからここ数百年は使えないだろうけど。」

 

「記憶の改ざん……?」

 

食いついたな、ご主人。そもそも原作ゲームに記憶改ざんの能力者なんていないから、もちろん辻褄合わせの為の、真っ赤な嘘なんだけど。

 

「そうさ。本橋 佐柚香と、君は言ったけど、それは本当は存在しない人物なんだ」

 

 

「何を言ってるんだ?俺の記憶に確かに残ってるんだ。俺が中学の時に絶対に居たはずだ。……ヒョウと本橋さんが同一人物と言う所には、引っかかりを覚えるけど。……まさかこの記憶自体がその能力の影響だとでも言うのかよ」

 

「そういう事だよ、ご主人。それは、僕が創り出したありもしない記憶なんだ」

 

ご主人は到底、信じられないという様な顔をする。

 

「仮にそうだとしたら、何故悪魔であるヒョウが学校の制服を着てこんな所にいるんだ?」

 

「それだけど、僕とご主人が契約した内容が絡んでいるんだ。契約内容はご主人を守る事。

だからご主人を守る為に、いろいろ考えたんだけど、僕が高校生という立場になる事で、自然とご主人の近くに居られるから行動がしやすいと考えたんだ。

それに人間界で明確な立場があれば、悪魔や天使だけでなく、人間からの悪意にも、立ち回りがしやすく、対処がしやすい。そう思ったからね。」

 

「……」

 

ご主人は無言でうなづいて僕を見る。続きを話してくれという事だろう。

 

「それで僕がこの学校の生徒になる為に、一番手っ取り早いと思った事をする事にした。

それが本橋 佐柚香という架空の存在を創り上げて、その存在がこの世界に元から存在していたという風に仕立てる事。

その為に、一部の人間の記憶を改ざんしたって訳なんだ。だから今僕は架空の存在の本橋 佐柚香としてここに居るって事になる。」

 

「んー、ちょっとずつだけど、話が見えてきたかもしれない。中学の時に、学校が一緒だったっていう俺の記憶も、その為におこなった改ざんの効果ってことか?」

 

「そうだよ。改ざんの際に、僕もご主人と同じ出身中学を卒業しているって方が、何かと都合が良さそうだったしね。だから君のその記憶は本来無いはずの記憶なんだ」

 

ご主人は苦虫を噛み潰した様な顔をする。

 

「なんかそれって、知らぬ間に自分の脳みそ弄られた感じで、気分が良いものじゃないな……。……それに、俺までする必要あったか?俺はヒョウの正体も知ってるし、ヒョウが作り上げた設定を言ってくれれば、話を合わせる事だって出来たはずだろ?」

 

「まぁ、こっちの方が、わざわざ僕の考えた設定を覚えるなんて手間を省けて良いじゃないか。」

 

「……そうだな、そう言う事にしとくよ。」

ご主人は諦めたかの様にそう言う。

 

僕はご主人がこの事を信じてくれる可能性は、高いと思っていたが、それにしても、やけにあっさりと信じてくれた。

不思議に思っているとご主人が言う。

 

「にしても、納得がいってスッキリした。この記憶がヒョウが作った紛い物なら、中学の時の本橋佐柚香と悪魔であるヒョウが同一人物として一致し難いのも理解できる。」

 

「……というと?」

 

「お前、中学時代の設定盛りすぎだ!寡黙でクール、みんなの憧れの美少女な優等生キャラなんて、俺の目の前にいるヒョウと掛け離れすぎて違和感しかなかったんだよ。でもこれがヒョウの考えた、存在しない記憶ならこれにも説明が付く。」

 

失礼だな!!と言いたい所だけど、僕は思う。

確かにそれは盛りすぎだと。

自分からそう言って見栄を張るのはいいが、人から言われるとなんだか、小っ恥ずかしい。

本当に誰それ。

3年間友達が出来なくて、ずっとひとりぼっちだった僕をどうやったらそう思えるのか不思議でしょうがない。

 

まぁ、これ以上口を出すと、ややこしくなって後で自分の首を絞めることになりそうだから言わないけど。

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