第15話 神の村
「神様のいる村って知ってる?」
誰かがそんなことを言った。あれは高校生くらいの女の子の声だったと思う。
友人と待ち合わせをしていたゆかりは、聞こえてきたその話題に特に興味を持っていたわけではなかった。怪談や都市伝説は好きだが、神様という単語から宗教的な話かと思い、あまり興味を持てなかった。だが聞こえてくるその話を、なんとなく無視することはできなかった。
「何それ。都市伝説?」
もう1人の女の子が笑いながらそう言う。
「いや、違うんだって。これは本当の話なの」
「なんで本当の話って分かるのよ」
「だってニュースにもなってたじゃん」
「ニュース?そうだっけ」
そんなニュースあっただろうか。スマートフォンを見ながら思い出してみるが、記憶の中にはなかった。それから検索エンジンを使ってそのニュースを検索してみた。
「あんたさぁ、ニュースもうちょっと見なよ」
「そんなに有名なニュースなの?」
「いや、そこまで話題にはならなかったけど」
「じゃあ知らないよ」
「でもさ、行方不明者が出てるんだよ」
「行方不明?」
出てきた。確かにあまり話題にはなっていなさそうなヒット数ではあるが、神様のいる村に関するネットニュースが出てきた。ゆかりはその記事の内容に目を通し始めた。
「そうだよ。少し前にその村から命からがら逃げ出してきた村人の男がいてね。その男が助けを求めたことで神様の存在が知られるようになったんだ」
「それまで知られてなかったんだ」
「その村はほとんど鎖国状態でね、村の詳しい情報は何も周りに伝わってなかったんだよ。謎に包まれた村、なんかわくわくしない?」
「あんたそういうの好きよね。私はあんまり興味ないな」
面倒くさそうな顔をしているのを無視して、話を続ける。
「その男は結局しばらくしてから消えちゃって行方知れずになってるんだ」
「行方不明者ってその人のことなの?」
「うん。でね、その男が言うには神様は村人たちを奴隷みたいに扱ってるんだって」
「なにそれ最悪じゃん」
「恐怖で支配してるの。だから神様を殺そうとした人たちもいるみたいなんだけど、結局失敗したの」
「なんで?」
少し間を開けてから、もったいぶったような口調で言った。
「神様はね、不死身だったんだよ」
「あれが神様・・・・・・」
「ていうか、ゆかりはなんであの人が神様だって分かるの?」
「噂してた子たちが言ってたんだよ。その逃げ出した男が特徴を言ってて、白い長髪の老人で髭も長いってね。だからあの人かなって思って」
「ふうん」
「それにしても貫禄あるよね。いやぁ、血が騒ぐな。聞こえない?この血がざわつく音が」
「それ不正脈なんじゃない?」
「あれ?あの後ろの男の人って誰だろう」
沙雪の声で他の3人は、松陽院の後ろを歩いているスーツの男の存在に気づいた。その男は30代後半くらいに見えた。黒髪をオールバックにして眼鏡をかけている。身長は高く、180センチくらいありそうだった。細身ではあるが、筋肉はしっかりとついていそうな感じがスーツ姿からでもわかった。
「執事みたいな感じじゃない?」
「確かに見た目もそんな感じだよね」
突然スーツの男が沙雪たちを睨みつけた。沙雪たちは驚いて物陰に隠れた。
気づかれた?
うるさいほど心臓の音が聞こえてくる。
「気づかれてたらやばいから、移動しよう。地面を這って移動すれば見えないから。早く」
沙雪が指示を出すと他の3人は頷き、這いながら移動した。音を立てないようにゆっくりと移動していると、突然銃声が聞こえた。それと同時に近くにあった木に穴が空き、木の欠片が飛び散った。
一瞬何が起きたのか誰も分からなかった。少ししてから銃撃されたのだと気づいて恐怖が込み上げてくる。
殺意を向けられていることに驚愕しながら、おそるおそる振り返る。
また銃声が何回か鳴った。近くにある木や草が揺れてさっきまでいた場所が狙われていることが分かった。
それから近づいてくる足音が聞こえてきた。
まずい、もう少し離れないと。
それが誰なのか、何なのか、そういったことを確認もせずに撃ってくるような奴だ。見つかればすぐ殺されるだろう。
込み上げてくる恐怖を押し殺しながら、音を立てないように移動を続ける。
がさっとさっきまでいた場所を覗き込むような音が聞こえてきた。
「どうした、佐山」
「・・・・・・いえ、気配を感じたものですから。でも気のせいだったようです」
「そうか。まあいい。引き続き警戒は怠るな」
「はい」
そう言うと、足音は離れていった。しばらく物音を立てないように息を殺してじっとしていた。足音が聞こえなくなってからも5分近く4人は動けずにいた。
ようやく沙雪がおそるおそる顔をあげて、物陰から様子を伺うと誰もいなくなっていることが確認できた。長いため息を吐き、全員にもう大丈夫だと言った。
3人もやっと緊張が解けて力が抜けた。
「なにあれ・・・・・・」
「怖かったぁ」
「ね、ねぇ」
沙雪が震えた声で言う。
「もう帰ろう?あの人たち危ないよ。早く帰ったほうがいい」
美梨と冬実は頷いたが、ゆかりは渋るような顔をしていた。
「ええ?こんなに面白そうなのに帰っちゃうの?もったいないよ」
「いやあんた今危険な目にあったばっかりじゃん。あいつらはやばいよ。帰るよ」
