第13話 傷心
泣き疲れたアンナは、アランに抱きついたまま寝息を立てていた。アランはアンナを起こさないようにじっと座っている。
メリルが近づいてきてあんなの顔を覗き込む。
「寝ちゃったね。少しは楽になったかな」
「疲れたんだろう」
これだけ辛い思いをして、これだけ泣けば、相当な疲労感を感じるはずだ。少しでも眠って体と心を休ませて欲しかった。
メリルはしゃがんでアンナの寝顔を見た。
「どんなに辛くても、アランなら助けてくれるから頼りなね」
メリルは温かみのある笑顔でアンナを見ながら言った。
「アランならお父さんのこと悪く言ったりしないから。どんなに悪い人だったとしても、親を悪く言われるのは辛いもんね」
メリルは立ち上がり部屋を出て行こうとした。部屋を出る時に振り返って、眠っているアンナに向かって穏やかな声で言った。
「大丈夫だよ、アンナ」
「俺がアンナと住む?」
アンナを家まで送り届けた翌日の朝、アランが驚いた表情でそう言った。
「そう!アランがアンナの家に住むの!」
メリルが軽い感じで言い、アランは困ったような顔で抗議した。
「メリル、お前・・・・・・」
「リュカの許可はとったもーん」
リュカが許可しただと?
アランは不機嫌な顔をして黙り込んだ。その後部屋を出ていき、リュカに電話をかけた。
コール音が何度か響いた後、眠そうな声が聞こえてきた。
「おはよー。どうしたの?」
「リュカ・・・・・・」
不機嫌さを隠そうともせず言ったため、リュカもすぐに察したようだった。
「あれ?アランもしかして怒ってる?」
「怒ってる」
むすっとした顔をしたままそう言った。
「仕方ないよ。アンナはまだ若いし、あんな目にあったんだよ。1人じゃ心配でしょ?アルファにも目をつけられてるかもしれないしね」
「だとしても俺以外の方が良いだろ。メリルとか・・・・・・」
それから少し暗い表情をしてから呟くように言った。
「俺は父親を殺した張本人だぞ。一緒にいるだけで辛い思いをする」
「アンナが言ったんだよ、アランが良いって」
「・・・・・・アンナが?」
アランは意外そうな顔をした。
「とりあえずアンナと話しておいで」
そう言うとリュカは「じゃあね」と言って電話を切った。アランは電話を切った後も怪訝そうな表情でスマートフォンを見つめていた。
「いらっしゃい、アラン」
昼前にアンナの家に行くと、部屋着のアンナが笑顔で玄関から現れた。
「・・・・・・何よ、その顔」
呆けたような顔で立っているアランに向かってアンナが言う。
「もっと落ち込んでるとでも思ったの?あのねぇ、いつまでも落ち込んでばかりいられるかっての」
「・・・・・・なんで俺にしたんだよ」
「何でもするって言ったでしょ?文句言わずにお仕事しなさい」
疑問に思っていたことを質問してみたが、アンナは背中を向けて家の奥へと行ってしまった。アランは納得のいかない顔をしながらも、ついていく形で家の中へと入っていった。
アンナがご飯を食べたいと言ったので、2人は近くのスーパーへ買い物に行った。何が食べたいか訊くと「何でもいい」と答えたため、アンナに家に何があるか聞いてからスーパーを歩き回って材料を揃えた。
家に着くと早速料理を始めて、カレイのムニエルを作った。アンナは、美味しそうに皿に盛られたムニエルを見ながら、感動したように表情を輝かせていた。それから2人で昼食を終えると、アンナは「美味しかった!」と嬉しそうに言った。
食器を洗った後、洗濯物が溜まっているのが見えて「洗濯してもいいか」とアンナに確認をする。許可をもらって洗濯機を回す。
洗濯機を操作しながら、アンナの様子を観察する。あの明るさは演技だろう。昨日あんなことがあってあそこまで明るくなるのは無理だ。気を遣わせているのだろうか。操作する手が止まる。口を押さえて固まっているアンナの後ろ姿が見えたのだ。大丈夫だろうかと見ていると、やがてアンナは動き出した。
「ねえ、アラン。勉強教えて!」
アンナは振り返って笑顔でそう言う。さっきのアンナの姿を思い出して少し心配になりながらも、「わかった」と言ってアンナの向かいに座った。アンナの顔を見ると、不満げな顔でアランを睨んでいた。
「・・・・・・なんだよ」
「ん」
アンナは自分の隣を指さす。意味がわからずその指を見つめていると、アンナがあからさまにため息を吐いた。
「隣に来てよ」
「・・・・・・ああ」
そういう意味か。
「・・・・・・いや、なんでだよ」
「なんでもいいからおいで!」