冬実が叱るような口調で言うが、ゆかりはまだ納得していないような顔をしていた。
「ゆかりちゃん、帰ろう?」
沙雪がそう言っても迷うように遠くを見ていた。
これ以上ここにいるのは危険すぎる。命に関わる事態になる可能性も大いにある。実際今死んでもおかしくないことが起きたのだ。
「君たち何してるの?」
不意に聞こえた男の声に心臓が破裂しそうなほど跳ねた。一拍遅れて4人の大きな悲鳴が響いた。
「いやあ、驚かしちゃってごめんね」
アニクが笑いながらも申し訳なさそうにそう言った。沙雪たちはアニクたちの正体を知ってから、少しずつ冷静さを取り戻した。
「あなたたちがPSIなんですね」
沙雪が目の前にいるアニク、ソーン、ユリ、リンファの4人を観察する。見た感じ歳上だと思うが、そんなに年齢は変わらないように見えた。PSIの話は聞いたことはあるが、超能力者を相手に仕事をしていると聞いたため、見た目からしてもっと強そうな人たちなんだと思っていた。
しかし今目の前にいるのは普通にその辺にいそうな若者たちだった。こんなに若い人たちばかりなのだろうか。それともメンバーはたくさんいて、たまたま今回の任務が若いメンバーだけで構成されているということなのかもしれない。とは言ってもほとんどが外国人で、しかもアメリカ、インド、中国と国籍がバラバラなので特に優秀な人たちが集められているのだろうという印象は持てた。白髪のユリという女性だけは日本人らしい。ユリは人見知りなのか、落ち着かない様子で周りを忙しなく見ていた。
「まあね。全然大したものじゃないけど」
苦笑いしながらソーンが言う。
「自分たちがPSIだって言っても大丈夫なんですか?」
「別に禁止されてたりはしないからね。それに名乗らないと信用してもらえない場合も多いから」
たしかに身分を明らかにしない人たちに協力しようとする人はなかなかいないだろう。活動する上では正体を明かすのは仕方ないことのかもしれない。
「それよりも君たちはこの村の人ではないんだよね。だったらすぐにここを離れた方がいいよ。ここは思っているよりも危険な場所かもしれないからね」
「それって神様のことですか?」
ゆかりが尋ねるとソーンは頷いた。
「うん。神様についての噂は黒いものばかりだ。これから詳しく調べようと思うんだけど、もし危険な人物だった場合は命に関わるようなことがあるかもしれない。だから早く帰ってほしい」
「えー」
ゆかりが不満の声を漏らしたが、冬実に注意をされて黙った。
「それじゃ、私たちは帰ります。捜査の邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした」
そう言って沙雪が頭を下げる。
「怪我が無かったなら良いんだよ。それじゃ、気をつけて帰ってね」
ソーンが微笑みながらそう言うと、後ろからアニクが顔を出した。
「もし危なくなったら助けてって叫んでね」
「助けに来てくれるんですか?」
「もちろん!声の聞こえる範囲にいれば助けに行くよ!」
「微妙に頼りない!聞こえる距離ってどれくらいなの?」
冬実の質問にアニクは数秒考えてから笑顔で答えた。
「みんなと同じくらいかな」
「狭すぎる!」
「助けに行こうとしてくれてるだけでもありがたいよ」
冬実を宥めるように沙雪が笑いながら言う。
「じゃあ帰ります。皆さんもお気をつけて」
沙雪はそう言って手を振る。ソーンたちも手を振って、沙雪たちの姿が見えなくなるまで見送った。
「それじゃ、僕たちは捜査を始めようか」
「そうだね。シャルロットはもう配置に着く頃かな」
リンファが考える仕草をしながらそう言っている後ろで、アニクが周りを見ながら呟いた。
「ねえ、視線を感じない?」
「なに、これ・・・・・・」
目の前の光景が信じられないというような様子で、沙雪が呟いた。
「なんでこんなことになってるの・・・・・・?」
冬実も驚きを隠せなかった。村の入口へと繋がる橋が無くなっていたのである。
「これって橋を落とされたってこと?」
怯えた声でゆかりがそう言うと、周りを観察していた美梨が何かに気づいて指を指した。
「違う、橋を出したり無くしたり出来る装置があるんだ。たぶん、あそこから橋が出てくるんだと思う」
「じゃあ村の人が装置を動かして橋を使えなくしたってこと?なんで?」
「私たちに気づいたんじゃない・・・・・・?」
「逃がさないために?こ、これからどうすればいいの?」
「村のどこかにある、橋の装置を操作する場所を探さないと・・・・・・」
「そんなのどこに・・・・・・」
不意に背後で草むらをかき分けるような音が聞こえて4人は振り返った。そこには村人らしき男たちが5人、沙雪たちを見つめて立っていた。その男たちの手を見て背筋が凍る。斧や鎌など、物騒なものを持っていた。作業をしていてたまたまここに来ただけだろうか。橋の件、タイミング、男たちの顔、それらがそんなはずがないことを物語っていた。
男たちは手に持っているものを振り上げて沙雪たちに近づいてきた。
「すまない、お嬢さんたち。神様の命令なんだ・・・・・・」
PSI CRIME -サイクライム- しゃいれむ @00859675
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