頬を膨らませながら怒るアンナを不思議そうに見ながら隣に移動する。するとアンナは満足げに微笑んで勉強道具を机に広げ始めた。しかしアランは隣に座った時に、驚いた時のようにアンナの体が微かに震えたのを見逃さなかった。
1時間ほど勉強をしたところで洗濯が終わった音がした。
「洗濯干してくる」
そう言ってアランは立ち上がり洗濯機へと向かう。アンナが無理をしているのは間違いない。このままでいいのか。
洗濯物を干し終わると、アンナが「まだ勉強したいから付き合って」と言ってきたので、そこから4時間ほど勉強をした。それからアランが作った夜ご飯を2人で食べ、順番に風呂に入った。
風呂から出ると、ソファでアンナがテレビを観ていた。テレビの方に視線は向いているが、ぼんやりとしていて心ここに在らずといった感じだった。アランは近づいていったが、こちらに気づいた様子はなくテレビの方から視線は動かない。
「・・・・・・アンナ」
アンナはハッとした顔をして振り返った。
「お風呂出たんだ。お疲れー。あ、前髪下ろしてる!珍しいね」
「風呂上がりだからな」
「毎日ちゃんとセットしてるんだね。真面目だー」
「からかってんのか」
「ばれた?」
アンナはそう言って笑ったが、突然目を見開いたかと思うと呼吸が荒くなり始めて手で口を押さえた。
「・・・・・・アンナ?」
異変に気づいたアランが声をかけるが、次の瞬間にはアンナは嘔吐していた。
「アンナ!」
近づいて様子を見る。フラッシュバックしたのか。当然だ。あれだけの体験をした上に、俺が目の前にいるんだから。
「大丈夫か」
声をかけてもいいものか悩んだが、とりあえず声をかけてみた。
「ごめん、ちょっとパパを思い出しちゃって・・・・・・」
やはりそうだったのか。
「・・・・・・やっぱり、俺以外のやつを呼ぼう。俺といるのは良くない」
諭すような口調でそう言ったが、アンナは首を横に振った。
「アンナ」
「やだ」
アンナはハンカチで口を拭きながら言った。アランは困ったような表情で、苦しそうに呼吸をしているアンナを見つめていた。
「アンナ、頼むよ・・・・・・」
「・・・・・・私、本当に感謝してるんだよ」
アンナはアランの手を握る。
「たくさん助けてくれたし、私のことをずっと考えてくれてた。アランのこと大好きだよ。なのに・・・・・・」
アンナの目から涙がこぼれ落ち始める。嗚咽が聞こえてくる。
「なのに、会うたびにこんなに苦しくなるなんて嫌だよ・・・・・・」
絞り出すような声でそう言ったアンナはひどく悲しそうな表情をしていた。
「アラン、私乗り越えたいよ。乗り越えて・・・・・・」
アランに抱きつく。アランは少し驚いたような顔で見つめる。
「アランのそばにいたい」
アランの耳元で小さな声で言ったが、その声には力強さを感じた。
アンナは一緒にいることで、トラウマを乗り越えようとしていたのか。
「今はこんな風になっちゃうから、嫌な思いさせちゃうかもしれないけど」
アンナはアランを力強く抱きしめた。
「絶対乗り越えるから」
「・・・・・・」
「だからお願い、一緒にいさせて・・・・・・」
アランは目を閉じて息を吐く。
「・・・・・・ああ、分かったよ。とにかく今日はもう寝よう。疲れただろ」
優しい声でそう言って、少しの間だけ抱きしめた。
街から離れた人気のない場所に、アルファがアジトにしている建物があった。その建物に1人の男が入っていった。その男は鼻歌を歌いながら、ご機嫌な様子で歩いている。
そこに目つきの悪い男とショートボブの女が現れて、その男に声をかける。
「おかえりなさい、ボス」
「やあ、ただいま。元気してるかい?そういえば商品は届いたかな?」
「それが・・・・・・」
ショートボブの女が困ったような表情で口ごもった。
「何か問題が起きたのかい?」
「はい。回収部隊がPSIに壊滅させられたようで」
「PSI?ああ、あの子たちか」
男は上の方に視線を向けてPSIのメンバーの顔を思い出していた。
「最近よく僕たちの邪魔をしてくれるから僕も調べてたんだ。鷹がメンバーにいたり、超レアな属性系超能力者がいたり、なかなか厄介な連中だけど」
男は被っている帽子を右手で抑えた。
「時がくればつぶしてあげるよ」
情報屋リロとして街でリアたちに接触していたその男は、そう言って不気味に笑った。
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